…これで何度目だろうな、墜とされんの。 何の自慢にも勲章にもならない、撃墜され数。 自慢や勲章どころか、失態、マイナス要因。 俺っていつからこんなに無能な奴になったんだ。 いつから。 空気がひどく冷たく感じるようになったのだろう。 その願い封ざれし時、 僕はこの世で 一番大切なものを失った。 木っ端微塵になった身体を眺めながら、俺は徐々に鮮明になりつつある記憶を必死に穿っていた。 おいおい浮いてんぜ俺、とか。 幽体離脱なんてオチじゃねえよな、とか。 輪っかとか羽とかはつかねえんだな、とか。 ついてたらついてたで不気味だな、とか。 主にどうでもいいことから、最後の出撃の前へ前へ。 記憶が(勝手に。頼んでもいないのに)遡っていく。 別に望んでいなかった巻き戻しだが、没頭し始めると案外夢中になるもんだ。 …こういうことが出来るから、あんまり死んだっていう実感が湧かねえんだよ。 せめて刺された腹が有り得ないくらいに痛かったら。 せめて生首状態で浮いていれば。 せめて。 思考が働かなければ。 ああ俺って死んだんだ、と嫌が応でも納得できたのに。 視覚も働いてる、聴覚も働いてる、ついでに思考も働いてる。 俺って本当に死んだのか。 遥か下で身体が木っ端微塵になってるから死んでんのか。 いくら強化人間でも細切れから復活できはしないだろう、どこぞの少年漫画じゃあるまいし。 ボールが7個集まれば生き返る世界じゃねえんだよ、とは誰が言ったんだっけか。 そんならこの状態って一体何なんだ。 霊体?幽体?(まあどっちでも大して変わんねえか) それってこんなに高性能なのかよ。 肉体が無いこと以外、生きてる時とあんま変わんねえじゃねえか。 さっきから、俺の知らない風景が、知らない人間が、知らない場面が。 まるで映画を(迷惑にも)巻き戻しているかのように脳裏に展開されていく。 更に、全く知らない筈のその映像に僅かな引っ掛かりを感じる俺に用意された、全自動の翻訳機ではなく分厚い分厚い参考書。 それには実像にすれば簡単に人が殴り殺せるぐらいの厚さになるだろうというぐらいの膨大な量の情報が詰め込まれていた。 どうやらこれは俺の記憶の一部らしい。 ラブホのベッドかと見紛うようなドギツイ色彩のベッドの中で奥底に封じ込められた、俺の記憶。 映像が視覚から得た記憶とするなら、こっちは自分で考えて得た記憶というか知識。 例えばそれは単語だったり、その時々の感情だったり、吐いた吐かれた台詞だったり。 以前の俺を構成していたそれらが、勝手知ったる俺の脳、とばかりに次々とインプットされていく。 凄まじい勢いで凄まじい量の情報が流れ込んできて正直言うと半分混乱気味だ。 無意識下での気分転換のように、世の受験生とやらにしてみれば神のように崇め奉るんだろうな、とまた思考が脇道に逸れて。 その度に逆回転のモノクロ映画は強引に俺を道のど真ん中へと連れ戻す。 死んでまでスパルタ教育なのかよ畜生。 そう思った瞬間、パンクしかけているだろう俺の脳に何かが思いきり叩きつけられたような気がした。 口答えは許しませんとでも言いたいのかコノヤロウ。 何処の誰だか知らねえが、強制的に勉強させといていい度胸だな、とは。 何故か思えなかった。 俺という存在の根底に染み付いた、ラボでの生活の名残らしい。 教師然とした奴には逆らうな。 感覚がそれを覚えている。 これも強化措置の一種なんだろうな、多分。 死んでまでそれに縛られるとは思ってなかった。 きっと地縛霊よりタチが悪い。 除霊師探してこねえと、とまたもや思考が(果てしなく知能レベルの低い方の)脇道に逸れて。 今度こそ確実に強烈に。 俺の脳は漫画に出てくるような見事なマグネット物差アタックを喰らった。 回る回る、逆回転のモノクロ映画。 こんな映画を上映してるシアターなんぞ1日で潰れて当然だなと思った。 もし実際に有り得たらの話だが。 終わりから初めに戻る訳だから、初っ端からネタバレ満載のある意味面白い映画になるのかもしれない。 それが普通の絵物語なら。 SFでもホラーでもアニメでも何でもいい。 それが人間が紡ぎ上げた絵物語なら。 空想の世界の物語なら。 きっと。 こんな気分にはならないのに。 逆回転のモノクロ映画の中で、ステラが知らぬ男の腕の中息を引き取った。 正確には知らない男ではない。 一度だけ会ったことがある。 ステラが海で溺れた時助けてくれた奴、だった。 その男の腕の中、ステラは弱々しく笑って、最期に。 そいつの名を呼び、好きと伝えて。 薔薇色の瞳を閉じた。 ステラの首がカクリと力を失って、涙を浮かべてステラを抱いていた男が叫ぶ。 言葉にならない慟哭の。 こんな場面を俺は目にしたことは無かった。 ステラが死んだことさえ、俺は今まで知らなかった。 記憶を消されていたのか何なのか。 ブルーコスモスの前盟主はヅラだったとか、全く以ってどうでもいいことは教える分厚い知識の参考書も。 今、この時までステラの死を伝えてはくれなかった。 これは俺の記憶じゃないのかと、未だ逆回転を続けるモノクロ映画を睨みつける。 怒りと別の何かにわなわなと震えながら、このポンコツめと悪態をついても、傍若無人なモノクロ映画は逆回転を続けて。 そして、カオス撃墜の瞬間を映し出した。 そこで、ああそうか、と俺は少しだけ納得した。 ここで、ステラより、先に、俺が、墜ちた、から。 だから俺は今までステラの死を知り得なかったのだ。 満身創痍で母艦に回収された俺はそのまま処置を受けて揺り籠で眠りに就かされたから。 過去へ過去へと巻き戻っていく記憶のモノクロ映画。 俺がこの目で見れなかった部分も補完して、今までの経緯を分かりやすくまとめてくださっているつもりなのだ、傲慢にも。 何が記憶のモノクロ映画だ。 これは俺たちの敗北記録か? 誰が記憶のモノクロ映画なんて何の捻りも無い題名を付けたんだ。 偽造広告だ責任者出せと罵りかけて、その何の捻りも無い題名を付けたのは他ならぬ俺自身であったことを思い出した。 畜生、これも過剰講義の副作用なのだろうか。 それともステラの死に動揺してるのか。 きっと後者だろうなと俺は思った。 いつも何処かで感じていた喪失の可能性への恐怖が、喪失の痛みとなってじわりじわりと襲い来る。 引き潮だった海が満ちていく。 その主成分はきっと、悲哀を遥かに超えた、ただひたすらな悲しみの潮。 押し寄せる波の音を聞きながら。 回るモノクロ映画に見入った。 ステラがネオに預けられて、ステラが極限に近い衰弱状態で苦痛に喘いでいて、そして。 1人きりの揺り籠。 ステラはあの新造艦(ミネルバ、だったか?)に捕らえられているのだから居ないのは不思議ではない。 問題はあの跳ね放題の水色頭が何処にも見当たらないことだ。 何故そこには俺しか眠っていないんだ。 何故。 そう、考えたのも束の間。 たった1機に壊滅させられる艦隊に続いて映し出されたのは。 ネオがアウルの名を叫ぶ様子。 アビスのシグナルロストを示すコンソール。 海中で爆散するアビス。 血の色で満たされる水色の、ヘルメット。 瞳孔の開ききった海の瞳。 物言わぬアウルの横顔。 海面に叩きつけられるアビスのコックピットに刺さっていたのは、白い柄のビームジャベリン。 息を呑んで顎を引き、驚愕に目を見開くアウル。 恐るべきスピードで迫り来るビームジャベリン。 それを突き出す緑と白のモビルスーツ。 アウルが墜ちた一連の。 そこでモノクロ映画は一時停止。 その動きが呆然とする俺を嘲笑うかのように思えたのは気の所為だったのだろうか。 アウル、と名を呼ぶとモノクロ映画は再び回り始めた。 始まりに向かって迷惑な逆回転で。 俺が赤い奴に墜とされる様もしっかり映し出し。 2度も、2度とも2人を守れず先に墜ちた情けない姿。 ステラの弱々しい最期の笑みが。 どこか惚けたように水面を仰ぐアウルの横顔が。 とっくに満潮を迎えた海に津波を起こす。 なんてことだ。 もう、あいつらが死んでいたなんて。 守ると誓ったはずだった。 あの胸糞悪いロドニアのラボで共に過ごした時からずっと。 俺もそこまでしっかりしている方では無かったが、それより遥かに手のかかる幼子のような2人。 守らなければと俺の中に住む小さな小さな良心がそう囁いたのは、きっと必然だったのだろうと今は思う。 ラボの研究員や軍の奴らにしてみれば、俺たちは戦う為だけの戦闘マシーンであり人ならざる兵器でしかなかったのだろう。 だが、俺たちは紛いなりにも人間だったし、個々の思考を持ち、それなりの願いや夢だって抱いていた。 俺は。 この戦争に勝って、生き残って、普通の人間として生きてほしかったのに。 生きたかったのに。 あいつらと、一緒に。 いつか。 兵器としてではない、1人の人間として。 連合の勝利の先にある俺たちの未来については薄々気付いていたけれど。 願うことは、ちっぽけな夢を期待を抱くことは止められなくて。 戦うために必要な事項以外の記憶を封じられていく中。 その決意だけは必死に。 守り通してきた。 守り通してきた筈だった。 俺と同じように、優しく残酷な腕に抱かれて眠る2人を。 守るのだと。 泣き虫で、甘ったれで、誰より深く死を恐れるステラ。 勝ち気で、わがままで、時折「母さん」と泣くアウル。 俺を、世界を構成する、大切な大切な。 なのに俺は2人を守れず。 おめおめと1人生き延び、何も出来ずにまた。 それどころか今の今まで2人の死すら知らず。 守り通してきた不侵の決意をも封じ込められ。 ただ、本当に破壊するためだけの殺戮兵器に成り下がって。 決意は、誓いは、願いは立派であっても。 決意も誓いも守り通さねば、願いは叶わなければ叶えなければ。 何の意味も無い。 くるくると。 逆回転のモノクロ映画は回る回る回り続ける。 3人で過ごした日々の記憶をトドメのように焼き付けながら。 ごうごうと荒れ狂う海を更に激しく煽り立てて。 きっと俺は泣いていた。 身体は存在しなくとも、きっと。 回るモノクロ映画。 苦しみと、悲しみと、怒りと、愁いの中に。 懐かしく、そして眩い笑顔があった。 ステラの。 アウルの。 そして俺の。 くるくると。 モノクロ映画は回り続けて。 やがて。 全てを巻き戻し。 消えていった。 嗚呼。 俺はずっと。 君よ幸せであれと。 願っていたのに。 -end- あとがき スズユキの氷里さまからいただいてきたフリーSS. これを頂くときに管理人、かなりの葛藤がありまして・・・・。 スティング兄さん、いえ、ペインの死を認めたくなかったのですから。 でもようやく心の整理がついたのでいただいてきました。 氷里様、ありがとうございました。 筆者の氷里様がおっしゃっていたように 兄さんにとっては一にも二にもアウステだったんだと思います。 彼にとってあの子達は何にも代えがたい、大切なもの。 暖かい世界でまた三人一緒である事を切に願います。 そして。 わたしも今後変わらずにこの子達のあったかもしれない未来を書いていくと思います。 |