「今日も海かよ?落ちんなよ、落ちても助けてやんねーからな」
「分かった」

水色の少年の呆れた声を背にステラは今日も海を見に甲板へとあがっていった。船の甲板へと続く重い扉を開けると、とたんに塩気を含んだ強い風が叩きつけてきた。風のあまりの強さにステラは眉をしかめて一歩後退すると顔をかばいながら仕切りをまたいで扉を放すと、扉は後ろで勢いよくしまった。
インド洋での戦闘後、ネオは近くの拠点へと向かうべく、ジョーンズを走らせていた。バタバタと強い海風が髪を軍服を揺らし、時折海しぶきがステラの頬をなでては去っていく。
その気持ちよさにステラは口元にかすかな笑みを浮かべ、手すりに寄りかかって水平線を見やる。船は猛スピードで動いているにもかかわらず、水平線は穏やかで、光の具合によってその色を変える。ステラはそんな海が大好きだった。
そうして海を眺めているとステラはふと船に並んで水上を走る影に気づき、何だろうとその身を乗り出した。
















              Sea Fantasy















「ネオ!スティング!アウル!」

バタバタと廊下を走る騒々しい音に自室で昼寝をしていたアウルは気持ちの良い眠りを妨げれ、忌々しそうに舌打ちをした。そしていつもスティングにしつこいほど言われている自分をすっかりを棚にあげ、廊下を走るなよとつぶやく。だが、敢えて廊下に出て文句も言う気にもなれず、再びまどろみの中に戻ろうと寝返りを打ったとき、自室のドアが前触れなくしゅんという空気の抜ける音ともに開いた。
おおかたスティングが戻ってきたのだろうと扉のほうを見ようともせず、アウルが夢の中に戻ったとき、乱暴に体をゆすぶられ、強引に覚醒へと戻された。眠りを妨げられたアウルは腹に憤怒の塊を抱えて起こした張本人を見やると、金色の光と紅の瞳が視界に飛び込んできた。走ってきた名残か肩で息をしていていたが、いつもぼんやりとしているはずの菫色は生き生きとした輝きを見せている。未だ完全に覚醒にいたってないアウルの思考回路はこれはいつもの馬鹿ではない、故に夢であると判断を下し、再び瞳を閉じる。
だが、再び激しく揺さぶられ、アウルはとうとう目覚めざるおえないとしぶしぶと起き上がった。その際、怒りのままその相手を怒鳴りつけることも無論忘れない。相手は怯えた表情を見せるが、出てゆく気配はなく、アウルは一呼吸をおいて起き直ると、眠りを妨げた張本人であるステラを見上げた。

「で、何の用?」
「スティングは?」
「あ?スティングの居場所を知るのためにこの僕を起こしたのかよ?」

今度こそ本気で怒るぞと言わんばかりに彼が目つきを鋭くするとステラは首をふってその言葉を否定した。

「違う」
「じゃあなんだよ?」
「お魚さん」
「はあ?」
「お魚さんが、外の海で飛び跳ねていたの」

この馬鹿は何を言ってるんだと、アウルは眉をひそめた。海で魚がいるのは当然のことではないか。ちっぽけな水槽で見慣れているものを何今更驚く必要があるのだろうか?アウルの至極当然な疑問にステラはまたもや首を振り、自分の両腕を目いっぱい広げて見せた。

「ううん。こんな風にずっと大きくて、蒼いの。アウルと同じ色」
「なんだ、そりゃ」

それだけではさすがのアウルもステラの見たものの想像がつかない。そう思ったのと同時に彼の中の好奇心がその頭をもたげた。立ち上がるとステラにその場所に案内するよういうと、彼女は頷きつつもその視線はアウルのルームメイトを求めてさまよっている。

「スティングはカオスンとこで整備。当分戻っててこない」
「そう・・。ネオも会議中だって・・」

残念そうににうつむくステラに内心舌打ちしながら、アウルはさっさと扉をくぐった。予想通りに背後に自分を追いかけてくる足音を聞きながら、アウルはステラの見たものの正体に想像をめぐらせる。クジラだろうか?カジキマグロだろうか?それともサメだろうか。どっちにしろ一応見ておいてやろうかとアウルは甲板へと続く扉を開けた。



「どこでみたんだよ、その『お魚さんは』?」

強い海風がたたきつけてくる甲板でアウルはステラにその目撃場所を聞く。ステラは自分が見たという方向を指差し、懸命に目を凝らしていたがやがて残念そうにアウルを見やる。

「あっちの海で飛び跳ねていたの。今は見えなくなっちゃった。さっきまでいたのに・・」
「そりゃあ残念」

これは本心だった。
このぼんやりステラをあれほどまで興奮させる魚の正体を彼も知りたかったからだ。
時折寄せてくる波に揺られて船が水しぶきを上げる。その気持ちよさにしばらくここにいてもいいかと、アウルがステラとともに海の向こうの水平線に目をやっていると、不意に波間で動く影に気づいた。ステラも同様だったらしく、喜びでその身を跳ね上げ、アウルの軍服の袖を掴むと手すりから身を乗り出して懸命にその方向を指をさして見せた。

「アウル・・・!あれだよ、あれっ!!あっち・・!見える・・・っ!?」
「み、見えてるって!!それより身を乗り出すな、危ねぇーな!!」

本当に彼女が海に落ちてはかなわないとアウルはそんな彼女をあわてて引き戻しながら、しっかりと片腕を彼女の細い腰に回し、もう一方で手すりを握って、バランスをとった。その間もステラは興奮気味に先ほどの方向を示し続ける。その指の先でステラが言ったように蒼い物体が群れを成して船と並行するように波間を飛び跳ねていた。蒼い、というより淡い水色、彼の髪と同じ色の魚。

否。

魚ではなかった。

「イルカじゃねーか・・・」

雑誌やデータにて見たことのある姿を確認してアウルは息を吐き出した。見たことのあるのはあくまでデータ上の画像で本物を見たのは彼自信も初めてだった。水しぶきを上げて海を走るイルカの姿はとても力強く、躍動感に満ちており、まさに「生」そのものだ。その雄姿にステラが興奮するのもアウルは分かるような気がした。
海風に煽られながらも、アウルとステラはイルカのの群れにしばらくその場で立ち尽くし、二人との年相応な、無邪気な笑みを浮かべ、イルカが飛び跳ねる様子に見入った。船の轟音に混じってイルカの声が聞こえてくる。

「・・・なんて言ってるのかな・・」
「さあ?挨拶でもしてんじゃねぇの」

肩をすくめてアウルがそう言うとステラは瞳を輝かせて、手すりから身を乗り出した。

「じゃあ、ステラも挨拶する!」
「ばかっ!!身を乗り出すなっつーの!!」

アウルの狼狽を気にもせず、ステラはその身を乗り出してイルカ達に手をふった。その間アウルは必死にステラを支えていたが、彼女の生き生きとした笑顔にまあいいかと怒る気にもなれずため息だけついた。

「今回は大目に見てやるよ。いいもん見せてくれたし」
「なあにー?聞こえないー」
「なんでもねえよ!!あんまり前に出んな!!支えてやってる身にもなれっつーの!!」

ステラに怒鳴り返しながらもアウルは彼女に見えない位置でそっと優しい笑みを浮かべるのだった。


その夜。
ステラは夢を見た。
月夜に照らされる海で三頭のイルカが跳ねている。
周囲は真っ暗なのにイルカの周辺は月明かりで淡く輝いており、その影をくっきりと浮かび上がらせていた。

一つ目のイルカが飛び跳ねた。
そのイルカはピンクの色をしており、その背にはネオが乗っていた。

二つ目のイルカが飛び跳ねた。
そのイルカはモスグリーンで、その背にはスティングが乗っていた。

そして三つ目が飛び跳ねた。
そのイルカは昼間と同じ淡い水色をしており、その背にアウルが乗っていた。

ステラが岩の上で立ち尽くしていると、彼女に気づいたアウルが彼女のほうへとイルカを寄せる。

「馬鹿みたいに突っ立ってなぁにやってんだよ?乗るの、乗らないの?」
「うん、乗る!」

迷うことなく、ステラが頷くと、アウルは笑みを浮かべてその身をずらすと、彼女を彼の前に乗せた。

イルカが跳ねる。
1頭目のピンクのイルカには仮面の男が。
2頭目のモスグリーンのイルカには鋭利の刃物のような少年が。
3頭目の水色のイルカには金の髪の少女とと水色の髪の少年が乗っている。
楽しげに笑う声が木霊する。
彼らが波間を飛び跳ねるたびに水しぶきがあがる。
そしてそんな彼らを見守るように。
闇夜に浮かぶ月が彼らを優しく照らしていた。











あとがき

葵様からの2500hitのリク、「海」をテーマとしたアウステでした。
海で戯れるというのもありましたが、ありふれてるかなぁとこんな形になりました。インド洋とか暖かいですからイルカとかいたと思うんですよね。見る機会、なかったんでしょうか?
葵様、素敵なリクをありがとうございました。駄文ですが、よろしければお持ちくださいませ。
またここまで読んでくださった方もありがとうございま
した。