喫茶『ふぁんたむ・ぺいん』の営業時間は朝の6時半から夜の9時までである。
営業は9時までとあっても営業時間ギリギリまで談笑している者やふらりと立ち寄ってくる客もおり、
割と過ぎることが多い。
だがスティング達は気にしない。
むしろそんな彼らを見ているのがスティング達は嬉しかった。

 

そして今日も最後の客が帰った時は9時をとっくに過ぎていた。
店じまいをして、スティング達が店内を掃除していると
カウンターの隅に設置していた電話が鳴った。

 

電話はコール3つ以内で取る。
これが相手を不快にさせないための、彼らの鉄則だ。
電話に一番近い位置にいたアウルがコ−ル2つ目で取った。

 

 

「はーい、ファンタムペインでぇっーすっ」

 

 

独特なイントネーションが店内に響く。
これは決して相手を馬鹿にしているわけはなく、
彼の独特な癖。
電話の相手はクスリと笑った。

 

『元気そうだな、お前』

 

聞き覚えのあるハスキーな声にアウルは思わずそのその身を乗り出した。
彼の喜々とした様子に周囲のスティングとステラも何事かと近くに寄ってきて聞き耳をたてる。
そんな彼らをうっとおしそうに牽制しながらアウルは二の句を継いだ。

 

「うん、もうげんき、元気!かーさんはどう?元気?」

 

とたん、ステラの眉間に皺が寄った。

 

 


一同旅行中につき下記の期間中はお休み致します。

ふぁんたむぺいんへようこそ

 

 

 

電話の内容は「かーさん」ことカガリ・ユラ・アスハからの休日のお誘いだった。
戦争終結から2年。
何かと忙しく、会うのもままならなかったのが
ようやく長めの休暇を取れそうだから海の近くにある別荘に行かないか、と彼女は言った。

 

「温泉もあるから良い骨休みのなると思うぞ」

 

温泉、と言う言葉にスティングも反応を見せた。
彼の脳裏に浮かんだのはAA時代の温泉。
ありゃあ良かったよなぁと呟き、彼の意識は既に温泉へと飛んでいた。

 

「うん!行く!いつ?」
「お前らは良いのか?」

 

遠慮がちのカガリにアウルは電話越しにスティングに懇願の目を向ける。
温泉という2文字にもう心の決まっていたスティングが親指を立てて見せると、
アウルは満面の笑みで電話に戻った。

 

「自営業だから、いつだって!」

 

『そうか!早速だが来週の連休はどうだ?
にぎやかなのが良いからシン達も誘え。私はキラを誘う』


キラはともかくシンも、という言葉に僅かに顔をしかめるアウルだったが、
カガリがそう言うのだから仕方がない。
せいぜい恩着せがましく誘ってやるかと此方の気持を悟られないよう、
電話の向こうのカガリに了承の意を伝えた。
その後他愛のない話題でしばらく談笑するアウルを邪魔しては、スティングは掃除を再開させようとステラに声をかけようとしたが、彼女は此方に背を向け、既に掃除を再開させていた。その後ろ姿から漂うただならぬ空気から一波乱在りそうだとスティングは溜め息をつく。あのアウルのカガリに対する懐きっぷりはネオに対する昔のステラを思い起こさせる。それを見せられたらステラが面白くないのも当たり前だろう。アウルのヤツ、ステラのネオに対する態度のことで散々機嫌悪くしていた癖に、分からないのだろうか?当人同士で自覚がないのだから悪循環だとスティングは頭を痛めた。

 

 

『悪い。大分遅くなっちまったな』
「久し振りなのに・・」

 

しばしの会話のあとカガリはそろそろ、と言うとアウルが不満の声を上げた。
文句を言う、だだっ子ぶりのアウルに電話の向こうのカガリは苦笑すると、幼子を諭すようにアウルに言い聞かせる。

 

『良いか?お前も私も明日も仕事だろ?それに来週会えるんだから、その時ゆっくり話をしような』
「ん・・」

 

子供が出来たらこんな感じなのだろうかとカガリは微笑む。

 

『ほらほら、スティングやステラに迷惑かかるだろ?』
「分かったよ」
『良い子だ』

 

そばにいたらきっと彼女は誠意一杯背伸びをしてアウルの頭を撫でただろう。
出会った頃はそんなに背の開きはなかったのだが、今ではアウルのほうが 頭一つ分高い。
子供扱いされるのを嫌うアウルだが、カガリだけは別だった。
彼にとって彼女は短い間ではあったが、戦中共に過ごした『母』だったのだから。
お休み、と告げるカガリに同様の言葉を返すとアウルは名残惜しげに電話を切った。

 

 

「ステラ、行かない」

 

アウルの話を聞く前にむっつりとした顔でステラはそう言った。彼女の視線は窓の方に向けられたままアウルの方を見ようともしない。彼女の機嫌の悪い理由が皆目見当も付かないアウルは眉をひそめてスティングの方を見やった。

 

「どーしたの、あいつ?」

 

あ、やっぱ自覚ねーなとスティングは深々と溜め息をつく。
こいつらの痴話ゲンカにいつまでつき合わされなければならないのだろうかと思うとスティングは頭が痛かった。

 

「お前な、ステラがお前の前で『ネオネオ』と騒いだらおもしろくねーだろ」
「・・それとステラの機嫌が悪いのとどう関係あんだよ?」

 

いちいち説明せんと分からんのか、この水頭は?とスティングは口元をへの字に曲げて彼を見やる。
自分は相当なヤキモチ焼きのクセしてアウルはステラの気持ちに気付かない。
アウル本人はステラにベタ惚れでカガリは別の存在として認識しているのは分かる。
だがステラはそうとるとは限らない。それに彼女はアウルを守るのは自分と、
どうもカガリを敵視している節がある。
話せば泥沼になると、そんなめんどくさいことは勘弁しろと言わんばかりに
その部分は省き、分かりやすくスティングは説明を試みた。

 

「お前がやっているのはそれと同じ事だ。ステラがお前に、『ネオ』が『カガリ』に変わっただけだろーが」
「はあ!?あんなんじゃねーよ!」

 

ヤな例え方すんな、と憤慨するアウルをスティングは沈鬱な面持ちで見やった。


「お前がそのつもりじゃないかもしれんが、俺とステラにはとてもそう見えねぇんだよ」

 

彼らだけではない。それは周りでも周知の事実だった。気付いていないのはアウルとカガリくらいだろう。
アウルはいい加減『母離れ』しても良い頃だ。

「自覚しねーとそのうちステラに愛想尽かされるぞ?」
「グ・・・・」


それは絶対に嫌だ。
アウルは自分にとって最大のブロックワードともいえるその言葉に渋々頷くと、
そっぽを向いたままのステラの隣に座った。そして彼女の顔をのぞき込むように声をかける。

「なあステラぁ、機嫌直せよ。僕が悪かったて」
「嘘」

しかしアウルの方を見ようともせず、淡々とそう言うステラにアウルの眉尻がつり上がる。

「おい、ステラ」
「行きたければ、行って。ステラ、留守番する」

ステラはそれだけ言うとさっさと居住区に戻っていってしまった。その背に強固な拒絶を感じ、スティングも何も言えず、ただ彼女を見送ることしかできなかった。アウルはアウルで何だよ、あれはと憤慨していた。
その夜、いつも一緒のはずのアウルとステラは互いの部屋で一人、過ごしたのだった。

 

 

 

「ま、ステラが怒るのも無理ないわね。アイツ全然自覚無いし。
シンのシスコンの方がまだマシなレベルね。シンは大分直ったもの」


ルナマリアは紅茶のチーズケーキを頬張りながらステラにうんうん、と頷いてみせた。
窓越しに見える、抜けるような青空に横切っていくいびつな白い綿帽子達。
静かに降り注ぐ日差しの中で緑の葉が風に揺れている。
その情景はとても穏やかで優しい。全てが造り物のプラントとちがってホント安らぐわよね、ルナマリアは蒼い瞳を細めた。
午後のお茶の時間といえる、最も過ごしやすい時間。
ルナマリアがふぁんたむ・ぺいんに立ち寄ったのはそんな時だった。

 

「でももったいないわよ、行かないなんて」

アスハ邸の別荘にプライベートビーチ。
白い砂浜に穏やかな蒼い、海。
めったにないわよ、とルナマリアは夢見心地にうっとりしてみせるが、
ステラは頑固に首を振る。


「行きたくないもの」

ルナマリアはそんなステラに大きく溜め息をつくと、
チッチッチ、だめねぇとフォークを振って見せた。
その大きなブルーの海には悪戯っぽい光が瞬いている。


「こういうときこそ!魅せるのよ!それも『見せる』のではなく!
『魅力』の『魅せる』よ!」


ダン、とテーブルを打ち付けて力説するルナマリアに周囲の視線が集中するが、彼女はお構いなしに続ける。


「あさって定休日でしょ?買い物につき合いなさいよ」
「え・・?何の?」


目ぐるましく変わる会話にとまどうステラにルナマリアはひときわ明るい笑顔を見せると、
逃がさないわよ、と言わんばかりに彼女の手を握った。

「決まってンじゃない!海へ行くためのよっ」

 

 

 

 

「結局ルナに引っぱられて行くみたいだな」
「フン・・。なんだよ、バカステラ」

水道のお湯にさらされ、スティングの手元の食器がカチャカチャと多重奏を奏でている。
女子二人の会話を聞いていたスティングはほっとしたようにつぶやくと
頬杖付いたままのアウルは面白くないと、ぶすっとした。
そんなアウルを見てこいつらを仲直りさせるのは自分だけでは無理だと判断したスティングは
周囲も巻き込んで勝負は今週の休日に賭けることにしたのだった。





2900hitの久遠様よりのリクエスト。
After the War のアウステ、海へ行く。
まだ続きます。おつきあいくださいませ。