「ね、セイジュ、この親指姫って蒼薔薇姫に少し似ていないかな?」

 セイジュの腕の中で絵本を見ていたアーシェが顔を上げて問う。自分を見上げながら小首をかしげる仕草がたまらなく愛おしくてセイジュは彼女の髪に口付けた。
 目を閉じて口付けを素直に受け止めるアーシェに愛おしさが募る。彼女に笑いかけながら銀の髪をすくと、さらさらとした音を立てて指から流れ落ちていった。


「どうかな。けれど君がそういうならそうなんじゃない?」


 親指姫だろうが蒼薔薇姫だろうがどうでもいい事。
 関心さえ持つ気にもなれない。
 アーシェだけが自分の世界、だから。
 彼女の言葉だけが真実だから。


「曖昧な答え」


 でもそんなセイジュの心中など知らずにアーシェは不満そうに唇を尖らせると、絵本に戻ってしまった。セイジュはそんな彼女が少し憎らしく思えて彼女から絵本を取り上げると宙へと放り投げた。絵本はベッドの隅っこに着地すると抗議するかのようにページがパラパラと音を立てた。

 まるで子供じみていると思いはしたけれど、そうせずにはいられなくて――自分より絵本の方に関心が行ってしまっているのが悔しかったから。


 思いもよらなかったセイジュの行動にアーシェはぽかんとしたと表情を浮かべていたが、すぐに表情がほころび、笑顔が覗く。


「セイジュ、子供みたい」


 くすりと、笑みが彼女の小さな唇から零れ落ちた。


「子供じゃないよ」


 少しすねた口ぶりでセイジュは腕の力をこめる。
 強く強く少女を抱きしめる。
 子供じみた事をしてしまったのは認めるけれど、子ども扱いされたのはやっぱり悔しい。


「苦しいよ」


 困ったように笑いながら、アーシェは身じろぎをすると、セイジュの背中に腕を回した。細く、華奢な彼女の腕がセイジュの背中を優しくさすり、時折ポンポンと軽く叩く。まるで子を安心させようとあやす母親のように。

 トントン。
 とくんとくん。

 リズム良く伝わってくる振動と、穏やかに打つ心臓の鼓動が重なる。そして互いを包み込む温もり。それらの全部がとても懐かしい。
 遠い遠い昔を思い起こさせる……思い出せない過去。まだレニと一つの温もりに包まれていた、あの頃。


「アーシェ……」
「なあに?」


 彼女の顔は見えない……でも優しく微笑んでくれているのが分る。


「愛してる」


 一時の沈黙。

 唐突に漏らした一言に戸惑っているのか。
 驚いているのか。
 それとも――。
 セイジュにとっても永遠に感じられた間のあと、彼女が応えた。


「私も、だよ」


 簡潔に、だけど力強く。そのたった一言に心が満たされて行く。


 アーシェ。
 僕の、宝物。


 セイジュは声無き呟きを漏らす。
 絶対に手にする事が出来ないと思っていた存在が今ここにいる。
 自分の腕の中に、いる。

 ふと魔界にいるレニの姿が脳裏をよぎった。
 この温もりはかつては彼のモノだった。今の彼は何も語らず、自分達を見ていたのは知っている……自分達を見守るかのように。


 分かっていた。

 彼がアーシェを愛していたにもかかわらず身を引いてくれた事を。

 分かっていた。

 彼が過去を語る事は永遠に無いだろうと。

 分かっていた。

 彼がアーシェを想うように自分を想っていてくれた事を。

 ……分かっていた。




「アーシェ」


 幾度となく、少女の名を呼ぶ。


「なあに?」


 同じように少女も応える。
 そして自分はまた囁くのだ。


「愛しているよ」


 繰り返し、繰り返し。

 この一瞬一瞬が少女の中に留まってくれる事を。
 半身が彼女と誓った永遠に近づける事を





 願って。








  願わくば

    君の中で

   永遠に届く事を
    











あとがき

セイジュ×アーシェ。
思い出を紡ぐ……ということは永遠を紡ぐと同意義だと思うんです。
純愛編のセイジュは永遠の呪縛から開放された、と言っていたけれど……永遠は否定できないはずです。たくさんの想いが積み重なって心に残れば其れは思い出――永遠だと思うんです。