シンデレラは魔法が解けたら帰らなければならない。
例え心残りがあったとしても。
なぁ、ステラ。
魔法が解けたとしてもお前はその場にとどまりたいと言うだろうか。
必死に踏みとどまろうとするかな。
例え帰る場所が俺らの元だとしても?



















シンデレラ






















ステラ・ルーシェは久しぶりのお出かけでご機嫌だった。
お気に入りのドレスに身を包み、クルクルと踊り。
スカートが花開くように広がるのを見て喜びの声を上げた。


「あいっ変わらずガキみてー」

前を行くステラの姿をしっかりと視界に捉えながらアウルは小馬鹿にしたように鼻を鳴らすとスティングが困った顔で笑う。
熱心に見てるクセして素直じゃない。
子供っぽく見えるのはどちらだろうか、と思う。
罪のない顔をしているくせに口が悪くて態度も悪い。
けれで根は優しい、天邪鬼。
時には其のマリンブルーの輝きに暗い炎を宿す時もあり,そしてまた年にそぐわぬ憂いを見せる事もある。


そしてステラは。


「スティング、アウル、アイスー」


町のジェラード屋に目をつけたステラが菫色を輝かせて、彼らの元へ駆け寄り、彼らの手を引く。
無邪気な光だ、とスティングは思う。
其の光が険しい物に変わる事もあると、と誰が思うだろうか。

幼子のように無邪気な光。
戦士としての眼差し。
そして・・・・・。




「アウル、それは・・・・?アウルと同じ、あお」
「んー、グレープフルーツ」
「欲しい」
「お前のもくれたらやるよ」
「うんっ」


アウルがステラに一さじ向けると、彼女は躊躇無くぱくついた。赤い舌がぺろりとさじをなぞり、離れる。


「おいしい・・・・」
「お前のもよこせよ」
「うん」


あーんとさじを向けるステラのさじに大きい口を開けてアイスをほおばるアウル。アイスを分け合う二人の姿に仲の宜しい事でとスティングは微笑んだ。


「待ち合わせの時間は分かってるな」
「何度目だよ。しつけーな」
「あ?だったら3人で動くか。それともステラは俺が連れて行くか」
「・・・・・」


揶揄するような笑みを浮かべるスティングに反論の言葉を無くしたアウルは口をつぐむとをじろりと兄貴分を睨んだ。

二人の時間を作ってやろうと2組に分かれることをスティングが提案してくれたのはアウルとしては嬉しかったのだが、子ども扱いはやはり気にくわない。そしてあまりにも喜んだらかっこ悪い。まるで自分がステラに熱を上げているみたいではないか、と。


「分かってるよ、5時にこの公園前」
「はい、よく出来ました。ステラ、一人で歩き回るんじゃないぞ」


口を尖らせて不満の表情を表すアウルの隣にいるステラに手を伸ばして頭をなでると彼女は嬉しそうに其の菫色を細めた。
なんとも可愛いらしく、そしてほほえましい姿。
手を離してアウルのもなでようとしたらあっさりと交わされ、スティングは少しだけ、寂しそうな表情を見せた。


「つれねーな」
「やかまし!!さっさと行け、シッシッ!!」


邪魔者のように追い払おうとするアウルをおかしく思いながらスティングはまたステラの頭をなでるとその場をあとにした。
町をめぐって新しい本を探してみようか・・・・と。



木漏れ日が舞い踊る公園の小道をつないだ手を大きく振って歩きながらステラが歌を口ずさむ。
歌、と言っても歌詞など無く、ただひたすらメロディーだけを口ずさんでいる。
其の旋律は風に乗ってやわらかく、儚く。
でも心に深く染み込む強い力を持っていて遠い記憶を思い起こさせてくれるような錯覚を覚える。
そう、錯覚。
余計な記憶は自分たちにはない。
其の必要もないのだから。
今日が終わったらまた今日が来る。
其の繰り返し。
疑問を持っていない。

否。

持ってはいけないのだと、アウルは知っていた。
いつぞやのザフトの兵士も消えた過去なのだ。
・・・・そう思うことにした。
不安は消えなかったけれども。


「アウル」
「あん?」
「うみ」


ステラの声に顔を上げると海沿いに来ていたことに気づいた。後ろを振り返るとたった今通ってきた公園。


「抜けるとちょうど海か。へえ」


『買い物や観光に、明るい町で楽しいひと時を過ごした後はを通ってあとは、静かな公園を散歩して緑の息吹を感じたあとは、海でロマンチックなしめくくりを』

先日見た雑誌にあった絶好のデートコースとの紹介はあながち誇張でもなかったようだ。


「行こう?」


首を傾けて自分の顔を覗き込んでくるステラ。
アウルの返事を待つ前に素手の意識は海のほうになっていて、繋がれた手は其の方向へと引っ張られている。
ここでノーと言ってもしょうがないし、無駄だ。
アウルは一つため息をつくと、ステラに引かれるがまま海へと向かった。



「ちゃっぷちゃっぷ」


靴を脱ぎ捨て、海に足を浸して満面の笑顔を向けてくるステラに触発されたアウルは自分もズボンの裾をまくって海に入った。
まだ肌寒い季節。
こんな季節に海に入る人影は彼ら以外、いなかった。
足を浸した海の水は冷たく、けれど不快ではなく。
むしろ自分の足を洗う波と足の下をすべる砂の感触がとても心地よかった。


「服、ぬらすなよ。お前が風邪引いたら僕が怒こられる」
「分かった・・・・あ」


言ってる傍からバランスを崩して倒れそうになったステラの手を引いて、抱きとめてやりながらアウルは楽しそうに声を立てて笑った。そして彼の腕の中できょとんとしていたステラもまた、楽しそうに声を立てて笑った。



楽しい時間は早くも過ぎてしまうもので、腕の時計を見たらもう5時近く。アウルは砂浜に放られたままの白いヒールを拾い上げ、今だ波に戯れる続ける少女に声をかけた。


「もうそろそろ約束のじーかーん。さっさと切り上げてかえんぞ」
「分かった」


ほとんど一日海で過ごせた事に満足したのか、思っていた以上に素直な返事が返ってきてアウルは安心したように一つ息をつく。そしてステラの下へ歩み寄ると、靴を履かせるために彼女の足元にしゃがみこんだ。


「うふふ」


頭上に降って来た忍び笑いに顔を上げると、大きなすみれ色が自分を見下ろしていて、少女の白い頬がほんのりばら色に染まっていた。少し開かれた桜色の口元には隠し切れない笑みが浮かんでいる。


「なんだよ?」


いぶかしげに相当と、ステラは頬を上気せたまま、恥ずかしそうにもじもじと手を組み替えながら、上目遣いで彼を見つめ返した。


「あのね・・・・シンデレラみたいだって・・・・」
「はあ?」
「アウル、靴を履かせてくれる。王子様」
「・・・・」


従者でなくて王子、と言われたから怒る気にもなれない。それどころか妙に気恥ずかしくなってついつい手元が乱暴になってしまい、ステラが痛みに小さく悲鳴を上げた。


「わ・・・わりぃ」
「大丈夫・・・・・」


慌ててあしをさすってやるとステラが笑顔を見せてきて、そんな彼女に柄にも無く頬が熱くなるのを感じたアウルはあわてて立ち上がった。

ひやりと、手が触れた。

ステラのほうから手を滑り込ませてきていてアウルの指とステラのが絡み合った。


「かえろ・・・・?」
「ん・・・・」


いつもはアウルが先立って歩き出すのだけれど、今日はステラが彼を引っ張るように歩き出した。冬至が過ぎてからは日を追う毎に日が長くなってきているから空はまだ明るい。空のかなたに月が見えてきていたが、星はまだだった。

海沿いの道を歩いて待ち合わせに向かっている途中、ステラがポツリとつぶやいた。


「シンデレラ・・・・12時・・・・帰らなくていけなかったんだよね。やっぱり帰りたくなかったのかな・・・・」
「ああ・・・・そうじゃね?」


楽しい時間が終わって帰ったら継母にいじめられるだけ。
さぞかし心残りだったのだろうとアウルは思う。
楽しい時間が過ぎたステラもそんな気持ちなのだろうか。


「ステラはね、帰るの嫌じゃない。アウル一緒・・・・ネオとスティングも待ってる」


アウルの心を読んだかのようなステラの言葉。


「魔法解けなくてもステラは帰る」


例え魔法が解けてなかったとしても帰るのを望むとステラは言うのだ。帰るべきところは皆のもとだと彼女は言う。


「そっか」
「そうだよ?」


ステラの言葉が恥ずかしくてアウルは彼女の顔を直視できないでいた。ステラって人をくどく事に関しては長けているのかもしれない。無意識だけにたちが悪いと言うか、何と言うか。
誰に似たのか?
照れ隠しになんとなく意地悪をしたくなって、アウルはちょっと意地悪な質問をぶつけてみた。


「だったら王子様はどうするよ?」
「アウルが王子様だから帰るとこ同じ」


王子様はアウルだという図式が出来上がってしまっているらしい。金の髪の少女はアウルの言葉にきょとんとした眼差しを向けてくる。この少女は肝心なところは鈍いと来た。


「王子が僕でなかったら?」
「帰りたくない・・・・の?」
「・・・・・もういいよ」


話がかみ合わない。
王子=アウル=家族。
まだ恋とかそういう感情に疎い彼女はまだ皆一緒、家族が一番良いのだろう。
ちょっと悔しいけれどそれでも良い。
置いてけぼりにされるよりは良いと思うから。
でも王子様が自分で無くなる日はいつかきてしまうのだろうか。
それを思うと王子より家族をとってほしいと思ってしまう。
ステラを手放したくないから。

空の色が徐々に赤みを帯び、暗いものへと変化してきている。
日が暮れ始めたのだ。
少しばかり遅刻かな、と時計を見やって苦笑いすると、自分の腕にステラが腕を絡めてきた。


「アウル、行こう?」
「ん・・・・」


隙間がないくらい寄り添って二人は歩き出した。


「アウルは・・・・ステラの王子さまだから。何時までも」


ステラのつぶやきに胸をつかれて立ち止まった。彼女のほうへと目をやると、見上げてくる彼女の視線とあう。アウルの一つ一つの仕草を逃すまいと真摯な目で見つめていて、アウルだけ、と繰り返す。彼女の言葉が、想いが嬉しくて口元がほころんでくる。同時に安堵からなのだろうか、泣きたい気持ちにもなって来た。


「その言葉、忘れるなよ?」


過去などない自分達におかしな言葉とは思っていてもそう言わずにはいられなくてそう言うと、ステラは嬉しそうに大きくうなずいた。
心の奥からゆっくりと生まれてくる愛おしさ。
アウル腕にしがみつく少女を抱き寄せると、金の髪に唇を落とすと、ステラは背中に腕を回して自分を受け入れてくれた。

本心からこの少女を失いたくないと、アウルは切に願う。

言葉に出来ないけれど大事なステラ。
本当は僕がお前の王子で在りたいけれど王子は僕でなくても良いよ。魔法が解けたとき戻ってきてくれるのなら。
例え誰であっても渡したくないんだ。
だから連れて行かれないで、どこにも行かないで。









一緒にいてよ?













あとがき

異色のシンデレラ。
ステラの帰る場所はアウルのもと、スティング達のもとであって欲しい。その願をこめて。
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