第3章













アウル。








その名を呼ぶと彼は何だよと、皮肉めいた笑顔で振り返った。


女の子のように可愛くて綺麗なのに。
どうしてそんなお顔をするの?・・・・似合わない、よ?


正直に言ったつもりなのに彼はとたん不機嫌になってしまって。
あなたの自然な笑顔が好きなのに、どうして?
もちろんその顔も好きだけど。
自然の笑顔の方がもっと・・・・好き。
だってとてもとても幸せな気持ちになるから。
そう言ったら彼は難しい顔で黙り込んでしまって。
顔が紅かったから怒ってるのかな・・・・って思った。
だから彼が口を開くのを黙って待つことにしたの。



・・・・ばーか。


ながーい・・・・ながーいだんまりのあと。
彼からやっと返ってきた言葉がその一言。


馬鹿じゃないもん。


悔しくて反論しても彼は同じ言葉を繰り返すばかり。
だからおしまいには彼の胸をぽかぽか叩いて抗議した。

すると。

彼は、アウルは。
大好きな笑顔を浮かべて力いっぱい抱きしめてくれた。


馬鹿ステラ。
お前が望むなら、そうしてやるよ。


神様が大嫌いなアウル。
神様は彼から大事な物を皆持っていってしまったから。
何もしてくれなかったからと。
とても冷たくて悲しい目で空を見る。
でもその空に太陽と青空はない。
いつも厚い雲に覆われているか、夜の真っ暗な空。


太陽と蒼い空を見る事が出来ないアウル。
生きるために。
復讐するために太陽と蒼い空を手放した。
寂しい?と聞くと分からない、とアウルは答えた。


太陽と蒼い空がどんなものだったか覚えていないから。でもさ・・・・。
でも?
太陽なら間に合ってるし?


アウルの眉尻がわずがに下がり。
彼は優しい優しい笑みを浮かべた。
ひやりとした白い手が頬に触れる。
彼の言葉がとても嬉しくてじゃあアウルは空ね、と言った。


ステラが太陽ならアウルはお空。
いつも一緒。
ずっと一緒。


其の言葉にアウルは泣きそうな顔になるとステラをまた抱きしめた。
蒼い髪が風にそよぎ、ステラの顔をくすぐる。
青い瞳がステラを映している。



アウルの蒼い髪は空の色。
綺麗な蒼い目は海の色。



ステラね、一度だけ海を見たことあるのよ。
とっても綺麗で蒼かった。
キラキラ。
キラキラ光っていて。
いろんな色に光るの。
ステラのお母さんがね、海は人が生まれて。
そして還る場所だって言っていた。
だからアウルは海。
ステラの、還る場所。

アウルはステラの空。
アウルはステラの海。






















アウル。
アウルに出会うために、ステラは生まれたのよ。
好き。
大好き。
もし離れ離れになったとしてもね、ステラ、アウル、見つける。
きっとアウルを見つけるから。
































・・・・・約束。
約束・・・・・・ね・・・・・?









































永遠の唄



























「やっぱり今日も来ない・・・・」


 果物の入ったかごを置くとステラは草むらに座り込んだ。
 空を見上げても見えるのはたくさんの枝と灰色の空。
 太陽のない、曇った空のせいで薄暗いこの森はより暗く。そして冷たく感じられた。
 ひやりとした冷気を帯びた風が彼女をすり抜け、彼女の衣服と髪を揺らして去ってゆく。
 日光をさえぎるこの森は相変わらず人の気配が全く感じられない。
 傍から見たら何故このような寂しい森に用があるのだろうと人は思うだろう。
 ステラは先日丘の上の屋敷から帰る途中、見かけた少年に逢いたくて彼が消えた辺りをうろうろしていたのだが、ここ数日収穫はなかった。この事は村の者にはもちろん内緒だ。バレたらきっと出してはくれないだろう。親友のルナマリアにアリバイの協力を頼み、彼女はこうしてやって来ているのだ。  最初の数日はルナマリアもついてきていたのだが、収穫が無い日々に諦めを感じてしまったらしい。やめたら、という彼女を振りきりこうして来たのだが、今日も収穫はゼロだった。その失望感にため息だけがこぼれる。


逢いたい。逢って話をしてみたい。
そして。
何よりもあの時涙と共に溢れた『想い』の正体が知りたい。


 なぜこうもあの少年が気にかかるのか、ステラ自身も分からなかった。
 ただ逢いたいという、その想いが彼女を突き動かしていた。






ぱしゃん。


 すぐ近くで大きな水の音がした。
 其の音にステラは顔を上げて辺りを見回した。


ぱしゃん。



 また音がした。


 音をたどって歩いてゆくと視界が急に開け、湖へと出た。


「大きな湖・・・・。こんなところにあったの・・・・?」


 ステラはすみれ色の目を瞬かせ、森から足を踏み出すと湖の前にたたずんだ。
 いまだ緑を残す木々に囲まれた湖は透明感があり、のぞくと水底の小石や水草が揺らめいているのが見え。吹き付けてくる風のせいか水面が波打ち、澄んだ水の匂いが鼻腔をくすぐる。
 この森は薄暗いうえ、生活に役立つものはあまりないので普段は立ち入る事は無い。森を抜けた先はあの古い館しか無く、夜になると狼の遠吠えさえ聞こえてくる場所。ステラもシン達も大人たちに内緒で遊び場にしていたその館を行ったり来たりしていた頃にこの森を通った事があるだけで、薄暗くて冷たい森という印象しかない。遊び仲間であるヴィーノやメイリンは怖がりでこの森を特に嫌がり。この森を通る際は他のメンバーの裾をしっかりとつかんで離そうとしなかった。
 

そんな森にこんなに大きくて・・・・きれいな湖があるとは知らなかった。


 シンたちに教えてあげたらきっと喜ぶだろう。
 今はもう去ってしまったけれど、夏には水遊びの場として。
 もうすぐ来る冬にはきっと素敵なスケート場になるだろうとステラは喜びに其の目を輝かせた。


ぱしゃん。


 また水の音がしてステラは顔を上げた。
 水面が波立つと今いる位置から少し離れた湖から水しぶきが宙に舞いあがり。水面に少年が姿を現した。

 空色の髪の少年だった。

 シン達とは違い、病的なほどに白い肌。少女のように細い肩に華奢な体。こちらに背中を向けていて顔は分からなかったが、肩から袈裟型に走る背中の傷がとても痛々しく見えた。


あのときの子・・・・かな。
おんなじ蒼い髪だし・・・・。


 そして何よりも。
 懐かしくて切ない気持ちがあの時、初めて彼を見かけたときのように溢れてくる。


あのこだ。
逢いたかったあの子だ。
やっと。
やっと逢えた。


 傍に行こうと足を踏み出した。
 其のつもり、だった。
 だが其の足は地に根が生えたように動かず、ステラはそのまま立ち尽くした。
 ひざだけがガクガクと震えている。


「・・・・いつまでじろじろ見てんだよ」


 冷ややかな声にステラが顔を上げると、湖に浸っていた少年がいつの間にかこちらを見ていた。警戒しているのか其の表情には友好的な色は見られない。かける言葉が見つけられないでいるステラに再度少年の声がかかる。


「男の裸見て面白いワケ?」
「?」


 少年の言う事がの意味が分からず、ステラはきょとんと少年を見返した。緊張が解けたのか、あれほど動かなかった足がふと軽くなる。ところがステラは其の動き出した足に対処しきれず、バランスを崩し、顔面から倒れこんでしまった。派手な音が湖に響いた。顔をしたたかに打ち、其の痛みに涙を浮かべながらもステラはけなげに笑って見せた。


「・・・・・」


 あっけに取られたままの少年の傍にとことこ夜とおもむろにかごを差し出した。


「え、えーと・・・ね。お菓子と・・・・果物と暖かいお茶もあるよ・・・・?」
「・・・・あ、ああ」


 少年は今度こそ本当にぽかんとしてステラとかごを交互みやると、物怖じしないステラにやや気圧されたようにうなずいた。


「何も無いところで転ぶか、フツー」
「ごめんなさい」


 あきれたように一人ごちた少年にしゅんとなったステラが謝ると、なに謝っての?と少年はまた呆れる。謝るとしたらもっと別なことだと思うけど、と。


「?」


 首をかしげて見せるステラになんだよ、この女は・・・・・と口元を引くつかせると同時に少年は大きくため息をついた。そして湖の縁に置かれた服と自分を指差す。


「・・・・あのさ、着替えたいんだけど」
「着替えても・・・良いよ?」
「あのな」


 なおもきょとんとして自分を見るステラに少年は今度は声を少し荒げた。にぶいというか、馬鹿か、この女は。さっきの行動も間抜けだったが、なんでこうもデリカシーのない奴だろう。


「・・・・お前、ずっと見てるつもり?せめて後ろ向けよ」


 見たいなら見ても良いけどと一言付け加えてやろうと思ったが、この女なら素でうなずきかねない。・・・・なんとなくそんな気がした。案の定、後ろを向いたステラは。


「レイとかシンとかの裸はいつも見てるから・・・・気にしないのに」


 洗濯する時などにはついでだと言って彼らから直接ひっぺがえしているのだと言う。むごすぎる、と少年はまだ逢った事のない少年たちに同情を覚えるのだった。





少年はアウル、と名乗った。
ミーアが言っていた例の館に住む「もう一人」だった。


「虚弱体質だぁ?ミーアの奴、好き勝手な事言いやがって」


 鼻息荒げに紅茶をすするアウルをニコニコしながら眺めるステラ。やっと逢えた事が嬉しくて仕方なかった。たくさん話したい事がある。自分の事。双子の兄や家族の事。シンたち幼馴染のこと。そしてアウルの事も聞きたい事がたくさんあった。


どこから来たの?
あのきれいな人たちとは姉弟なの?
お外の世界を見てきたんでしょう?
そして。


前に一度逢った事・・・無いかな。


懐かしい気持ちでいっぱいで。
少しでも長くお話がしたい。


「なんでこんなとこうろついてたんだよ」


 アウルの言葉に現実に引き戻されたステラは顔を上げて考え込んだ。


「うん。前にね・・・・あのお屋敷を訪ねたときね・・・・」

 
 だったら残念だったな、とアウルは肩をすくめた。


「屋敷になら今はいけないぜ。ラクスたちに来客があったんだ。そんで僕も追い出されてきたってワケ」
「お客・・・・さま?」
「そ。だから館を探してもきっとたどり着けない。行っても無駄だから引き返した方が良いぜ、今日は」


探してもたどり着けない・・・・?


 ステラは不思議な面持ちで後ろの森を顧みた。ここからは見えないが、来るときは丘の上に確かに館は見えていた。なのにたどり着けないとはどういうことだろう・・・・?素朴な疑問が浮かんだが、今のステラにはそんな事はどうでもよかった。今日は、あの屋敷に用があったわけではないのだから。


「ううん。今日はお屋敷に用は・・・・ないの・・・・」
「はあ?じゃあなんでこんなとこにいんだよ。迷子か?」


 面倒な事はごめんだと顔をしかめるアウルにステラは微笑み、こう告げた。あなたに、逢いに来たのだと。アウルのマリンブルーが見開かれる。



『やっと・・・・・見つけた・・・・』


 
 脳裏に蘇る、覚えのある響き。
 そのイメージははまだ濃い霧の先で見えない。
 でも懐かしくて。
 愛おしくて。
 ・・・・そして悲しい記憶。

 



『待っていて。きっと、きっと見つけるから』








 



















300年越しの約束は、果たされた。


















 











 森を抜けた丘に建つ館。館の周囲の空気は外から訪れる者を拒むかのような空気を漂わせていた。
 否。
 拒んで、いた。
 森の小動物達はあったはずのえさ場がない事に戸惑い、空の鳥は普段止まっていた館の屋根や庭の木を見つけられず、空で弧を描いていた。そして吹きつけていたはずの風さえもまた屋敷の空間に入り込む事を許されなかった。
 館ではラクスは訪れた客人と対峙していた。そのすぐ後ろでミーアが憎しみに金色へと変化した瞳で控えている。応接間の中央でラクスと正対して座る、招かざる客。金の髪に真紅の瞳を持った少女はそんなミーアを意に介した様子は無く、無邪気な笑みを浮かべていた。ラクスは少女にいつもの笑顔など微塵も見せず、この少女に冷ややかの声を投げつけた。


「わたくし達に今更何用ですか、アルクェイド」























あとがき



 ・・・・第3章でステラ、やっとアウルとの対面。アウステなのに。
 そして『月姫』のお姫様を出してしまいました。コラボ・・・・というほどのものではないですが、彼女ともう一人は出てくる予定。月姫を知らない人でも分かるように随時其の事も入れながら。妄想は尽きないもので予定より全然長くなりそうです。でも彼女はあくまで世界観の一つとして、これはあくまでもアウステのつもりです。月姫は面白いですよー。ゲーム買おうかなぁ・・・・。



                    ← 
                     back to index

template : A Moveable Feast