僕に気のない素振りを見せる君。
それがとても寂しいけれど、僕は気長に待つつもりさ。
君が振り向いてくれる、其の日まで。
こうしてまた巡り合うまで何千年も待ったんだ。
数年なんてものの数ではないね。
長期戦で行くつもりだから・・・・覚悟はいいかい?






















HappyValentine

カヲレイ

















第壱中学校ではこの日、男子は皆落ちつかなげな素振りで周囲に視線を送っている。


其の眼差しは期待と不安が入り混じっていて、何かを待っているかのよう。
それも其のはず。
今日は2月14日。
バレンタインなのだから。


「シンジ」
「なに?」


後ろからかるく肩を叩かれ、シンジが振り返るとおなじみの面子が神妙な顔で彼を見ていた。
クラスでもおなじみの漫才コンビでシンジの友人、鈴原トウジと相田ケンスケのコンビ。彼らはシンジを取り囲むと彼の目と鼻の先まで顔を近づけ、声を潜めた。


「チョコ、もらったか」
「そうそう、もらったかー?」


ケンスケのめがねが怪しく光る。
またこのパターンか、とシンジはため息をつきたくなった。
どうせ、チョコを拒否しよう同盟かなんかを作ろうと言い出すのだ、彼らは。
去年もそうだったのだから。


「アスカから昨夜チョコもらってる」


一日早かったけれど。


成長したのか、やや強気なシンジだったが、彼の予想に反してトウジとケンスケは互いに顔を見合わせるとにやりと笑った。


「そーかそーか。めでたいな」
「うんうん。俺たち、”バレンタインを擁護しよう会”のメンバーにふさわしい」


・・・・またへんな会を。
シンジが心底呆れて目が半眼になっているのにも気づかず。


「いいんちょから!」
「マユミちゃんからっ!!」
「「もらっちゃったもんねーーーー!!」」


お笑いコンビの二人は隠し持っていたチョコを取り出し誇らしげにシンジの目の前に突き出した。
可愛いというか。単純というか。
実にぴったりと息のあったパフォーマンスにシンジはまたもやため息が出そうになる。


「あのさ、嬉しいのは分かるけどはしゃぎすぎ。馬鹿に見えるよ」


ぴしっと音を立てて固まるお笑いコンビ。
この二人に突っ込むところを見るとシンジも去年と違って成長したのかもしれない。
しかもかなりきつい突っ込み。



・・・・・このあとシンジが二人の袋叩きにあったのは想像に難しくないだろう。



さて初めてのバレンタインを迎える渚カヲル。


彼も他の男子と同様、朝からそわそわしていた。
目的ははいうまでも無くレイからのチョコ。
何日も前からそれとなく催促しているのでぬかりはないはず。
アスカからも共にチョコを作ったという情報を得ていたから今か今かとレイを待っていた。

傍らに既にもらった大量のチョコが入った紙袋がいくつもあったけれど、本当には一つだけ。
もらえるのは嬉しかったけれどやはり好きなこのが一番ほしいと思うのはごく自然のことであろう。


ところが。


「今日の一時限目は自習になりました」

授業が始まっても。


「レイ、次の授業体育よ」
「分かったわ」


その次の授業のあとにも。


「肉、嫌いだから」
「全くそんなんだから色が白すぎんのよ」
「どうしたら食べれるようになるんでしょうね」
「困ったわ」


昼休みになってもチョコをくれる気配も無く。


「この4馬鹿カルテット!!掃除やんなさい!!掃除」


放課後が近くなった掃除の時間に鳴ってもレイはチョコをくれなかったのだ。ずっと期待し続けていたカヲルはがっくりと肩を落とすと、ぼんやりと窓の外を見やった。

空はこんなにも蒼いというのに。
僕の心は雨模様・・・・。

たそがれているところへスコーンという音を立てて黒板けしがカヲルの頭に命中した。


「ストラィク!!余所見はあかんでぇ〜〜〜」
「鈴原!!あんたもよ!!」
「ぎょぇー!かんにんや、いいんちょ〜〜〜」


黒板けしがあったたにも拘らずぼんやりとしたままのカヲルを黒板けしを拾い上げながら
心配そうに声をかけたシンジだったが、いい天気だね、という頓珍漢な返事しか返ってこなかった。


「カヲル、あなたどうしたの」


下校時、シンジたちと別れたあと、いつものように肩を並べて歩くカヲルにレイが気遣わしげな声をかけてきたが、そんなレイの言葉さえ皮肉に聞こえてくる。


「・・・・ふ・・・・義理さえもらえない僕の心境を察してくれ」
「義理どころか・・・・・本命も混じっていると思うわ」


精一杯の皮肉を紙袋いっぱいのチョコを指差すレイにそう返されカヲルはまたもや奈落のそこに落とされた気分になった。


「フ・・・・本当にほしいものはもらえないものか」
「そう」


暖簾に腕押し。
ここまでくるともはや期待もへったくれもなかった。
もうもらえないのかと諦めがつくと、カヲルは妙に踏ん切りがついた気持ちになった。
開き直りである。


「僕は気が長いほうだからね。義理をもらえるよう努力して、そして最終的には本命をもらう」
「?なんの」
「・・・・もういいよ」


これ以上の押し問答は逆に墓穴を掘るだけと判断したカヲルはそれ以上チョコを持ちだすことをやめた。

レイと巡り合えるまで数千年も待ったんだ。
数年がかりでも望むところ。

気長に待って、長期戦で行くかと密かな決心をした。




「カヲル、よっていく?」
「よらせていただくよ」

カヲルの住む冬月邸はレイのアパートの先にある。
彼女の家によって宿題を済ませてから夕飯の買い物に行くのが半ば彼の日課となっていて、我が家のように勝手口の知る部屋に先だって入り、部屋にある植物に挨拶をすると彼らに水をやる。

これも彼の日課だった。
そしてそんな彼のためにレイはお茶の用意をするのだ。


「カヲル」
「はいはい」


小さなサイドテーブルに茶が置かれる音を背中で聞きながらカヲルが振り返る。
そして目にしたのは見慣れたカップと。
横においてあった小さな包み。


「これは」


レイの傍に腰をかけてその包みを手にすると微かにした、チョコの甘い匂い。


「ごめんなさい。ここに置き忘れていたの。登校する途中で思い出しはしたのよ・・・・・」


自分をそそっかしいと思っていたのか、レイが顔をわずかに赤らめておずおずと弁解をする。


「でも・・・カヲルいつもよって来るでしょ?だからここで渡そうって」


慣れて・・・・いなかったから、ごめんなさい。
そして。


「いつも、ありがとう」


めったに変えない表情をほころばせるとレイははにかんだ笑顔を見せた。
諦めかけたチョコレート。
彼女の気持ち。

カヲルは胸が熱くなるのを感じ、彼女に口づけたい衝動に駆られた。
けれどすんでで自分を押しとどめる。
彼女は感謝と親愛の気持ちでこれをくれた。
まだその段階ではない、そう思ったから。

彼は一呼吸をおき、自分の衝動を押さえ込んでいつもの笑顔を作るとありがとう、と微笑んだ。そして丁寧にチョコの入った箱の包みを解いてゆくと、一口サイズのチョコが姿を見せた。レイの表情を探るようにもう一度彼女を見やると彼の心のうちに気づいていないのか、レイが無防備な笑顔を向けてくる。

以前は見せてくれなかった笑顔。

カヲルは彼女との距離が確実に縮まりつつある事を感じ取っていた。


もうすこし。
あともう少し。
大丈夫、待つのには慣れていている。


カヲルはチョコレートの一つを口に入れた。










甘いけれど、ほろ苦い味がした。

















あとがき

カヲル→レイ。
でも確実に距離が近づいている二人。
不器用ながらもゆっくりと歩み寄って行く彼らが愛おしいです。
ここまで読んでくださってありがとうございました。
HappyValentine!