聖なる愛の日に甘い甘いチョコレートはいかが?
























HappyValentine

シンルナ
















シン・アスカは其の日、ある人物の姿を探して捜索中だった。
朝から探して見てもターゲットは見つけることが出来ず、不機嫌度も最高潮。
そんな彼を見てヴィーノやヨウランはもらいものをコソコソと隠して引きつった笑いを浮かべて見せた。


「ルーナー、ルーナー」


名前を所かまわず連呼して回ってもターゲットは姿すら見せない。
いつもならどこともなく聞きつけ、やめなさい!!と飛んでくるはずが其の気配も無く。
いっそ放送を使うかと考えたが、やめてくれとアーサーに泣きつかれたのでしぶしぶやめた。
そこへちょうど言いタイミングで行方を知っていそうな人物を見つけ、シンは地をけった。


『廊下を走るな』


廊下に見えよがしに貼り出されていた貼紙は当然無視。
猛牛のごとくの勢いでシンは其の人物の元へとすっ飛んでゆくと、彼女の前で急ブレーキをかけて止まった。


「メイリン!!」
「し・・・シン?どうしたの?」


驚いたのは其の人物、メイリンである。
廊下を歩いていたところを自分の至近距離に燃える紅と遭遇して、驚きに目をぱちぱちさせていた。


「ルナを知らないっ!?」


メイリンの状態など眼中にないのか其の勢いのままにまくし立てるシンに苦笑を覚えながらメイリンは思考をめぐらせた。
もちろん、彼女はルナマリアの居場所を知っていたけれど。
それをシンに言うべきか迷っていた。


「え・・・・とね」


あー、どうしよう。
言わないで、って口止めされていたんだよね。


困ったように眉尻を下げてメイリンはすがるまなざしを向けてくるシンを見やる。
やっと見つけた手がかりだという期待とはずれだろうかという不安の入り混じった顔。
コレを無視できたら氷の心臓よね、とメイリンはため息をつき、両手を上げて降参の意を示した。


「知ってる」
「本当!?」



犬の尻尾があったら千切れんばかりに振っているだろうと思われるシンを不覚にも可愛いと思いながらメイリンは続ける。



「あたしが言ったということは黙っていてよ」
「うん!!うん!!」
「それとそこで何を見てもおねーちゃんを馬鹿にする発言はダメよ」
「うんうん!!」


わん、わんではなかろーか。
そう思いながらもメイリンはシンにルナマリアの居場所を教えるのだった。






「うっそーっ、何コレぇっ?また失敗?!」


基地の調理室を占領していたルナマリアが中で悲痛な声をあげていた。
電子レンジの中にあったのは無残意も焦げ付いたチョコレート。
ぶすぶすと煙を上げんばかりに真っ黒だった。


「なんでよー、鍋の時間より短くしたわよ!!10分!!」


かけすぎである。
それだけではない。
初めは鍋にそのまま放り込んで焦がし。
次は熱湯を注ぎ込み、チョコレートのお湯を作ってしまい。
うまい具合にレシピどおりにお湯ひとさじ残して溶かすことに成功したものの、練りすぎて分離させてしまったりと散々な結果。
傍のゴミ箱には無残にも変わり果てたチョコの残骸が大量に捨てられていて、戦場と呼べるくらい散らかった調理室と相まって其の作業のすさまじさを暗に物語っていた。


「何やってるんだよ、ルナ」


呆れたシンの声にルナマリアはボールを持ったまま飛び上がった。
ゆっくりと振り向くときょとんとしたシンがいて。
慌てて自分のしていることを隠そうにも其の場所がひどすぎてとても隠せるものではなかった。


「・・・・・もしかしてチョコ?」


嬉しそうなシンにルナマリアはうつむいて視線をそらす。
とてもそうだといえるような状態ではないからだ。
だがシンはそんな彼女を笑うようなそぶりは見せず、調理室の作業場に行くと腕を捲り上げて手を洗った。


「・・・・何してんのよ」
「チョコ、一緒につくろう」


目じりを下げて笑うシンにルナマリアは固まった。
彼の言っていることが理解できずにボールを持ったままシンを凝視する間もシンは残ったチョコを慣れた手つきで刻み始めていた。


「ルナ、お湯用意して」
「お、お湯?」
「熱湯はダメだよ。固まるから。お風呂のお湯よりちょっと熱いくらいのをチョコレートの入るボールより少し小さいボールに入れて」
「わ、分かったわ」


シンの指示通り、ルナマリアは熱湯に水を入れて其の温度まで下げる。
シンはそれを確認するとそのボールの上に先ほど刻んだチョコのはいったボールをのせた。


「空気が入らないように手早くかき回してチョコレートが45度くらいに上がったら水につけて。はい、温度計!!」



てきぱきと指示を出してくるシンに機械的にうなずきながらルナマリアは作業をすすめる。彼女の傍らでシンが水の入ったボールと チョコを入れるためのプチタルトカップを用意していた。
ルナマリアはチョコをかき回しながら見事な指示と其の立ち回りに感心しながらなぜ菓子作りが出来るのか疑問にとらわれ、そんな彼をじっとみつめた。


「ルナ、油断していたら熱くなりすぎて分離するぞ!!」
「は、はい!」


シンの声に我に返るとルナマリアは慌てて水の入ったボールの方にチョコを移すと、かくはんを再び開始する。そうしているうちにチョコに艶が出始め、ツルっとした表面のきれいなチョコレートになっていった。


「シン!」


成功だ・・・・・!


初めて見るチョコレートの艶に嬉しくなったルナマリアがシンを顧みると、彼も口元をほころばせ、刻んでおいたナッツとチョコの入れ物となるプチタルトカップを傍らに用意した。


「もう一回湯煎にかけて温度をちょっと上げたらカップに流し込んだあとは」


シンはナッツを指差して続ける。


「ナッツを上に飾って完成」
「うん!!」
「おい、まだ終わってないから気をつけろよ」


喜びにグレイのかかった紺青をキラキラさせるルナマリア。
いつも主導権を握られている自分の立場が逆転しているのが嬉しくてシンは胸をそらす。
そして、それ以上に。
こんなふうにいつも彼女を喜ばせることが出来たなら。
シンは紅い目を細めてチョコと格闘するルナマリアをいとおしげに見つめた。


「完成っ」
「やったぁ〜〜〜」


ぱんっ。


シンとルナマリアは出来上がったチョコの前で互いの両手を打ち合わせて喜び合った。
出来上がったチョコは申し分のない出来で。
誰に配ってもきっと喜ばれるだろうとルナマリアは確信が持てた。

だが。

一番にあげたかった人に手伝ってもらったことに。
手伝ってもらわなかったら完成させる事の出来なかった自分に情けなさを覚えたのも事実で。チョコの完成を喜ぶ自分と同じくらい、素直に喜べない自分がいた。

それでもせっかく手伝ってくれたシンに嫌な気持ちにさせたくない。

ルナマリアは自分のきもちを悟られまいと話題を振ってみることにした。


「ね、あんたずいぶんお菓子作り詳しいのね」
「へ?あ、ああ。マユがしょっちゅう作っていてさ、よく手伝わされていたから」


シンは頭をかきながら照れ笑いを浮かべた。
其の顔に昔を引きずる影は無くて、前を見ようとする顔があって。
敵わないなぁとルナマリアは苦笑する。
彼ばかりがどんどん成長していく気がする。
では自分は?


「ルナとの合同作品はコレが最初ということで」


シンの唐突な言葉にルナマリアほど驚いて顔を上げた。
何を言い出すのだろうか、と。


「また何か作るの」
「ルナにはお菓子作りとかうまくなって欲しいから」
「コラコラ、どさくさにまぎれてべたべたしない」
「ベタベタじゃない!!すりすり、だっ」
「どーゆー理屈よ」


甘えるように擦り寄ってくるシンを諦めたように甘受しながらルナマリアは笑った。
学んでゆっくり成長していけば良い。

シンに愛されて。
彼を支えているとつもりがいつの間にか彼に癒されている自分がいて。

何落ち込んでいるのだろうか、自分は。
こみ上げてくる涙を振り払いようにルナマリアはチョコレートに注意を戻した。


「固まるのはいつかな。冷蔵庫に入れておけば早いか」
「固まりかけだけど一個食ってみよう」


ルナの言っている傍でシンは手を伸ばし、彼女が止める間もなく半分をかじった。


「うん、うまい」


タルトのカスを口に付けて無邪気に笑うシンを怒る気がしなくて、ルナは困ったようにまた笑った。深かった霧が何事もなかったように晴れてゆく。
否。
最初からなんでもなかったのだと。そう、思えた。


「ルナも半分。あーん」


差し出された残りの半分にルナマリアはややためらいの色を見せたけれど、シンの笑顔には勝てなくて。
降参して口を開いた。

口に入れたタルトは甘くて、ナッツの香ばしさがほんのり苦く。
恋の味てこんなのかしら、と思ってみる。

ふと自分を見つめる視線に気がついて顔を上げると、シンが真剣な顔で自分をじっと見ていて。彼に引き寄せられるようにルナマリアは瞳を閉じた。




触れ合った唇。






それは甘い、甘いチョコレートの味がした。



















あとがき

シンは妹のマユがいたからお菓子作りとかと意外とできそうじゃないかなぁと思って出来ました。携帯の写真でもお菓子作りして笑っていましたし。

お菓子作りの不器用さに引け目を感じるルナ。
それはお菓子作りに限らず、全てに大きく広がっていていって、彼女の心を揺らすけれど、シンがいてくれるから大丈夫だと気づきます。

知らないものは学べばいい。
出来ないなら努力すればいい。

改めて気づくんです。

今回はシンが主導権を握ってくれました。書いていて楽しかったです。
HappyValentine!