「オルガ」

「ああ?なんだよ?」

 

スティングは院長室に戻ってくるなり、オルガを中庭へ呼び出した。

そして中庭へとくるとスティングは振り返って鋭いまなざしで彼を見やる。

 

「俺に隠してることはねぇか」

「ああ?何訳分かんねぇ事言ってんだよ」

「今日院長先生のところにアズラエルって人が来た」

「・・・・なんだって」

 

その名を聞くなり顔色を変えたオルガの襟元をつかむと、スティングは問いただした。

一片の本心をも見逃すまい、と金色の瞳がオルガ青緑の瞳をしっかりと捉える。

 

「・・いつから来たんだよ、養子の話」

「・・2週間前だよ」

 

スティングのまなざしに耐えられなかったのか、

オルガは彼から顔をそらすと低い声でそう答えた。

週間という数字を聞き、

スティングはその間全く気づかなかった自分を悔やみつつ

オルガにも非難の声を浴びせる


「なんで何も言わなかった?」

「・・言うほどのことじゃねぇだろーが」

「てめぇ、シャニとクロトはどうするんだよっ!」

「あいつらの事なんざ知るかよ」

「てめぇっ・・・!!!」


口元に皮肉げな笑みを浮かべてそう言い放つオルガに

スティングが
激昂したが、彼は冷静だった。


「それにお前がいる。・・・どうともなるさ」


そんなオルガに苛立ったスティングは先ほどアズラエルから来た話を口にした。

「・・・俺にもアズラエル家の養子の話が来たんだよ。お前とな!」

「・・なんだと!!お前がいなくなったら誰があいつらの面倒を見るんだよ!!ああっ!?」

 

スティングの言葉にオルガは目を見開くと、今度は反対に彼の襟を締め上げてきた。

だがスティングは締め上げられながらもオルガのそんな様子に安堵の笑みを浮かべた。

「俺に怒鳴んなよ。関係ねぇとか言っておきながら・・やっぱり心配してるんじゃねぇか」

「う・・・・」

取り乱してすっかり自分の内心を見抜かれたオルガは舌打ちすると、

バツが悪そうにスティングの襟を放した。


襟元を直しながらスティングは安堵のため息をつき、オルガに向き直った

オルガは黙りこくったまま地面を見つめ、何かを考えていた。

まるで自分に言い聞かせ、納得させるように眉間にしわを寄せ、拳を震わせていた

 

「なんで受けたんだよ。シャニとクロトの行き先が決まるまで残る、って言ってたお前が」


おだやかにそう問うスティングに背を向け、孤児院を見やるとやがてオルガはぽつりと言った。


「なあ。この孤児院が今どんな状態か分かってるか」

「・・だいぶボロくなってきってるな」


スティングも孤児院の方見やると、古ぼけた建物が目にはいる。


「だろ。この間階段が腐っていて、怪我したやつが出た」

「・・ああ。そういう事もあったな」


オルガの言葉にスティングはうなずいた。

数日前、孤児の一人が腐った階段に足を突っ込んで怪我をした。

幸い大事に至らなかったが、確かにこの孤児院は老朽化がすすんでいた。

あちこちの壁が欠け、窓枠もゆがんで変色している。

雨漏りもひどかった。

オルガは続ける。


「それに寄付金が少なくて経営が苦しいってさ。院長先生達は何も言わねぇけど、

先公のやつらが言っていた」

「・・・・」

「俺が養子になれば寄付金出してくれるって、おっさんが言ったんだ」

「・・・お前」


オルガは孤児院のためにアズラエル家入りすることを選んだということを知ると、

スティングは何もいえなかった。

この育った孤児院は好きだが、

何よりもアウルとステラが気にかかる自分だったらとても決心のつかないことだったから。

「そうすりゃ院長先生達も助かるし、シャニたちだけじゃねぇ、同じ孤児のやつらのためにもなる。

今いる後輩やこれから入ってくるやつらのためにも」


10歳の子供らしからぬ笑みを浮かべ、天を仰ぐ。

スティングも一緒に空を仰ぐと青い空が何処までも広がっていた。


「・・・・」


黙りこくったスティングの耳にオルガの穏やかな声が響く。


「犠牲とかそう思っちゃいねぇ。財閥だとよ。自分の可能性も試せると思った」

「お前、将来司書か小説家になりたいって言ってたじゃねぇか。

財閥なんか言ったらそんな事出来なくなるぞ?」

「う、うるせぇな!」


財閥の御曹司という肩書きで無理やり自分を納得させていたオルガは

スティングに自分の夢の放棄という痛いところつかれ、顔をゆがめた。

が、長年6人をまとめた最年長者らしくすぐに真顔に戻るとスティングを諭すように言った。


「とにかくお前に行かれたら困る!アウルとステラはどーすんだよ?

お前のこと知ったらあの二人は何すんのか検討もつかねぇ。アウルの馬鹿は

むちゃくちゃだし、ステラもキレたら手が付けられねぇ」

「……確かに」


スティングの脳裏に問題児二人の顔が浮かぶ。

アウルは感情の赴くままに行動し、周囲の迷惑を顧みず自分の我を通す傾向にある。

そしてそんな彼が暴れた後はぺんぺん草ひとつ生えない。

ステラは普段は聞き分けのいい、おとなしい子だったが、

感情のたかがずれると修羅と化し、手がつけられない。

止めるもの折らず、この二人が一緒に暴れたらどうなるか。

スティングは鳥肌がたった。


「はっくしょん!!」

「くしゅん」

「うわっ、きったねぇ!アウル、てめぇ、ツバとばすなよ!!」

「ステラ、アウルの馬鹿に風邪うつされたら困るから。離れな」

「うっせーな、騒ぐな馬鹿!!それに風邪じゃねーよ!ドサクサに紛れてステラに触んなよな!」





「それにあのおっさん、相当のクセモンだ。苦労すんのは目に見えてるぜ」

「そうか?」


まもなく分かることだが。

オルガの言葉は真実そのものだった。

・・数年後。

彼は想像以上の苦労を強いられていることになるとは今の彼には知るよしもない。



















プロローグ

その1−b

Be with You, always














数日後。

マルキオ院長の元へ一人の男が訪れた。

長い金髪に黒い仮面をした、見るからに怪しい男だった。




「俺、ネオ・ロアノーク。今をときめく22歳♪

いやぁ、恋人に振られちゃってさ、寂しいのも何だから子供一人ください」


あっはははは、と軽い調子でそう言ってのけるこの男にマルキオ院長とカリダは

とまどいを隠しきれなかった。


「それだけの理由ですか………」

「え?何か他の理由付ける必要あんの?」

「・・・・・」


おほんと咳払いをしてマルキオは続けた。


「ご職業は何を?」

「生物教師。あとアズラエルに頼まれてあちこちの私立の理事もやってまわってるよん。

雇われ理事ってヤツね。趣味はナンパとエロ本集め。

彼女無し。嫁さん募集中。好みはボインボインかなぁ」

「ボイン・・ボイン・・・?」

「オッパイがでかいこと♪」

「は、はあ・・・」



・・・聞いたのは職業だけなのによくぽんぽんと。しかもナンパにエロ本・・。

こんなのに大事な子供を預けて好いのかと、二人はものすごく不安になった。

マルキオはふと最初の言葉を思い出した。


「アズラエル様のお知り合いで・・・・?」

「うん?ああ、幼馴染み。泣き虫のくせにえらくプライド高くってさぁ。

ね、もう禿げてた?」



「は・・?」

「いや、親父さん若ハゲでさ、今じゃツルツルだってさ。

代々そうだからガキの頃から育毛剤手放さかったよ。もうカツラかなぁ。

それとも部分カツラか」


仮面の奥に好奇心を覗かせ、ネオはその身を乗り出す。


「は、はあ・・・」


人の秘密をべらべらそこまでしゃべっていいものかとマルキオとカリダは

互いの顔を見合わせたが、ネオはお構いなしだ。

とことんマイペースである。


「そういやぁ、ここに養子もらいに行くって言ってたなぁ。どうなった?」

「でもそれはプライバシーの問題がありまして……」


もう帰れ、と言いたげに引きつった笑いを浮かべる二人。

そんな二人を無視し、なおもネオは続ける。



「僕とズラじゃなかったアズラエルの仲なンだからさぁ、教えてよ。

アイツ、ロリコンのけがあるらしいけど女の子?」

「「ろ・・・ろりこん・・?」」



その言葉にマルキオとカリダの声が見事にはもる。

しばしの沈黙が室内を漂ったが、その静けさはカリダの金切り声で唐突に破られた。


「いやあああああああぁっっ!」


そこには先ほどまでの温厚な女性の姿は何処にもなく、

怒りに燃え、般若の表情をした鬼女がいた。

おまけにどこから取り出したのか、とげ付きの金棒を手にしている。

完璧に戦闘モードだ。


「オルガ!!スティング!!騙されたとはいえ

とんでもない変態の元へやってしまうなんて!!

私を許してぇっ!!こうしちゃいられないわ、今からあの変態を退治しに・・」

「こ、これ!カ、カリダ・・。落ち着きなさい」

「邪魔したら、殺すわよ!!このダルマ!!」

「だ・・ダルマ・・?」


狂乱したカリダに恐れをなしつつも、すがりついて止めようとするマルキオ。

大した度胸だなぁ、と狂乱の原因を作ったネオは他人事のように茶をすすっている。

このアホ仮面、見てないで手伝えとマルキオは心の中で怒鳴りつつ、

冷や汗垂らしながらカリダに必死に追いすがった。


「ロリコンとはね幼女趣味のことだよ。あの子達は男だろう?な、落ち着いてオクレ」

「ダジャレ言ってンじゃねぇよ、このクソ坊主!!」


何とか場をなごませようとオヤジギャグをとばすマルキオだったが

完全にぶち切れモードのカリダの怒りを更に煽っただけであった。

自分の育ての親と言うべきマルキオを殴り飛ばし、

出て行こうとするカリダの背にネオの声が飛ぶ。


「うっそだよん。なーる。男二人か。花がないなぁ」

「・・・・え?」


途端に大人しくなるカリダ。

そのカリダにすがっていたマルキオはずるずると床にへたり込んで

鼻血まみれの顔でネオを睨んだ。


早く言え!!この性悪仮面!!この痛みをどうしてくれる!!


鼻血垂らしながら恨みがましく自分見るマルキオを無視し、

ネオは何事もなかったようにさわやかに笑う。


「とりあえず、女の子欲しいんだ。胸のおっきくなりそうな子、いない?」


重ね重ねのようだが、とことんマイペースな男である。

二人はなんて自分勝手な男だ、と呆れてしまった。

最早怒る気にもならない。

だが意地でもこんなとんでもない男の元に子供をやりたくない。

もしやってしまたら、その子がどんな子に育つか恐ろしかった。

否、むしろ子供の方が面倒を見る羽目になるんではないだろうかと思ったのだ。

・・・これも後ほど分かる事のだが。

彼らの危惧はかなり的を得ていたと言えよう。




「そう言われましても・・・」


とりあえず戦闘モードを解除したカリダと

鼻血を垂らしたままのマルキオは

どうやってこの仮面男を追い返そうかと思考をめぐらせた。

なかなか良い案が思いつかず、視線を彷徨わせて

入り口の方を見やると紅・青・黄・緑の頭が此方を覗いていた。


「クロト・アウル・ステラにシャニ!!どうしてここにいるの?」

「残・念!!見つかった」

「やっぱ4人はいすぎ」



悪びれた様子もなく4人は院長室に入ってきた。

4人とも表情は硬い。

その様子からマルキオとカリダは今の話を聞かれたことに気付kき、

何とも言えない沈黙が支配する。

先に口を開いたのはシャニだった、。


「ね・・センセ。さっきの話ホント・・?」

「オルガとスティング、連れて行かれるって」


続けたのはアウル。

いつもの快活な声ではなく、低い上、起伏がない。


「・・・オルガは決定だけど・・。スティングは保留中よ。説得しているのだけど」


カリダの言葉に子供達はそれぞれの感情を爆発させた。


「冗・談!!オルガが俺たちをおいていくはずないよ!」

「スティングも行かせねぇぞ!!」

「二人がいなくなるの・・嫌」

「連れて行ったら・・呪う」


とくにシャニはどこから持ち出してきたのか、わら人形と五寸釘を握っている。

マルキオとカリダはそんな4人の前におろおろしていた。

孤児の中でも最も問題児とされているこの4人をまとめる二人を失うのは辛い。

何よりも実子のように育ててきたのだ。

二人とて辛かった。

でもここにずっといるより幸せになれるはずだと二人は思ったからこそ、承諾したのだ。

そこへ重苦しい空気を打ち破るかのように脳天気な声が飛び込んでくる。



「まま、君たち落ち着いてー。お茶でもどう?そこの可愛いお嬢ちゃん、お菓子あるよ?

どぉ?」


私たちのお茶とお菓子ですが、というカリダ達の無言の突っ込みを無視し、

仮面の男、ネオは4人に席を勧めた。


「なぁ、ここは何処か知ってるか」

「おっさん、馬鹿じゃないの?ロドニア孤児院に決まってンじゃん。知らないで来たわけ?」


お菓子を頬張る4人を尻目に話を切り出したネオに

クロトが馬鹿にした態度で鼻を鳴らした。

生意気すぎるその態度は普通なら大人を怒らせるには十分だったが。


「おっさんじゃない!!」


ネオはその態度より「おっさん」という単語に反応したようだ。

しつこいくらい自分の年齢をアピールする。


「ネオ・ロアノーク、22歳!!俺はまだおっさんじゃない!!22歳だぞ!!

それもピッチピッチの・・」

「・・おっさん、うざい・・・」


がシャニにバッサリとやられてしまう。

髪の毛を掻きむしらんばかりにネオは必死でそれを否定するが、

子供達は更におもしろがるばかりにその禁句を連発する。


「おっさんじゃないちゅーのに!!」

「はっはー、ダセー!死語だぜ、それ!!立派におっさんじゃん」

「やかまし!・・おほん、ともかく・・だ。

おいこら、仮面引っぱるな!!取れるじゃないか!!」

「エー、こんな変なお面してる方がおかしいてっの!」

「仮面をつかまないでほれ!菓子でも掴ンどれ!」


仮面に興味を示したアウルがネオの仮面を取ろうとしきりに引っぱるのを

とりあえず菓子を与えて大人しくさせるネオ。

だが菓子を頬張りつつも自分の仮面に視線を向けたままのアウルに

ネオは仮面をかばいつつ冷や汗を垂らした。



「それにお面じゃない!!仮面だ!!これは由緒正しい仮面でな、願をかけると願いが叶うという・・」

「呪い?」

「願いだっ!!」


五寸釘を握ったまま、物騒なことを言うシャニに自分の単語をこれでもかっと言うくらい語調を強調する。

このままでは埒があかんと、ネオは無理矢理話題を戻しす。

・・・いつでもマイペースなはずの男が敗北した瞬間であった。


「と、ともかく!!ここは親のいない子が集まる場所だ。親になってくれる人がいたら

その人の元へ行くことが幸福だろう?

ちゃんとした教育も受けられるし、広い世間にも出れる」


「離ればなれになるの・・嫌」


ネオにしては珍しく正論だったが、それが子供達に分かるはずがない。

なぎだしそうな顔でステラは連れて行かないで、と訴えるのを

ネオは彼女の頭をなでてやりながら必死になだめる。




「でも永久にあえなくなるワケじゃない。遊びに行ったり来たりすればいい」

「それっきり戻って来ないヤツだって・・・いた・・・」


こんどはシャニがぼそりとそうつぶやく。


「う・・・」

「ひっく・・」


言葉に詰まるネオにステラは今にも泣き出しそうだ。



「な、泣くなよ!だからオルガとかもスティングという子も自分で決めたんだろ?

祝福してやらないと」


間を要れず、今度はクロトとアウルら元気印コンビがネオにかみつく。


「オルガは言ったんだよ!ずっと一緒だって!!アイツ、うるせーけど約束はやぶんなかったぜ!」

「スティングも言ってた!お前を残したら何すんのか分かんねぇから行けるか!ってな!!」

「ほめられるセリフじゃないぞ、それは」

「うるせぇ、このヘンタイ仮面!!」


アウルの言葉に流石のネオも突っ込みを入れたが、納得するどころかアウルは逆に怒り狂い、

仮面をひっぺがえそうと力一杯ひっぱった。


「仮面引っぱるなっつーのに!君は彼らのなんなんだい?」


アウルとつかみ合いをする傍ら、

彼らの関係に興味が沸いたネオはステラたちに詳細を聞こうと試みた。

だいぶ子供達の警戒が解けたのか、彼らは素直に質問に答えた。


「兄妹。スティングはアウルとステラの。

オルガはクロトとシャニのお兄さん。みんなで兄妹なの」


ステラの言葉にネオはしばし考え込んだ。

この6人はオルガとスティングという孤児を中心に3人一組でまとまっているようだ。

さて、どうしたものか。

ネオが思考の海に沈んでいる間、

自分の存在を無視されたことに更に怒りを募らせたアウルは

またもやネオの仮面を引っ張ろうと手を伸ばした。


「無視すんなぁ、コラ」

「・・やかましい」


かーん。


軽い音が響く。

ネオの思考を邪魔するなとばかり

シャニは今だ騒ぎ続けるアウルを持っていた木槌で殴って大人させた。

敢えて周囲の騒ぎに注意を払わないようにして、ネオは話を進めようと努力した。

先ほど述べたように、いちいち気にしていては埒が明かないからだ。


「でも流石に6人はきついなぁ・・。

お前らの話をまとめると3人一組が基本なのか?」

「・・?いつもは6人一緒だけど。

でも3人で行動する方が多いといえば多いかも。イタタタ」


殴られた頭を涙目でさすりながらアウルが応える。

そのとなりでステラが痛いの痛いの飛んでいけーとアウルの頭を撫でていた。

引き離すにはあまりにも仲の良い3人組が二つ。

しばしネオは考え込んだ。


「3人はだめなのかい」

「・・やだけど、それなら・・まあ」

「6人一緒は無・理だろうね」

「一万歩譲って・・・許す」


アウル達の言葉にネオは仮面越しでも分かる笑みを浮かべると、

決心がついたようにステラに向き直って腕を広げて見せた。


「よっし!お嬢ちゃん、今日から僕が君のパパだ!『パパ(はあと)』と呼んでみて♪」

「え?」

「ふ、ふざけんなぁっ!!このヘンタイ仮面ぶち殺す!!」


ステラはぽかんとしてネオを見上げたが、

完全にぶち切れたアウルは驚異的な運動能力でテーブルを飛び越えると

そのまま 全体重を込めてネオの急所を踏みつけた。


「×○■△!?×」


怒り狂ったアウルに急所というべき場所を思いっきり踏まれたネオは

一瞬あの世でおいでおいでをする、白い仮面の男が見えたという。

それでは飽きたらず、仮面をひっぺがえそうとするアウルに

さすがにこれは停めねばと周りが暴れまわるアウルを押さえ込んだ。


「なぁにがボインボインだ、このヘンタイ!!ロリコン!!

はなせぇ、仮面と一緒にあの世に送ってやらぁっ!!」

「・・だーかーらー、話を最後まで聞けって」

「聞くかぁっ、ボケェッ!!」

「ステラだけではなく、君とスティングも引き取りたいといってるんだ」

「ころ・・・へ?」


ネオの言葉にアウルはすぐにに静かになった。

部屋の住民の視線がネオに集中する。

カリダは困惑して確認するように口を開いた。


「3人いっぺんですか・・?」

「どうとでもなるさ。これでも収入在るんでね」

「ホント・・?」

「ああ。でも6人いっぺんは無理だ、すまんね」

「でもスティングには先約が」

「そんならさ、僕に任せてよ」

「出た・・。悪知恵の大将」

「うっさいな!!」


ぼそりとつぶやいたシャニにかみつくようにいうと、アウルは大きな瞳を生き生きと輝かせた。


「ついでにオルガのことも一石二鳥!!

名付けて『ハゲの弱み握っちゃおう(仮)』作戦!!」

「なんで(仮)・・・?」


とシャニが珍しく突っ込んだがアウルにあっさりと無視される。


「さくせんは・・」

「あ〜、作戦聞かなくても分かる。問題は方法だね」

「・・なんだよぉ・・」


クロトにセリフを奪われ、不満そうにアウルは口をとがらせた。


「おもしろそうだなぁ、俺も混ぜてくれよ」


おもしろいことが大好きなネオは乗り遅れてはと、さっそく参加表明をすると、

子供達は皆怪訝そうに彼を見やった。



「おっさんが?」

「おっさんじゃないっつーのに!!」


ネオの言葉を無視してアウルは別にいーよ、と意味ありげな笑みを浮かべる。


「おっさんがいてくれた方がいいな。お言葉に甘えて肉体労働は任せよっか」

「賛・成!」

「分かった」

「うん」

「・・をい」


早速後悔を始めたネオだったが今更『肉体労働はヤダ』とは

口が裂けても言えなかった。

とくに可愛い愛娘(予定)と美しいカリダの前では。

まるいのはどうでも好いと思ったが。


「はっはっはっ。私は無視ですか。はっはっは」




ともあれ、アウルの『ハゲの弱み握っちゃおう(仮)』作戦は辛くもスタートした。






次の日。


「なんですか、こんな日に呼び出しとは!ネオのヤツ!!」



むかむかしながらアズラエルは孤児院の前にいた。


手元にはネオから一通の電報。


「来ないとお前の秘密をばらす」と合った。


秘密とはなんだと思ったが、心当たりが在りすぎた。

車の中でも


「あの秘密でしょうか?それともこの間の・・・」


・・と悶々としてやってきたのだ。


「ネオ!!何故出迎えないんですか!!全くも・・!ふごぉつ!」


門の中に入るなり深さ2メートルばかりの穴に落ち込むアズラエル。

ご丁寧に水まで張っていた。


「何でこんなものが・・・っ!ええいっ!!」


頭のてっぺんまでずぶぬれになりながら

やっとの思いではい上がると、今度はクンと腕に何か引っかかった。

見るとひもが上の方に続いている。

アズラエルがその仕掛けに気付いた瞬間。


「ひぎゃああああああ」


大量の水と泥、石ころが降りかかり、アズラエルの絶叫が辺りに響く。

その絶叫にオルガは読んでいた本から目を放すと、隣のスティングに声をかけた。


「・・おい。何かカエルが挽き潰されたような声が聞こえなかったか?」

「あ?さあ?」

「気のせいか」


が、アウル達のこと以外になるとてんで普通のスティングは首を振ると

オルガは窓の方をちらりと見ると、また本の方に戻っていった。




「だ、誰です!!こんな手の込んだ悪戯をしたのは・・・!!」


アズラエルはカンカンだった。

せっかく降ろしてきたスーツは泥まみれ。

きちんとなでつけられていた髪はドリフのコントのように爆発してしまっていた。

顔も真っ黒だった。

あのあと仕掛けられていたとラップとは。

水風船。

ご丁寧に中身は濃い食塩水だった。

絶妙な位置に仕掛けられた、大量の落とし穴。

もれなく水入り。

オーソドックスなバナナ。

爆竹。

エトセトラエトセトラ。

あのあと大量に仕掛けられたトラップに引っかかりながらもアズラエルは入り口を目指していた。




「しぶとい・・。根・性在るね、あのおっさん。」

「でもほとんどのトラップに引っかかってやがる。マヌケだよな」


ところ変わって屋上。

双眼鏡を外してクロトが感心したように息を吐き出す隣で

アウルが小馬鹿にしたように鼻を鳴らした。

となりでステラが不安そうに成り行きを見守っている。


「・・・このトラップでスティングとオルガ。・・・連れて行かせないの?」

「あのおっさん、禿げ疑惑があるんだよ。汚れれば当然風呂だろ?その証拠掴んで脅せば好いんだ」

「まさに脅・迫だね」

「犯罪」

「うるせぇな。そんなんでつかまるかよ」


ちなみに他の孤児達には何があっても外に出るな、と言い含めている。

院長先生達はシャニの調合した薬で未だ夢の中だった。


「全く、こんな事のために一晩でやらせやがって。俺の身にもなってくれよ」


そこへネオがぼろぼろになって戻ってきた。

一晩であちこちの穴を大量に掘らされ、不満げな声を上げたが、

誰一人意に介す者はいない。


「おっさんが仲間に入りたいって言ったんじゃないか」

「おっさんじゃない!!」

「パパ、ありがと・・」

「いやぁ、いい汗かいたな」

「調子のいいオヤジ・・・」



ステラがそう言った途端。

先ほどの不満は何処へやら。

歯をキランと輝かしてさわやかに笑うネオを

アウルは半ば呆れたように見やる。

こんなヤツが俺らの父親かよ、とは思ったが、同時に退屈しないかもと

思った。だが、その前にアズラエルにスティングを諦めてもらわなければならないのだ。


「だ〜、めんどくさくなってきた」



視線を戻すなりそうぼやいたアウルをクロトは呆れたように顔をしかめた。


「自分で考えたくせになんだよ?」

「風呂はいるかどうかもわかんねぇし、時間かかんのメンドー。

スティング達が出てくると更に面倒だし」

「・・どうすんの」


自分を見やるクロトにアウルは悪意に満ちた、邪悪な笑顔をみせ、

指をぽきぽきと鳴らした。


「直接仕掛けンの。アイツ今、頭に血ぃ上ってるからやりやすいぜ。シシシシ」

「は?」


にやりと笑うアウルに悪ガキ一同+1は顔を見合わせた。



「やーい、おっさん!!見事に全部引っかかってんやの!!バーカ!!」


アズラエルが階段にさしかかったとき、

入り口の階段のすぐ上にあるベランダの手すりの上で

仁王立ちになったアウルがはやし立てた。

もちろんアズラエルはご立腹である。


「おっさん!?私はおっさんじゃありません。何ですか!女の子がはしたない!!」

「なんだとぉ!!僕の何処が女だっ!!」


秘かに気にしてたところをえぐられ、

アウルはさらにエキセントリックにわめき立てた。

そしてその様子を屋上から見ていたクロトが思い出したようにポンと、手を打った。


「あ〜、そういや見かけは可愛い女だもんな。アウルのヤツ。

外・見だけは。態度と性格が悪すぎるから忘れてた」

「同・感・・・」

「テンション低い声で僕の口まねしないでよね」


かなり離れていたにもかかわらず、

その会話をしっかりきいていていたアウルはますますヒートアップし、

こんどはクロト達の方に指を突きつけ、わめく。


「うるせぇぞ、そこ!!女ってゆーな!」

「・・地獄耳」

「驚・異だね」

「悪口は聞こえんだよっ!!・・と茶番はここまで!!」


もう少しで本来の目的を忘れそうになったアウルは

ひとつ咳払いをすると再びアズラエルの方へと向き直った。


「良くここまで来たなぁ!!

けどここまで!!米の納め時だなぁ、このはげっ!!」

「これじゃあどっちが悪役か分かんないねぇ・・ぐはっ」


ネオがそうつぶやいたとたん脇腹に衝撃が走った。

息を飲み込みながら衝撃が来た方を見やると、

いつの間に持ち出してきたのか。

目をつり上げたステラが木刀を手にネオを睨み付けていた。


「アウルは悪役じゃない。・・悪役はあのはげ・・・」

「・・・そ、そうだったね。はははは」


カリダ同様のステラの豹変ぶりにネオは、

血はつながってなくても似るモンだなぁと冷や汗を垂らした。


場面戻って入り口では不毛な争いは続いていた。



「わ、私はハゲじゃありません!!それに米じゃ無くって年貢です!!」


ハゲ呼ばわりされたアズラエルがここぞとばかりアウルの間違いを指摘すると

屋上の方で大爆笑がわき起こった。


「ぶっ。食い意地張っているアウルらしいや」

「食欲魔神」

「いやぁ、自信満々で間違えてるねぇ」


素で間違えたことに気付いたアウルは恥ずかしさに頬を紅潮させたが、

すぐに立ち直ると後で殺す、といわんばかりにクロト達に親指を下げてみせ、再び

アズラエルに向き直った。


「・・・今のはためしたんだよ!頭の上はないけど頭は働くんだなっ!!ハッハー、覚悟しろ!!」

「おだまんなさい!女の子だと言って容赦しませんよ!!」

「僕は男だっつーの!!」


話を聞かないもの同士。

そりが合わないのも至極当然であろう。

アウルはどうやら完全にぶち切れモードのようだ。

そしてアズラエルもまだ同様のようだ。

ぶち切れ物同士。

こりゃだめかな、と一同はこっそり思った。

「かぁくごしろ、このハゲ!!」


と言ってアウルが取り出したのは釣り竿だった。

それも竹で出来た何の変哲もない釣り竿。

その先には釣り糸と小さなホックがついていた。


「・・・?」


訳が分からず、アズラエルがぽかんとしていると、

アウルは思いっきり反動を付けると、その釣り竿を

青年の方へと投げつけて振り回した。

きらりと釣り糸の先にあるホックが光る。


「ひぃっ!?」


鮮やかな弧を描いてとんだ釣り糸は見事アズラエルの頭に

ホックを引っかけ、しっかりとその髪に絡んだ。


「よっしゃー、そーれー!!」


手応えににやりとしたアウルは自らの体重を反動に竿を跳ね上げると

それにつられてアズラエルの黄色い髪が強い力で引っぱられた・


「のののの、ノ〜ォォォ〜」


奇妙な音を立てて自分の頭から何かがはがれていく感触に

アズラエルは悲鳴を上げた。

ぶちっと言う濁音が響き、彼の髪の一部が分離した。

否、むしり取られたのだ。


「わ、私の貴重な髪の毛が!!髪の毛がぁぁぁっ!!」

「あれぇ?ハゲじゃなかったのかよ?」

「まだ禿げてません!貴重な地毛をむしってくれちゃって!

みっともないじゃないですか!!」

「あ〜、わりぃわりぃ」

「嘘を付きなさい!!あなたの顔は完全に笑っています!

とと、とにかく、髪の毛は返してください!!

このままでは仕事場に顔をが出せないっ!」」

「ヒヒヒ〜、偶然ライター持ってンだけどねぇ」


顔色を失なったアズラエルに、アウルは人質ならぬ『髪じち』の下に

ライターをかざして見せる。その面構えからしてどう見ても彼の方が完全に悪人だった。

屈辱と恐怖でアズラエルは半狂乱なり、

自分の大事な地毛までむしらんばかりだった。


「やめてください!!それでもあなたは人間ですか!!何が望みです!?」

「オルガとスティングは諦めれば返してやるよ。シャニ、クロト、

このハゲ予備軍の恥ずかしい写真取れたぁ?」

「ばっちり」

「・・・ぬかりなし」

「撮れたよ」

「はっはーっ、ばらされたくなきゃ、観念しろよ!」


バッチリ、と揃ってグーサインを出すクロト・シャニ・ステラ、そしてネオを得意げに一瞥し、

アウルは勝ち誇って泣き出しそうなアズラエルを見下ろすのであった。



アウルたちのいたずらを聞いた年長者の反応は一人一様だった。

スティングはなんで大人のネオまでと頭を抱えたが、

なおさらこんな馬鹿どもをほうっておけるかと、

彼は結局養子の話を断った。

一方、オルガは無表情にアズラエルについていくと言って聞かなかった。

先ほどの泣きそうな顔とは打って変わって勝ち誇った表情で

子供達を見やるアズラエル。

ネオはだまったまま静かに騒ぎを静観していた。


この騒ぎの後にシャニ特製の薬が切れて

ようやく起き出してたマルキオとカリダは子供達のやらかしたことに仰天した。

予定より早かったのだが、

すっかり怒り心頭のアズラエルはオルガの

予定を繰り上げるといって聞かなかった。

マルキオとカリダが何かをしようにも事態は既に後の祭りで、

どうすることもできず、

彼らはアズラエルの予定繰上げを飲むしかなかった。




「スティングはともかく、俺は行く。俺の意志だ」

「オルガ・・僕たちを置いていくのよ!?」


クロトとシャニのほうを見ようとせず、

オルガは少ない私物を色のあせたリュックに詰め込む。

読みかけの本。

着替え数枚。

カリダとマルキオ、そして6人で写った写真。

筆記具。

オルガの持ち物はこれだけであった。

彼はここを出るまで泣くまいと、必死に努力しても震える声だけはどうにもならなかった。

彼の脳裏には孤児院での月日が走馬灯のように駆け巡っては消えてゆく。

自分が思っていた以上に別れはつらく、悲しいものであることに今更ながら彼は気が付いた。


「ガキじゃねえだろ?もう?」


半ば自分にも言い聞かせるようにクロトとシャニにそう言うと彼は玄関に向かった。

マルキオはしっかりとオルガの手を握り締めて、

神の加護を祈り、

カリダは涙を流しながらも笑みを浮かべ、

元気でね、たまには連絡を頂戴ねとオルガを抱きしめた。

ネオは仮面越しで表情は分からなかったが、

その口元は一文字に引き結ばれていた。

ステラは声なく泣き、

スティングはそんな彼女を慰めながら痛みのこもったまなざしでオルガを見やった。

シャニは涙をうっすらと浮かべ、手元のわら人形を握り締め、

クロトは青い瞳から涙を流すがままだった。

ただアウルだけが何事もなかったように、

オルガに近寄ると、一枚の手紙をよこし、なにやら彼にささやいた。

オルガはわけが分からないという顔をしたが、

頷くと、その手紙を大事そうにリュックにしまった。

別れがすむとアズラエルは意気揚々とオルガの手を取り、一同を顧みた。


「予定が早まりましたが、とっとと行きますよ、オルガ!!

スティング、あなたはその性悪の面倒を見ていてくださいね!!二度と来ません!!」



アウルに向かって『性悪』と強調すると彼はさっさと歩き出した。


「オルガ〜」


最後まで泣きっぱなしのクロトとステラの声を背に

少ない私物を小さなリュックに詰め込み、

アズラエルに手を引かれるがまま出て行くオルガ。

彼は唇をかみ締め、後ろで泣くクロト達を振り返るまい、と必死だった。

いつかまた会える。

いや、絶対に会いに行くから、待っていろと心に誓いながら

オルガはアズラエルの車に乗り、孤児院を出て行った。




「結局失敗じゃん!!この役立たず!!」


オルガがアズラエルとともに行ってしまった後、

ブルーの瞳に涙をためたままのクロトが早速アウルに食って掛かった。

だがアウルは平然と彼を受け流すと、にやりと笑った。


「うっせ、トサカ頭。失敗じゃねぇよ、全然。ぬかりないもんね」

「は・・?」


涙目のまま疑問符を浮かべるクロトたちに

アウルは万時オッケー、問題なしなしと親指を立ててみせる。


「ま。数日待ってろよ。アイツ戻ってくっから」

「・・・?」

「今日のトラップはオマケみたいなモンだし。

思った通りあのハゲ、頭に血ぃのぼってたから書類をきちんと確認してないから・・・ウシシシ」


一人愉悦に浸っているアウルに、

子供達+1はわけ分からんと顔を見合わせるのであった。


数日後。

アウルの言葉通り、オルガが玄関の前にいた。

リュックにジージャンにトレーナー。

ジーンズと言い他動きやすい軽装で

置き手紙を残し、アズラエル家から自力で戻ってきたという。

それもアウルの指示だったと聞き、皆は一体どういう事だろうと、顔を見合わせた。

オルガは困ったように眉尻を下げて重々しく口を開いた。


「いいのかよ・・?これって詐欺じゃねぇか?」


オルガの言葉にアウルはにかっと笑った。


「え〜?どうしてだよ。お金で納得させる方がよっぽどだと思うけど?

この事実を知ったら『世間』とか言うヤツが黙っちゃいないよぉ?」

「何やったんだよ?」

「書類の二重写し」

「は?」


アウルの言葉に子供達の頭の上に疑問符が浮かぶと、

オルガはリュックから1枚の紙切れを取りだして見せた。

まだ彼らの意図がつかめないでいる幼馴染みに

アウルはその書類を掲げて見せて説明する。


「子供の養子もらい受けに何か書くでしょ?紙」

「あ、ああ」

何で知ってるんだよ、スティングは思ったが、

ステラの次にカリダにひっついてることの多いアウルのことだから

その手続きのことを知っているのかもしれないと納得する。



「もう一枚はさんでおいたんだ。

やっぱりうちでは預かれません、という孤児院に身柄を戻す書類」

「な・・・」

「でもお金も必要だから、お金が振り込まれた後に書類もって抜け出して来い、って

オルガに言っておいたんだ」

「立派な詐欺じゃねぇか!!」


あまりのことに目を白黒させる兄貴分にアウルは悪びれた様子も無くにかっと笑う。



「どうして?養子ってお金で買う約束じゃないでしょ?

あくまで本人の意志による「寄付」なんだからさぁ。

本当なら金に物言わせて本人の気持ちを

無視する方がよっぽど悪いと思うよぉ。

それに大きな会社の社長さんでしょぉ?

この書類があるっつー事は一度は養育を放棄したって事になるじゃん?

買収の上、養育放棄。

イメージ悪いよね〜。文句言ってきたらばらすって言ってやればいい。

ついでに部分ハゲだって事も・・・ウシシシ」


馬鹿のクセして何でこんな難しい言葉知ってるのだろうか、と

皆が疑問に思う中、スティングはこの間のトラップ騒動の事を口にした。


「なぁ、あのトラップは・・」

「ああすれば血が上って頭働かなくなるんじゃないかって。

んでスティングは元々行く気ないからさ。

あいつに二度と来たくないと思わせて諦めてくれるかなって思ったんだ。

ハゲ疑惑はあくまでオマケ。でも半分くらい本当だったし。ラッキーだよね」

「なんてガキだ・・」



スティングは絶句した。

9歳の子供の考えることではない。

勉強とかには頭を使わないくせに、悪知恵となるとレベルがまるで違う。

一歩間違えば詐欺である。

将来どんなヤツになる分からん。

ぜっったいに目を離せねぇ、とスティングはこのとき肝に命じたという



こんなやり取りをしていると、

外で車が急停車する音が聞こえ、金切り声が敷地内に響いた。


「オルガっ!!パパですよ!!どこですかぁっ!!」

「げ・・・」


その声にオルガの顔が引きつった。

だがアウルは不敵な笑みを浮かべ、意気揚々と玄関に向かった。


「なぁにがパパだよ。あのハゲ。すぐ追い返してやらぁ」


そして勢いよく玄関の開けると来客に怒鳴った。


「帰れ、ハゲっ!!そのことバ・・ぶっ!?」


が。セリフを言い終わらないうちに黒い人影がものすごい勢いで飛び込んでくると

彼をはじき飛ばし、そのままオルガに抱き付いた。

子供達の間でどよめきが沸き起こり、

オルガは黒い影に抱き付かれたときに腹に生じた衝撃で目を白黒させていた。

その黒い影の正体とはオルガの養父となったアズラエルだった。

そしていつも七三に綺麗になでつけられていた髪はぼさぼさ、スーツはしわくちゃである。

顔色もまっさおで目だけがランランと輝いていた。


「お〜る〜が〜!!心配したんですよ!!ご飯も食べないで家出するなんて!!」

「お、おっさん・・。飯の支度はしておいたじゃねぇか」

「一人で食べれるわけないでしょう!?」

「このハゲ!!よくも・・・って何やってんだよ、オルガ?

どーゆーこと、これ」


怒り心頭で飛んできたアウルだったが、

抱き付いているアズラエルを見つけると、気色悪そうに後じさった。

そして出来るだけ離れて指先だけを向けてアウルが問うと、

オルガは決まり悪そうにぽつりと一言告げた。


「・・懐かれた」

「はあ?」


今度は皆が驚く番だった。


「別に大した事やってねょ。飯とか夜食作ってやったり、

アイロンがけとか簡単な事やっていただけだよ」


決まり悪そうに頭を掻くオルガに

アズラエルはだからこそですよと、首をふった。


「それがどんなに嬉しかったか、分かりますか、オルガ」

「あ?いままで使用人がいたじゃねぇか?何珍しいんだよ」


おかしな事言うなと眉間に皺を寄せるオルガにいいえ違いますよ、とアズラエルは首を振った。

そして瞳を閉じ、今までの自分を思い起こしてゆく。



「遅くなって一人でご飯を暖め直して食べるのはどんなにさみしいか。

義務感以外の何ものでもない扱いを受けるのはどんなに寂しかったか、分かりますか?」

「・・・ひとりじゃなかったから・・」


物心ついた頃からオルガにはマルキオとカリダ、シャニ達がいた。

それに比べ、このおっさんは一人だったのかと思うとオルガは胸に痛みを覚えた。


「私は子供の頃から一人だったんですよ。


物心ついたとき既に両親の間は冷え切っていて

彼はともに出かけたこともなければ食事をともにしたこともなかった。

周囲は冷たく、はあくまで彼の体調を管理し

誰一人彼の心を気にかけてくれなかった。


「だけどあなたが来てからは。

夜遅くなって帰ってきても温かい食事を作って待っててくれる。

夜中遅くまで仕事していると温かい飲み物や夜食を作って声をかけてくれる。

話し相手になってくれる。叱って、体調を気遣ってくれる。朝は見送ってくれる。

それがどんなにうれしかったか。君といた時間は私のこの30年間一番幸福でした」

「当たり前のことしてきただけじゃないかよ・・」


恥ずかしげもなく、嬉しそうに延々と回想し続けるアズラエルに

オルガはこれ以上はやめろ、といわんばかりに顔が真っ赤であった。

孤高のはずの自分のイメージが崩れてしまうと。

下の面倒に追われてその印象はなくなってしまっているが、

彼としては一匹狼を気取っているつもりなのだ。


「当たり前の事じゃないんですよ。お願いします、戻ってきて欲しいんですよ、オルガ」

「俺は・・・。俺はシャニとクロトを置いて行けねぇよ。スティング達も間もなくいなくなる。

あいつらだけ残されちまう。他の奴らの手に負える奴らじゃないんだよ」


オルガの言ったとおり、

ネオの受け入れが準備でき次第、スティング・アウル・ステラは

ロアノーク家へ行くことになっていた。

それもアズラエル自身をとおしてネオの情報を聞いていたのだ。

分かっているだろ、おっさんとオルガが困った顔すると、

アズラエルは問題ありません、笑みを浮かべた。



「・・だったら簡単です。シャニとクロトも一緒です。それなら寂しくないでしょう?」

「・・おっさん・・」


アズラエルは膝を折ると、オルガと視線を合わせた。

その行為は今まで人を見おろすことしかしなかった男の精一杯の気持ちの表れであり、

懇願であった。


「お願いです。戻ってきてください。オルガ。

いえ、オルガ、シャニ、クロト。

オルガの家族なら私の家族です。

一緒に仲良くやりましょう。

きっとにぎやかになりますよ」

「けどよ・・・」


踏ん切りのつかないでいるオルガを後押しをするように

クロトはにかっと笑った。


「しょーがねぇなぁ。オマケの様な気もすっけどさ。でもおっさん、一人になっちまうもンな」


それにおっさん、僕らの作ったトラップに耐えるだけの根性あるし、

面白いかもね、と付け加えた。

シャニはシャニで紫の瞳に珍しく穏やかな光をたたる。



「・・・・話長くて・・うざい。けどオルガを大事にしてくれたから・・。お前、好いヤツ」

「・・・・・わかったよ」


二人が付いていくというならオルガにはアズラエル家入りを断る理由がなかった。

年長者らしく、と気を引き締めると、クロトとシャニを従えてアズラエルの前に立ち、

礼儀正しく頭を下げた。


「不束者ですが、よろしくお願いします」

「・・ありがとう」


アズラエルは30年間でもっとも幸福ですよ、

という笑みを顔面いっぱいに浮かべて3人を向かえた。




後日。

3人を迎え入れる準備が整ったと、

ネオがピンクの小型のバンでスティング達を迎えに来た。

ピンクのバンをステラは喜んだが、

スティングは恥ずかしさに頬をわずかに染め、

アウルは青に塗り変えるんだといってペンキを持ち出し、

周囲に止められていた。

てんやわんやの騒ぎの後、

3人は長く過ごした孤児院と

親とも言えるカリダやマルキオ、

そして残った同胞達に最後の別れを告げた。


「体に気をつけるのよ。

スティング、アウルとステラをよろしくね。

アウルとステラ、スティングを困らせてはだめよ。

ロアノーク様、この子達をくれぐれもよろしくお願いします」


数日前にオルガを見送ったばかりでその余韻が抜けきれていなかったのか、

カリダはひたすら3人との別れを惜しんだ。

母と慕っていたカリダに抱きしめられ、

気丈なスティングでさえも涙を浮かべてありがとうございましたと言えるのがやっとだった。

ステラもマルキオとカリダに抱きしめられながらも泣くのを

アウルが小ばかにしたように小突いていたが、

彼もカリダに抱きしめられると、やはりこらえ切れなかったのか、嗚咽を漏らした。


やがているまでも名残惜しんではと、

マルキオに促され、3人はのろのろと車に乗り込んだ。

車がうごきだして孤児院を出発すると、

カリダは門の前まで出て行き、ひたすら手をふった。

そしてその姿を後頭部座席のアウルとステラは孤児院が

見えなくなるまでずっと窓から見ていたのだった。











「・・で結局3人はアズラエルんとこ行ったんだ〜。

あのわがままを手なずけるなんてすごいなぁ」

「ネオ・・・」


あっけらかんとそう言うネオに不謹慎だとスティングが顔をしかめると、

ネオは分かってるよ、視線を前に向けたまま手のひらをひらひらとふって見せた。

そして昔のことを思いはせるようにゆっくりと言葉をつむぐ。


「分かってるさ。アズラエルは昔から一人だったんだもんな。

アイツ、本当はさびしがり屋なんだ。すっげー意地っ張りのクセして。

俺が出来なかったことをオルガがやり遂げた。

・・それでいい。それで」

「・・・ああ」


窓の外に目を向けたまま黙ってしまったスティングをネオはちらりと見ると

手を伸ばしてその頭をくしゃくしゃと力いっぱいなでた。


「んとに本当に10歳かぁ?うん、だろうが、ふつう〜〜」

「老けてて悪かったな!!」


ネオはおどけた調子でスティングの頭を小突くと

スティングはやや憮然としてその手をおしのける。

そんなスティングに優しい笑みを口に浮かべ、

数日前のオルガたちのことを話題にした。

そのころ準備に追われ、その場にいなかったネオは、

オルガたちのことが気にかかっていたのだ。





「あいつらと離ればなれになって寂しいか?」

「少し」

「そうか」


スティングは窓から視線をはずし、ネオに向き直ると、大丈夫と微笑んだ。


「連絡は取り合うようにするよ。

でも同じ国にいるんだ。いつか会える。

離れても心はいつも一緒だって・・・」




あれからオルガ達は少ない荷物をまとめ、

スティング達より一足早くロドニアを去っていった。

そしてその時6人はまたいつか再会することを誓い合った。


「離れても心は一緒だ。元気でな」

「ああ、オルガも」


オルガとスティングはしっかりと互いに抱き合い、背中をたたき合って、

別れを告げると、オルガはアウルの頭をぽんと軽く叩いた。


「アウル、ちゃんとステラの面倒を見ろよ。

あんまりスティングを困らせんな」

「う〜。わかってるよ」


子ども扱いされて気に食わなかったが、

彼の言っていることはあたっているだけに痛い。

アウルは憮然としたが、されるがままに頷いた。

そしてその後クロトが勢いよく抱きついてきて、

その勢いにやや気押されながらもアウルは踏ん張ってこらえた。


「アウルぅ、僕を忘れんなよ!絶・対!!」

「馬鹿、当たり前じゃんか。お前こそ忘れんなよ」


文句を言う前に涙ぐまれ、アウルも同様に涙腺が緩むのを

とめることができず、鼻をすすりながら背中をたたいてやると、

クロトも鼻をすすりながら頷いた。


「うん」


こうして仲の良かったアウルとクロトの元気印コンビは互いに涙ぐんで

別れを告げ。


「・・・ステラ、元気で」

「うん、シャニも・・・」


シャニは一生懸命に泣くまいと涙をこらえるステラの頭を撫でて

微笑む。


「手紙書くから。電話もする。アウルがいじめたら俺に言って。

・・・全力で呪うから」

「うん」

「おい、そこ!!怖いこと平気で言うな!!

頷くな!!」


ステラとシャニの恐ろしい会話に

シャレになんないよ!!と

一瞬涙を忘れてアウルが怒鳴る。

その間クロトもステラの頭を撫でて別れを惜しむ。


「ステラ、また一緒に遊ぼうね。オクレ兄さんも頑張って」

「うん、またね。クロト」

「オクレはやめれ、と言ってるだろーが!!」


「オクレ」と呼ばれ、眉間に皺を寄せるスティングをクロトは笑いとばした。


「堅いなぁ、オクレ兄さん」

「やめれ!!訴えるぞ!!」

「オクレ、うざい」

「黙れ!!オクレじゃない!!」


シャニにまでオクレ呼ばわりされ、

我を忘れかけるスティングを今度はオルガが必死になだめる。


「オイオイ、暴れるな」


「にぎやかですねぇ、とても別れの場だと思えない」


苦笑するアズラエルのとなりでカリダが寂しそうに微笑む。


「カラ元気ですよ。あの子達、本当に仲良かったのですから。

寂しくなりますわ、ここも」

「・・・引き離して良かったんですかね」

「いつかは別れの時が来るモノですよ。今がその時なんです。

それに生きてるんですもの。

生きていれば・・会えるわ。

アズラエル様、あの子達をどうかよろしくお願いします」







「そっか」

「ああ」


そんな会話をしていると後部座席のアウルが

痺れを切らしたように声を上げる。


「ネオ〜、まだ着かないのかよ?」

「もうちょっとだー。ステラは」

「寝てる」



バックミラー越しに覗くとを見ると、アウルを膝枕にしてステラが小さく寝息を立てていた。

あどけない寝顔。

今日から可愛い娘。

そしてにぎやかな息子としっかり者の息子が増える。


アズラエル同様、孤独だった自分に新しい家族が出来たのだ。

さあ、頑張るぞとネオは笑みを浮かべ、車を走らせた。








エピローグ


8年後。

ロアノーク家ではいつもの朝を迎えていた。



「なんだ、ネオまだ起きてねぇの?流石にやばくね?」

「先生、どうしたんだろう」


アウルとシンが朝ご飯を食べながら口々にそう言う。

ステラはぼうっとした顔でその様子を見ている。


「ステラ、寝癖がついているぞ。

寝癖を直す熱いタオルを作っておくから、まず顔洗い直してこい」

「分かった・・・」


エプロン姿のスティングはステラにてきぱきと指示をだすとと今度はアウル達に向き直る。


「お前らのどちらかネオを起こしてきてくれ」

「いやだ(です)」


二人の声が見事にハモる。

こいつら本当に双子みたいだなと半ば呆れながら、スティングは仕方なくネオの寝室に向かうと

案の定、ネオは幸せそうに布団にくるまっていた。


「ネオ!!起きてくれ、教師が遅刻したらしゃれになんねぇよ」

「う〜やだぁ〜。せっかく巨乳のねーちゃんの夢見てたのに・・。寝直す・・・」


スティングは一国の大黒柱と思えないその言葉に頭痛をおぼえたが、

ここで引き下がるわけにはいかない。



「アホか!!昨夜一緒にテストの添削までやらせたくせに、何で起きねぇんだよ!」

「代わりに一日教師やってくれ・・・」

「ふざけんな!またナタル先生にお小言喰らうのは俺なんだぜ?」

「え〜、スティング、テストの採点やったの?だったら僕のテストの点数、オマケしてよ」

「黙れ!!点数欲しけりゃ勉強しろ!」


牛乳を片手にひょっこり顔を出したアウルに向かって

そう一刀両断するとスティングはネオの布団をはがしにかかった。


「ぶーぶー、いけずぅー」

「やかましっ!」


その後ろでアウルがまだ騒いでいるが、スティングはそれどころではない。

必死にネオの布団をはがしにかかるが、びくともしない。


「ネオ、頼むから起きてくれぇっ!!」


一向に起きようとしない養父に

スティングの心からの叫びがロアノーク家にこだました。



その頃。

アズラエル家でも。

定刻になっても一向に降りてこないアズラエルに痺れを切らしたオルガが

彼の部屋に乗り込んできていた。布団をかぶったまま顔さえ出さない、

アズラエルの布団をひっぺがえし耳元で怒鳴る。


「おっさん、何時だと思ってんだ!今日は大事な取引があるんだろ?

運転手と秘書が待ってんぞ!!」

「・・・眠いから取引は明日に延期にしてもらってください・・」


アズラエルはそう言うと信じられないくらいの早さで布団を取り返し、またまるまってしまった。

ひっぱっても、たたいても一向に起きようとしない養父にオルガの怒りゲージが急上昇してゆく。


「昨夜クロトとゲームやりすぎなんだよ!!大事な取引がある前日に徹夜すんな!ガキか!!」

「今だけ子供で好いです・・・。パパ、あとはよろしく・・・。ぐう」

「おきんかぁ〜〜〜!!」



「・・・またやってる」

「ったく、朝からこんなに騒いでさ。迷・惑!千・万!!だよね」


下の食堂にまで響いてくる怒鳴り声にクロトは顔をしかめたが、

シャニとクロトの二人共加勢する気はさらさら無いようで、

またオルガは遅刻かな、と二人はのんきに構えながら朝食をかたづけることに専念していた。




このように。

8年前、危惧された事は今や現実となってオルガとスティングの身に降りかかっていた。

手の掛かりすぎる養父に、

神様、俺たちの選択は間違っていたのですかと、

天に向かっって嘆く、

オルガとスティングの二人であった。








あとがき




プロローグ第1話、完結です。

aパートまで間が在りましたが、ようやく終わりました。

本編がアレなため、

学園編はなかなかすすめられなかったのですが、

励ましの一言やメールでようやく完成できました。有り難うございました。

そして32話でとうとう本編がああなってしまうと

逆に吹っ切れてしまいました。

学園編は基本設定以外本編のストーリーと全く関係ないからいいかって。

カリダさんのキレっぷりはステラが受け付いたということで

いずれそういうところも書きたいと思ってます。

シード学園はまだまだ続きます。

そしてプロローグ(まあ番外編ですね)は

まだシン編とアウルのシード学園1年目(留年の経緯)が残ってます。

公開はまだ先ですが、お付き合いいただけると嬉しいです。

ここまでよんで頂き、有り難うございました。