この温もりの先 久々の休日にシンとルナマリアは外出許可を取り、町へと出ていた。 上から照りつける日差しは強く、肌をじりじりと焼くようだ。町の空気も当然、熱をもって肌にまとわりついて来る。 ただ、通り過ぎて行く風だけは冷たくて、それが救いだった。 世間は夏休みなのか、通りを行き交う人は多く、家族連れやカップルが目立つ町並み。 人の間を縫って歩きながらシンはルナマリアに問うた。 「どこ行く?」 「そうねぇ……」 口元に手を当てて考えるルナマリア。シンはそんな彼女の横顔を穏やかな眼差しで見つめる。 少し前までは同期で同僚で、軽口を叩き合っていた自分達。 表面的にも本質的にも変わらないけれど、自然な形で共にいる。ただ異なるのは――。 誰よりも近くにいて。 互いに対する感情も、また他に無いもの。他の誰にも向けられる事の無い、二人だけの。 二人でいる時間がとても幸福だとシンは思えた。 ――ところが。 「夏になったから洗濯の回数も多くても大変なのよね。トレーニング用のシャツにハーフパンツ。それから新しい運動靴……」 「……おい」 何時もと変わらないじゃないかと、思わず突っ込みたくなりそうになったのをシンは辛うじて飲み込んだ。 デートだというのに色気のかけらもない無い会話。一応彼氏と彼女の間柄のはずなのにこの変化の無さは何なんだろうか。 「ブディックとかは行かないのかよ?」 メイリンや普通の女の子だったら喜びそうな場所もルナマリアにとって価値の無い場所だったらしい。 「はぁ?あたしそんなところに用なんかないわよ」 片眉を上げてあっさりと却下した。それでもシンはめげずに次の提案を出す。 「ファンシーショップとか、え……と、コスメだっけ。そこは?」 「あんた、まるでメイリンみたいなこと言うわね」 化粧水と乳液なら間に合ってると、またもやあっさりと切り捨て、ルナマリアは当初の話題に戻った。「あああああ」と言う文字に埋め尽くされているでろうシンの頭の中など頭にないようだった。 「スポーツ用品店とあと本屋。夕食の買出し。夏の休暇シーズンだから食堂も休みに入るでしょ。何か買っておかないと」 「あ、そう」 だめだ、こりゃ。 がっくりとうなだれ、シンはそう判断した。 ルナマリアの話を聞けば聞くほど甘いデートの話題から遠ざかって行く。 お互い気心を知りすぎた間柄のせいか、遠慮がまるで無い。このままでは服装だけ異なる、いつもとかわらない日常となってしまう。 「買い物はあとでいいだろ」 とりあえず買い物は却下。ここは二人で遊びに行こう。そうしよう。 シンの新たなる提案にルナマリアはきょとんとした顔を見せたが、すぐに笑顔になると、「じゃゲーセン行こうよ」とシンの袖を引っ張った。 その仕草にああこれでようやくデートらしくなったなぁとシンがほっと息をついたのもつかの間。 「シン!アイツ、あたしの獲物だったのに!!」 「ルナはあたんないじゃないか!」 ペア組んでのガンシューティングで熱くなりすぎてケンカ。 周りがクスクス笑っているにも拘らず、二人の攻防は続いた。 そしてお決まりのUFOキャッチャー。可愛い動物たちを形取ったヌイグルミが所狭しと詰め込まれていた。 ここはルナマリアのためにとっていいところを見せようと張り切ったものの……。 「シン。あんた……下手ね」 シンの手元を覗きこんでいたルナマリアがボソリとつぶやいた。 「う、うるさいな!」 さっきからお金をつぎ込んでも一個も取れずじまい。痺れを切らしたルナマリアがシンに変わってアームを動かすとあっさりと一個お持ち帰り。さらに危なげなくもう一個取ってしまった。 「つぎ込んだ分はきっちり取り戻さなきゃ」 基本よ、とすまし顔のルナマリアをシンは不満げに見やってそっぽを向いた。 「どーせ俺は下手ですよ!」 ところがルナマリアはひるんだ様子も無く、 「何よ、この子は。あんたは射撃で強かったじゃない。誰にでも得意不得意があるのよ。そうじゃないと世の中不公平でしょ」 と笑うと、手にしていた一つをシンに渡した。 「敢闘賞よ」 シンは犬のヌイグルミをしみじみと見つめ、そしてルナマリアを見つめた。 同じ犬のヌイグルミを手に、彼女はあいも変わらず笑っている。 こうなると、いじける自分がバカらしくなってきて、しかめっ面が崩した。手にしたヌイグルミを抱え上げて。 「メシ行こうぜ。腹へった」 腹の虫が鳴いているのか、ルナマリアも素直にそうね、とうなずく。 「そうねー、近くのファーストフードでも行きましょうか」 「「給料日前だし?」」 最後のところで声が揃ったのがおかしくて二人は笑った。 空調のよく利いたファーストフード店でもかなりの賑わいを見せていた。それでも店員たちは手際よく客をさばいて行ったのでそれほど待たされること無く、シンたちはお互い向かい側に座って会話に花を咲かせた。 デートでの会話であっても特別な話題ではない。 友人達の事。 訓練の事。 機体の事。 二人にとって共通な日常でよく見知っている事なのだけれど、二人でいる時間を楽しむかのように話は弾んだ。 あらかたしゃべって会話が途切れると、ふとルナマリアの後ろのカップルがシンの目に入った。彼らは熱っぽく見つめあい、テーブルの下でひっそりと手をつないでいた。 何やってんだよ、公衆の面前で。 その光景があまりにも恥ずかしく思えて、シンの頬が熱を帯びていった。 「?なに?」 シンの変化に気づいたルナマリアが訝しげな表情で彼の視線を追い、カップルが目に入るとなるほど、としみじみとうなずいた。 「青い春よのう、少年」 「……恥ずかしいだけだと思うけど」 一拍おいてシンがそう応えるとルナマリアはカラカラと快活に笑った。 「まーいーじゃないのよ、可愛いじゃない」 ちょっとうざいかもしれないけど、と小さく付け足して何事も無く食事に戻るルナマリアにシンは女って男より辛らつかも、とボソリとつぶやいた。 ……もちろんルナマリアに気づかれないように。 食事のあと、涼しい店内を出ると二人は町を歩き出した。 快適なところにいたせいか、取り巻く熱気がいっそううっとおしく感じられる。 隣を歩いているはずのルナマリアに目をやると、自分より少し遅れて歩いている事に気づいて、シンは歩調を緩めた。 彼女に気づかれないようにそれとなく。 ――そして。 「シン……?」 「別にいいだろ、これくらい」 言葉無く、ルナマリアの手を包み込み、引っ張った。シンの突然の行動にルナマリアが頬を染め、シン自身も気恥ずかしくてぶっきらぼうに返事をする。 あのカップルだって手をつないでいたのだ。自分達だってと。少なからず対抗意識もあった。考えてみればキスや抱き合った事はあったけれど、手をつなぐのは今回が初めてだ。 順番間違ってるよな、とシンは一人ごちた。 でも。 でも俺達はこれから。 そう、これからなんだから。 表情を緩めてルナマリアを見やると、彼女も安心したように手を握り返してきた。 繋がった手。 共に歩くこの先。 この温もりの先は始まったばかり。 俺達の時間はこれから、なのだから。 ジーワジーワ。 真夏の太陽の下でせわしいせみの鳴き声が聞こえてきていた――。 あとがき 少しコメディタッチのシンルナ。恋人同士になっても姉弟のような同僚のような関係は変わらないといい。そしてちょっとしたきっかけでやっぱり恋人同士なんだと、気づくくらいで。ここまで読んでくださってアリガトウございました! |