多くの人のためにでは無く。
たった一人のために在りたい。
それがわたくしの望みなのです。
























HappyValentine

キララク



















2月14日。
バレンタインデー。
キラたちが身を寄せる孤児院では朝早くからチョコ作りが行われていた。


「ラクスおねーちゃん、レノがチョコつまみ食いしてるよぉ〜」
「うっせぇ、ブス!!ちくんなよっ」


チョコ作りにあたっていた孤児の一人がつまみ食いをした男子を見つけ抗議の声を上げるとそれに負けじと其の少年も怒鳴り返す。それを合図に台所にいる女子たちと外へと追いやられている男子がにらみ合いを始めた。


「あらあら。ケンカはよくありませんわ」


まさに一触即発の緊張感の中、割って入ってきた柔らかい声がその場の緊張した空気を和らげた。
子供たちは緊張を解くと揃って其の声の主を見やる。
異なる色合いを見せる瞳に映るは淡い春の色。
穏やかな湖水をたたえた瞳でラクスは子供たち一人ひとりの顔を見渡すと柔らかく微笑んだ。


「チョコはもうすぐ完成します。もうちょっとだけ待っていてくださいな」


首をわずかに傾け、其の微笑を深くして続ける。
子供たちをしかる口調ではなく、諭すように穏やかに。


「皆の分はちゃんと在りますわ。一人で食べてもおいしくはないでしょう?」


ラクスの言葉につまみ食いをした孤児は恥ずかしさを覚えて頭をたれた。
女子が用意するチョコの行く末を考え、少年としてはこのイベントが面白くなくて。
ただ今の作業の邪魔をしてまぜっかえそうとしていただけだったから。
ラクスはそんなことなどお見通しだったのだろう。
だが彼女を彼らを叱らず、彼らの分まで用意してくれていたのだ。


「おねえちゃん、ごめ・・・・」


ごめんなさいといいかけた少年の頭の上に白い手が置かれ、驚いた少年が見上げると。深い青が目の前にあって少年は言葉を失う。
其の色は慈愛に満ちた笑みを形作り、少年を暖かく映していたから。


「いいのですよ。申し訳ないのですが、バレンタインの飾り付けをお願いできますか?キラと一緒に」


自分たちにも出来る事があると知った少年たちが喜びに沸き、台所を飛び出すのを優しく見送るとラクスは女子の方に戻り、再び作業を開始した。


チョコ作りに励む少女たち。
パーティーの準備に張り切る男子たち。


まるで孤児院に春を呼び込んだかのようにほんわかとした、暖かい空気が孤児院全体を包み込んでいた。









「ラクス、まだ起きていたの」


賑やかなバレンタイ・パーティーのあと。

騒ぎつかれた子供を寝かしつけ、窓辺で月明かりを浴びていたラクスに澄んだ声がかけられる。振り向かずとも分かっていたけれど、振り向かずにはいられない響きを持ったそれに
ラクスはゆっくり振り返り、微笑んだ。


「キラ、こそ。どうなされたのですか?」


昼間と寸分違わぬ微笑。
一日を終え、疲れているだろうに其の素振りさえ見せず、彼女は微笑む。
微笑み以外知らぬというように。
キラはそんな彼女を愛おしく想い。
そしてそんな彼女を哀しいとも思った。


「ラクスは疲れていない?君が眠らないと心配で眠れないよ」
「ご心配は要りませんわ。わたくしはわたくしでいるつもりです。いつだって」


無理はしていないと、紫苑の少年へ暗に告げると。
キラは其の紫苑をわずかに揺らすと彼女の傍に腰掛けて
彼女の青い瞳を自分の瞳に映す。


「・・・・プラントに戻らなくてよかったの」


2回目の大戦のあと。
プラントから帰還の要請を受け、プラントに戻ったラクス。
評議会をまとめあげ、地球国家間との平和協議を経て平和への土台を作ったあと。
彼女が再び地上のこの場所に戻ってきたのは数ヶ月前の事。
プラントは依然、否。
今まで以上に彼女の帰還を望んだというのにそれを振り切り、彼女はここに戻ってきてくれた。
プラントは彼女の故郷、だというのに。
彼女を必要とする人たちはそれこそたくさんいるというのに。
彼女は今、ここにいる。
けれど、いつか。
いつかまた彼女は自分の元を去っていってしまうのではないかとキラは不安で。
それでも彼女を想うがゆえ、口に出せないでいた。
バレンタインは愛を告げる、特別な日。
その魔法を少しばかり期待したくて今日、あえて口にした。


「キラ」


ラクスは青年の名を呼ぶと再び夜空を仰ぎ見た。
欠けた月が無数の星と共に漆黒の中で輝いていて。
地上を淡く照らしている。


「月も星々も全てを照らしますね。それは宇宙でも変わりなく」


キラの問いにはそぐわない、言葉の端をゆったりとラクスはつむぐ。


「まるで全てのもののために」


其の言葉をキラはただ静かに聞き、夜空を仰ぎラクスの横顔を見やる。
彼女の言葉を、心を聞き取ろうとするかのようにただ、静かに。
やがてラクスは空から視線を外すとキラを見やり。
そして瞬きを一つ、落とした。


「プラントに必要とされるのはうれしい事ですし、名誉なことだと思っています」


ですが、とラクスはいったん言葉を切り、膝の上で組まれた手に視線を落とす。


「わたくしはただ一人のために在りたいのです。
プラントのラクス・クラインとしてでもなく。
歌姫のラクス・クラインとしてでもなく。
ただ一人のためのラクス・クラインでありたい」


そう思っていてはダメですか。
そんなわたくしにあなたの隣はふさわしく在りませんか。

再びキラを見つめ、吐露した言葉は訴えかける、心の叫びがあって。

キラは手を伸ばすとラクスの手に触れた。
白くて細い、水仕事で少し荒れた手。
出会った頃はあんなに染み一つ無く、すべすべとした手は今や生活観溢れる手となっていて。
母、を思わせた。
キラは愛おしげに其の軌跡をなぞると、しっかりと強く其の手を握り締め。
そして彼女の深い湖底を覗き込むと静かに問うた。

「・・・・誰のためでもない。僕の、ラクスでいてくれる?」
「はい、キラ」


目元に一筋の光を宿し、ラクスはうなずく。
キラもそんな彼女に心からの感謝の眼差しを向けて微笑むと腕を伸ばし、華奢な彼女を包み込んだ。


「・・・・ありがとう。僕もラクスのために生きるよ。ううん、生きたい」

そして君を守ってゆく。


そうささやくと、ラクスの肩が振るえ。
背中に回された腕に力が篭った。


「君にただ一つの愛を捧げるよ」
「・・・・・キラ」


キラの想いを乗せた言の葉が夜の闇をすべる。
それは一人の少女。
ただ一人の少女に向けられた一つの想い。


プラントに望まれながらも少年の元へと戻ってきた少女。
彼女を失うことを密かに恐れていた少年。


少女の想い。
少年の想い。
二つの想いは絡み合い、固く深く結びつき。






バレンタインの夜、再び一つになった。



























あとがき



これもお初のキララク。
シリアスよりの甘いもの。
私の願望が色濃く出ています。ラクスはきっとプラントをまとめたらまたもとの暮らしの戻ってくれますよね。キラと。ただ一人のため、とはエゴでは在りますが、それが人間らしいと思う。

キラとラクスは互いを支えあって生きて行ってほしい。静かに寄り添えるのはこの二人だと思っています。

ここまで読んでくださってありがとうございました。
HappyValentine!