オイザリスの願い、それは。 オイザリスの願い そして6月下旬、入梅の真っ最中のこの季節。 マルキオ導師の住む孤児院ではささやかな式が行われようとしていた。 何日も前から子供達の手によって作られた無数のてるてる坊主で晴れ祈願 をしていたおかげか、当日は雲の間から青空が見えていた。 青空の上にまるで地図のように入り乱れる白い雲。 だけど確かに輝かしい晴れ間だった。 孤児院の窓から吊り下げられたてるてる坊主たちが風に揺れていた。 「僕、ウェディングケーキなんて初めてだからさー。こういうもので良いか、心配だな」 3段重ねの大きなケーキを前にアウルが不安げにぼやいていると、カメラマンとしてきたミリアリアが大丈夫、だと太鼓判を押した。 「気持ちが篭っていれば!!大変だったでしょ、これ作るの」 「ん〜。うちのオーブンフル回転だったからさ。汗だくだったよ。ラクスお嬢さんが手伝ってくれなかったらマジやばかったぜ」 「ステラも手伝ったよ」 頬を膨らませて自分を指し示して見せるステラにアウルはそうだったなぁと顔をほころばせた。ラクスは少しはなれたところでキラや子供たちと一緒に飾り付けの真っ最中だった。そこへラクスと同じトーンの声がテラスの上から降ってきた。 ミーアだった。 二階の花嫁控え室から手を振っている。 「ラクス様ー、メイリンのドレス見てくれなーい?」 ラクスはピンクのドレス姿のミーアに微笑むと、飾り付けをしているキラたちに一声かけて控え室へと入って行き、ステラも後を追うように中へとはいっていった。 控え室では女性人が力を合わせて縫ったウェディングドレスに身を包んだメイリンがいた。 オフホワイトのワンピースに大きなリボン。大降りのフリル、背中にはやはり大きなリボン。赤いツインテールは降ろされ、後ろに纏め上げられていて、いつもより大人っぽく見えた。 頭の上と胸元には野生の金色の花----オイザリス-----が揺れていた。そして白い花のブーケにも、また。 「見違えましたわ。完璧ですわね」 「え〜マジマジ?やったぁ!」 自分のコーディネートを賞賛してくれたラクスに喜んだミーアはくるりと回って見せた。同期のアビーもメイリンの裾の直しを手伝っていて、誇らしげに彼女を見上げていた。 部屋に入ってきたステラは晴れやかなメイリンの姿にまぶしそうに目を細めて彼女の方へと歩み寄った。メイリンはステラを見つけると、彼女の方からも近寄ってきてステラの手を取った。 「ね、ステラ」 「なあに」 「あたしさ、プロポーズは腕いっぱいのバラが良いって前に言っていたでしょ」 5月半ばの事を思いこしてステラがうなずくと、メイリンは少し決まり悪そうにうつむき、そして顔を上げた。 「あたし、あれから思ったの。バラでなくても良いって。気持ちが篭っていればこんなに小さな花でも力があるんだもの」 胸元の、そしてブーケの中の金の花に笑いかけてメイリンは続けた。 幼さの残る顔に至福の笑顔を湛えて。 ステラも笑顔をたたえて彼女を見つめ返した。 「あなたの言ったとおりよ。野の花には強い想いがある・・・ありがとう」 ------最後の言葉には涙が混じっていた。------ 一方、新郎の部屋ではシンやヴィーノたちでにぎわっていた。 「結局ルナの奴は間に合わなかったらしい。式に出られないのをすっごく残念がっていた」 ルナマリアは今教育の野外演習の真っ最中のようでとてもだが、手の離せない状況のようだった。たった一人の妹の、それも一生に一度の晴れ舞台に出られないとあってそれはもうひどく残念がっていた、とシンは言った。 『あ〜、もう!!この間休暇もらったばっかだったしっ。こうなるんだったらなんでもっと早く結婚しようと思わなかったの?!』 式を延期させろ、といわずにもっと早くすればよかったのに、などと言ったのはルナマリアらしいといえばルナマリアらしかった。とりあえず、式の模様は残さずとって置くように、と厳命を受け、シンはハンディビデオカメラを持ち歩いていた。 まだ結婚が信じられないのか、不思議そうな面持ちで鏡に向かっているレイにヴィーノは笑顔でおどけて見せた。少し前までは失恋に落ち込んでいた彼だったけれど、今の彼にはそんな影など感じられない。彼なりの気の使いようなのだろう。 「メイリンを幸せにしてやってくれよ」 「無論だ・・・といいたいところだが、どちらかといえば俺が幸せにされるような気がする」 冗談なのか大真面目なのか、判断付けにくく、反応に困ったヴィーノとヨウランはお互いの顔を見合わせた。レイに盲目的なところのあるシンはなるほど、そういう幸せの方法もあるなどと馬鹿正直に一人合点をしていたが。 「めでたいぜ、グゥレイト!!」 そこへ呼ばれてもいないのに浅黒い男が突如現れた。 でかい花束を掲げ、白い歯をきらりとさせた男、ディアッカ・エルスマンだった。彼に招待状を送った覚えのないシンは早速この男に食って掛かった。ゴールデン・ウィーク中に要人警備のことで恥をかかされたのが尾を引いているらしかった。 「あんた!!なにしにきたんだよっ!!」 「つれねーな、坊主。俺はそこの綺麗な兄ちゃんに用があってきたんだぜ。ジュール議員からの言伝もある」 「言伝?」 怪訝な顔を見せるレイにディアッカは歩み寄ると花束とメッセージカードを差し出した。 「かつてのクルーゼ隊員からの祝いのメッセージだ」 もう一人の自分、そして兄で在り、父でもあった、ラウ・ル・クルーゼ。クルーゼ、という名にレイのアイスブルーが揺れた。 ディアッカは微笑すると静かに告げた。 「隊長は途中で道を誤ってしまわれたが、あの人は俺達の誇りだった。いまでもクルーゼ隊の一人であった事を誇りに思っている。その血筋である、あなたに祝福の言葉を贈らせて欲しい。元クルーゼ隊、イザーク・ジュール・・・俺・・・・そしてアスラン・ザラからだ」 「ありがとう・・・ございます・・・」 震える手でカードと花束を受け取り、こみ上げてくる感情の波を抑えるべく、レイは硬く目を閉じて再び目を開いた。 シンが。 ヴィーノが、ヨウランが。 そしてディアッカが笑顔を見せてくれた。 血筋。 ディアッカはその言葉を使っていた。 彼らもレイの素性を知っているだろうに。 笑顔を返すようにレイもゆっくりと笑みを返した。 ぎこちないけれども、心からの笑顔を。 そして今はもういない、大切な人たちに心から呼びかけた。 ・・・ラウ・・・あなたは、忘れられていません。 この世界があなたが思っていたほど冷たくはなかった。 そしてギル、タリア・・・かあさん。 三人とも見ていてください。 俺は幸せに・・・なって見せます。 たとえ、限られた命であったとしても。 「料理は足りてるかぁ?」 料理長を勤めるスティングの声にアウルとキラ、そしてネオがテーブルの間を走り回っていた。 「俺って一応招待客じゃないの?」 「口より手を動かせよ!!」 「そうそう。働かざるもの食うべからずだよ」 あとからあとから出てくる料理を運びながら文句をたれるネオにアウルとキラのテンポの良い野次が飛ぶ。ネオは二人のかつての上司なのだが、一向にお構いなしだった。 キラの母、カリダとマリューは年長者らしく落ち着いた物腰でテーブルのセッティングをしていた。 テーブルの飾りつけは黄色でまとめられていた。 ・・・そう、レイとメイリンを結びつけた花の色だった。 「あなたの式以来ね。どう、からだの調子は」 「順調ですわ。この日にあやかれるなんてこの子も幸せだと思います」 マリューの妊娠は5月にはいる頃に発覚し、子供は順調に育っている。大事そうに腹部を撫でるマリューにキラとカガリを宿した頃の妹の姿を重ね、カリダは笑みを深くした。 そして式場を埋め尽くさんばかりの花たちはオーブ代表首長のカガリからだった。業務が忙しくて参列できない、という侘びのメッセージとハウメアの祝福を綴った祝福のメッセージ共に、大量の花が届けられたのだった。 式の準備はこのように順調に進められていった。 そして太陽が高く昇る頃、式は始まった。 メイリンとルナマリアの両親はとうに亡く、花嫁の導き手となる付き添いはいなかったが、メイリンはしっかりとした足取りでレイの待つテラスへと歩いて行った。 「綺麗・・・だね」 「ん・・・」 ベールをかぶったメイリンが前を横切ると、ステラはうらやましげにそうつぶやき、傍らのアウルの手を握った。アウルも、また握り返した。 「あのさ・・・結婚とかは・・・もうちょっと待っててくれるかな?」 「うん。ステラはいつでも待ってるよ」 「さんきゅ」 式の真っ最中に二人の世界に入りかけているアウルとステラを後ろから見ていたヨウランは無駄だろうと悟りつつもとりあえず突込みをいれた。 「あのさ・・・・人様の式の最中だって分かってる?」 「しっ!!少し黙れよ、ヨウラン!!今ビデオ回しているんだ!!」 が、割り込んできたシンに邪険にされ、ヨウランははぁあとため息をついた。アウルとステラの世界など誰も気にしている様子などない。どうやらこの光景に慣れきってしまっていて感覚が麻痺しているのだろうと、ヨウランは判断を下した。 「どんなときも、この妻を愛し、生涯を共にすることを誓いますか?」 「誓います」 レイがマルキオ導師の問いかけに力強くこたたえ、メイリンへの愛を誓った。新婦のメイリンは感動のあまり、大粒の涙をこぼしていて、参列者達の涙も誘った。 ここでハプニングは起きた。 二人が愛を誓い合い、指輪の交換、ウェディングキスの段階となった時。慣れない儀式ゆえの緊張か、結婚指輪はメイリンの指に届く前にレイの手から滑り落ち、下へと落ちて行ってしまったのだ。 会場は、その光景に凍りついた。この日、式に参列した全員が固まっていた。しかも指輪の落ちた足元は、よりにもよってウッドデッキの上で、指輪は、綺麗に隙間の中へと吸い込まれてしまい、姿がなかった。 「と、とりあえず指輪を探しましょう。この下のどこかにあるはずです」 一同はしばらくぽかんとしていたが、一番先に我に返ったマルキオ導師の言葉で一斉に指輪探しが始まった。気まずそうに新郎新婦が見守る中、男性陣は上着を脱ぎ捨て、ウッドデッキの下へともぐりこんでいった。 ・・・・そしてたっぷり15分後のことだった。 「あったぞー!!」 大きな声が会場に響きわたった。 ウッドデッキから這い出てきたシンの手には、見つけた指輪を高く掲げられていた。次の瞬間、今までの緊張がいっぺんにとけ、大歓声が、拍手と共に、屋外の会場を揺るがした。 「良かった!」 「おめでとう!」 「よくやったぞー!」 「おおっ、早速おにー様が役立ったじゃん?」 アウルの言葉にシンの顔が輝いた。素直に喜ぶところは馬鹿正直で良いなとアウルが思ったのはつかの間、シンから飛び出した言葉に彼はあごが外れんばかりに口を開けた。 「おにーちゃん!!そーか、ルナと結婚すれば、俺はおにーちゃんとよばれるようになるんだ!!」 レイにもメイリンにもお兄さんとよばれるんだ!! 感涙の涙にむせるシンに周囲の人間は顔に縦線を走らせながら遠巻きに見やっていた。 さて、式が再び始まった。 先ほどのパニックを乗り越えた、レイは落ち着いた物腰でメイリンと指輪の交換を行い、最後にウェディングキスを行った。 淡い色のベールが取り除かれ、メイリンのはにかんだ笑顔がレイを見つめていた。目尻は紅くなっていて、涙のあとがあった。ただこの前と同じ涙のあと、でも涙の意味は異なっていて。 ------それは幸せの涙・・・・だった。 緊張しながら互いの顔を寄せ合い、唇が触れ合った。再び大きな拍手が会場を揺るがし、彼方此方から口笛が鳴り響いた。 「さぁ、次は花嫁のブーケだ!!これを機にルナに・・・・!!」 「頑張るぜぇっ!!」 「見ていて、ラクス。僕、頑張るね!!」 花嫁のブーケを目当てに鼻息を荒げる男性陣にアウルとヨウランは何かがおかしいと思って眉をひそめた。 「なぁ、ブーケっつーのは普通女が張り切るモンだよな」 「ん〜、そうだと思っていたけれど、なんで俺らの周りの野郎共が必死になってんの?」 式の目玉といえる花嫁のブーケ・トスだったが、なぜか女性陣より男性陣が互いをけん制しあうように虎視眈々とブーケを狙っていた。 ビデオカメラを片手にブーケが手を離れた瞬間を狙おうとするシン。種割れも辞さない意気込みだった。 ミリアリアにプレゼントするのだと、猛牛のごとく鼻息を荒くするディアッカ。 そして「頑張ってくださいね」とラクスの声援ににこやかに応えるキラ。 反対に女性陣は冷静そのもので、ミリアリアはカメラの調節にご熱心だったし、ラクスとミーアは和やかに会話をしていた。アビーとステラは期待の眼差しを向けていたが、男性陣のように必死ではない。 なんかが絶対に間違っていると、アウルとヨウランは思った。 式を終えたレイとメイリンがバージンロードを歩いて参列者の方へと向かってきた。二人とも照れくさそうに、だが幸せそうに笑顔を浮かべていた。バージンロードの終わりに来ると、メイリンは思い出したようにブーケへと目をやった。 白いユリの花。純潔の花。 そして一緒に微笑んでいる、カタバミ-----オイザリス-----の金色。 メイリンはそのブーケを掲げると、力いっぱい青空へとほうり投げた。 次の花嫁となる人へ、幸福を願って。 オイザリスの花。 野に咲く、小さな野生の花。 その小さな金色の花にこめられた願いは。 -----あなたと共に、生きたい------- あとがき 花嫁さんの季節とあいなってメイリンにはお嫁さんになっていただきました。例え命短くても一緒にいたい、という気持ちは無視できないと思います。その分だけ長くいて、一緒に支えあって行けば良いと思う。いつか別れがきても必ず何か残すと思います。 3篇にわたったレイメイ編完結。リクいただいてからだいぶ経ってしまいましたが、シャクレ大佐さまに捧げます。 |