「もうすぐ彼女の命日だね」


紫苑の少年は秋空を見つめたままそう言っていたという。


燃える紅髪を持つ少女は愛する少年の目の前で散った。

その過去を引きずり続けた彼を救ったのは亡くなったはずの紅髪の少女と。

彼に寄り添ってきた桃色の少女。

心は救われはしたものの、少年は何かを伝えようと紅髪の少女を待ち続ける。

そしてそんな彼の背中を見守る桃色の少女。

彼女の穏やかな表情とは裏腹に心は寂しさに満ちていた。


彼女と違ってこうして生きているわたくしがこう言うのも邪なことかともしれませんが。

桃色の少女は哀しげに微笑んだ。


『わたくしはあの方が羨ましいと思う時がありますわ』


炎のように激しく、そして儚かった彼女。

そんな彼女が羨ましいと彼女は言う。


『キラに愛されたまま逝かれたのですから』




死。




それは生在るものにいつかは必ず訪れる、絶対的なもの。

死者は死したあと。

生前より鮮やかに色を持って生者の記憶に残る。

そして時を経て。

憎しみもわだかまりもそして悲しみもぬぐい去られ。

全て思い出へと。

慈しみへと変わるのだ。

















思い出に変わる君

ふぁんたむ・ぺいんへようこそ

















カランカラン。


扉に下げられたふぁんたむ・ぺいんの鐘が来訪者を告げた。


「いっらっしゃいませーーー・・・・てキラじゃん」


アウルの声にスティングが入り口の方に目をやるとしばらくぶりのキラが照れた笑みを浮かべて入ってくる所だった。


「久し振りだな」

「ん・・・・。まあ、色々あって・・・・さ」

「そうか」


キラがカウンターに腰を掛けると、彼の元にお気に入りのブレンドが置かれた。
口に含むと僅かな酸味とまろやかな苦み。
後味を遺さず、すっきりと喉を滑り落ちてゆく。
ホッと息をつくと、キラはステイングを見上げてこう言った。

フレイに会えた、と。

驚きに目見張るスティングにキラはぽつりぽつりと語り始めた。


締め切りの迫っていた依頼を終え、彼が夕涼みに出ていた時のことだったという。









中秋と言うことで大分涼しくなってきていた。

夕方頃になると肌寒く感じるくらいだ。



「あ、リンドウだ」


孤児院の周囲にあるススキ野原に咲いていた青紫の花。

キラはかがみ込んでその花に手を伸ばしたが、また直ぐに思い直した。


「そのままの方が良いよね、やっぱり」


そうひとりごちると揺れる花より濃い紫苑の瞳を細めて笑った。
そして立ち上がったとき、背中に触れたぬくもりに紫苑を見開いた。

逢いたくて逢いたくて仕方なかった存在。
待って待ち続けた再会。
待ちこがれた気配は覚えのある香りとぬくもりと共に彼と背中合わせに立っていた。


「フ・・・・」
「振り向かないで、キラ」


聞き間違えるはずのない、凛とした声が耳元に響いた。


「そのまま、で・・・・」
「・・・・・」


視界の隅でも良い、彼女を見たい。
指先でも良い、触れたい。
・・・・でも。

少女に言われたとおりキラはそのまま振り返らなかった。




「背、伸びたのね。私とそんなに変わらなかったのに・・・・」

苦笑混じりに語るその声はあのときのまま。

そう。

彼女の時はあのときで止まっていて。
自分の時はどんどん流れてゆく。
それはとても哀しいけれど、現実。
そして見た目だけではなく。
自分の心もまた、変わりつつある。


「フレイ・・・・。僕は君のこと絶対に忘れない」


伝えたいことはたくさんある。
けれど今の彼にはその全てを伝える術を知らない。
せめて伝えられる言葉は伝えたいと。
とぎれとぎれに、一語一句をまちがえないようにゆっくりと言葉を紡ぐ。

そしてその間も後ろに感じるぬくもりは変わらずそこにあって静かにキラの言葉を待っている。


「忘れないよ。でも・・・・。でも他の誰かを想っても・・・・いいかな」


僕をずっと見ていてくれた人がいるんだ。
僕も彼女の傍にいてその声に応えたい。
けれど同時にフレイにも後ろめたさを感じている。


愛していたけれど。
変わらず愛してはいるけれど。
彼女を愛したいんだ。
そんな僕を許してくれる?


「知っているわ。だから私はここに来たのよ、キラ」


少女の思いがけない言葉にキラは思わず振り返りそうになった。だが少女の言葉を思い出し、かろうじて踏みとどまる。


「泣き虫のキラ。寂しがり屋のキラ。あなたがあの頃のままだったらこうして会いに来れなかったわ」

「どうして・・・・?」


キラの言葉に少女は少し黙り込んだ。

肌寒い秋風が彼らの周りを吹き抜けてゆく。

その風に煽られた懐かしい紅が視界に入ったとき、キラは泣きそうになった。

やっぱり彼女だ。

あの紅を見まごうはずがないと。
唇を噛みしめて涙をこらえていたのに。


「泣き虫キラは変わらないわね」


まるで後ろに目が付いているかのような少女の言葉にキラは慌てて涙を振り払った。


「何で分かったの」
「分かるのよ」


きっぱりと告げる少女にキラは叶わないなと笑うと、少女もまた、笑った。


「良かった。やっと笑ってくれたのね、キラ」


少女の髪が揺れた。

過去を思い起こすかのように彼女が遠くを見やったのが背中越しに分かった。


「私ね、あなたに哀しい顔ばかりさせていたから」
「そんなこと、ないよ」


キラは激しく首を振った。


「君は僕に心の拠り所をくれた」


彼女と共に過ごした時間は幸せだった。
辛いことも多かったけれど、それ以上に幸福だったと。


「・・・・有り難う、キラ」


言葉と共に少女の腕が背中越しに回される。
そして私も幸せだったわと、囁きが聞こえた。


「フレイ・・・・」


愛していた。
あの頃は自分に精一杯で彼女に何もしてあげられなかった。
守れなかった。
それなのに彼女は幸福だったと言ってくれた。


押さえきれない涙が頬をつたう。


「幸せに、なりなさいよ」


回された少女の腕に力がこもる。


「幸せにならなかったら許さないから」
「・・・・うん」


風が強まった。
ひやりとした空気が彼らの髪を舞いあげる。


「行くわね、もう」


言葉と共に少女の腕が離れると、せめて一目だけでもと、キラは振り返った。

だが少女の姿は既に無く。

ススキをなぐ風だけが吹いていた。


「フレーイ!!」


姿の見えない少女に向かってキラは叫んだ。

遠くにいる彼女に声が届くように。

想いが届くように。

声の限り彼は叫んだ。


「待っていて!いつか。いつかそっちに逢いに行くからっ!!」


何十年後になるか分からないけれど。
きっと逢いに行くと。



すると。



待ってる。



ススキを揺らす秋風の中。
少女の声を聞いたような気がした。














「そうか・・・・」
「うん。もう、大丈夫だから」


紫苑の目尻を下げて微笑む彼の表情から彼は本当に吹っ切れたのだと。
紅髪の少女は思い出になったのだと言うことをスティングは悟った。安堵したような寂しいような気持が彼の心にわき起こる。


「・・・・キラ、もう来ないの・・・・?」


いつの間に側に来ていたステラがすがるような目で彼を見ていた。

少し離れて話を聞いていたアウルとステラ。

壁により掛かったアウルは窓辺に目をやったまま、こちらを見ようとしない。


出会った当初は相成れないはずだった自分達。
それがいつからか。
自分を受け入れてくれていた3人にキラは嬉しくて泣きたいような気持で首を振った。


「まさか。ここのコーヒーとランチセットは僕のお気に入りだもん」


手元のコーヒが揺らめく。

キラはこの香りが。
この3人がいる光景がとても好きになっていた。
AAにいたときとはまた違う空気。
けれど本質は同じ。

戦後それぞれの道へと別れていったAAの面子。
在るものは近くに。
在るものは遠くへ。
けれどこの3人は変わらずここにいるのだ。
今もコレからも。


「だったら助かるな〜〜〜」


さっきまで黙りこくっていたアウルがキラの言葉を聞くなり、エプロンをキラに差し出した。疑問符を浮かべるキラにアウルはにかっと笑う。


「じっつはさ、夕方に貸し切りの予約が入ちゃってさ、忙しくなるからどうしようかと思っていたんだ。締め切り終わってフリーなんだろぉ?」

手伝えと、言う彼にキラはえーと声あげた。


「そんなの聞いてないよ」
「言ってねーもん」


シンに切り出したらアイツ、逃げやがったと毒づくアウル。

ステラはキラキラと期待の眼差しを向け。

スティングは困ったように。しかし頼み込むように手を合わせていた。


「仕方ないなぁ」


キラは参りましたと、破顔するとアウルからエプロンを受け取った。



外では秋風が窓を震わせていた。


カタカタ。

カタカタ・・・・・と。
















あとがき

キラフレ前提キララク。
ラクスの出番がほとんど無かった・・・・。

でも開店当初から始まっていたキラフレ。
ついに完結です。
亡くなった方をいつまでも引きずり続ける方も。
そしてひきずられる方も辛いと思います。
だからキラは次の再会を願い。
フレイはキラの幸せと再会を願って。
忘れないけれど。
思い出になる。
過去になる。
そうやって人は前に進んでいくから。
フレイもきっとキラにそう望んでいる。
そう思いました。
今回のテーマでした。
ここまで読んでくださって有り難うございました。