ホワイトデー。
男子が女子にチョコのお返しをする日である。
それは目当ての女の子の心をつかむチャンスの日でもある。



「・・・・というわけでレイの喜びそうなものはなんでしょうか」
「私の執務室にずうずうしく土足で上がりこんで来るとは。なんなのだ、貴様は」


ホワイトデー前日、3月13日。
無駄にただっ広い司令室に影が二つ。

怪しくメガネを光らせたゲンドウが威圧感たっぷりに銀髪の少年を睨みつける。いつもならゲンドウの後ろに冬月副司令が直立不動の姿勢でいるはずなのだが、とばっちりを食らっては、と。


「腹が痛いので今日は早退させていただく」


冬月は言い訳にならない言い訳をつくりだし、すでに逃走していた。ゲンドウはひじをつき、いつものポーズでじろりと眼球だけを動かすと、アルカイックスマイルを浮かべるカヲルを射抜く。

だが。

シンジだったら瞬殺のその眼光もマイペース街道独走中のカヲルの前では何の役にも立たない。

・・・・・意に介する気もないようだ。

飄々とそのまま言葉の続きを紡ぐ。


「僕としてはお父さんが一番よくご存知だと思いまして」
「誰がお父さんだっ!!」


思わず我を忘れ、怒鳴りつけてきたゲンドウの額に青筋がいくつも浮かんでいたが、カヲルはまるで動じない。


「いやだなぁ、未来の息子を前に。照れやさんだねぇ」


白く細い指でツンツンと頬をつつかれた瞬間、ゲンドウの怒りが頂点に達した。ガチャリと撃鉄を起こす音が響く。


「出て行けぇーーーーーーっ!!」















君の隣















「・・・・・というわけで追い出されてしまってね。
銃までぶっ放してきて、本当に照れやで困ったものだと思ったよ」

その足のままミサトのマンションを訪れたカヲルがため息交じりにその話をすると、シンジは心底呆れたまなざしを向けた。

「カヲル君・・・・本気で言ってるの?」
「僕は大真面目だよ」

カヲルは嘘を知らない。
それを知っているがゆえ、シンジは頭痛を覚えた。

「もうちょっと空気を読む術を身につけたほうが良いと思うよ・・・・」

離れたところでポテトチップスをかじりながら会話を聞いていたアスカがシンジにまでああ言われてちゃあ終わりねとつぶやいた。


「クゥワーーーー」


そしてペンペンもまた、しみじみとうなずいていた。




「・・・・それで?」
「うん。結局どうするか分からなくてね」

ホワイトデー当日。とりあえず学校をサボって朝から焼いたクッキーを手にカヲルはレイのマンションにいた。
レイはちょうど学校から戻ってきたばかりで少し疲れの色が浮かんでいる。
否。
疲れの色はそのせいだけではないだろう。


「そう。だから?」
「うん。だから僕をプレゼント・・・・」
「帰って」


ばんっ。
鼻っ面先で扉を閉められたカヲル。


「・・・・冗談は通じないか。だけどそうまで嫌がられると傷つくものがあるね」


一つため息をつくと、カヲルは扉越しに声をかけた。


「お返しのクッキーを持ってきたんだけど」


ガコン。
呆れるほど簡単に。狙い通りに。
クッキーという単語に部屋の重い扉が再び開けられる。
中から警戒の色を浮かべた紅い瞳が覗いていた。


「クッキー・・・・?」
「焼いてきたんだ。できばえは上々だよ?」


差し出された紙袋からは甘いお菓子の匂い。
しばし迷いの表情を見せていたレイだったが、その誘惑に負け、こくりとうなずいた。





ヤカンが細く、高い音を立てた。

コンロにかけられたヤカンが沸騰を知らせると、
それを待っていたかのようにレイはいそいそと台所へと向かった。その背を見送りながらカヲルはクスクスと笑う。

彼女の姿があまりにも己の欲求に正直すぎて、それがまた可愛くて。

むっつりと素直でないように見える彼女だけれど、実は誰よりも素直で無邪気なのだ。興味を持つものが少ないことや感情表現の幅が狭いことがあって誤解が多いのだが。



「オーソドックスにアイスボックス・クッキー」


さらに山盛りに盛られたクッキーにレイの目が輝く。
クッキーを前にそわそわとしながらちらちらとカヲルを盗み見る姿はまるでお預けをされた子犬のよう。
先に手を出すのが恥ずかしいのか、手を伸ばせずにいる。
それがまたおかしい。

カヲルは口端を持ち上げて笑うと、自らクッキーに手を伸ばして一口かじると、隣のレイにどうぞと声をかけた。
それを合図にレイはクッキーを手に取ると、幸せいっぱいの表情でクッキーをほおばった。


ああ、確かに。


とカヲルは誰と無くつぶやく。


確かに彼女に感情の幅が増えている。
彼女に感情がなかったわけでは無く、感情を知らなかっただけ。それは自分の世界を広げていけば、自然と学んでゆくものだと。


そして自分も、また。



「カヲル、お茶が冷めるわ」


レイの声で我に返って視線を上げる。
冷めたらせっかくのお茶が台無しと、レイが不満げな顔でカヲルを見ている。


「ありがとう、頂くよ」


カップを近づけると、マスカットの香りが鼻腔をくすぐる。香りを楽しんだ後、口に含むと紅茶のほのかな甘みが広がっていった。


「良いお茶だね

「取って置きのダージリンだもの」


分かってもらえたのが嬉しかったらしく、レイの口調に少し得意げな響きがあった。顔を上げると、クッキーをかじっている彼女と視線が合う。


自然と二人から笑みがこぼれ出た。


「カヲル」
「なんだい」
「あなたからお返しもらえると思っていなかった・・・・その」


少しの間をおき、照れくさそうに消え入りそうな声で。
ありがとう、と彼女は言った。

向こうも照れているとカヲルも恥ずかしくなってくる。

ほんのり頬が熱を帯びてきたのはきっと気のせいではない。テーブルの向かいのレイの頬もうっすらと紅い気がした。


「喜んでくれて学校サボった甲斐があったよ」
「・・・・だから、今日いなかったのね」
「そういうこと」


何とかこの雰囲気をごまかしたくて、取り繕う。それが二人を先へと進ませない悪循環だと分かっていても、どうしてもそうしてしまう。




まだまだ距離はあるけれど、居心地の良い距離。





まだ少し。
あともう少し。
このままで居よう。
日に日に魅力的になっていく彼女の傍でゆっくりと時を刻んで行きたい。
今はそれで良い。
待つのには慣れて居るのだから。
君の隣にいられるのなら。





愛おしい、君。



















あとがき

カヲレイホワイトデー小説。

やっぱり一進一退。

カヲル君は結局シンジからアドバイスをもらって来訪。一緒に暮らしている厳格な冬月さんも今回のサボりは大目に見てくれたようです。

レイが女の子らしくなるのは実はカヲル君の前だけなんです。
カヲル君は気づいておりませんが(笑)
ここまで読んでくださってありがとうございました。