[PR] この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。
それも、とてもとても・・・強い。 照りつける夏を。凍える冬を。天敵を。 それを乗り越えて花開いた、野生の花には、ね。 命の輝きがある。 ・・・・想いが、ある。 だからきっと・・・人は願いを、こめたのね・・・・。 野の花に。 オイザリスの願い 梅雨の前触れのようにやってきた5月の走り梅雨。 連日、新緑の上に降り注ぐ雨で緑は一層その色を濃くしてゆき。まるで天の恵みを喜ぶかのように、さわさわ、さわさわ・・・・と葉を揺らしていた。 だが、ふと。 長らく降っていた雨は何の気まぐれか。何を思ったのか。その脚をいったん弱めたので、それを待っていたかのように雨雲の切れ間の間から太陽が覗いた。 雨に濡れた青葉からキラキラと光って、滴り落ちる雨の粒。 久しく見る陽気はすがすがしかった。 ショーウィンドウを覗いた少女の紅い傘先からぴちゃんっと水滴が滴り落ちる。買い物がてらにその前を通りかかったメイリンとステラは展示されていたウェディングドレスに目を奪われて立ち止まった。 「6月といえば花嫁さんよねぇ~」 サテンにチュールを重ね、長いトレーンを引いているオフホワイトのドレスにメイリンがうっとりとした表情でつぶやく。一緒にいたステラも隣で夢心地の表情で見ていたが、6月の花嫁、という聞きなれない言葉にメイリンの方へと視線をやると、それに気づいた彼女は少し得意げな顔で説明をはじめた。 「6月の花嫁はジューンブライドって言ってね、この時期に結婚した花嫁は幸せになる、って言われているのよ。女の憧れなのよ」 「そう・・・・なの?」 「そうよ!!でも一緒に住んでいるのがあの二人じゃ知らないのも無理ないか。何にも知らなそうだしね」 メイリンが力いっぱいうなずくと、両脇の赤いツインテールがぴょこんと跳ねた。あの二人とはもちろんスティングとアウルの事である。ステラの兄貴分たちはこういった分野に興味がなさそうだし、知っているとも思えなかった。 ここは面白い反応が見れそうだと思ったメイリンはクスリとイタズラっぽく笑うとステラに軽くウィンクする。ステラをけしかけろと頭の隅でささやくイタズラ心に抗うことなく。 「アウルさんにお嫁さんにしてもらえば」 とたん、ポッと花咲くように頬を染めたステラが可愛くて、メイリンは彼女の髪を撫で付けた。歳は近いはずなのに母の娘に対する仕草でてっぺんから毛先まで撫でて梳く。子供のようなステラの純真さがメイリンは好きだ。彼女は愛おしい、と思う。 「二人に教えてあげなよ。ついでに結婚するときは其の時が良いって言ってみれば?」 「う・・・ん」 赤い頬を押さえて照れるステラに微笑むと、メイリンは大げさにため息をついた。 「あー、あたしも結婚したーいっ。プロポーズには両手に抱えきれないほどのバラがいいなぁ」 クールビューティーの青年を思い浮かべて、メイリンはステラにこーんなにと腕を広げて見せる。そしてうっとりと視線を遠い空の方へと向けると、甘い想像をめぐらせた。 真っ赤なバラでもピンクのバラでも良い。 レイが両腕一杯のバラを抱えてプロポーズしてくれたらどんなに嬉しいか。前にシンが姉に腕一杯のチューリップをプレゼントした、あの時みたいに。 ステラが夢見心地の彼女に微笑んでいると、我に返ったメイリンは同意を求めるようにステラのほうへと視線を戻した。その勢いで赤いツインテールが元気良く跳ねた。 「ステラもそう、思うでしょ?ロマンチックにたくさんのバラっ」 「すてらは・・・・」 少し考える仕草を見せた後、ステラはゆっくりと頭を振った。 「バラでなくても、良い・・・・アウルね・・・・いつも、くれるの。見つけてきた、綺麗な花」 アウルは道端で咲いているのを見つけると、それを摘んで持ってきてくれる。・・・・昔から。 昔は照れくさかったのか、ぶっきらぼうに突きつけるように。 今はさりげなく手渡してくれる、それが当然の事のように。 優しさの篭った「お馬鹿」だけは変わらない。 「はいはい、ごちそーさまっ」 ステラの言葉に恥ずかしくなったのか、頬を紅く染めたメイリンは熱を発散させようと手でパタパタと仰ぐ。そんな彼女にきょとんとした表情を向けると、ステラは道端に咲く花へと目を向けた。 「ステラね・・・・道とか野原とかに、咲く、お花・・・・好き」 「野花とか草花?地味じゃない」 メイリンが不満そうに口を尖らせるとステラはゆるく首を振ってそれを否定した。翻った金の髪が雨上がりの光を受けて柔らかく輝く。 「野生のお花・・・・命、力強い。活き活きとして、いるから、好き」 「それはそうかもね。自分の力で生きてるんだし」 「それにね・・・・野の花にはとても力強い言葉、ある」 ステラとメイリンはショーウィンドウを離れて再び街を歩き出す。話の続きを促すようにメイリンがステラの顔を覗き込むように隣を歩く。 「言葉・・・・花言葉?」 「そう・・・・。今、ほら・・・・。公園の花壇に、咲いている・・・・お花・・・・あれ・・・・カタバミ」 ちょうど公園の傍を通りかかった時、ステラは足を止めて公園の花壇を指差した。その先がしめしたのは花壇一杯に綻びる鮮やかなつつじではなく、傍らで、ひっそりと咲く小さな黄色い花。何気なく見ただけでは見逃してしまうほど慎ましく、それは咲いていた。 「かたばみぃ?・・・・雑草じゃないの」 カタバミは花、というより雑草のイメージがあったメイリンは、想像以上に地味な見栄えと相まって思いっきり不満の声を上げた。薔薇や傍らに咲くツツジとは比べ物にならないといいたげに、少し見下げるように花を見やっている。 「雑草・・・違う」 野のお花よ、とステラが言っても、メイリンは同じだと無げに却下した。ただ咲いているだけの花なんて興味がないと。 「お花はあんなにちっちゃいし、忘れられたように咲いているのはいや」 腰に手を当てて、大きく首を横に振るメイリンにステラはそうかな、と眉をハの字に下げた。そして興味を失い、さっさと先を歩き出したメイリンの後を追った。あの花の花言葉を教えてあげたかったのに、と残念に思いながら。 そして花の花言葉が伝えられる間もなく残されたカタバミの花は何も語ることなく、静かに花を咲かせていた。 まもなくステラ達の住む喫茶店が見えてきた。喫茶店のドアを開けると、下げられていたドアの鐘がなった。 おなじみの、古い鐘の音。 新しい鐘の澄んだ音ではなく、鈍い音であったけれど、懐かしさを覚える優しい響きをスティングは事のほか気に入っていて、毎日手入れを欠かさない。今日も元気に鳴る、鐘の音。玄関からすぐのカウンターにはスティングとアウルがいて、入ってきたステラたちを笑顔で迎えた。 「ただいま」 「お帰り」 「お邪魔しまーす」 後ろに続くメイリンがぺこりと頭を下げると、スティングも目じりを下げていらっしゃいとわらった。 「あ!ステラ、メイリン」 店の奥から投げかけられた声に目をやると、シンが窓際の席で手を振っていた。前におかれた、汗の掻いたアイスティーと飾られたミントの緑がなんとも涼やかな光景だった。 「シンも来ていたの?」 「今日は代休」 ケーキセットを注文すると、メイリンはシンの向かいへと腰を降ろした。それを見届け、ステラも手伝おうとエプロンを手にすると、前から伸びてきたアウルの手に押しとどめられた。ステラはきょとんと自分の手を握るアウルの手と顔を交互に目をやると、彼の真意を問うた。 「あうる?」 「帰ってきたばっかだろ。休憩してそれからでいいよ」 「・・・そう?」 アウルのせっかくの言葉もあり、スティングもうなずいて見せたのでステラは素直に言葉に甘える事にした。 カウンターに腰をかけるとき、ふとアウルと目があった。彼のもの言いたげな眼差しに忘れ物を思い出したステラは、アウルの方へとカウンター越しに身を乗り出した。 ちゅっ。 かわいらしい音を立てて二人の唇が触れて、離れた。 「お帰り」 「うん、ただいま・・・」 いつもの挨拶。 いつからかは定かではないけれど、最近始まったこの挨拶は今ではごく当たり前になっていた。それも甘い、というよりもごく自然な、家族の挨拶に近い。店の住民も常連客もこの光景になれていて、特に反応は見せない。初めて見る客はさぞかし驚くと思われるが、常連客のシンは特に反応を見せなかったし、スティングも普通に厨房で動き回っている。ただメイリンにはその光景がはじめてだったらしく、大きく目をパチパチさせると大げさに肩をすくめた。 「あ~あ。なんかステラたちはとっくに夫婦じゃない。結婚するしないの話じゃないよ。うらやましい」 「?」 頭上に疑問符を浮かべるシンにメイリンは両眉を持ち上げてべっつにーと口を尖らせてみせると彼女は頬杖をついて窓の外を見やった。 ステラはそんな彼女に機嫌を損ねてしまったのかと心配で、メイリンのケーキセットを運ぶ際「怒ってる?」と声をかけた。けれどそれは杞憂だったようで、メイリンは初夏の新作、メロンポンチの姿にご機嫌な歓声を上げていた。 「ううん。ちょっとうらやましかっただけ。これ、おいしそー。あーあ、レイと来たかったな」 メロンをたっぷり使い、器にメロンを形作った鮮やかな緑。中には甘いクリームがたっぷりだった。これをレイと分け合って食べたかったな、とつぶやくと、シンが困ったように首を傾けた。 「しょうがないよ。今日は定期健診なんだから」 「うん・・・分かってる。だから余計、そう思うの」 ケーキにスプーンをいれたまま、メイリンは押し黙った。 定期健診。 仕事ならまだしも何度聞いてもいい気持ちはしない。 それどころか心配で仕方のないことだった。 レイはラウ・ル・クルーゼ同様、アル・ダ・フラガのクローンだった。 その不完全さゆえ、彼のテロメアは短く、内部機能の老化が早い。 薬で進行は抑えているとはいえ、それも限界があって、ゆっくりと、だが着実に彼は死へと向かっている。 -----それを忘れたフリをして、知らないフリをして自分達は笑っている。 それを、誰よりも、レイ自身が望んでいたから。 オーブの研究所ではどのへんまで研究が進んでいるかは全くわからないし、レイも語らない。軍の最重要機密なのだ、それも分かっていた。頭でそう、納得させていても、心まではそういかない。 自分でも駄目なのか。レイのためだったら誰にも言わないでいられる自信がある。彼の境遇だって受け入れたつもりだったし、これからなにがあっても共にいるつもりだった。 ------つもり、だけでは足りない------- 何か確固たる物が欲しかった。 自分とレイの間に何があってもかわらないと安心できる、強い絆が。 それを今のレイに告げる事は酷なのだろうか。 自分のワガママなのだろうか。 メイリンは唇を噛むと、ゆっくりとケーキを口へと運んだ。 シンはかける言葉を見つけられずに、アイスティーをすすり、アウルたちも重苦しい空気に顔を曇らせていた。ステラは黙ってしまったメイリンを心配し、そしてこの場にいない、もう一人の兄とも言える存在を心配し、二人がずっと共にいられる事を願った。 この二人は大好きだ。 幸せになって欲しい。 そう、願った。 だが、そんなステラの願いは数日後、あっけなく消える事になった。 それから数日後。走り梅雨が去っていったのか、からっとした涼やかな青空が続いくとある日の午後だった。 「いらっしゃいませー」 ふぁんたむ・ぺいんはいつもどおり元気に客を迎えていた。 からんからん。 店の入り口に下げてある鐘がまた鳴った。 一番近くにいたステラが食器を抱えた格好で慌てて振り返る。予期しなかった人物の姿に驚くといらっしゃいませ、と声をかけるのも忘れて満面の笑みを見せた。贔屓にしているといいながらなかなか姿を見せない、常連客らしくない常連客。レイ・ザ・バレルの来訪に。 「おっ、久しぶり。なんにする?」 喜びのあまり立ち尽くすステラの代わりに応えたアウルの声にレイは無言でうなうなずき、近くのカウンターへと座った。 「任せる」 そっけない調子でそれだけ告げると、テーブルに置かれた氷水に口をつけた。彼のそっけなさは彼が不機嫌であるとかそういうものではなく、それがレイの持ち前だと皆知っているのでさほど気をとめる事ではない。 これがシンとかであったら、アウルがカンカンになってけんかになるであろうが。ただ少し彼に対抗意識があるスティングが身構えている節はあるが至って平和である。 ところが今回は少々勝手が違うようで、スティングはやや困惑した表情を浮かべていた。レイが自分の近くのカウンターに座ったからだ。いつものレイは窓際で座る事が多く、メイリンを伴っている場合は当然の事として一人での来訪は窓際、それも人を避けるように一番隅でいる事がほとんどだった。 「・・・・なにかあったか」 ランチセットの後の食後のコーヒーを出した時、スティングはそれとなく口火を切った。返っててきたのはいつものように淡々とした沈黙。 特に変化はなかった。 取り越し苦労か、と安堵の息を漏らした矢先にレイが漏らした言葉に彼は表情をこわばらせた。そしてステラも、また。ただ一人、声の届かなかったアウルでさえも空気の変化に気がついて、傍へと寄ってきた。 それくらい、空気は凍り付いていた。 ・・・時が止まった良いように。 『思った以上に進行が早い。しばらく検査入院が決まった。どうなるかは分からない。それもあって・・・・メイリンには別れを告げた』 ステラは自分の願いが霧のように霧散して行くのを感じていた。 メイリンは。 彼女はどう答えたのだろうか。 彼女は今、どうしているのだろうか。 数日前、レイを想い、花嫁を夢見ていた少女。 きっと彼女は哀しんでいる。 でも、それ以上にレイも苦しんでいる。 それが分かるから彼を攻める事はできない。 視界がぼやけた。 哀しくて、ただかなしくて。 ステラは、泣いた。 声に出さず、静かに泣いた。 レイを想って。 メイリンを想って。 ステラは、泣いた。 あとがき 6月です。花嫁さんの季節です。 そしてメイリンの誕生日もあって今回お送りします、After the War、レイメイ編。そして大分前にお受けしたリク、遅くなってすみません。見ていらっしゃるかは分かりませんが、この回はシャクレ大佐様に捧げます。 まだ前編ですが、もう少しお付き合いくださいませ。 |