「やったっ!1センチ伸びたぜ、1センチ!」


 食堂に入ってくるなり、そう叫んだシンに隊員たちの視線が集中した。
 だが、己の事しか頭にないシンはそんな視線などまるで気にせず、今度は何やらきょろきょろし始めた。
どうやら誰かを探しているらしい。ちょうど昼食を取っていたルナマリアとヴィーノ、そしてヨウランは彼と同類と思われては大変と慌てて姿勢を低くしたが、レイだけは依然普通に食事し続けていたため、彼らの姿を補足したシンが意気揚々と彼らのテーブルに近づいてきた。当然、周囲の視線も彼を追う。


 ああ、頼むから。あたしたちでありませんように、というルナマリアの祈りもむなしく。シンは彼らのテーブルの前に立ち止まると得意げに人差し指を彼らに立てて見せた。


「さっき身長測ったらな、1センチ伸びてたんだっ」
「そ、そう。おめでと、シン」
「そうか」
「よかったな」
「・・・・」


 相変わらず普通どおりのレイの横で顔を引きつらせながらもとりあえず祝福するルナマリアとレイとヨウランだったがヴィーノだけはむすっと頬杖を着いて牛乳パックのストローをすすっていた。シンはそんな彼に気づかず、だろーと笑った。


「だろ〜〜〜。170くらいしかないからさ、俺。嬉しくって」
「1センチだから168センチじゃん。まだ170じゃないよ」



 ヴィーノの言葉にレイを除く周囲が凍りつく。
 シンも笑顔のままその場に凍りついた。
 余計な事を言うなと無言の目配せするルナマリアとヨウランを無視し、ヴィーノは更に続けた。


「ルナなんかさ、この間測った時2センチ伸びてたんだよ?身長差で行けばマイナスじゃない?」


 その言葉にルナマリアは心の中で悲鳴をあげた。
 ヨウランの手にしていたサンドイッチがボトリと音を立てて落ちる。
 レイはマイペースに食事を続けている。
 先日測ったとき、確かにルナマリアの身長は急激な伸びを見せていた。だが、この事を敢えてシンに言わなかったのは・・・・・言うまでもないだろう。そして彼女の予想通り、シンの目じりがみるみるつり上がった。


「ルナっ!!」
「な、なによ?」
「ちょっと来いよ!!」
「ちょっと・・・・ってあたしまだご飯・・・・」

 抗議するルナマリサにかまわず、シンは彼女の手をとると飲みかけの牛乳パックを持ったままの彼女を引きずって、食堂を出て行ってしまった。周囲は唖然としてその様を見ていたが、彼らの姿が見えなくなると各々の食事に戻っていた。その中でヨウランは半眼でヴィーノを睨むと、ヴィーノは泣きそうな顔をして彼を見返した。レイだけは我関せずと。何事も無かったようにスープをすすっていた。


「なんだよっ!!いーじゃんか!!俺なんか縮んだんだぞ、0.3センチ!!!」
「そ、そうか。そりゃあ気の毒に」


 0.3センチもだぞ、貴重な身長なのにぃっとベソをかき始めるヴィーノをなだめながらクールなままのレイを尻目にヨウランは深い深いため息をつくのだった。






























身長差4センチ

































「あら、アスカ少尉。どうしたの?まあ、ホーク少尉も」


 大またで医務室に入ってきたシンとルナマリアの姿に軍医はにこりと微笑んだ。カルテを整理していたらしく、机の上には隊員達の身体履歴が山積みになっていた。シンが軍医に黙って敬礼をすると、ルナマリアも慌ててそれに習う。二人に敬礼を返しながら軍医は見ていたカルテからいったん手を離すと彼らに向き直った。


「どうしたの?忘れ物かしら?」
「いえ。実はこのルナマリア・ホークの身長を測ってもらいたく、こちらに参りました」
「ええっ?!」


 驚きの声を上げるルナマリアをちらりと一瞥するとシンはなおも続けた。


「再検査、お願いします」
「もしかしたら誤差がある・・・・と?」
「はい」
「シン!!軍医殿に失礼よ!!」


 あごに人差し指をあてて瞬きをする軍医にシンがうなずいてみせると、ルナマリアは抗議の声をあげた。軍医は階級でいえば大尉から佐官クラスであり、シン達よりずっと上の階級だ。実力主義のザフトでは階級制度はそう厳しくないが、やはり上官は上官である。しかも医学の専門家に向かっての言葉だと思えなかったからだ。だが軍医は気を害した様子も無く穏やかに微笑んで了承の意を見せた。まるでシンの気持ちが分かったかのように。


「いいけど、ホーク少尉は?」
「わ、わたしは・・・・」
「ほらっ、ルナッ」
「ちょ・・・・」


 ルナマリアの言葉を待たずに計測台へと引っ張ってゆくシンの姿に軍医は口元をほころばせ、彼女さんも大変ね、と二人には聞き取れない声でつぶやいた。





「164センチね。あ、この間よりちょっと高いかな?164.2・・・・」
「なっ・・・・!!」


 軍医の計測にシンの顔色が変わる。たかだか0.2でそんなに大騒ぎする事のものかしらねぇとルナマリアはため息をつくとその結果で収まらなくなったシンが、ルナマリアの頭をぐりぐりするというとんでもない暴挙に出た。


「ありえないっ!!このアホ毛で身長稼いでるんじゃないのかっ!?」
「いたいいたいいたい」


 ちなみに「アホ毛」とはルナマリアの頭にある一本の跳ね毛の事である。生まれつきそのような形になっており、どうセットしようがなぜか一本だけぴょこんと立ってしまうのだ。ルナマリアのひそかな悩みだったりする。



「お、乙女の悩みを〜〜〜〜!!このバカボンが〜〜〜〜〜〜っ!」



 コンプレックスを逆なでされたルナマリアの怒りが爆破し。彼女の繰り出したアッパーカットがシンの顎に綺麗に命中した。





「お大事にね」






 あのあと手当てを受けたシンは軍医に見送られながらルナマリアと医務室をあとにした。シンがしきりに顎をなでて恨みがましい視線を向けてきたが、ルナマリアは無視し、牛乳パックのストローをすすった。ずっと手元にあった牛乳は既にぬるくなっており、そのまずさに彼女は顔をわずかにしかめる。


「あんたのせいでご飯は食べ損ねるし。この牛乳だってぬるくなっちゃったしどーしてくれんのよっ」
「・・・・・」


 するとシンは目にも留まらない速さで彼女から牛乳パックを取り上げると、勢いよく全て飲み干してしまった。最後の一滴がストローを通して消えるのを見るとルナマリアは怒りの声をあげて、シンの頬をつねった。当然シンはその痛みを訴える。


「イタタタタ!離せよ、ルナっ!!」
「おだまり、この牛乳ドロボー!!」
「ルナが牛乳なんか飲むからだよっ」
「え?」


 シンの言葉に驚いたルナマリアの力が緩むと、彼はチャンスといわんばかりに彼女を振りほどき、距離をとるとびしっと彼女に指を突きつけた。


「お前は当分牛乳禁止!!」
「はあ?」
「牛乳の飲みすぎ!!女はな、ある程度小柄の方が可愛いのっ!!」
「女、って。あんたね。男尊女卑の古ぼけた考えであたしを縛んないでよ」

 
 大威張りで断言するシンに紅の少女の眼差しは急速に冷ややかなものへと変化した。

 女だから。

 その言葉は「紅」を着た自分への侮辱に聞こえたからだ。
 影から言われ続けた言葉。
 それを同期であり、友人のシンから聞くとは思いもしなかったのだ。
 それゆえ彼女の落胆は大きく。
 彼女の感情を凍りつかせた。
 だがシンはそんな彼女にひるまず、怒ったように続けた。


「ばかっ、そんなんじゃないっ。ルナマリアだって一応女の子じゃないか。背なんかそれ以上伸びない方が絶対可愛い。紅とか女とかそういうんじゃないよ」
「一応、ってなによ」
「う・・・・。言葉通りだよっ」


 分かっていてくれてるんだ、シン。


 顔を赤らめて言いよどむシンにルナマリアの顔に少しずつ笑顔が戻る。


 女だから。女の癖に。
 シンたちといると女だからって肩肘を張っている自分が馬鹿馬鹿しく思えてくる。
 大丈夫。
 シンや仲間たちは分かってくれている。


「バカみたいね」
「うるさい、バカって言うのよな!!」


 伝わらないだろうけど、感謝の意味をこめてむくれるシンにルナマリアは微笑む。だが馬鹿にされたと勘違いしたらしいシンは怒ったようにむすっと彼女を見て、念を押すように先ほどの言葉を繰り返した。


「だから!!当分牛乳は禁止!!分かったかよ!?」
「はいはい。それよりお腹すいちゃった。遅いけどご飯にしない?」


 ルナマリアの言葉にシンも自分の食事もまだだった事を思い出したらしい。
 とたん廊下に響き渡るほどの腹の虫がなった。
 シンの顔が真っ赤に染まる。


「腹減ったよな・・・・さすがに」
「・・・・いこっか」



 笑いをこらえながら、ルナマリアが食堂へとシンを誘うと。
 彼はとても嬉しそうに破顔してうなずいた。






 身長差4センチ。
 男女差、なし。
 まだ互いを意識しなかった、ある日の午後の事だった。





















あとがき

本編準拠の初シンルナ。
部隊はミネルバに配属が決まったばかりの頃のお話です。
ルナって結構大きいからシンも身長とか気にしてそう。
こんな事があったのかもしれないなぁと思って出来たのが今回のお話。
レイは二人は大丈夫だと思っているから敢えて干渉しません。
なんでもお見通しのレイほどではないにしろ。
ルナの葛藤をシンはおぼろげながら理解していると思います。
何気ない間接キス。まだ二人が意識し会ってないころのお話でした。


補足

一応階級のこと。
詳しくははよく分からないのですけど
少尉→中尉→大尉→少佐→中佐→大佐と文中ではなってます。