第4章













真祖。
それは吸血鬼の中でも最高位に位置する王族たちの事。
人間の住む世界とは違う次元で空想具現化された城の中に皆で住んでいたの。
ちなみに空想具現化って言うのはイメージを実体化させる能力の事。
真祖の中でも一握りの者しかもちえなかったわ。
それも上位に位置するものだけ。
クライン家は末席だったし、出来る者はいなかった。
ただ一人、ラクス姉さまを除いて。

あたしと姉さまは真祖の末席に位置するクライン家の一員だったわ。
人間は真祖を魔物とか言うけど、あたしたちはどちらかというと精霊に性質が近いのよ。
失礼しゃうわね。
どちらかというと人間の方が自然に対する脅威なの。
詳しい事はよく分からないけれど、もともとあたしたちは人間に対する防衛手段として自然が生み出したものらしいわ。
いわゆる天敵って言う奴ね。
全ての生きとし生けるものには必ず天敵があるものなのよ。
人間だって例外ではないわ。
そうでないとうまくバランス取れないでしょ?




でもね、あたしはこの血筋を憎んでた。
だって飽く事の無い血への衝動が耐え難い苦痛だった。
衝動に負けてしまえば待っているのは破滅。
自分の誇りのため。
一族のためどうしても耐えなければならなかったのがつらかった。
いっそ死んでしまいたかったわ。

あたしが彼に出会ったのはそんなとき。
最初の出会いは本当に偶然だった。
それもあたしがあれほど忌み嫌っていた血への渇きが彼とあたしをめぐり合わせてくれた。
それまでのあたしは自分の出生を憎んでさえいたのだけれど、あの日を境にそう悪くはないと思うようになったの。
だってこの渇きが無かったらあたしは彼に会う事も無かったし・・・・・。
彼だってこの世界を見る事も無かっただろうと思うわ。
あたしたちが出会うのは必然だったのよ。
そう。
全ては偶然で。
そして必然。











































































永遠の唄












































ミーアはラクスと並んで真祖の中でも名の知れた歌姫だった。
彼女たちが歌えば誇り高い真祖たちは血への衝動を忘れ、彼女らの声に聞き入った。
彼らの中でも誇りをかなぐり捨て、末席の血筋である姫たちに歌を所望する者さえいた。だが、血への衝動が強いのは姫たちとて同じ事。クライン家の末姫だったミーアはその渇きに悩み、死さえ望んだ。


「ああ、姉さま!いっそ滅んでしまいたいわ」


真祖はほぼ不死身に近い。
自ら死する事は困難を極め、死を望むなら真祖の処刑人の手を借りるしかなかった。だがその処刑人は普段は城の奥に封印され、眠りについている。処刑人は血に狂い、墜ちた真祖を処刑する、ただそれだけのために生み出された存在。彼女を目覚めさせる事は一族の名を墜とす事と同意義であった。


ミーアはおっとりとしたラクスとは異なり、自由奔放な性格で城での窮屈な生活が大嫌いだった。それ以上に血への衝動に縛られる事は彼女にとってつらく耐え難いもの。そんなミーアが涙するたび、ラクスは彼女を包み込み、静かに彼女に唄を歌ってやっていた。





そんな彼女に運命とも言える出会いが待っていた。
時は13世紀。
満月の夜だった。





満月の影響か、血への衝動が著しかったミーアは自ら眠りについていたのだが、その衝動に突き動かされるように目覚めてしまう。
ラクスに助けを求めて起き上がったものの、ラクスの姿は城のどこにも見当たらず。
彼女はいつの間にか人間界へとさまよい出てしまっていた。
頭上には彼女のいた世界と同じ白い月があたりを照らし、虫の音が辺りに響いていた。
ミーアは血の衝動につき動かされるままに、荒野をさ迷い歩いた。
もし彼女が旅人と遭遇していたとしたらまちがいなくその者は彼女の餌食となっていただろう。そしてその後の彼女やラクスたちに待っているのは身の破滅。
そんな時、彼女は覚えのある匂いに立ち止まり、激しい衝動で金色に変化したその瞳をその方向へと向けた。


「血・・・・の匂い」


今の彼女にとってそれはこれ以上ない、極上の甘美なもの。
血の匂いに誘われるがまま彼女はフラフラとその方向へと歩き出し。まもなく、多数の獣のうなり声と何かを引きちぎる音が聞こえてきた。
ミーアの黄金がすうと細まる。


狼の群れだった。
それもかなり大型の。
血の匂いは彼らが群れていたところから生々しく感じられた。
彼らの間から覗いていたのはズタズタに引き裂かれた若い女の死体。
狼達は自分たちの獲物に夢中でミーアの存在に気づかない。
ミーアはゆっくりと近寄ると、狼たちのうなり声に混じって、か細い泣き声をとらえた。
赤ん坊の泣き声だった。
この女は若い母親で赤ん坊を守ろうと自分の身で覆うようにしてかばっていたから難を逃れていたのだろう。
だがそれももはや時間の問題だった。
ミーアの口元に笑みが浮かんだ。
このときのミーアを動かしたのは母親に対する憐れみでも。
赤ん坊に対する慈しみでもない。
獲物を奪われまいとする、純粋な本能だった。

ミーアはゆっくりと白い腕を振るうと、見えないカマイタチが女の死体に群れていた狼たちをなぎ払った。苦痛の悲鳴と血の匂いは彼女に高揚感と愉悦を感じさせた。狼達はその動きを止め、恐怖の色を色濃く浮かべた瞳をミーアに向けた。
人間より感覚の鋭い彼らはミーアの正体に感づいたのだろう。
あとじさるように女の遺骸から離れてゆく。
だが、リーダー格と思われるひときわ大きな狼は獲物を横取りされるのが気にくわないのと。
見た目は弱々しい少女のミーアに憤りと油断を覚えたのだろう。
おびえる仲間たちを背に大きな唸り声を上げると、地を蹴り、彼女に飛び掛った。

その瞬間。

空気圧が変化し、しゅんという風の音が走った。
鈍い音共に胴体から切断されたその狼の首が地に転がる。
何が起きたか分からないとでもいうようにリーダー格だった狼は離れた自分の胴体を見やった。
そして自分の状態を理解したとき、噴水のようにその胴体から勢いよく血が噴出し。
狼の視界はゆっくりと濁っていった。
暖かい血が降り注ぐ中で鮮やかな笑みを向けるミーアを高貴な歌姫の面影など残っていなかった。血に狂った吸血鬼。前に他の狼達は恐れをなし、恐怖の泣き声を上げながらその場を逃げ去った。
あとに残されたのはズタズタに裂かれた遺骸と。
弱々しく泣く、一人の赤ん坊。
ミーアは母親の遺骸に近寄るとまるでゴミをどかすかのようにそれを払いのけると、血に狂い、もはや理性のかけらもないらんらんと光る金を赤子へと向ける。血に染まった赤子を抱き上げるとうっとりと赤子に顔を近づけた。

暖かくて柔らかい。
甘い血の匂い。
自分の獲物だ。
誰にも渡さない。

そう思っているとふといつの間にか泣きやんだ赤子が自分を凝視していた。
ラクスとも自分とも違う、大きな蒼。
その色は絵画でのみしか知らない海の色を思わせた。
澄んだ蒼に魅入っていると赤子は小さな手を伸ばし、ミーアの指に触れた。
そして。
涙に濡れた瞳を向けたままふわりと。
まるで春風を思わせるように無邪気に笑ったのだ。
その表情に。
触れられた暖かさに。
ミーアの空虚な心に暖かいものが舞いおりた。
あれほど強かった血の衝動が嘘の様に引いてゆくのをミーアは感じ。
同時にまるでラクスの唄のように安らぎと暖かさに満たされてゆく。

自分はなんて事をしようとしたのだろう?

今まで感じた事のない後悔と慈しみを感じてミーアは赤子に頬ずりをした。
彼女の頬にも血の色が移ったが、その感触も匂いも何も気にならなかった。
ただ、この赤子が愛しかった。












若い母親の埋葬を済ませたあと、ミーアはその赤子を城へと連れ帰った。
だが待っていたのは他の真祖たちの冷たい拒絶。
ただでさえ尽きる事の無い血の衝動と闘わなくてはならないのに、人間を、しかも赤子を連れ込まれてはたまったものではないと言う事だった。
彼女の父もそしていつも味方であってくれたラクスさえも反対した。


「この子を愛しみたい気持ちは分かります」
「だったら姉さま、お願い・・・・」


懇願するミーアにラクスは痛みに満ちた表情で首を振った。


「あなたはこの子を危険にさらしたいのですか?」


その言葉にミーアは震えた。
ここに置く事は真祖たちやその眷属たちの脅威にさらされる事となる。
誇り高い真祖たちはともかく。
彼らに仕える眷属は気性の荒い魔物や精霊たちが多い。


「この子の幸せを願うのなら、ここにおいてはいけませんわ」


ミーアは腕の中の赤子を見やるとその子は一生懸命に彼女を見ていた。
彼女を見失うまいと、言うように。
ミーアはラクスを見やり、そしてまた赤子を見やると。
力なく、ゆっくりとうなずいた。









人間界ではちらちらと雪が降り始めていた。
ミーアとラクスは赤子をしっかりと暖かくくるむと小さな村の教会の前に降り立った。
まだ夜明け前の事もあって周囲に人影は見当たらない。
教会の入り口の前にミーアはひざをつくと赤子の入ったかごをそっとおいた。
赤子はすやすやと眠っている。
この子が目覚める頃には自分は傍にいる事が出来ないのだと思うと身の裂かれる想いだった。眠る赤子の顔がぼやけてゆく。


「こんな事なら巡り合わなければよかった」


大粒の涙をはらはらと落とす妹をラクスは後ろから抱きしめてささやいた。


「あなたがこの子を見つけなかったらこの子は今ここにおりませんわ」


あなたが見つけたからこそ。
この子は世界を、光を見る事が出来たのですよ。
ラクスの言葉にミーアはその身を震わせ、ラクスの細腕を抱きしめた。

「あたしは・・・・この子を助けようと思っていたわけじゃないのよ・・・・姉さま」


はじめはこの子で血の飢えを満たすつもりだったのだと。
ずっと言えないでいた事実を打ち明けると、ラクスは知っていましたと微笑んだ。


「でもあなたは思いとどまってこの子を救った。わたくしはそんなあなたを誇りに思いますわ」
「・・・・姉さま」



雪がしんしんと降り出した。
もうすぐ本降りになるだろう。
その前に教会の者たちがこの子に気づいてくれたら、と二人は祈る気持ちでその場を離れ。
離れた場所でその様子を伺った。
闇のものである彼女たちの祈りが届いたのか。
まもなく教会の扉が開き、一人の幼い少女が出てきて、足元の籠にきづいた。
金の髪を揺らし、かごを覗き込むとグレーのかかった瞳を瞬かせた。
そして中の赤子に気づくと籠を持ち上げ、おぼつかない足取りで教会の中へと入っていった。


「・・・・幸運を」


隣のラクスのつぶやきを耳にミーアはラクスに促されるまで赤子を置いた教会を見つめ続けていた。
瞬き一つせずに。
ひたすら。













それから4年を経て、ミーアは別離の傷から立ち直りつつあった。心の整理をつけようと名乗らないことを条件にミーアは父親から許しを受け、人間界へと降りていった。
目的はただ一つ。

一目で好いから逢いたい。

その想いを胸に彼女は4年前と同じ教会のある村に降り立った。
ちょうど初夏の時期で草木は元気にその身を風に揺らし、夏の花々は太陽の愛情を一身に受けて花開いていた。


「あの子はどこ・・・・?」


教会に行ってみたものの、あの赤子と思しき影はなかった。
たくさん子供はいたが、海を思わせる、あの印象的な蒼の子はいない。
もしかしたらどこかに養子に行ってしまったのだろうか?


「せっかく来たのに・・・・」


落胆のため息をつき、ミーアは境界の裏の丘にある木の下にその身を投げ出した。
真祖は吸血鬼だが、他の種族と異なり、太陽に耐性がある。
普通に行動は出来るがやはり弱体はするし、太陽の下はあまり気分の好いものではない。しかも夏に入って来ている。この暑さがミーアは苦手だった。


「・・・・いないのかな・・・・逢いたかったのに・・・・・」


逢いたい。
あの子に逢いたい。
逢いたいよ。

そうつぶやきながら膝に顔を埋めた。
耳元を風が通り過ぎてゆく。
たくさんの生き物の息吹が聞こえる。
彼女の住む世界とは異なり,この世界は生と光に満ちている。
あの子は闇の世界よりこの世界の方がやはりふさわしいとミーアは思った。
ラクスの言葉は正しかったのだ、やはり。
せめてあのこの幸せな姿が見れたら自分はきっと満たされるのに。
運命なんて意地悪なのだろうかとミーアは誰と無く悪態をついた。


「ねぇ、大丈夫?」


考え事をして人の気配に気づかなかったらしい。
何の前触れも無く頭上に降ってきた声にミーアは驚いて顔をあげた。
その紺碧に映ったのはその蒼より穏やかな蒼。
海を思わせるマリンブルー。
ミーアの時が止まった。


「具合、悪いの?」


ミーアが答えないでいるとマリンブルーの持ち主である幼い少年は心配したように再度問いかけると、彼女は我に返ってぎこちなく微笑んだ。



「へ、平気よ。ちょっと疲れただけ」


そんなミーアを前に少年は安心したようにふわりと笑った。
腕に抱えたピンクのカーネーションが風に揺れる。


ああこの子だ。
あの冬に別れたあの子だ。


春風のような笑顔にミーアはこの少年だと確信した。
だが名乗る事は許されていないし、名乗ったところで少年にはわからないにだろう。
逢えたのに何もいえない、何も言葉が思い浮かばない自分がもどかしくて仕方なかった。


「おねえちゃん、見たことない人だね。他所の人?」
「そ、そうよ。君はあの教会の子?」


ミーアが丘の下に見えている教会を指差して見せると、うん、そうだよと少年はうなずいた。


「マザーとお母さんとスティングと皆で住んでるの」


お母さん、という言葉はミーアの胸に痛みをもたすとともに、4年前のつらい冬の日を鮮明に蘇らせ、涙が溢れそうになって彼女は顔を伏せた。変化したミーアの様子に少年は困ったように視線を当たりにさまよわせていたが、自分が抱えているカーネーションに目が行くと、好い事を思いついたかのように笑い。カーネーションを一本だけ抜き取ると、ミーアにそれを差し出した。


「・・・・なによ」
「あげる」


顔を伏せていたミーアの瞳が大きく見開かれる。
おそるおそる手を伸ばしてその花に触れた。
花の甘い香り。淡いピンクにミーアは惹かれた。
自分の住む世界にはない、花。
なんて綺麗なんだろう。
純粋な喜びにミーアは口元をほころばせた。


「ありがと・・・・」
「うん。お姉ちゃんとおそろいだね」
「お揃い?」
「うん。おんなじピンク」
「あ・・・あのね・・・・あたし・・・・」


ミーアが微笑む少年を前に途切れ途切れに言葉を形にしようとしたとき、風が一人の少女の声を運んで寄越した。


「アーウール?どこ行ったのー?」


見ると丘の下の教会から金の髪のシスターがこちらへと向かってくるのが見えた。
その姿にアウルの顔が輝いた。


「お母さん!!」


その声にミーアの胸に鋭い痛みが走った。
きゅうと唇をかみ締める。


「あ、おねえちゃん。教会でお茶・・・・・あれ?」


アウルが再び木の下に目をやると、ミーアの姿は無く。
木の梢だけが風に揺れていた。




手元のカーネーションを胸に抱きしめ、ミーアは涙した。
逢えば満たされると思った。
だけどそれは治りかけた傷を拠り大きくするだけのものとなってしまって。
あの子は。
アウルに世界を見せるのはあたしだったはずのに・・・・と。
ミーアはアウルを取り戻すことばかり考えるようになった。





三度目の出会いはそれからまた数年後。
十字軍に追われ、瀕死の重傷を負ったアウルをミーアは拾った。
今度こそ、一緒にいられる。
そう思ったミーアは狂喜した。
憎しみに捕らわれた彼を見るのはつらくはあったが、それ以上に共にいられることが嬉しかった。成長を待ってゆくゆくは自分の血を与えるつもりだった。
血を与えるということは血盟を結ぶ事。
すなわち彼に人を捨てさせ、闇の者としての運命を歩ませる事になる。
少年には過酷過ぎるとラクスは哀しげだったが、そんな事などどうでもよかった。
アウルが母と慕っていた金の髪の女性が脳裏に浮かぶ。
アウルは自分の元へと戻ってきた。
自分の勝ちだと、ミーアは勝ち誇った気持ちでその幻影を打ち消した。




もう誰に渡さない。
ずっと一緒よ、アウル。




結局アウルがラクスを選んだ事で血の盟約は結べず、処刑人であったアルクウェイドの暴走で城を追われた後もミーアは幸福だった。傍にアウルとラクスがいる。それで十分だった。




だが、長旅の中。ミーアの気まぐれに立寄った村でミーアは後々後悔する出来事に遭遇した。
あの時、自分がわがままを言わなかったら・・・・と、何度も何度も。
自分の力でその過去を封じ込めたものの、記憶というものは消えない。
それも魂に刻まれた記憶というものは真祖の力を持ってしても消すことは出来ないのだ。
その記憶はきっとアウルを壊してしまう。
いつそれが再び浮き上がってくるか分からないと思うとミーアは自責の念に駆られた。
あとはただ、祈るしかなかった。
彼が思い出す事がないように・・・・・と。
























そして再び16世紀。
ミーアは父の敵を前に憎しみに満ちた視線を真祖の姫君であり、処刑人であるアルクェイドを睨みつけていた。ミーアの前にラクスは静かに座り、仇敵と対峙している。



「・・・・・それでわたくしたちにどうしろと」


冷ややかな面持ちで自分を見やるラクスに招かざる客、アルクェイドは哀しげに笑った。


「そいつの復活の兆しが見えたら教えて欲しいの」
「・・・・・できれば遭遇したくないですわね」
「残念ながらそういうわけにもいかないかも」


困ったように肩をすくめるアルクェイドにミーアの怒りが爆発した。


「父を殺しただけじゃ飽き足らずあんたははなんでこうも厄介なものを持ってくるのよ!?よくもまあノコノコとあたしたちの前に出てこれたわね!!」
「ミーア」


制止するラクスの声を無視し、ミーアはなおも続けた。


「この同族殺し!!」


彼女の言葉にアルクェイドの顔色が変わる。無邪気な表情から痛みに、悲しみに満ちた表情へと。


「ミーア、おやめなさい」


静まり返った客間に響いたラクスのた声にミーアは身を固まらせ姉を見やった。
彼女はミーアに背を向けたままで表情は分からなかったが、明らかにラクスは怒っているのが分かる。めったに怒りを見せないはずのラクスの怒りにミーアは恐怖さえ覚えた。


「・・・・アルクェイドはそう望んで生まれたわけではありません。彼女を生み出したのはわたくしたちです。彼女を否定する事は私たちだけでは無く、父や真祖の王達を否定する事になります」


ラクスは紺碧の瞳を瞬かせるとその表情からは冷たさは消え、痛みと悔恨が覗いた。


「あなたの為さった事は許されない事ですが、その原因を作ったのもわたくしたちです」


遠い過去を見据え、哀しげな声でラクスは語る。


「あなたに何も与えず、ひたすら殺戮を強いてきたのですから。結果。あのような人間があなたに付け入る隙を与えてしまった。・・・・ですが」


再び表情を厳しくし、ラクスはアルクェイドを見つめた。彼女もまた真紅の瞳で見返した。


「あなたを憎まないという事が出来るほどわたくしたちは強くはありません。どうかこれ以上わたくしたちに関わらないでくださいませ」




-----風のないはずの部屋で蝋燭の火が揺らめいた。














「姉さま、ごめんなさい」


あのあと。
再び二人となった客間で湯気の立つ紅茶のカップの前でミーアは謝罪するとラクスは静かにカップから口を離し、やわらかく微笑んだ。


「それはもういいのですよ。わたくしこそ、ごめんなさいね。そして・・・・・ありがとう」
「ねーさま?」


ラクスのありがとうの意味がつかめずに、ミーアは小首を傾けて姉を見やった。ミーアのやや間延びした呼び方にいつもの調子が戻ってきましたね、とラクスは微笑を深くして続けた。


「あなたがいてくれたからこそ、わたくしはアルクェイドの前で自分が保てたのですわ」


あなたがいなかったらたとえ自分が滅ぼされようともなりふりかまわず。
わたくしは彼女に殺意を向けたでしょう、と。
思いもよらぬ言葉にミーアは驚きを隠せず、ラクスを凝視すると、彼女は静かにうなずいた。
そして。


「あなたがアルクェイドに言った言葉はわたくしの言葉でもありましたのよ」


同族殺し。
それはラクス自身も思っていた事。
けれど実際に耳にするとその響きはとても哀しくて。
その事に気づかずにいた。・・・・さっきまでは。


「あなたの存在にわたくしがどんなに助けられているか」
「ねーさま・・・・」
「あなたとアウルはわたくしの全てですわ」


何があっても守りたいものだと、ラクスは穏やかに。
しかしはっきりと強い響きを持ってそうつぶやいた。


何があってもわたくしはあなたとアウルを守ります。
どんな手を使っても。



最後の言葉は本当に小さな呟きでミーアには届きはしなかったが、非情ともいえる、決意をこめた真実だった。
なぜならば彼女は感覚の隅で。
血の盟友であるアウルの存在を、そして彼の感情の揺らぎを感じ取っていたのだ。
遠く離れた湖で何かあったと、感じ取っていた。
はっきりとは分からないけれど。
それはアウルの存在を脅かしかねないもの。
そしてそれはいずれはミーアの身にも及ぶ事。



火種は大きくなる前に消しておかなければならない。
それも小さいうちに。



ラクスは瞳に強い決意の色を浮かべると、手元の紅茶を飲み干すのだった。
































あとがき


ちょっと補足。
真祖は吸血鬼ですが、他の種族とは異なり、生きるためには血液を必要としません。また人間界で弱点と思われるものも通用しない、人間にとってとんでもない種族です。ただ血への渇望はすさまじく、他の種族よりずっと強いようです。血を口にしたら最後、誇りも忘れて無差別に吸い始めるので、待っているのは処刑です。だからそんな彼らに付け入る事の出来る弱点は血への衝動のみ。ちなみにアウルは「死徒」。真祖から血をもらって誕生しました。力を保つためにやはり血を必要とするし、太陽の光は苦手です。ただし、耐性はある程度持っているようです。この設定も「月姫」からいただきました。

今回はミーアのアウルとの出会い。彼女がアウルにこだわる理由をクローズアップ。
アウステは次回に持ち越し・・・・。すいません!!



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