シンと二人で見た古い映画。
人類が宇宙へと出るよりも前の映画で最近水中に沈んだ廃墟から発見されたものを技術部から無理やり借りてきて焼き増ししてあたしたちは見ていた。
映像はモノクロで音も悪かったけれどあたしはその映画の世界に引き込まれた。


まだ武器も未熟だった時代。
飛行機や戦車もあったけれど主力はやはり人でその中で人間のドラマは展開された。
舞台は第二次世界大戦中のモロッコ。
当時台頭していたナチスドイツの影に人々がおびえる、そんな時代だった。


昔の世界ってこんな感じだったのね。


映画を見ながらあたしは映像の向こうの世界に想像をめぐらした。
古い映画の中でジャズが流れ、戦中で生きる人々を描いてゆく。
戦闘に焦点を当てられていたわけではないのに、日常に戦争の影がちらほらと見え隠れしていてその足音が聞こえて来る気がした。映画のストーリーはモロッコで酒場を開いていた主人が昔の恋人と班ナチスの指導者であるその夫のために危険を冒して彼らを亡命させるとものだった。

揺らぐ世界の中での一つの恋。

どんな思いで主人はかつての恋人を見送ったのだろう?
その心境は直接は語られず、夫婦を送り届けたあと酒場で一人、ピアノを弾く彼の姿で終わりは締めくくられた。
ピアノを弾く姿がわずかにレイとダブる。
彼ならどうしただろうか?
やはり同じようにしたのだろう、彼ならば。
シンは?シンだったらどうする?
あいつだったら行くなーって言うかな?
寂しがりやの、シンは。
ううん・・・・そのときになったらあいつもきっと・・・・。




















ゆっくり行こう



















「ね・・・・シン」


映画を見終えたルナマリアが傍らにいるはずの少年に声をかけても返事は無く。
規則的で、そして静かな寝息だけが聞こえてくる。
ソファーに身を預け、腕を組んだまま寝入っているシン。
いつから寝ていたのよ、とルナマリアは苦笑した。


「可愛い顔してグッスリ?」


リラックスしきって眠っている、無防備な寝顔を見やりながらルナマリアはシンの前髪をそっと払ってやった。


「ラブストーリーは退屈ですか?」


シンの額を軽く小突くとルナマリアはビデオのスイッチを切って立ち上がった。そのときふと手を引っ張られ、ルナマリアが振り向くと目を覚ましたシンが彼女を見上げていた。


「どこ行くんだよ?」
「このまま寝ていたら、あんた風邪引くわよ?毛布とって来てあげようかと思ったの」
「起きたから・・・・いい」
「そ」
「おい、だったらなんで行くんだよっ」


むっつりとした顔でシンはなおも手を引っ張る。
眠りから覚めたばかりで目がはれぼったく、不機嫌そうだ。ぴょんと跳ねている頭のくせっ毛も3本くらいに増えていた。

手を離そうとしないシンにお子様じゃないんだからと思いながらもやはりお子様かな、とルナマリアは困った顔で彼を見つめ返した。


「コーヒーが飲みたいの。あんたの分もついでに淹れてきてあげる」


ついでに、という単語を強調すると、シンはしぶしぶながら手を離し、ミルクも、とつぶやいた。


「はいはい。お砂糖は二杯まででしょ?」
「なんか引っかかるような言い方っ」


口を尖らすシンに気のせいでしょーと微笑むとルナリアは身を翻してコーヒーメーカーの下へといった。本当はシンの眠気覚ましに、と淹れるつもりだったコーヒーだったのだけれど、自分が飲みたいの、と言っておけばシンは素直に受け入れる。
コーヒーを煎れてる間も必死に自分の姿を逃すまいと見つめてくるシンはまるで幼子のようで。
愛おしくて、それがまた哀しくもある。


まぁ仕方ないか。無理しないでちょっとずつ進んでいけば良いよね。
ゆっくりゆっくり進んでいこう。
泣く回数が少なくなった分、確かに進歩しているのだから。
慌てない、慌てない。


ルナマリアは笑みを浮かべて小さくため息をつくと。
淹れたコーヒーを両手に、自分を待つシンの元へと戻っていった。


コーヒーを傍らに置くなり、シンの腕がルナマリアを彼の元へと引っ張り込んだ。不意を突かれ、倒れこむようにして腕に収まったルナマリアをシンはきつくきつく抱きしめた。まるで彼女を逃すまいとしているように。


「こらっ、シン!!苦しい、苦しいってば!」
「ルナがもたもたしているのが悪い!!」


ルナが抗議の声を揚げても聞く耳もたず。困りはてたルナマリアは抱きすくめられたまま腕を伸ばして彼の頬に触れた。


「あたしは逃げないから。ほら、抱っこしてあげるから腕緩めてよ」
「ガキかよ、俺はっ」


むくれるシンにイタズラっぽい笑みを浮かべて、ルナマリアは少年の額に自分のをこつんとあてた。


「じゃあいいの?」


迷うように視線をさまよわせたシンは彼女を見つめ返し。そして散々迷いながらそれでも諦めきれないような顔をした。


「腕緩めるから・・・・ちょっとの間このままで・・・・いてくれよ」
「・・・・はいはい」



結局は離す気のないシンの背中に腕を回してやりながらルナマリアはあたしはここにいるよ、と彼にささやく。そしてその声に答えるようにシンの毛先が揺れた。















そんなに穴が開くほど見なくても。
息が詰まるほど抱きしめなくてもあたしはここにいるよ。
嫌だといっても傍にいるから。
言ったでしょ、ボランティアするほどあたしはお人よしではないの。
あたしは自分の意思で貴方の傍にいるのだから。
何度あんたに好きだと言ったら分かってくれるかな?
何度傍にいたい、と言ったら信じてくれる?
同僚としていた時間が長すぎてまだ今を受け止めきれていないあたしたちだけど、慌てる必要ないと思うよ。

まずはゆっくり、行こう?一歩一歩。
前を見ながら。
変化を受け止めながら。
慌てない、慌てない。
あたし達の人生はまだこれからなんだから。



ゆっくり、行こう。
ね、シン?





























あとがき

なんとなく書きたくなったシンルナ。
困ったちゃんのシンも彼女は笑って受け止めてくれそう。
だからシンも安心して彼女の前では肩の力を抜いて眠っていられるんです。