地球の初日の出を見たいとルナは言った。





プラントで毎年初日の出を見ていただろうに。
俺は今回はあまり気が進まなかった・・・・というより行きたくなかった。
何故ならいつも共に見ていたはずの3人目が。


レイ、がいない。


そして今後も3人で見ることもないだろう。
3人で過ごした日々は今でもとても色鮮やかで色濃く。
たった1人の空白がこんなにもつらく、冷たい。
初日の出を見に言ったらいないはずの影に声をかけそうで。
レイがいないことを思い知らされそうで。


・・・・つらいんだ。


それはルナも同じはずで。
もういないレイの気配を探して『ああ、もういないんだっけ』と悲しげに笑うルナが見ていたから。
もうどこにもない袖を引っ張ろうとして手が空をきる彼女を見ていたから。
それなのになんでまた・・・・・?


「一年の計は元日に有るって言うじゃない」


夜明けの時間を調べながらルナは答えにならない答えを返した。
俺が行かないといったら彼女はきっと1人でも行くんだろうな。
この寒空の中たった1人で。
彼女のか細い背中はその決意を暗に物語っていた。


彼女を一人で行かせたくなかった。
そう。
このまま彼女を一人で行かせたら、俺は何のために彼女の傍にいる?


ひとつ溜息をつき。
いつ出発する、と聞いたらルナは。
ふわりと。
まるで空から舞い落ちる雪の羽のような華のような。
儚くも淡い笑顔を見せてくれた。
ステラの春のような笑顔とも違ったやわらかな笑み。
真夏の太陽のような笑みのイメージの濃かったルナだったからとても新鮮だったけれど、同時にとても頼りなく見えた。

彼女も1人の少女。
1人の人間。
悲しいときは悲しい。
つらいときはつらい。

時には感情を爆発させるように想いを吐くだけではなく、静かに想いを胸に秘めることも彼女には有るのだと気づいたのはつい最近のことだった。



















君を、想う





















「シーン、ここなら見えるかなぁ」


ルナをバイクの後ろに乗せて辿りついたのはオーブに有る高台。
夜明けまでだいぶ時間があってあたりはまだ漆黒の闇に覆われていた。
おまに雪まで降り始めていて、その凍りつくような寒さに吐く息が蜃気楼のようにたちこめるのが見える。



オーブは本来雪の少ない国。




だけど。
今年は例年のない雪を記録し、あっという間に本土を白く覆った。
それはまるで戦争で散っていった者たち。
そして遺された者への慰めのようだった。



「この雪じゃぁ曇ってて見れるか?」
「冬空って変わりやすいんでしょう?」
「それって秋じゃないの」


うるさいなぁとルナは口を尖らすと俺に背を向けて、まだ暗い空の方を見やった。

ワインレッドの髪に、紺のジャケットに雪が後から後から降りかかって行っているのに気にする素振りも見せず、ただ海の向こうの水平線を見つめ続ける。

大丈夫、絶対止む。
止んでくれるわよとつぶやきながら。

寒いだろうに。
雪をしのげるところにいれば好いのに彼女はそこから動こうとしなかった。
手を伸ばしてルナの頭と肩にかかった雪を払うと背中から彼女を抱きしめた。


「シン?」


どうしたのよ、という顔をして腕の中から見上げるルナ。
思った以上に彼女の身体は冷たくなっていて俺は自分の身を彼女へと寄せた。互いの息遣いが分かるほど近くへと。


「こうすればあったかいだろ?」
「何あんたらしくないこと言ってンのよ」
「俺が寒いの!!」


振りほどこうとしたルナの手が止まった。
その間を逃さずに腕に力をこめると頬をくっつけると甘いシャンプーの香りがかすかにした。


「毎年3人で見ていたじゃない、初日の出」


ぽつりとルナがもらしたつぶやきに耳を傾ける。
肩越しに見える空はまだ暗い。
プラントで見た初日の出。
人為的それもあらかじめ定められた時間に昇り、天候に左右されずに見られる太陽。地球での初日の出はレイと見る事はとうとう出来なかった。地球での日の出も見た事あったっけか。

地上に降り立っても戦火の中で空など見る余裕もなかったあの頃。
見せたかった、地上の移り変わりを。
一緒に笑いあいたかった。
ずっと共にありたかった。
・・・・レイとルナと、3人で。


「レイと3人で見ることはもうできないけど、これからも見にこようよ」


俺は言葉無くうなずいた。


そうだな。
すべてはうつろい、すぎさってゆくもの。
深い悲しみはあっても決して留まることなく人の人生は続く。
だから心だけを留めて時間を止めてしまうことは。
それは。


「不幸、だと思うのよ」


人の死を乗り越えてあらたなる一歩を踏み出すことは、かの人を忘れ去ってしまうわけではない。


「どんどん時がたって前のように思い出さなくなっても。しばらく忘れていたとしても、ふと思い出したときね。昔と同じように。ううん、それ以上に鮮明に思い出すのよ。きっと」


懐かしさと共に思い出としてその姿は生前の、いやそれ以上の鮮やかな色を持って心に蘇る。
つらかった事。悲しかった事。
憎しみでさえ懐かしくも愛おしい記憶へと変わる。


ルナは静かに語り終えるとまた口を閉ざして水平線を見やった。
雪はいつのまにか止んでいた。


「そうだな」


ルナがここに来た理由。
それはレイの不在を、彼の死を受け入れるため。
彼女は前に進むためにここに来たのだと俺は悟った。


レイ。
そしてステラ。
彼らと出会い、触れ合った自分がいたから今の自分がいる。
彼らとの時間は俺の中に確かに息づいている。
だからこそ俺も前へと進まないと。


『シン、明日。また・・・明日だよ』


そして。
ステラがそう言ってくれたように俺はできると思う。
そうしようと思う。
共に歩んでくれるルナがいるから。
だから大丈夫。
ルナ。
お前も、大丈夫だよな?
そのためにここに来たのだから。


「シン!!」


ルナの声に顔を上げると、ラベンダー色に染まった空のかなたが見えた。
徐々にその色は濃さを増しゆき、まばゆい金色の光が生まれた。
同時に白く染ってゆく空と水平線の境目。
ルナが俺の袖を引っ張る。
俺はルナの手をとると、海のほうへと駆け寄った。


まぶしい、光のシャワーの中で太陽が水平線からその姿を見せた。
隣のルナが息を飲む。




金色の太陽。
 新しい年の始まり。




ルナと見た地球での最初の。
















初日の出だった。

























あとがき


年末年始の拍手に加筆して掲載。
以前書いたMoralSupport、そしてクリスマスのシンルナから繋がってます。管理人としては気に入っていたのでここにアップさせていただきました。これにはまだ続きがありまして、それで私の中の種運命のシンルナは一区切りつきます。
君、とはレイやステラに限らず、逝ってしまった人や過ぎ去っていってしまった人たちの事。
彼らのいた場所は誰にも埋められません。
ですが、どんなにどんなに哀しくてもつらくても
いつしか人はその空白を受け入れ、前へと進んでいくもの。
レイやステラたちの死は悲しみをもたらすだけではないと思う。そこから学ぶものがあって、そしてなによりも彼らと過ごした時間はシン達の心の支えとなってくれるはず。悲しむだけでは無く、彼らの分まで生きよう、幸せになろうとする気持ちこそが、彼らへの手向けではないでしょうか。大切な人、大好きだった人もその相手の幸福を願っていると思うんです。

それと。

太陽は星と同様に旅人の道しるべとなっていました。彼らのこれからを照らして行ってくれる事を祈って。



ここまで読んでくださり、ありがとうございました。