君の隣は俺であってほしい。
君の隣が俺の居場所。


















君の隣




















一月前から人気レストランを予約した。
腕いっぱいの深紅の薔薇も用意した。
精一杯のくどき文句も考えた。
ホワイトデーは完璧なはずだった。

けれど。


「・・・・・38度5分」



ヨウランの持つ体温計がピッという音ともに無情にも指し示した数値。

それだけではない。
頭は痛むし、体が熱くて寒い。
コンコンと時折、細かい咳が唇から漏れる。
完全に風邪だった。
それもホワイトデーの当日。


前日から調子が悪くて早めに寝たというのに結局そのまま悪化していったようで。せっかくのデートプランがふいになりそうなことを知ったシンは泣きそうになった。

体温計を手にしたヨウランは困った顔でそんな彼を見下ろす。
デートは夕方からといっても、到底無理な話しだった。
勤務を欠勤したのにデートに出られるはずも無く、それどころか当分は外出禁止だろう。
ヨウランが慰めの言葉を思案していると表のブザーが鳴った。
モニタを覗く取るとやはりルナマリア。


「会いたくないって言って!!」


シンは来訪者に気づくと、布団を頭からかぶってしまった。
プライドはズタズタ、自分への情けなさでシンは会いたくない、とただ繰り返す。
ヨウランは困りきった表情をさらに深くしてシンとモニタの中のルナマリアを交互に見やった。

もし、シンと同室だったレイが居たのならば何とかしてくれたであろうとヨウランはため息をつく。

どんなに彼を必要だと、どんなに彼を懐かしく思っても逝ってしまった者は帰ってこない。
親しいといえる間柄ではなかったが、彼の戦死を聞いてひどく哀しかったのをヨウランは覚えて居る。
交流は少なかったものの、彼の存在は確かに大きかったのだ。


「悪い、今会いたくないってさ。気落ちしてるんだ、分かってやってくれ」


モニタ越しに、後半の部分はシンに聞こえないようにそう告げると、
ルナマリアは表情を曇らせ、分かったわ、とだけつぶやいた。

音を立ててモニタのスイッチが切れた。

暗くなった画面を前にヨウランはまたため息をこぼした。


「しっかり水分は取って置けよ」


枕元にスポーツドリンクをおき、そう言い含めると、ヨウランは部屋を出て行った。

しゅんと空気が漏れる音のあとに扉がまたしまる音が毛布越しに聞こえて。ヨウランの気配が消えたのを確認するとシンは毛布の中から顔を出した。

蛍光灯の光が目にしみる。

唇を噛み、悔しさと情けなさで拳をなにもない宙に突き出した。
シンは一言畜生、とつぶやくと。

薬が効いてきたこともあって、ゆっくりと眠りの海へと落ちていった。



どれくらい眠ったのだろうか。
シンはふと人の気配を感じて目覚めた。
まぶたを上げる力がまだ戻っていなかったが、無理をしてまぶたを押し開く。視界に入ったのは部屋を照らす白光の光。

・・・・・そしてプラチナブロンドだった。

シンは目を疑い、やはり自分はまだ夢の中なのかと思った。
そう、そのプラチナブロンドはもう思い出の中でしか見られない色。
ここに無いはずの輝き。


『調子はどうだ』
「・・・・最悪」
『そうか』


もう聞くはずもないと思った声にシンはボソリと不機嫌に言葉を返すと、気配は微かに笑ったようだった。


『あまり皆に心配かけるな』
「分かってるよ」
『ふさぎこんでいると皆が余計に心配する。そういう時だからこそ毅然とするべきだろう』


相も変わらず言葉は厳しいけれど、口調は柔らかく、諭すかのよう。不機嫌になって自分が恥ずかしくさえ思えてきて、ゆっくりと負の感情が薄らいでくる。


『そしてこういうときこそ甘えるのもいいと思うぞ』
「誰に」


分かっていてもあえて口にしない。
気配もそれを知っていうようでやれやれと苦笑交じりの呟きが聞こえた。
その気配が懐かしく、落ち着く。
再び眠りの海が満ちてきてシンをゆっくりと引き込んでゆく。
もっと話していたいのに、姿を見たいのに、眠りの誘惑に勝てない。


『今はゆっくり休め。別に今でなくても、ルナマリアは分かってくれる』
「・・・・ん」


まどろみの中シンはゆっくりとうなずく。


『肩肘を張りすぎるな』
「レイに言えた義理じゃなと思うな」


自分が眠りに落ちる間際にこぼした最後の言葉で気配が。
レイがそうだな、と笑ったような気がシンは、した。


再び目覚めると、頭の後ろにあてられた氷枕、額の上にもつめたいタオル。
ベットの脇には規則正しく上下する華奢な肩とワインレッドの頭。
わずかに身を起こせば、ルナマリアがシンのそばですやすやと寝息を立てていた。

レイの気配はどこにも無く、やはり夢だったのかとシンは寂しく一人ごちる。

けれどそれは傍らの暖かい体温ですぐに安堵に取って代われ。
シンは愛しさをこめてルナマリアの髪に触れた。

疲れて居るのか、彼女に起きる気配がない。
ならば口付けてもいいだろうとシンはスケベ心を起こしてゆっくりと身をルナマリアに寄せる。ふと枕元のペットボトルの数がいつのまに増えているに気づいて紅瞳を瞬かせた。

きっと仲間達からだろう。
彼らの気持ちが嬉しくてシンの表情は微笑を形作った。


「う・・・・」


一言うめいて、ルナマリアが身じろぎをした。
閉ざされた双眸から深い紺が現れる。


「おはよ」


寝顔に口付ける機会を逃したを残念に思いながら、シンは思いのほか素直な表情を彼女に向ける事が出来た。
穏やかなシンの表情にルナマリアはほっとした表情を浮かべ、身を起こすと、手を伸ばしてシンの額に触れた。

ひやりとした、優しい感触。

昔、自分が病気をしたときこんな風に自分触れていた母の記憶を呼び覚まされ、シンは大人しくされるがまま双眸を閉ざす。


「熱まだちょっとあるけど、大分下がったみたいだね」


手が離れて、再び目を開けるとルナマリアの紺が目に映る。そこには邪険な態度をとった自分に対する非難の色はない。ただ慈愛に満ちた暖かな眼差しがそこにあった。泣きたいような、笑いたいような愛おしさがこみ上げてくる。


「ルナ・・・・抱きしめても良い?」
「へ?いい・・・・けど」


いつもなら相手の了承など聞くこと無いのにとルナは不思議な顔をした。


「ホラ・・・・俺、いま風邪引いてるから・・・・」
「なんだぁ、そういう事。よろしい、来なさい」


ルナマリアは嬉しそうに破顔すると腕を広げた。シンは座りなおすと遠慮なく、彼女の腕の中に納まった。ルナマリアに腕を回し、肩に顔を埋めるとしっかりとしがみつく。


そんなシンははまるで幼子に還ったかのよう。


「ルナぁ、今日はごめん」


ルナの方に顔を埋めたまま、シンがささやくと、シンの頭に頬を寄せたルナマリアがなにを、とささやき返す。


「色々と」
「なんでもないわよ、そんな事」


穏やかな語調で言葉を返すと、シンをあやすかのようにルナマリアは彼の背中をなでる。その心地よさに幸せを感じながらシンは微笑む。


「ルナ、これからも一緒にいてくれる?」
「あたりまえじゃない。あんたこそ傍にいてくれる?」


ルナマリアの言葉に愚問だとシンは笑うとまぶたを閉ざしてルナマリアの体温に身を任せた。

君の隣は俺であってほしい。
君の隣が俺の居場所。

互いの温もりと心音を感じあい、母に抱かれた遠い昔を思い出す。
二人は抱き合ったままゆっくりとまどろみに落ちて行き。






見舞いに来たヨウランたちが寄り添って眠る二人を見つけたのはそれからしばらく後のこと。
















あとがき

ホワイトデー小説。
一生懸命かっこつけるシンよりそのままのシンがルナマリアは大好きなんです。突っ張って居るシンもしんどいだろうともレイは分かって居るから肩肘張るな、と告げに夢に現れました。死してもなお、レイは二人の幸せを願ってやまない。シンとルナマリアは周囲にも暖かく見守られながら、きっとしあわせになれると思う。


背景はクローバーで花言葉は『真実の愛』です。
3月は春だということもあってこれにしました。


ここまで読んでくださってありがとうございました。