親が死んで4,5年たったときだった。 その兆候は気づかないうちに現れていた。 ステラが彼氏とのデートの待ち合わせを忘れてデートをすっぽかしてしまったんだ。 「ステラ、なんかあったのか?」 「なに・・・・?」 「初デートじゃなかったのか、今日?楽しみにしていたんだろう?」 台所から声をかけてきたスティングにステラは見ていたテレビから視線を外すとぼんやりと小首をかしげてでぇと?とつぶやいた。 ステラは昔から結構忘れっぽくて間が抜けていたから、この時は珍しくねぇ事だって思っていてほっといた。 むしろそれは嬉しいくらいで。 俺らは15年も一緒にいたのにぽっと現れたヤツにステラを掻っ攫っていくなんざ百年はえぇと僕は笑っていったけ。それはスティングも一緒だったらしく、特に何の連絡もせず、普通に一日を過ごした。 夕方近くになってそいつは息を切らしてやってきた。 「ステラ!!」 「シン・・・?どう、したの・・・・?」 「どうしたのって・・・・今日二人して遊びに行くって言ってたじゃないか。携帯もつながらないし」 デートって言う言葉を口にするのが恥ずかしかったのか、デートって言えないでいるのがスッゲーおかしかった。それに携帯はステラは充電を忘れていたらしく、電池が切れっぱなしになっていた。 めったに持ち歩かないし、亡くすし。 ステラにとって携帯はあるようでないもんと同じなんだよ。 その日はもう遅いから、とのスティングの言葉でお開き。 一生懸命に謝るステラにいいよと笑ってとぼとぼと帰ってゆくやつの背中にアカンベーをしてやった。 散々待たされた挙句、すっぽかされたんだ。ザマーミロってね。 次は買い物の帰りだった。 僕が造ってやった気に入りのアクセサリーをいつものように身につけ、ステラは自転車でちょっと離れたデパートへ出かけていった。 そのアクセサリーってヤツは親が生きていた頃、最後に行った夏祭りで親父が買ってくれたピンクの貝殻。 めったに物をねだらないステラが必死にねだるものだから親父は苦笑交じりに買ってやって、それに僕が加工を加えてペンダントにしてやったんだ。ステラのヤツ、本当に喜んでくれて肌身はなさずつけていた。 さて肝心のお出かけだけれど、デパートは離れているとはいえ、何度も行った事があったし、実際一人でいつも帰ってこれたから心配していなかった。 でもその日はすっかり暗くなってメシの時間になっても帰ってこなくて、俺らはスッゲー心配になった。 痺れを切らした僕はステラに持たせた携帯に電話をかけたらコール2回でステラが出て、どうしたんだよって聞いたんだ。そしたらさ、帰る道が分からないという泣きベソかいた返事が返ってきた。 「どこをどう行ったら分からないってお前、たどり着いたんじゃねーか」 「で、でも・・・・わかん・・・な・・・・い」 「あ”〜〜〜、もう分かったって!!泣くなよ、迎えに行くからさ」 「ほん・・・・と・・・・?」 僕が迎えに行くから、その場所から動くなよと言ってやるとステラのヤツ、鼻をすすりながら声が少し明るくなった。 電話を切ってジャケットを急いで引っつかむと、事故に気をつけろと叫ぶスティングの声を背に僕は家を飛び出した。 寒くなってきているし、ステラも心細いだろう。 歩道で何度か信号無視をしてクラクションをならされたけれど、僕は一心にステラの元へと目指した。 あの馬鹿が待ってる、あの時はただそれだけで。 ステラの元へとたどり着いた時のあいつの顔は今でも鮮明に覚えている。 遠くから僕の姿を認めたらしく、大きなすみれ色を輝かせると自分の自転車をそのままうっちゃって。 涙にぬれたまつげを揺らして、一目散に僕のほうへとかけてきた。 そして自転車で突っ込んできた僕と危うく衝突しそうになって、ステラの軽率さを怒鳴ってやりたかったけれど、 思いっきり抱きつかれて結局怒る事は出来なくて。 抱きしめて頭をなでてやると、胸元に顔をこすり付けて甘えてきたステラ。 そんなステラが可愛くてすっ飛ばしてきた遠い道のりなんぞもうどうでもよくなっていた。涙と鼻水で気に入っていたジャケットがベトベトになってしまっいて、その事は別のにしときゃぁよかったなって、後ですっごく後悔することになったけれど。 忘れっぽい、お馬鹿なステラ。 世界一大事な、妹。 第2話 けれど。 これも以前の物忘れも。 それが病気の兆候だと分かったのはそれから少しの事だった。 部活でマネージャーをやっていたステラはその後もますます物忘れがひどくなっていって、先輩のカガリ・ユラ・アスハや親友のルナ。彼氏のシンの顔も認識できなくなっていった。 早い話が皆が知らない他人に見えて、ステラがおびえて泣くのでスティングや僕はしょっちゅう学校に呼び出されるようになった。 オマケによく転ぶ。 まともに歩いて立つ事が出来なくなっていって。 これは絶対におかしいと思って二人で病院へと連れて行った。 若年アルツハイマー病かと思ったけれど、事態はもっと残酷だった。 亜急性硬化性全脳炎。 脳細胞が破壊されてゆき、記憶と共に身体機能も低下して死に至るという現代の医学ではどうしようもない、死の病だった。 病気の進行は遅らせる事は出来るが、余命は約1年程度といわれた。 俺らから親を奪っていったカミサマとやらは、今度はステラを奪っていくつもりなのだ。 ステラを入院させて帰ってくるなり、僕は泣いて泣いて当り散らした。 スティングが俺らと命の次に大切にしていた母さんの形見の食器を割る。家具をひっくり返す。 その間スティングは何も言わず、僕が気の済むまで黙って見ていて。 疲れてへたり込んでもなおも泣く僕を落ち着くまでただ抱きしめてくれていた。 そして僕が大人しくなると、ステラが何の心配も無く旅立てるように良い兄貴でいようなと静かに言った。 ステラが可愛いのはスティングも同じで。 生活のほとんどを犠牲にしてまで俺らの面倒を見てきて。 あの時はスティングが一番泣きたかっただろうに・・・・・。 わがままで自分勝手な僕をただひたすら受け止めてくれたんだ。 世界一大事な兄貴。 そんな兄貴も悲しませてどうするんだって・・・・。 そしてステラもきっと怖いだろうに。 怖い想いをしないように。寂しい想いをしないように。 僕はステラを静かに見守って、支えてやらないと。 ステラが旅立つ、その日まで。 泣くのはその後でいくらでも出来るもんな。 ステラ。 お前が何の心配もなく親父達の元へ行くまで俺らは頑張るよ。 あとがき スティングとアウルの決意。 彼らは最期の日まで彼女を見守る事になります。 つらくても哀しくても笑って。 病気のもとネタは某巨大掲示板から頂きました。 あと、感動のフラッシュにもあります。 ただ病名は明らかにされていなくて近いものを調べて使いました。間違っていたらすみません。もしこの病名にお心当たりある方はご一報いただけると嬉しいです。 |