『おにーちゃーん』


懐かしい声にシンはその声の方へと視線をやった。
栗毛色の髪が揺れ、少女が振り返ると大きなすみれ色が瞬きと共にこちらに向かって笑った。
無邪気な笑い声が明るい黄金色の風景の中でこだまする。


懐かしいマユ。
大切な妹。
シンは愛おしさに胸をいっぱいにしてに少女へと手を伸ばした。
そして少女もまた同じように彼の方へと手を伸ばす。

少しずつ、少しずつその距離が縮まり、シンが少女の手に触れたとたん。
少女は砂塵と化し、跡形も無く消えた。


「あ・・・・・あ・・・・」


かすれた声がシンの渇いたくちびるから漏れる。
少女に触れていたはずの手を見やると、大粒の涙をこぼしてその手を握り締めた。


『シーン』


幼い、独特なアクセントが蒼い海の風景に生まれた。
キラキラとした金の髪と蒼いスカートをなびかせ。
歌を口ずさみながらくるくる、くるくると踊る一人の少女。


ステラ。
天使のように真っ白で純粋な君。
君といると亡くした昨日が帰ってきたような気さえした。
どんな事をしても守りたかった。


踊る少女の方へと歩み寄ろうと一歩踏み出した。
ぴちゃん。
踏み出したはずのつま先は灰色の水に浸かり。
目に映ったのは安らかな顔で水の底へと沈んでゆく少女。


「ごめん・・・・・ごめんよ。まもれなくて・・・・ごめん」


ひざをつき、シンは肩を震わせた。
固く閉ざしたまぶたから溢れた涙が頬を伝わり、彼のこぶしをぬらす。



『お前の手で守るんだ。こんどこそ』


頭上に降った静かな声にシンが顔を上げると、穏やかなアイスブルーが彼を見下ろしていた。
そして見覚えのあるプラチナブロンドにシンはもういるはずのない少年の名前を形作る。
少年は口元をわずかに崩して微笑むとやがてゆっくりとその輪郭がぼやけ始めた。

「待って!!待ってくれよ、レイ!!」

シンは消えつつある少年を必死に引きとめようと立ち上がってその手を伸ばす。
だが、その手は空を切り、目の前の少年に触れる事は叶わない。

「お願いだ!!行かないで!!」

行ってしまう。

皆行ってしまったのに。
彼も行ってしまう。

マユも。
ステラも。
レイも。
そして・・・・・。


『お前は未来まで殺す気か!?』


アスランまでも行ってしまった。



消えてしまった少年のあとは真っ白な風景。
何も無く、真っ白な地平線だけが果てしなく続いている。


「俺を一人にしないでっ!!」


何もない空間に立っていたのはもはや16歳の赤服エリートでは無く、14歳の非力な少年。


「お願い・・・・。一人は嫌・・・なんだ。置いて・・・・行かない・・・で・・・・っ」


暖かくて冷たいものが堰を切ったように溢れだしたが、少年はそれをぬぐおうともせず、ただ叫び続けた。
置いていかないで、と。


『おいていかないよ』


何もないはずの空間に一つの声が響いた。


「あ・・・・」


シンの紅玉が大きく見開かれる。
声と共にぼやけた人影がゆっくりと一人の少女を形作ってゆく。
彼がよく知る、一人の少女へと。


「ああ、なんだ・・・・」


安堵した笑みがシンの顔に広がってゆく。
14歳の少年がゆっくりと時間を戻し、16歳の少年へと再び形作り。
そしてかの少女の名前をつぶやいた。







「                」








自分の声でシンは目を覚ました。
必需品以外なにもない殺風景な部屋に明るい朝日が差し込んでいた。
宙に高く伸ばされた自分の腕。
シンは瞬きをすると、ゆっくりとその腕を降ろし、再び天井に目をやった。


「・・・・」


寝返りを一つ打ち、枕もとの時計に目をやるともうじき起床時間だった。
時刻の下に今日の日付が出ている。
オーブ連合の前に敗北を味わったあの戦闘から数ヶ月が過ぎ、シンたちが乗ったミネルバはプラントのコロニーに停泊していた。そのコロニーには戦死者たちが眠るとされる共同墓地があり、シンはこの日、ルナマリアと墓参りの約束をしていた。


あの最後の戦闘から数ヶ月。
議長の死により戦闘続行不可能となったプラントは2年前と同様に地球側に和平を申し入れ、戦争は停戦を迎えた。2年前と同じ轍を踏まないためにもザフト・地球連合の両軍はプラント・地球両国家間で厳しい監視下に置かれる事になり、デュランダル議長の私兵のような立場だったシンを初めとするフェイスたちはその地位を剥奪され、以前の地位に戻される事になった。
その事についてシンは異を唱える気もなかったし、どうでもいい事だった。
そんなことより彼がショックを受けたのは艦長だったタリア。
そして。
同僚にして親友のレイの死だった。
最後にレイの姿が補足されたメサイアからフリーダムが飛び立った事を軍からの報告でシンはその事を知った。シンはレイを置き去りにした事でパイロットであるキラに詰め寄ったが、返ってきた言葉はシンにとって残酷なものだった。


「彼が望んだ


レイはタリアとデュランダルと共にメサイアに留まることを望んだという。
自分達より彼らを選んだレイの選択。
シンは納得したくなかったが、キラの言葉で納得せざるをえなかった。
それはもはやどうにもならない事で。
例えキラを殺したとしてもレイは戻ってこない。
そして何よりも。
レイは父と母といえる二人の元に残りたかったのだろうとシン自身も薄々とわかっていたから。
シンは瞳を固く閉ざすと、枕に顔を埋めた。
コチコチ。
コチコチと時計が打つ音はまるで心音のようでシンの心を徐々に沈めてゆく。



「ルナとの約束は9時だったよな」


そう一人ごちると、シンはベットから勢いよく飛び起きた。












Moral Support




















ルナマリアと共に足を踏み入れた共同墓地は人影が見当たらず、ひっそりとしていた。
無数の白い墓標達がはるか向こうの地平線まで延々と続いている。
真っ白なユリを手にしたルナマリアとシンは階段を下りると迷うこと無く、一つの場所を目指して歩き出した。
新しい、墓標へと。
二人は途中一言も言葉を発する事も無く、ただ歩き続けた。
やがて二人は見慣れた名前の刻まれた墓地の前へとたどり着くと、ルナマリアは手にしていた花束を墓標の前と備えた。


レイ・ザ・バレル


その名前の下には没年月日が刻まれてあったが、生年月日はなかった。
軍の諜報力を持ってしてもレイの詳細データは見つけられなかったという。
全てを知る議長の死とともにそれは永久に分からなくなってしまった。
だがシンやルナマリアにとって大事なのはレイの過去ではなく。
彼らが共にすごした時間だった。



「レイ、そっちで元気にやっている?あたしもシンも元気よ」


レイの墓標に話しかけるルナマリアの背中を見つめながらシンは彼女の言葉に耳を傾ける。


「あたしたちね、来週地球に降りるの。それもシンの故郷によ」


故郷、という言葉にシンは顔をわずかにゆがませた。
とうに捨てたはずの故郷。
でもオーブが討たれなかったとき溢れた安堵感は結局故郷への想いを捨てきれずにいた事を再認識させられた。
されど、幾度と無くオーブを攻撃してきた自分に故郷は自分を受け入れてくれないだろうという思いもあった。
もうなにもない。
誰もいない。
ルナマリアを除いては。


最初はマユやステラを守りきれなかった業をシンはルナマリアを守りきる事で埋めようとした。
いわば彼女は二人の身代わりのようなものだった。
けれど。


『あたしは大丈夫。信じてよ』





大丈夫、信じて。





困ったように眉をハの字にさげてそういってくれたルナマリア。
自分を縛らないでと、彼女は暗に言ってくれた。


-----そんな彼女に俺はどんなに救われたか。


俺はルナを守るどころか逆に彼女に守られ、さらに傷ついた自分を受け止めてくれた。
かの呪縛から解き放ってくれた。
共に涙を流し、同じ光景を見つめた。
彼女は誰の代わりでもない。彼女の代わりもいない。
そして俺とルナは馴れ合いでもない。
ルナマリアに支えられ、救われた自分がいたのだから。
背負うのではなく、支えられている安堵感そしてやすらぎ。
ただ必死だった自分の背中に彼女の背中を確かに感じていたのだから。



だけど。


だけど俺は?
俺はルナの重荷だけになっていやしないだろうか。
ただ寄りかかっているだけの存在。
俺はルナに居場所を「与えて」いるだろうか?
なあ、レイ。
お前なら分かってるだろうな。


いつものポーカーフェイスでは無く、穏やかに微笑む親友の姿が墓標に重なる。
その幻影はゆっくりと指をシンの方へと向け。
そしてゆっくりとルナマリアの方へと目線をやった。
まるで彼女に聞けとでも言うように。

「結局それかよ」

シンが苦笑すると、少年の幻影は笑みを深くしてゆっくりと消えていった。

「シン?」

気づくと紺青がシンを覗き込んでいて彼はようやく我に返った。
墓標に目をやってもルナマリアが添えたユリだけがあり、他に何もなかった。
さっきの幻影は自分の生み出したものだったのだろうか?

「どうしたのよ?」

心配そうに見つめる視線と重なり、シンは目をそらして墓標を見やった。
唇をかみ締め、先ほどの『想い』を口にするかどうか彼は迷った。
だが。親友の幻影が浮かべていた笑み。

聞いてみたらどうだ?お前の心配する事なら無いと思うがな。

そして今朝の夢。
自分に『置いていかない』と言ってくれた少女。

シンはこぶしを握り締めて少しずつ決心を固めると。
やがて意を決したように口を開いた。


「なあ。俺はルナに背中を預けてさせてやられるような男かな」


わずかに驚きの色を見せるルナマリアの表情に突拍子でもない言葉だ、とシンは即座に後悔した。
だが今更引けなかった。
ここで想いを告げなければいついえるのか皆目見当もつかない。


「寄りかかるだけのものになってやしない?お前の負担だけ、になっていないか」
「・・・・・」


ルナマリアは瞬きせずにじっとシンを見つめていたが、やがて表情を崩すと。
手を伸ばしてシンの髪に触れた。


「なっていない。ね、シンがどれだけあたしを助けてくれたか分かっていないでしょ」


寂しいなぁと彼女は苦笑する。


「メイリンやアスランのときシンが傍にいてくれてどれだけ救われたか」


二人を失った悲しみ。
裏切られたという悲しみ。
それを受け止めてくれたのはシンだけだった。

裏切り者の姉。
何も言わなかったけれど、周囲はその目でルナマリアを見やった。
紅でもやっぱり女だからか。
今まで押し込めてきたものが再び彼女に降りかかる。
変わらなかったのはシンとレイだけ。
そしてそれらを受け止めて一緒に泣いてくれたのはシンだった。


あたしも何かしてあげたい。


誰かの代わりとかではなく、シンに何かをしてあげられたら。
あたしを必要としてくれるのならあたしは応えよう。
例え「誰か」の代わりだとしても。


「あたしはいつだってシンの背中を感じていたよ。それがどんなに嬉しかったか」

そしてシンを支えられる存在になりたい。
守られてきたように守ってあげたいと思った。

あなたの悲しみを。
寂しさを。
思いを。
半分こ。
共に生きて行きたい。

紺青の瞳がゆがみ、透明な光が生まれ出て頬を伝う。


「負担のわけないじゃない」


ルナマリアの言葉にシンもこみ上げてくる感情を抑えきれず彼女をかき抱き、嗚咽を漏らした。
自分たちは支えて支えられて、こうして生きている。
自分にとってもルナマリアにとっても互いは代わりでは無く、唯一無二の存在。
代わりなどいる訳ないのだと。


「ルナ・・・・どこにも行かないよな」
「・・・・・あんたを残していくわけないでしょ」


あんたこそ、と呟いてシンの背中に回されたルナの腕に力が篭る。


「あたしを置いていかないで」
「置いていくわけない」


シンもきつく彼女を抱きしめた。




俺たちは二つで一つ。
ルナの存在がこんなにも心強くて暖かい。
この混乱の中で明日は分からないけれど.
互いを傍に感じられるならきっと大丈夫。
そんな気がした。
大事なルナ。
守るよ、と言わない。
一緒に生きていこう。
互いを支えあって。































あとがき

いただいたシンルナグッズ情報の題名を使いました。
MoralSupport。
互いに支えとしている意味合いの強い言葉で好きです。
前回のルナ編に引き続き、舞台と時間を変えてシンバージョン。
ルナにとってもシンにとっても互いは唯一無二の存在。
危なっかしい感のあるシンも彼女がいれば大丈夫。
そしてルナもシンがいる限り強くなれる。
パズルのピースのようにぴったりと納まる二人。
夫婦みたいです。