カーニバル


後編








『この祭りのメインイベント!葡萄踏み!!』


このアナウンスに会場がいっそう沸いた。


「ブドウ・・踏むの?」


ステラは大量の葡萄の入った巨大な樽の前に困惑して、首をかしげた。

彼女にとって葡萄は食べるものであって踏むモノではないからだ。


「ああ、そうだよ。裸足になってブドウを踏むのさ。これで美味しいお酒が

出来るんだよ」


一人の主婦が困惑するステラの手を
引き、樽の中にはいるよう促した。


「ささ、裸足になって。そこの恋人の兄さんと一緒におやり。

この町では大切な人と一緒にやるんだよ。夫婦の幸福や縁結びの意味もあ

るのさ」

「人生の苦労を共にし、これからも歩んでいくために」


ばかばかしい。

そんなんで未来が約束されるとでも?


アウルはバカにしたような眼差しで樽の中のひとをみやった。

だがステラはそう思わなかったらしい。

アウルの袖を引っぱって葡萄踏みをやろう、と笑う。


「ああ?なんでだよ、めんどくさい」

「ステラ、アウルと一緒にやりたい」


面倒くさげなアウルに対して珍しく物怖じしないステラ。

ぐいぐいと袖を引っぱってアウルを引きずっていく。

この馬鹿馬鹿しい空気にあてられたのかよ、とぼやきつつアウルは

仕方なく葡萄踏みに参加した。


「うげっ、きもち悪っ」

「?楽しいよ?」

葡萄の感触に顔をしかめるアウルを不思議そうにステラは見る。

膝上までにたくし上げられたスカートから彼女の白い足が覗いていた。



「・・・っ」


裸を見慣れているはずなのに。


自分のこの動揺は何なんだろう?


「・・馬鹿にあてられたのは僕の方かも」

「?」

「なんでもない」



「ごくろうさん。楽しかったかい?」

「うんっ」

こくこくと頷くステラに街の人々は顔をほころばせる。

アウルは、というとしかめっ面で葡萄で汚れた足を吹いていた

ふと自分の衣装の裾を引く感覚にアウルは自分の足元に目をやると

7,8歳くらいの幼い少女が彼を見上げていた。


「何?」

「お兄さん、これお姉さんと一緒に」


と差し出されたのはクルミがたっぷりとのった、四角い焼き菓子。

甘く、香ばしい香り。


「・・さんきゅ」


礼を述べて受け取ると少女は嬉しそうに微笑み、後ろで待つ

母親とおぼしき女性の元へ走っていった。飛びついて甘える少女。

何かをしきりに言っている。きっと成し遂げたことを話しているのだろう。

その光景にアウルは一瞬昔の記憶が頭をよぎった。


幼い自分。
       
ヒト
優しかった女。

だがそれは一瞬のことで。

刺すような痛みをもたらして消えた。


女性はアウルに気付くと彼に軽く会釈してきたので

無理矢理笑みを作り、同じように会釈を返すと、彼はその親子にさっさと背を向けた。


どういう訳か、胸が痛い。

それは徐々に大きくなり、頭痛を伴って悲鳴を上げ始めた。

頭を抱え、手にはさっきのお菓子。

どうしようか、と思っているとステラがアウルの手元をのぞき込んできた。


「・・やるよ」

「・・?ありがとう」


アウルの変化に流石のステラも気付いたようだった。

少し考えると何を思ったのか、いきなりアウルを強く抱きしめた。

あまりの驚きにアウルが固まると、ステラはそのまま彼の背中をいい子、いい子と

軽く叩く。繰り返し繰り返し。


「何すんだよ、馬鹿!!」とアウルは怒鳴りつけてやろうと思っていた。

だがさっきまであれほど痛かった心が。

痛みが徐々に癒されていき、替わりにに暖かいモノが満たしていく。


心地いヒトの体温。

穏やかな心音と同じようにゆっくりと響く背中の振動に

安らぎを感じ、アウルはされるがまま瞳を閉じた。






「おやまぁ、大胆だコト」

「こりゃあ、邪魔しちゃ悪いねぇ」


 街の人々の声にアウルは我に返ると、慌ててステラを引きはがして怒鳴りつけた。


「何すんだ、馬鹿!!」

「あ、元気になった」

 
アウルの怒りなど何処吹く風と良かった、ステラはふわりと笑った。


「訳分かんないヤツ」


とアウルは毒づく。

だがさっきまでの胸の痛みが嘘のように消えていた。




「今年の葡萄酒だよ、おあがりなさい」

 
今年の葡萄酒はここ10年で一番の出来だと小太りの男性がアウル達に勧めた。

酒場のマスターだというその男性は年期の入った白い前かけをしていた。


「きったねー、その前掛け替えたら?」

アウルのもっともな意見に男は腹を揺すって大笑いをした。


「はははっ、そうだけどよ、こりゃ女房が嫁に来たばっかのときにくれたもんでなぁ。

気に入ってんだよ」

「そういうモン?」

「そうさぁ!このお嬢さんと一緒になったら俺の言っている意味分かるようになるよ。

なあ、お嬢さん?」

「うん!」

「だから違うって」


こいつは絶対意味が分かっていないとアウルは苦々しげにそう思った。

そんなアウルを知ってか知らずか、ステラはお菓子を彼の前に

つきだしてこう言った。


「アウル、あーん」

「はあ?」

「さっきのお菓子、二人で食べよ?」

「なんでお前が食べさせんだよ?」

「恋人が食べさてあげるんだよって、おばさんが」

「なんでもかんでも信じんなよ」


だから恋人の意味も分かっちゃいねぇくせに。


「自分で食べるから、寄こせって」

「あーん」

「だーかーら」

「あーん」

「・・はいはい。負けましたよ、口開けりゃいいんだろぉ」


頑固に食べさせようとするステラについに折れて、アウルは口を開けた。

菓子を頬張るとナツメの甘い香りとクルミの香ばしさが口に広がった。

優しくてほっとするような甘み。

素直な感想がアウルから漏れた。


「うまいな、これ」

「うん、美味しい。もっと食べたいなぁ」


レシピ聞いておけば良かったかな、とアウルは少し後悔した。

こうなっては自分の舌を頼りに再現してみるしかない。

自信はなかったが、出来ればステラはきっと喜んでくれるだろう。

アウルの唇から自然と笑みがこぼれた。





葡萄酒は酒場の主人が言ったとおり、素晴らしいできばえだった。


口当たりも香りも良く、アウルはついついお替わりしてしまった。

だが、残念なことにアウルはもとからあまり酒の強い方ではない。

自分がつぶれては誰がステラを連れて帰るのか。

名残惜しげにアウルはお替わりを一杯にとどめた。

ふと連れのステラのことが頭をよぎった。


「ステラぁ、お前あまり飲むなよ?・・連れて帰ってやんない・・・っておい」


案の定、ステラに気付いたときは彼女は既にできあがっており、

とろんとした瞳で座り込んでいた。







アウルは溜め息をつくと水のペットボトルを手に、

ステラを広場の角に連れて行き、階段の踊り場に座らせた。

そして自分も彼女を後ろから抱えるような形ですわった。

日が暮れ始めて気温が下がってきていた。その気温は肩の大きく開いたドレスを着た

ステラにとって肌寒い。おまけに酔っぱらって半分くらい夢の中だ。

アウルはステラに風邪を引かせないよう、彼女を包み込んだ。

ペットボトルの口を開けるとステラの口元へ持っていき、飲むように

促す。鬱ら鬱らを始めていたステラは頷くと

こくこくと小さく喉を鳴らして飲んだ。そのことを確認するとアウルもまた

その水を飲む。



アウルぅ・・」

「なんだよ?」

「・・今日は・・優しい」

「・・・」

ろれつの回らない声でステラはぽつりぽつりと言葉を発した。

アウルは水を飲む手を止めて腕の中のステラを見やる。

が後ろからでは彼女の表情は確認できない。


「いつも・・こうだったら、いいのに・・・」


ステラの言葉にアウルは頬が熱くなるのを感じた。


「・・バーカ。いつだって。どんなときだって。お前は大事だよ」。





何照れてんだよ、僕。

ステラなのに。

・・・・。

・・ステラ、だからなのかな。



あの運命の日。

街で浮かれて踊るお前。


ミネルバ
新型艦との最初の地上戦闘で。

ネオに後は頼むと言われて悲しそうに頷くお前。


久しぶりの休日。

海辺で無邪気に遊ぶお前。


無意識にいつも視界の隅で追っている。



「なんだよ、寝ちまったの?」


気がつくとステラは自分の腕の中で安心したように寝息を立てていた。

アウルは溜め息をついて眠るステラに頬を寄せ。

そしてぼそりと一言付け加えた。


「・・ずるいヤツ」












「・・・アウル」


タイミングを見計らっていたかのように見慣れた人影が近づいてきた。

黄緑色の角刈りに。

白いスーツ。

サングラス。


「・・おせぇよ、スティング」


アウルの文句にスティングはサングラスを外して金の瞳を細めた。


「邪魔して良かったのかよ」

「は・・?」

「楽しそうに踊ってたから声かけにくかったんだよ」

「てめ・・」


ステイングが人悪い笑みを浮べると、アウルは怒りと恥ずかしさで頬を染めた。

だが眠るステラのことを思い出し、怒号をかろうじて飲み込んだ。

あわてて彼女を見やるとまだ穏やかな寝息を立ている。

ほっと息をつくアウル。

スティングはステラの寝顔をのぞき込むと、満足そうな笑みを浮かべた。


「・・楽しかったみたいだな」

「まあ、悪くはなかったけどね」


素直じゃねぇな、とスティングは苦笑した。

サングラスをかけ直すときびすを返し、停めていた車の方へと向かう。

そして正面を見据えたままアウルに声をかけた。


「お姫様は任せた。早く来いよ」

「フン」


アウルは鼻を鳴らすとステラをそっと抱きかかえた。

穏やかで慈しみの表情で彼女を見やると、スティングの後を追って

ゆっくりと歩き出した。








BGM「I Wanna Go to A Place」
カーニバル後編。
前編・中編・後編と渡り、
ここまでよんでくださって
有り難うございました。





中編