14日は聖バレンタイン・デー。
外は戦争でも、其の殺伐とした空気を一時でも忘れようと艦内はちょっとした賑わいを見せていた。


「これ、あげる」
「かわいー、ありがとう」


仲の良い友人同士でお菓子やカードの交換。


「ほれチョコ。食いすぎてふとんなよ」
「か〜〜っ、それがレディに対することばぁ?」


恋人同士の間でも女からだけではなく男から渡されることもごく普通な事。
女から男へ、それもチョコではなくてはならないと言う風習はごく一部の国だけのものだったりするが、女から男へとチョコを渡される事だってもちろんある。

もらったチョコレートの山を前にご満悦なネオ・ロアノーク。
そのハイテンションさは類を見ないほど高く、彼方此方に見せびらかしていた。
スティングの元へ・・・・といったらこれまたチョコやお菓子の入った大袋を抱えて大弱りしているの彼を見つけ、ネオは大きく肩を落とす。


負けた、と。


そんなネオのことなど露知らず、甘いものが苦手なスティングはこのもらい物をどう処分するか、頭を悩ませていた。ネオは気を取り直すといつも一緒にいるはずの相棒の姿がないことに気づいて問いかける。


「アウルは?」
「まだ部屋じゃないかな。チョコや菓子がうっとしーって」
「甘いもの好きが珍しい」
「半端な量じゃなかったからな。アイツ、もらう時には笑顔で、ってやってたけれど一日中そんな顔しているのも飽きたって、部屋に引っ込んだんだ」


贅沢な悩みやっちゃなーとネオは仮面ごしに破顔すると、スティングは真面目くさった顔で文句を言いだした。


「なんでこうも暇人が多いんだよ、この艦。今戦争中じゃねーか」


人当たりは良いので職員の間でも男女問わず人気の高いスティングではあるが、彼の目にはこのイベントは不謹慎に映ったらしい。


真面目すぎるのもどうかな。


別の意味でため息をつくと。ネオは最後一人の行方が気になって、スティングを見やった。


「ステラは?」
「また海じゃないのか」
「チョコとか作ってくれないのかなぁ」
「あ!!ステラ!!」


ステラのだったら欲しいスティングは顔を上げるとステラの姿を探してきょろきょろし始めた。其の姿が可愛いくて口元を緩ませたネオだったが、ふと重要な事実を思い出して愕然とする。


「ステラ、バレンタインって知っていたっけ」
「あ」


教えた事もなかったし。ステラもそれを知っているとは到底思えない。
ネオとスティング落胆のため息をついて肩を落とすのであった。















HappyValentine

ファンタム・ペイン




















ステラは、というと。






「穏やかな海ねー。綺麗だわ」
「この海も君には負けるさ」

「海に向かって俺たちは友情を叫ぼうーーーー!!」
「くっそーーー!!バレンタインがなんだーーーー!!」

「いつまでも仲良くいようね」
「そうね・・・・というと思って!!人の彼氏を盗ったドロボー猫が!!」
「いやだぁばれてた?」
「あたりまえよ!!」


いつものように海を眺めていたが、この日に限って周辺は人が多く、うるさく。
とても海を眺める気分になれなかったステラは早々と艦内に戻ってきていて、大好きな時間を邪魔されて不機嫌な面持ちで部屋へと戻る最中の事だった。


「あ、ステラちゃん」


女性職員に呼び止められ、立ち止まると。
ステラの手元にかわいらしいアメの包みが渡された。
彩り鮮やかな透明な丸い、アメ。
透明のセロハンに入れられたそれはピンクのリボンで綺麗に留められていた。


「いつもありがとう。がんばってね」


女性職員はにっこりと笑うと、ステラの前を通り過ぎて廊下の奥へと消えていった。
あとに残されたステラはじっと其の袋を見やって、そのアメの輝きに口元をほころばせると。
先ほどまでの不機嫌な足取りとは打って変わってご機嫌なスキップで自分の部屋へと向かう。その途中にあるアウルとスティングの部屋の前にくると、ステラは其の包みを彼らに見せたい気持ちに捕らわれて部屋の扉の前に立った。

人の体温を察知して自動ドアが開く。

敷居をまたいで部屋に入ると足元に転がったお菓子の包みに気づいてすみれ色をしばたたかせた。

部屋に転がるたくさんのチョコレートとお菓子の包み。

乱雑に散らかった部屋のベットで、見慣れた水色が見えて、ステラは其のベットに近寄ると覗き込んだ。
アウルは眠っているのか、マリンブルーは瞼の下に隠れていて。
はだけた胸と一緒に銀色のペンダントが静かに上下している。


「なんだよ」


唐突に現れたマリンブルーの輝きにひるんだステラは持っていた包みを取り落としてしまった。
かちん、という澄んだ音を立てて包みが転がる。
ばねを利かせて勢いよく起き上がったアウルはその包みに視線をやると、そのまま拾い上げた。


「何コレ」
「もらった・・・・の」
「ふーん」


つまらなそうな面持ちで包みを摘み上げているアウルをステラは不安そうな顔で見やる。まるでそれを奪われやしないかと心配するように。
そんなステラを失礼なやつだと、アウルは思う。
ステラからのバレンタインは期待はしていなかったけれど、この仕打ちは何事だろうか。


「バレンタインになんもくれねーくせして何疑いの目で見てんだよ」
「バレンタイン?」


首を傾げるステラに彼女がバレンタインの知識など持っていないことに気づき、落胆を覚えたアウルは小さく息をついた。だが自分も先ほどこんなにお菓子やチョコをもらうまで知らなかったのだ。
彼女を責められるものではない。


「ステラ、来いよ」


ちょいちょいと手招きするアウルをステラはぼややんと見ていたが、再度来い、といわれると慌てて傍に寄った。
傍によると、腕をつかまれて引っ張られ、気がつくとアウルのひざの上。
大好きな海の色が至近距離にあった。


「ステラ、ほれ」
「うん・・・ありがと」


返されたアメの包みにステラが顔をほころばせるのを見ると、アウルは一番手近にあった包みに手を伸ばした。


「?」


ステラがきょとんして見守る中、アウルは器用に包みを開いてゆく。
そして中から現れたのは可愛いチョコレート菓子。
花を形どったものから。カラフルなチョコ。キラキラとした銀色の包みのチョコ。
それらを初めて見たステラは其の光景に目を奪われた。


ちょうど先ほどまでの自分のおんなじ反応。


アウルはステラの反応に親近感を覚えて、笑いをこぼす。
ステラが来るまでに既に開いたいくつかの包みから出てきた其のチョコたちを目にし、ステラと同じように喜び、ものめずらしげに見ていた自分。


其のことはステラやスティングに教えてやる必要などないし、する気もないけれど。


バレンタインは恋人や友達、家族などがお互いにカードや花束、お菓子などを贈る行事。
其のことをステラにあとで教えてやろう。
そう思うと心が躍る。
自分のほうが早く新しい知識を得たこと優越感さえ覚え、アウルはご機嫌になった。


「ステラ、好きなもんやるよ」
「ホント?ええーと・・・・」


アウルの言葉に目をか輝かせたステラは先ほどより熱心な眼差しでチョコレートたちを見つめた。
どれも可愛くておいしそうでなかなか決められないステラに一つ、って言ってないけど、とアウルはつぶやくと。
おもむろに手を伸ばしてチョコの一つをとった。


「ステラ、あーん」
「ふぇ?」
「ふぇ、じゃねーよ。口開けろ」


差し出されたチョコレートにステラが素直に口を開けるとチョコレートがそっと舌の上に置かれた。口を閉じると、甘い、甘いチョコレートが口の中にゆっくりと広がっていて。
いつも食べてるのとはちがうチョコレートの味にステラはうっとりとした。

すっかり口の中からチョコレートが消えてしまい、ちらちらと物欲しげなまなざしを向けてくるステラにアウルは苦笑するともう一つ、銀の包みのを取り出して其の包みを解いてやる。

すみれ色をキラキラさせてチョコレートが姿をあらわすのを心待ちにするステラがとても可愛くて。アウルはチョコレートの包みを解く手を止めて彼女の口付けた。


鼻腔をくすぐる甘いチョコの匂いと微かに残るチョコレートの甘さ。


バレンタイン。
何の日なのか。
何のためにあるのか。


来年。
来年があるか分からないけれど。
この記憶さえ残っているかも分からないけれど。
共にバレンタインを迎えられたらな、とアウルは思う。








そして。

















その時、ステラからチョコレートをもらえたらどんなに嬉しいだろうかとも。



























あとがき
男性にチョコを渡すのは日本独自の風習だそうです。そんな事もあり、アウルもステラも知らなさそうだし、こんなバレンタインがあってもいいんじゃないかぁと思って出来ました。ここまで読んでくださってありがとうございました。
HappyValentine!