『絆』という名の架け橋の下に(前編)








『・・・・・ということからプラントは約8年ぶりにプラント最高評議会の総入れ替えを行おうことを決定し、今月末にその総選挙が実施される事になりました』





テレビの中のアナウンサーが無表情に淡々と告げるニュースにスティングは皿をふく手を止めて画面を見やった。
プラント最高評議会。
その名の通りプラントを統括する国最高の機関である。
かなり大掛かりのニュースであるはずなのにこのアナウンサーの無関心な事。
所詮はプラントでの出来事であって地球国家には関係ないと踏んでいるのだろうか。
それとも職業だから無関心を装っているのか。
スティングとしては後者であって欲しいと願った。
このアナウンサーだけではない。
今回の選挙にどれだけの人が関心を持つのだろう。持ってくれるのだろう。
コーディネーターとナチュラルの垣根を取っ払って関心を持ってくれればとスティングは思う。
ナチュラルだけではない。
願わく選ばれる者達の中にナチュラルに関心を持ってくれる者が少しでも多くいてくれたら。
元々は同じ存在であったというのに数多の犠牲を払い、ようやく歩み寄りを見せた二つの国家。
選挙の行方は今後の関係に大きな影響を与える事は間違いないのだから。

スティングは皿をふき終えると店内に視線を走らせた。
窓際の席では近所の主婦連中と世間話に花を咲かせているアウル。
奥のあいているテーブルでステラが懸命にポプリ作りを教えていて、
そんな彼女の周辺でお茶をお供にしながら若い女の子たちや子連れがワイワイと共にポプリを作っている。
そしてキラは。
客席から下げて回ったカラの食器を両手に大量に抱え、
うまくバランスとりながらスティングの元へと向かってきている。
うず高く重ねられた食器がカチャカチャと音を立てて、盆の上でユラユラと揺れていたが、キラのうまいバランスとりで落ちる気配がない。
もはや曲芸に近い芸当だ。
よくまぁ器用にやってのけるもんだ、とスティングは毎度の事ながら感心した。


「わりぃな。ひと段落着いたところで休憩にしないか?」
「やったぁ」


キラは茶目っ気たっぷりに喜んで見せると、手際よく食器を食器を下ろしていった。
そしてスティングも残った残飯を手際よく片付けて食器をシンクの中へと放り込むと、入りきらなかったぶんはカウンターの奥に積み重ねた。


食器は軽く洗ってあとはこの大型のデッシュウォーシャーに任せる事にしよう。頼んだぜ。


最近購入して取り付けたデッシュウォーシャーを誇らしげに見やりながら、スティングはキラに熱いコーヒーを淹れた。
昼食からそんなに時間はたっていないから軽めにと傍らにクッキーを添える。
今回は趣向が違っていていてアウルのではなく、ステラの手製。
ちょっと焦げたところはあるが出来栄えは上々。
一度シンにも味見させたが、ルナマリアのこげたクッキーばかり食わされ続けたうえに、
ステラに関してはとことん甘い評価になるのでシンの評価はあまり当てにならないとアウルは言っていたが。


「あ、おいしい」


思ったとおりキラの反応も好評でアウルもうかうかしていられねぇなぁとスティングはほくそ笑んだ。
日々切磋琢磨。努力に根性。
ああなんて素晴らしき言葉。


「根性は関係ないと思うなぁ」


クッキーをかじるキラに突っ込まれたが、スティングはあえて聞こえないふりをして、店内に視線を戻した。


「まぁまぁー、できたぁー」
「そう、よかったわね」


おそらくコーディネータなのだろう。
銀髪に紅瞳の子供が似た容姿の若い母親に自分の作品を掲げて見せていた。
丸いほっぺたを真っ赤にして、得意げに目をキラキラさせる幼い子供。
若い母親も可愛くてたまらないというように、わが子の頭をなでてほめてやっていた。
そしてその光景をうらやましそうに見つめているステラにスティングは困ったような笑みを浮かべた。


ああまた子供が欲しいと言い出すだろうな、ステラのヤツ。
アウルのヤツ、今度はどう出る?


喫茶店を始めてから次第に家族連れが増えるにつれ、ステラは何かと子供を目にする機会が多くなっていった。
母親に甘える子供、甘えられる母親を見てそれらをうらやましく思うのは必然だったといえよう。
ステラもとうとう子供が欲しいと言い出して、アウルを困らせていた。
自分たちの意思だけではどうにもなるわけでもない。
努力もあるが(それが何か説明せんでも分かるだろ)、運もある。
アウルも本気で困るのでスティングも茶化すことも出来ず、最後には必ず自分にもお鉢が回ってくるのでスティングとしても頭が痛いことだった。
どうしたらいいものかと思案して天井を仰いだとき、ドアに下げてあった鐘がカランとなって客の来訪を知らせた。


「よぉ」


ひょっこりと顔を出したのが、めったに見ない、そして久方ぶりに見る顔。
浅黒い肌に皮肉めいた笑みを浮かべる男、ディアッカ・エロスマンだった。


「エルスマン!!お前わざとだろ」
「どこから僕だって分かったの?」
「浅黒い、からだ!!」


妙なナレーションを入れたキラを一睨みすると、マスターのスティングに向かってディアッカはよっと片手を上げて見せた。


「ラブレター小説はお断りだぜ」
「・・・・いつの話してんのよ」


渋い顔を見せたスティングにディアッカもややむっとした顔をして見せた。


スティングのいうラブレター小説とは以前、ミリアリアに読んでもらうべくディアッカが持ち込んだラブレターの事だった。
ミリアリアに何とか振り向いてもらいたいと相談を持ち込んだ彼にスティングはラブレターはどうかと提案したのだが、その次の日に彼から鼻息あらげに持ち込まれたのが十数ページも及ぶラブレター。分厚い束を見てひどい頭痛に襲われたものだった。


「ちなみに番外編『迷える子羊に愛の手を』参照な」
「なんだぁ?」
「宣伝宣伝♪」
「??」


ディアッカはそこで自分の当初の目的を思い出したらしく、すぐにもとの顔に戻ると、スティングに用件を切り出した。
否。
切り出そうとした、が正解であろう。


「きっさまーーーー!!いつまで入り口に突っ立ったままでいるつもりだぁーーーーっ!!!」


周囲を揺るがすくらいの怒鳴り声とともに尻を蹴飛ばされたディアッカは、吹っ飛んでカウンターに突っ込むとその勢いのままカウンターを乗り越え、そのまま顔面で着地した。派手なY字をかたどった彼の二本足が宙高くに伸びる姿は滑稽というか哀れみを誘うというか。


「グゥレイト」


素晴らしいタイミングで自分のコーヒーとお菓子を避難させたキラがディアッカの十八番をつぶやく。
同様に大事な食器を避難させたスティングはぽかんと口をあけて入り口に立つ見慣れぬ来訪者を見やった。
直接は会った事はないが、キラたちから話を聞いていてよく知っている。
しかも戦時中、一度あいまみえた事が会ったそうだ。
そう、開戦のきっかけとなったユニウス・セブンの落下事件のとき。
あのときはモビールスーツ越しで顔は知らなかったが、とにかく強くて当時の自分は手も足も出なかったのをよく覚えている。


ザフト軍、ジュール隊隊長。
イザーク・ジュール。


何故彼がここに?









後編へと続く







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