第1章
















この世に神なんぞ居るものか。
もし居たとしたら殺してやりたい。
僕から全てを奪ったのは他ならぬ神の使いだったのだから。
































永遠の唄

















時は13世紀ヨーロッパ。
度重なるキリスト教徒とイスラム教徒間の戦争。
ローマ教皇インノケンティウス3世の呼びかけにより、
イスラムの本拠地・エジプト攻略に向けて出兵した第4回十字軍遠征
だが
渡航費にも事欠く状態だった彼らはヴェネチア商人の商圏拡張の意向を受けると、
聖地奪還という任務をすっかり忘れ、同じキリスト王国だった
ハンガリーを征服してしまった。
その事で破門され、盗賊の集団と化した十字軍は
同じキリスト教国である
東ローマ帝国の首都コンスタンティノポリスをも征服
してしまう。
その際、十字軍によって同じキリスト教徒である
コンスタンティノポリス市民の虐殺や略奪が行われたという。
のちには異端視された宗派やローマ教皇庁から
異端とされた教会なども十字軍の標的となってゆき。
「正義」を為す神の使いのはずの十字軍は「死」を運ぶ悪魔の集団と化していったのである。









そして15世紀末。
13世紀にめばえて,15〜16世紀に最高潮に達したルネッサンスの時代。
もうすぐ16世紀に入るころのトランシルヴァニアにある小さな村。
草の間で鳴く虫たち以外は誰もが寝静まっている真夜中に3つの影が降り立った。

一人は蒼い髪の少年。
あとの二人は桃色の髪の少女たちで二人はそっくりな出で立ちをしていた。


「このご時勢あちこち忙しいみたいだから、ハンターたちも早々追ってこねーだろ。ここにしばらく落ち着こーぜ」
「そーね。長旅疲れちゃったし。ここは静かで平和そうだし。いいでしょ、ラクスねー様」
「そうしましょうか」


その言葉を最後に三つの気配が闇に溶け。
そして消えた。
リーリー。
虫たちが変わらず鳴いていた。







「ねぇ、ほら空き家だった丘の上のお屋敷に人が入ったらしいわよ」


はしごの上で木の上のオレンジを収穫していたルナマリアが
両親から聞いた噂話をしながら遠くに見える屋敷の屋根を指差した。
下でオレンジを受け取ってかごに入れながらステラもその方向へと目をやった。
最近まで無人だった屋敷は周囲を高い木々や塀に囲まれ、その中をうかがい知る事は出来ない。
手入れは全くされず、荒れ果てていた。
・・・・はずだった。
数日前村人が近くを通りかかったとき、
荒れ果てた空き家だった屋敷はすっかりきれいに整備され、
桃色の少女が門越しに挨拶をしてきたのだと言う。


「あんだけ荒れ果ていた屋敷を数日できれいにしちゃったってことでしょ?
きっとたくさん使用人を抱えるどこかの貴族かなんかよ。興味湧かない?」
「ステラ・・・・良く分からない・・・・」


すみれ色の瞳を数度瞬かせ、小首を傾げて見せるステラに
ルナマリアははぁっと大きくため息をついて見せた。
このような果てに来るような貴族だ。
決して華やかな王宮の者ではないだろう。
だからこそ恋のチャンスだってあるかもしれないと
ルナマリアは言いたかった。
だが。
この幼馴染の少女はいつもそうだ。
敬虔なクリスチャンだが、それ以外の事となるとポーっとしていて恋人も見つけられない。
周囲に恋人候補に名乗り出たいものは五万と居るだろうに気がつきもしないのだ。
その候補者たちの中に彼女らの幼馴染のシンも居るのだが。
このままでは興味を持ちそうに無いステラにルナマリアは
話の方向性を少し変えてみる事にした。
ステラが興味を持ちそうな方向へと。


「この辺は市場とかないからこの村から食料とか調達しなきゃならないじゃない。
届ける役目は当然あたしたちよね。
そのときに素敵な方とお友達になれるかもよ?」


お友達。


その単語にステラの顔が輝いた。
この狭い村には若者の数は限られている。
もしかしたら歳の近い、新しいお友達ができるかもしれない。
そして遠くから来た人間となれば知らない土地の話とかも聞けるかもしれない。

その期待にステラの胸が躍った。









その日は意外にも早く来た。
ステラの母、マリューから例の屋敷に野菜を届けるように頼まれたのだ。
ルナマリアは好奇心で紺青を輝かせ。
そして双子の兄のレイと幼馴染のシンは心配そうに彼女を見やった。
レイは付いて行きたかったのが、村の若い男は総出で収穫を手伝っていて、
今は手が離せないのだった。


「一人で大丈夫か?」
「・・・・ステラ、子供じゃないよ・・・・?」


心配性な兄を安心させるようにステラは笑った。


「ステラ、俺も一緒に行く。途中森があるんだ、一人じゃまずいよ」


そこへ仕事で手が離せないでいるレイに代わって
シンがついてゆくとひょっこりと二人の間に顔をのぞかせた。


「あんたも収穫手伝わなくていいの?」
「俺一人いなくても平気だろ?ステラ一人じゃ心配だ」


あきれ顔でため息をついて見せるルナマリアだが、
シンはそ知らぬ顔をして聞きながす。
たった一つしか違わないくせに何かと姉ぶる彼女の態度が気に食わない。
今だってそうだ。
言われなくても分かっている。
だがシンにはどうしても譲りたくないものがあって。
その一つが妹でもう一つがステラだった。






緑黄の木々に混じって赤や黄色が見える。
肌を包み込むような、どことなくひやりとした空気。
雲は薄く、広々とした青空で。
夏は焼きつくような太陽も
今は静かに彼らの上で光を降り注いでいる。
”動”の夏から”静”の冬への準備を思わせる秋が日に日に濃くなってきている。

枯葉と小石の混じった森道を音を立てるように踏みしめて歩く金の髪の少女と黒髪の少年。
少年は大きなかごに入った野菜を重そうに持ち、少女に寄り添うように歩いている。
彼らを囲む森の間でさわさわと木々が時折ささやくかのようにそよぐ。
日光をさえぎる木々のせいか肌寒い空気は更に冷たく感じられ、
上着を着てくれればよかったかなとシンは其の身を震わせた。


「ごめんね。シン・・・・」


シンが行くとあって予定より重くなったかごを見て
ステラは心底申し訳なさそうに彼を見る。
だがシンは大丈夫と頭を振って微笑んだ。


「別にいいよ。俺もあの屋敷に興味あったし」


其の言葉は半分は真実で半分は嘘だった。
確かにあの屋敷に住み着いた者はどんな奴か見たくはあったが、
そんなことよりシンはステラのほうが心配だった。
得体の知れないよそ者相手にステラが何かあっては取り返しがつかないし、
そしてまた。
ステラにも親しくなってもらいたく無かった。
自分がいてルナマリアたちがいるのだ。
それでいいのではないか。
今もこれからもステラのそばにいて。
彼女を守っていくのは自分なのだから。



やがてたどり着いた屋敷。
黒い鉄の門は鍵がかかっておらず、あっさりと開いた。
ステラとシンはこわごわと其の敷地内に入ってゆき、辺りを見回した。
以前ここを訪れたのはだいぶ前。
誰もいない事をいい事に子供たちはここを遊び場にしていたのだ。
荒果てていたはずの屋敷は今は丁寧に白く塗りなおされ。
窓は磨かれ、あけ放たれた窓からは白いカーテンがゆれていた。
雑草がはこびっていた広い庭は綺麗に刈り取られ、
花壇には秋の花であるコスモスと彼岸花が揺れていた。
ステラの目を引いたのは真っ白い彼岸花。
何の穢れも無い真っ白な色、
紅い彼岸花しか見た事の無かったステラは其の美しさにしばし見ほれた。


「へえ金色のコスモスか。珍しい」


そして其の隣でシンが目を留めたのは紫のコスモスの近くに咲く金色のコスモス。
紫のコスモスに向かい合うように植えられた金色のコスモス。
ステラの金髪はもっとやわらかいが、ステラの笑顔を連想させる其の色に
シンは紅い目を細めた。


「わあ、ありがとうございます」


まるでタイミングを計っていたかのように
かけられた声にステラとシンは我に返った。
人見知りの激しいステラは慌ててシンの後ろに隠れ、
彼の背中越しからそっと彼女たちを見やった。
屋敷から姿を現したのは二人の桃色の髪をした少女たち。
二人ともまるで合わせ鏡のようにそっくりで
異なるのは頭の髪飾りと彼女らの表情だった。


頭に星飾りをつけ、無邪気な子供のような表情を浮かべた少女。
彼女はまるで子の間去っていった夏の日差しを思わせ。
彼女の隣に静かにたたずむ月の髪留めをした桃色の少女は
穏やかな湖水を思わせる微笑を浮かべていた。
例えるのならば秋。
今の季節のようだった。


「あ・・・・野菜を届けに」
「待っていたの!これでおいしい野菜スープができるわぁっ」


シンが置いた野菜かごに歓喜の声をあげる星飾りをした少女。
其の少女に傍らの桃色の少女は微笑を深くしたが、
ふとシンの後ろのステラに気づき、わずかに目を見張った。
そしてかごから顔を上げたもう一人の少女の顔もまたこわばった。


「?」


空気の変わった事にきづいたステラは
ワケが分からず、目をしばたたかせた。
無意識にシンのシャツを握る手に力がこもる。
そんなステラにきづいたシンはステラの手を握り返すと
安心させるように笑ってみせ。
そして少女たちの方に向き直った。

「収穫が残っているのでそろそろおいとまします」
「お茶の用意をしていたのですけど・・・・。残念ですわ」


先ほどの動揺などすっかり消え、穏やかな笑みを浮かべた少女は
残念そうに小首を傾け。
名をラクス、と名乗った。
もう一人の少女は先ほどの動揺からまだ抜けきっていなかったのか、
こわばった笑みを浮かべていたまま、ミーアと名乗った。

「越してきたばかりでまだおともだちがおりませんの。またお越しいただけたらうれしいですわ」

ラクスはそういうとまた微笑んだ。
其の微笑みと声は優しく穏やかでステラとシンの警戒を徐々に解いてゆき。
知らぬ間に二人は自分の名と住む村を教えていた。


「お二人だけ、ですか?」


彼女ら以外の気配が全く感じられない屋敷を不思議に思うシンに
ミーアは肩をすくめて見せた。


「本当はもう一人いるんだけど、昼間はめったに姿を見せないの。
日差しが苦手でね〜〜。ま、ちょっとした虚弱体質ってやつ?」
「使用人たちは今はお昼休みに入っていて姿を見せませんが、数人おりますわ」


ミーアの言葉に付け加えるようにラクスもうなずく。


「お友達を連れて今度またいらしてくださいな。歓迎しますわ。ステラもぜひ。
女の子のお友達、欲しかったのですもの」

そういって差し出された手をステラも手を伸ばして握った。
ひやりとした白い手。
でもとても優しくてはかなげで。
そして綺麗な手だった。



結局しばらく引き止められ、お茶をご馳走になったあと、
二人に見送られながらシンとステラは屋敷にをあとにした。


「感じがよさそうな人たちだったね」
「うん」


シンの言葉にステラは満面の笑みで答える。
屋敷は相変わらず人の加配は無くひっそりとしていたが、
シンとしてはあの屋敷が綺麗な女の子たちでよかったと安心した。
あの子達ならステラを取られる心配は無いのだから。





秋も深まる今は日がくれるのも早い。
シンとステラは暗くないうちに村へ戻ろうと足早に森を歩いていった。
ふと。
ふと誰かに呼ばれたような気がして。
ステラは立ち止まった。

否。

声が聞こえた、と言うわけではなく。
なんとなく内なる声が留まれとささやきかける。
どうしてだか分からない。
なんとなくそんな気がした。

すると。
森の間から一つの影が横切った。

少年だった。
おそらく自分と同じくらいの。
どこか少女めいた整った顔立ち。
蒼い髪。
ほっそりとしているけれど、鋼を思わせるしなやかなさをもった身体。
黒いズボンに腕まくりをされた白いワイシャツの大きく開いた胸元には銀色のペンダントが光っていた。
少年はステラにきづいた様子は無く。
瞬く間に森の奥へと姿を消した。


「・・・・あ」


何故だか分からない。
其の少年の姿を見たとき。
心の奥に眠っていた何かが目覚めさせられたようだった。
それはとても懐かしく。
苦しく。
そして愛おしいもので。



涙が、溢れた。



「ステラ?」


あとについてきてなかったステラにきづき、
引き返してきたシンが驚いて声を上げた。


「どうしたんだよ、何かあったの?」
「・・・・・分からない。どうして、かな・・・・・」


ステラ自身も何故だか分からなかった。
でもさっきの少年を見たとき。
ステラの胸に生じたたくさんの想いは涙を伴って溢れ、
留まること無く、ステラの頬を濡らし続けるのだった。

あとから。
あとから。





















あとがき。


やはり続きものになってしまいました。
すいません、近いうち完結させます。
長くなりそうですがお付き合いいただけると嬉しいです。




                    

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