暇つぶし












外は雨。

アウルはつまらなそうに室内のベットに寝転がり、窓の外を見やっていた。

灰色の空に叩きつける雨といった同じ光景が、永遠と思われるかのように続く。

変化と言えば時折走る稲妻くらい。

いつもは共にカードゲームに興じてくれるはずのスティングは、パソコンの前で

報告書を作製中だった。

数分前までアウルは何とかスティングをカードに引きずり込もうとしていたが、


『そんなに暇なら自分の報告書くらいやれ』


と言われてしまった。

当然そんな面倒なことなどしたくない。

仕方なく大人しくしていたがやはり暇すぎる。

視線をスティングの方に戻したが、彼は今だパソコンの前で奮闘中だった。

それもそのはず。

報告書は彼やアウルの分だけではく、ステラの分も含む3人分のだったからだ。

あの様子だと当分終わりそうにない。

アウルは舌打ちすると、一旦ベットに身体を沈ませ、その反動でベットから飛び降りる。

そしてその勢いのまま部屋にから出て行った。

出てみたのは良い物の、廊下は人気がなく静寂のみが辺りを支配している。

彼はそんな人気のない通路を何か暇つぶしになる物はないかとあてもなく彷徨う。

その時ふと思いついたのが、さっき側にいなかったモノの部屋。

口端を僅かにつり上げ、勢いよく地面を蹴ると目当ての部屋へと向かった。

そしてその部屋に入ると思った通り、目当てのモノを見つけた。

金色の髪を持つソレはなにやら熱心に何かを見ていて

部屋の扉の開閉に気付いたのか気付いていないのか、此方を見ようともせず、

時折首をかしげたり、のぞき込んだりしている。

いつもの水槽かよ、と水色の少年は顔をしかめたが、その視線を動かすと

その水槽は少女本人とは離れた棚の上に鎮座し、淡い輝きを放っていた。

では何を熱心に見つめているのだろと

アウルは水と同じアクアマリンの瞳を細め、しばらくその光景に見いる。

それでもなお自分の気配に気付こうとしない少女に悪戯心と好奇心が芽生えた彼は

その感情の命ずるまま少女に近づいた。


「何熱心にみてんの?」

「ア、アウル・・・!?」


不意に生じた背中の体温に愕いたステラが跳ね上がるようにその顔を上げる。

そんな彼女の背中越しにアウルが前をのぞき込むと目に入ったのが小さな縦置き鏡と化粧品一式だった。

その一式を唇に付ける「口紅」もしくは「ルージュ」で在ることを少年は雑誌から得た知識で認識した。

だが化粧とかに無頓着な少女が自分でそんな物を買うわけがない。

そこで彼の脳裏に浮かんだのが仮面の上司。

内心面白くなく思いながらも好奇心に駆られ、ステラの顔をのぞき込もうとするが、

ステラは顔をそらし、見せようとしない。


別の角度から見ようとすると彼女はまた別の方向へとそらす。

イタチごっこのような状況に痺れを切らしたアウルが無理矢理ステラの前へと割り込むと

その目に入った光景にしばし沈黙した。

そしてその数分後、今までの沈黙を破るかのように盛大な爆笑が部屋に響いた。



「あ〜っははははっ!!何だ、その唇?ピエロかよ!?

サーカスにでも行くつもり!?」

「・・違うよ、ステラ、そんなんじゃない」

「どう見てもそうだっつーの!あ〜っはっはっはっっはっ〜!!」



を抱えて大笑いをするアウルに紅い瞳を潤ませるステラだったが、

ルージュが塗りたくられ、不格好になった唇では彼の笑いを更に誘っただけでだった。

そんなアウルにステラは頬を紅潮させると、彼女はその唇を修正しようとまた鏡の前に戻った。

すると横から伸びてきた白い手が彼女の頬を包み込み、横へと向かせた。


「まずは取れよ、それ。それからだろぉ?」


まだ先ほどの笑みを残したままのアウルが持っていたハンカチで

ステラの唇に着いたルージュを丁寧に落としてゆく。



「アウル・・ハンカチ、よごれる・・」

「ああ?別にいーよ。それよりそのルージュ、よこせよ」


桃色に染まってゆくそのハンカチに気付いたステラがそう言って首を振っても

アウルは手を休めず、代わりに机に取り残された化粧品の方に顎をしゃくってみせた。


「え・・・?」


だが彼の言葉の意味が理解できず、疑問符を浮かべたままのステラに

痺れを切らしたアウルは手を伸ばして、ルージュを机から取り上げる。

そしてステラの唇からすっかりルージュを落とすと

彼女の唇とルージュの色を交互に見比べた。


「アウル・・・?」


やはりアウルの意図がつかめず、小首をかしげるステラに

アウルは口元に笑みを浮かべると化粧品の一式にあった小さな筆を取りだした。

そしてステラの方に視線を戻すと、彼女の側に椅子を引き寄せて座った。


「じっとしてろ、やってやるから」


思いもよらない彼の言葉にステラの瞳が大きく見開かれる。


「アウル・・出来るの・・?」

「ああ?前に談話室で誰かが忘れていった雑誌にあったんだよ。

やった事ねーけどお前よかマシだろ」

「ん・・」

「始めるよ?こっち向けって」


ステラの顔を自分方へと向かせると

アウルは全神経を彼女の唇とルージュの方へと向けた。

そして筆で一本一本丁寧にステラの唇の輪郭や皺をなぞっていく。


初めは薄い色から。

徐々に濃い色を重ねながら

一つの作品を完成させるかのように

アウルは手を動かしていった。


そしてどれくらいの時間がたったのだろうか?

アウルはようやく顔を上げると、満足げに瞳を細めて

ステラの方を見やった。


「ステラ、このティッシュを唇で軽く挟み込むようにくわえろ」

「・・?うん」


言われたとおりに唇で挟んではなすとくっきりとした桃色が


その真っ白いティッシュに移り込んだ

その鮮やかだが、派手すぎない色に

鏡を見たい衝動に駆られたステラがアウルを見上げると、

彼女の意図を理解していたのか、彼は笑みを浮かべて

鏡を彼女の前に置いた。

ステラが鏡をのぞき込むと

金髪に紅い瞳で、形の良い、淡いピンク色の唇をした少女が見返してくる。

ピンクの唇は照明の光を受けて濡れたようにキラキラと光っている。

想像もしなかったその姿にステラは瞳を輝かせ、アウルを振り返った。


「アウル・・・すごい・・!綺麗・・・」

「だろぉ?やっぱセンスだよ、セーンースっ」


ステラの素直な賞賛にすっかり気をよくしたアウルは

当然と言わんばかりに満面な笑みを見せる。

ステラもまた滅多に見せない笑みを浮かべてはしゃいではまた鏡をのぞき込む。


「有り難う、アウル・・・。嬉しい・・」

「べつにぃ。良い暇つぶしになったし」

「うん・・。何か御礼できないかなぁ・・・」


ステラの言葉にアウルは口端をもたげると腕を伸ばして彼女を抱き寄せた。

そして彼女の顎を掴むと耳元で囁く。


「じゃあ、さ・・・。もらっていい?」

「・・・・アウル・・・?」


ステラの返事を待たずに唇を重ねると、化粧品独特な感触と味がした。

甘くて麻薬のように脳をくらくらさせる感覚。

唇を離すと、ステラも同様だったらしく、酔ったような視線で見上げている。

クスリと笑みを浮かべるとアウルはまた、そしてしっかりと唇を重ねた。










あとがき

このあとアウルが口元に口紅つけたままのところを

ネオやスティングに見つかって冷やかされるわけです(笑)

ここまで読んでくださって有り難うございました。