第2章




誰かが歌っている。
春雨のように優しく心に染み渡る旋律。
其の響きは乾ききった地に潤いを与え、癒してゆく。

けぶる金の髪。
ふわふわとした笑顔。
茫洋とした瞳はなんだか危なっかしくて。
でも愛しくて。

彼女は闇一色だった僕の世界を照らす、ただ一つの星だった。

僕はとても幸福だったよ。
例えともに生きる事がかなわなかったとしても
せめて傍で見守っていきたかった。
守りたかった。
闇にしか生きられない者にはすぎた願いだったのだろうけど。
でもさ。







愛していたんだ。







彼女のためならどんな喉の渇きも耐えて見せよう。
愛してくれとは言わないし、言えない。
僕には其の資格が無いのだから。
ただ。
ただ彼女を見ていたかった。
・・・・・それだけだった。



セピア色の風景の中で
降り積もる雪だけが鮮やかに見える。
どこまでも白く純粋で。
穢れの無い真っ白な雪。
まるで彼女のよう。

その上にぽつり。ぽつりと。
真っ赤な染みが生まれ。
徐々に真っ赤に染め上げてゆく。


鼻につく鮮血の匂い。
腕の中から零れ落ちてゆく命。
急速に失われてゆく体温。

でも僕にはもうどうする事も出来なくて、
ひたすら彼女の名前を呼んだ。
・・・・必死に、呼んだ。


でも彼女には聞こえない。
彼女は答えない。
目を覚まさない。




絶叫。





































永遠の唄
































アウルは自分のすすり泣きで目が覚めた。
涙に濡れたまつげを重たそうに持ち上げ、数度瞬きをすると瞳から溢れた涙が滑り落ちる。


「・・・・ちっ」


涙をぬぐいながらアウルは軽く舌打ちをすると眠っていたベットから飛び降りた。
あたりは既に暗くなり始めていて締め切られた分厚いカーテンのわずかな隙間から沈み行く太陽の光が部屋に一筋の線を作っていた。
頭が痛む。
いつもそうだ。
自分が夢の中で泣くと決まって頭が痛む。
うっとしい事この上ない。
さらにアウルをいらだたせたのは其の夢だった。
感情は覚えているのに、夢の内容が全く思い出せないのだ。


何か大事な物を忘れていると言う感覚。


其の違和感がアウルを不愉快にさせる。


「毎度毎度何なんだよ、ったく」


アウルは投げやりにそう一人ごちると自分の部屋をあとにした。



日が沈んでゆく。
金色の太陽は赤へと色を変え、徐々に地平線へと沈んで行く。
空と地の境界線が蒼く揺らめき。
そして橙。
黄。
黒と様々な色が幾層にも重なり合い、交じり合う。


「何度見ても幻想的な光景ですわね」


バルコニーから其の光景を静かに見ていたラクスがそうポツリとつぶやいた。
ミーアはバルコニーに寄りかかりながら、そんな姉の横顔をちらりと盗み見る。
夕日に照らされた其の横顔は神々しく、美しい。
自分は?
自分は同じように見えるだろうか?
否。
見えないのだろうとミーアは苦笑した。
同じ姉妹、同じ顔のはずなのに何故こうも違うのだろう。
容姿も。
能力も。
カリスマも。


二人とも一言も言葉を交わさず、ただ変わり行く地平線を見ていた。


「腹減ったー」


沈黙はアウルの声によって破られた。
明かりがまだ灯されていない部屋でアウルの鮮やかなマリンブルーが輝いてる。
ミーアは先ほどとは打って変わった、満面の笑顔で彼のほうへと駆け寄った。
アウルはまとわりつくミーアにうるさげに文句を言っているが、まんざらでもないらしく、笑っている。
其の様子を見てラクスはやわらかく微笑んだ。

あの悪夢の日からミーアはこの世でたった一人の肉親だ。
彼女の笑顔や唄は自分の心の闇を払ってくれる、かけがえの無い存在。

私にとってあなたはどんなに大切な存在か。
どんなに救われてきたか、分かってないのでしょうね。

ラクスは自分と一線を引くミーアを見るたび寂しくて仕方なかった。
自分とミーアの間には見えない壁があって
どうする事も出来ない。
周囲もそうだった。
ただアウルは。
彼だけはたやすく彼女たちの世界へと入ってきた。
彼といるとミーアと自分の境界線が無くなり、世界が一つとなる。
寒々とした、闇に満ちた世界が変わる。


自分と彼女とをつなぐ、一筋の光。
どんなときでも彼の存在は彼女らの救いになった。
ずっと共ににいられたら、と思う。
この世の終わりまで。


「食事にいたしましょうか。届けてくれた野菜で作ったおいしいスープがありますわ」


ラクスは地平線から目を離すと、ミーアに続いて部屋の中へと入っていった。



「また行くの?」
「行く」

新鮮な野菜で作った野菜スープに血のしたたる肉のソテー、パンという食事を終えるなり、
アウルはさっさと身支度を始めた。
先日行った森が気に入ったらしい。
しかも一人が好きだと同行を許さない。
あの森のどこがいいのよ、とミーアはつまらなそうにむくれた。


「こんなに寒いのに。それに流水って苦手なはずなのにね、普通」
「湖は流水じゃねーだろ。それにお前らだってフツーじゃないじゃんか」


口元をへの字にまげてアウルはミーアに反論すると、ミーアも負けじと言い返す。


「あたしたちは『真祖』なのっ。あなたとは違うんだからっ」
「悪かったなっ、ただの吸血鬼でさぁ」
「そ、そんなつもりじゃ・・・・」

アウルの言葉にひるみ、ミーアはぼそぼそと口ごもった。
いつも一緒でともにいるのが当たり前な存在だと思っているのに、わざわざ違うと言ってしまった自分を悔いた。自分たちとは違う、と境界線を引きたくなかったのに。


どうして言ってしまうのかな。


だがアウル難しい顔からすぐに笑顔になるとミーアの頭をぽんぽんと叩いた。


「分かってるって。いちいち気にすんなよ。
言葉を選んでいたら何にも言えなくなるぜぇ?」
「うふふ、そうですよ」


同様にラクスも頷き、そして笑った。そんな二人にミーアは徐々に笑顔になると、アウルの腕をぶら下がり、勢い良く引っ張った。


「ねーねーお散歩行こうよ。エスコートが欲しい。来たばかりだし」
「まあそれは素敵ですわ。まだ時間は早いし、村や周囲を見て回りましょう?」
「そ、探検探検♪」
「はあ?探検の必要があんの?初めて来た町じゃないじゃん?」
「え・・・」


アウルの言葉にミーアは凍りついた。ぶら下がったアウルの腕越しにちらりとラクスを見やるとラクスも顔にわずかな緊張の色を見せていた。


「・・・・なに言ってるの?初めての土地・・・・よ、ここ」
「え?」


トーンの下がったミーアの声にアウルはいぶかしげに眉をひそめたが、すぐにこの土地の事を何も知らないことを思い出して、頭をかいた。


「あれ?そういやぁそうだったっけ。あちこち廻っていたから中には似たようなところもあるからそんな気がしただけ」


そう言いながら心の奥で感じる違和感。
それはかすかな痛みを伴ってうずいている。
だがアウルは敢えてそれに触れない事にした。
それはとても生々しくて触れたら最後、血が噴出して
『今』が崩れてしまいそうだったから。
うるさい姫とおっかない姫との三人の生活は悪くない。
彼女らがいたから今の自分がいる。
彼女らがいなかったら自分は
果てしないの憎悪を抱えたまま、水底で息絶えていただろう。


彼らは闇に生きる吸血鬼。
人ならざるもの。
悠久の時を生き。
新たなる新天地を求め、旅して廻る。
人では無いゆえ、彼らの落ち着ける地はまだ見えない。
その先は、見えない。

ラクスとミーアは生まれながらの吸血鬼。
王族たる「真祖」の姫君たちだった。
アウルは彼女に付き従う、血の盟友たる吸血鬼。
死徒、と呼ばれる。

そんな彼はかつては人だったのだ。
それも神を信じる、一人の少年だった。



時は13世紀。
第4回十字軍の台頭。
新たな世直しとか言う大義名分を抱えて十字軍の遠征が始まっていた。


「こらっ、アウル!チャンドラさんとこの子供泣かせましたね!」


人口が100にも満たない、小さな村にある古い教会で
一人の女性の叱責が聞こえてくる。
初老のマザーが蒼い髪の少年をしかっていて、其の様子を萌黄の少年と金髪の若いシスターがはらはらと見ていた。だが怒られている蒼い髪の少年は全く堪えた様子は無く、お説教がひと段落すると蒼い髪の少年、アウルは舌を出してそっぽを向いた。


「あいつ、うちの教会の事ぼろだって馬鹿にしやがったんだ。当然の報いだっツーの」
「やりすぎですっ。あなたの手が腫れるほど殴る事は無いでしょう」
「すいません、こいつ乱暴もので」


そんな彼をかばうように萌黄の少年、アウルの兄貴分であるスティングが謝った。


「なんであやまんだよ、スティングー」


不満そうに文句を漏らすアウルに暖かい手が触れた。
見上げると、自分を穏やかに見下ろすシスターの青い目と目が合う。
自分と同じ蒼。
そして光を受けて輝く金の髪。
シスターは困った顔をしていたが、やがて彼女の桜色の唇が優しい笑みを形作った。


「困った子ね。あなたの気持ちは嬉しいけど、
そのためにあなたの手に痛い思いをさせる事は無いでしょうに。
マザーが本当に言いたかったのはそれなのよ」
「・・・・マザー・・・・」


シスターの言葉にアウルがマザーを見やると顔を紅くしたマザーが咳払いをした。
そんな彼女にアウルは微笑み。
口から素直な謝罪の言葉が自然とこぼれた。




当時のアウルは教会の子供だった。


「クロト、ついてくんな!!」
「ヤダ!!一緒についていく!!」


優しいマザーやシスター達、そしてたくさんの仲間の元、
貧しいながら穏やかな生活を送っていた。
厳しいけど優しいマザー。
穏やかで優しいシスターたち。
仲のいい仲間たち。
アウルは金の髪に青い瞳のシスターを特に「母」と慕い。
兄貴分のスティングや弟分のクロトとはいつも一緒で
将来は教会の手伝いを出来たら、と思っていた。


幸せ、だった。


其の幸せな日々はある日地獄へと変わった。


神の使いだったはずの十字軍が村に攻め入り、
強奪や殺戮を行った挙句、村を焼き払ったのだ。
当然兵士たちは教会にもなだれ込んできた。


光に満ちていたはずの教会は一瞬にして地獄絵図と化した。



悲鳴と泣き声。
血と焼きこげるものの匂い。


兄貴分のスティングは幼い弟妹たちを守ろうと必死に抵抗したが、多勢に無勢。
無数の槍に貫かれ、アウルの目の前で彼は殺された。


「スティングー!!」
「アウル・・・・っ!」


スティングの遺骸にすがりつくアウルを信じられない力で引き剥がし、
シスターは彼を抱えて走り出した。
彼女の傍らには小さな弟分のクロトもいた。
必死に走って、走った。
けれど女子供の足は男にかなうはずが無く、あっという間に追いつかれた。


「お願い、この子達・・・・この子達だけは助けて!!」


アウルとクロトを後ろへとやりながらシスターは必死に訴えた。
涙を浮かべ、必死に二人の子供たちの命乞いをする彼女の姿は普通なら涙を誘っただろう。あいにく、村や教会を襲った兵士たちは普通ではなく、神の使いとは名ばかりの血に飢えた化け物だった。男たちは好色の目でシスターを見やり、そして子供たちを見やった。下卑た笑みを浮かべ、リーダー格が前へと歩み寄ると、シスターたちはそれに合わせて後退する。男の目がすっと細まった。


「ねーちゃんの態度しだいでガキどもは助けてやろう」
「・・・・・・」

アウルには何の事だか分からなかったが、男の言葉を理解したシスターの顔色が変わった。
唇をかみ締め、うつむく。
顔を上げたときは決心を固め、男をまっすぐ見据えた。


「助ける、と約束してくれますか」
「交渉成立。ねーちゃんはこっちへ。ガキどもはとっとと消えろ」


シスターはアウルとクロトを抱きしめると、首にかけた十字架を外し、アウルの首へとかけた。


「神様のご加護がありますように・・・・」


短くそう祈り。
シスターはアウルにクロトを頼むわね、と言うと立ち上がった。


「おかあ・・・さ・・・ん?」
「振り返らず行きなさい」


先へと促すシスターにアウルは泣きながら首を振った。
彼女を置いていくのは嫌だと。
祈れば神様はきっと自分たちを救ってくれる。
だって・・・・シスターはずっと神様に仕えていて。
クロトはこんなにも小さくて何も悪い事はしていない。
自分だってちゃんとお祈りしていたし、大きくなったら神父になるんだ。


「嫌だ・・・・一緒に」
「行きなさいっ!!」


一度も声を荒げたこと無いシスターの声にアウルはびくりとその身を震わせた。
手の中のクロトの握り締め、もう一方で胸元の十字架を握り締める。


神様、お願いです。
僕はどうなっても良いです。
せめてシスターとクロトは助けてください。
僕は悪い事をいっぱいしたけど、この二人は悪い事を何もしてません。
お願い、二人を助けて。


神様。


「・・・・クロトをお願いね・・・・。行きなさい・・・・・」
「・・・・うん」

シスターの必死の眼差しにアウルはうなずくしかなかった。
傍らのクロトが泣いている。


うそつき。
神様はうそつきだ。


そうつぶやくと幼いクロトの手を引き、アウルはゆっくりと歩き出した。
涙が溢れて落ちてゆく。
子供の自分は大人にはかなわない。
悔しくて気が狂いそうだった。

でも。
でも幼いクロトがいる。
守らなくては。

煙を吸い込んでしまい咳き込んだ。
アウルに手を引かれすぐ後ろに続くクロトもまた咳き込んでいた。
恐怖と苦痛に泣きながら。

燃えさかる教会を一度だけ振り返り、アウルは涙した。

ごめん、何も出来なくてごめん。
マザー、シスター、スティング、ごめん。
おいていく事になってごめん。
せめてクロトだけは守るよ。

きびすを返したとき、ふいに鈍い衝撃が走った。
暖かいものが彼の身に降り注ぎ、つんと鉄くさい匂いが鼻についた。
続いて教会からシスターの悲鳴が聞こえた。
アウルは引いていた手を引き寄せる。
目に入ったのは。
クロトの体。

無かった。

体の上にあったはず首が無かったのだ。
悲鳴。
今度はシスターのではなく、まぎれも無く自分の。


「あ・・・・あ・・・・」


クロト。

クロト・・・・!


自分にいつもまとわりついてきた小さなクロト。
元気なクロト。
こいつは神様にお祈りは忘れなかったのに。
好い奴だったのに。
なによりも。
なによりも幼かったのに。


ひゅん。


空を切る音に気づき、とっさに身をひねった。
蒼い前髪が寸断された。
同時に命の無いクロトの躯が転がった。


「ひゃはははっ!好い筋してんな、坊主っ!逃げてみな、力の限り!!鬼ごっこしようぜぇっ!?」


血に狂った男たちの哄笑が燃えさかる村に響いた。

アウルは走り出した。
炎に熱にあおられ、焼かれ。
つんのめりそうになりながらも走りつづけた。
首を失ったクロトの姿が、シスターの悲鳴が脳裏に蘇り。
彼は嘔吐を覚え。吐きそうになった。
その間も男たちは笑いながら追ってくる。
火の粉が舞い散る。
恐怖と怒り。
涙で視界が曇った。


殺されたくない。
いやだ。
生きたい・・・・・っ。


水の流れる音が聞こえた。
下流へと流れる川。
でもその流れは激しく、急で。
飲み込まれたら多分、終わり。


「行き止まり・・・・?」


いやだ。
死にたくない。


銀色の光が翻る。
すんでで交わした。
選択の余地は無い。
水へ飛び込もうとした瞬間。
焼け付くような熱が背中に走った。
喉から溢れだす鮮血にアウルは咳き込むと、ゆっくりと急流の中に落ちていった。



嫌だ、死にたくない。
せめてあいつらを殺すまでは。
僕の大事な物を奪ったあいつらを殺すまでは死にたくないんだ。
悪魔でも何でも好い。
お願い。


生きたいのですか・・・・?


アウルの心からの叫びに一つの穏やかな声が応えた。
彼はわらをつかむような想いでその声に必死に訴えかけた。


うん。
お願い、死にたくない。
嫌だ・・・・。


そう、ですか・・・・。


ひやりとした手が触れた気がした。
そしてもう一つの声が彼に語りかけた。


もう、大丈夫だよ?


その言葉を最後に、アウルの意識は暗い闇へと呑まれていった。

暗転。

気づくと青い瞳が二対自分を覗き込んでいて。
自分は助かったのだと知った。
村の事が気になって聞いたけれど、返ってきた言葉は残酷で。


「上流の村は全滅でしたわ。あなただけが生き残りです」


村は焼かれ、何一つ残っていなかったと。


アウルは大声で泣いた。
全ての悲しみを搾り出すように。
青い目をした桃色の少女はそんな彼を抱きしめ、背中をさすり。
もう一人は沈鬱な表情でそれを見ていた。


ひとしきり涙したあと。
心に残ったのは激しい憎しみ。

神の名を持つ十字軍。
そして自分たちを見捨てた神に対する激しい憎悪。
彼は首にかけていた十字架をはずすと、床へと投げ捨て。


踏みにじった。


重傷を負った体でそんな事が出来るはずはなかった。
けれど苦痛より憎しみが勝ったのだ。


力が欲しい。
復讐するために。


そう言うアウルに桃色の少女は悲しげに微笑んだ。


復讐はなにも生みませんわよ。
出来なかったら死んだほうがまし。
もうっ、いいじゃない。ラクスねー様。


もう一人の少女が大きくため息をつくと、アウルの顔を覗き込んだ。


今この時点でどう言っても聞き入れないわよ。
それよりこの子、気に入ったの。
申し分の無い生命力。
それにあと5,6年もすればとびっきりの美形になりそうよ?


少女の言葉にラクス、と呼ばれた少女は顔を曇らせた。


・・・・血盟を結ぶ・・・・と言うのですか?
んー、成長したら。それまでは手元に置きましょ、ねー様。
それは、この子が決める事ですわ。


桃色の少女は口端を持ち上げて笑うとアウルの頭をなでた。
懐かしい感触にアウルは泣きそうになったが、気丈に彼女を見上げた。


ね、強くなりたいって言ってたでしょ?
・・・・うん。
わたしたちについてきたら強くしてあげる。
本当?
ええ。うちの眷属には剣に秀でたものがいっぱいいるわ。どお?
・・・・強くなれるんだったら。
契約成立。いーわよね、ねー様。
・・・・その子がそう望むのなら。


満面の笑みの少女とは裏腹にラクスはとても哀しげだった。
つらい運命を選択した少年が哀れでならなかったから。


彼の世話を買って出たもう一人の少女はミーアといった。


それがラクスとミーアとの出会い。
16の誕生日にアウルはラクスのと血の盟約を結び、吸血鬼としての道を歩み始めた。
彼がミーアではなく彼女を選んだ理由は簡単だった。
ラクスの力はミーアをはるかに凌駕していたから。
盟約を結ぶものの能力はその主の力に左右される。
アウルがより強い力を望んだ故の選択だった。
ミーアは不満げだったが、将来の伴侶は盟約に縛られるわけではないと知り、それはそれでと自分を納得させていたようだった。


そしてそれからまもなく。


最強の真祖の姫であったアルクェイドの暴走によって真祖たちは滅びの憂き目に遭い。彼らは新地を求め、長い旅に出る事となったのだ。


その間もアウルは自分の牙を研ぎ続けた。
彼から全てを奪った神の使い達に復讐をするために。
彼らの顔を忘れてはいない。
必ず、見つけ出し。
後悔させてやる。


復讐。


アウルにはそれだけだった。
一人、また一人と探し出し。
まるで獲物をいたぶる猫のように。
かつての男たちのように。
恐怖で顔をゆがめる男たちに愉悦を覚えながら彼らを殺していった。
ラクスもミーアもそんな彼をとめる事が出来ず、ただ哀しげに彼を見ていた。


憎しみは更なる憎しみを生むと言うのに。


その言葉はアウルに届くはずも無く。
教会を焼いた者達が皆死ぬまでそれは続くものだと思われた。
そんな時。
旅先で立寄った村でアウルはひとつの運命的な出会いを果たす。
それは彼の憎しみに満ちた魂を救うと共に深い悲しみをもたらした。
だがそれは記憶の底に封印され、今は思い出す事は無い。
心の戒めが弱まる、夢現のときを除いて。




それから数百年。
アウルは二人の姫とともに再びその村にやってきたのだ。





「明日は曇りそうだなぁ」


シンが高台の上で夜空を見上げて一人ごちた。
傍らでステラがオレンジをむいていて
かんきつ類の爽やかな香りががあたりに漂っている。


「秋・・・・だから雨も多くなってくるって・・・・お母さんが」
「ふーん」
「はい」
「ありがとう、ステラ」


差し出されたオレンジの身を口にすると甘酸っぱい香りと
風味が自分の中に広がってゆく。
うまい、と言うとステラは嬉しそうに微笑んで。
そしてシンもつられて微笑んだ。

星の見えない、夜の空。
空を覆う雲の間から明るい月が覗いていた。























あとがき

すいません。
なんかグロくなってしまったうえアウステ要素がほとんどないっ・・・・。!
しかもどうやら長くなりそうです
次回こそはアウステを・・・・!


なお吸血鬼設定は有名な月姫を一部パロ化してます。

                    

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