ロドニアのラボで俺たちは出会い、共に歩んできた。 血みどろな生存競争の中を、先も知れなかった戦争をくぐり抜け。 そして渇望してやまなかった明日を手にした今。 俺たちはこれからどこへどう向かって行くんだろうな。 流れ行く ときの中で スティングたちが営む小さな喫茶店「ふぁんたむ・ぺいん」はオーブの港町にある。店の名前は彼らがかつて所属していた部隊名からとったもので、それを日本風の名前にアレンジしたのがスティングだった。 オーブは元々遠い東方にある島国-----日本の植民地だった。 それはもう気が遠くなるほど昔の話なのだけれども、オーブ本土にはその文化がしっかりと根付いている。 郷土料理にも、学問にも日本文化が根底に流れている。 日常会話で英語のほかに日本語も飛び交うのはそのため。 そしてその文化にスティングは魅了されたのだ。 今日も賑やかなふぁんたむ・ぺいん。世間はもうすぐ大型連休を迎えるときとあって店に来ていた客はその話題で持ち切りだった。 国外に出るもの、ちょっとした国内旅行に出るもの。 日帰りで出かけるもの。 もしくは家でのんびりするもの。 実に様々で、中にはスティングたちはどうするのかと聞いてくる客もいて、其のたびに連休が稼ぎ時だから、とスティングは笑った。 「休み中も開店?連休ぐらい休めよ」 好物のオムハヤシ大盛りをほおばりながらシンが不満げに紅い目を瞬かせ、向かい側に座っていたレイとメイもシンの言葉にうなずいてスティングを見つめる。 シンの隣は誰かのために空けられているかのように空席だ。その席を埋める人物は今は遠い赴任先で少年兵達の教官をやっている。この連休でいったん戻ってくるらしく、シンはそれが嬉しくて仕方ないようで今からこの休みをどうするかと計画を練りにここにきていたのだ。 「そうだよぉ、夏みたいに皆でどっか行こう?今緑がすっごく綺麗だよ」 あーんとスプーンを恥ずかしげも無くレイにスプーンを向けながらメイリンが茶目っ気たっぷりウィンクした。 バカップルまがいのアーンを強いられているレイの決まり悪そうな表情など当然お構いなし、である。 スティングは軽く宙をにらんで考えると、肩をすくめて首を振った。 「する事も溜まっているしな。久しぶりに部屋の整理もしたいし」 「なんだよー、どっかいこうぜ?店で腐ってンのもやだな」 スティングの横から割り込んできたのは水色の弟分。 両手に器用に食器を抱えてうまくバランスを取りながらスティングの肩越しにひょっこりと顔を出した。 そしてそんな彼の隣にステラの姿も。 大型の連休にどこかへ行ける。 羽が伸ばせる。 キラキラと期待の眼差しを向ける二人にさすがのスティングも言葉を詰まらせた。 考えてみれば今回は最高9日間にわたる大型連休だ。それを丸々休むわけではないし、その間ずっと店に押し込めておくのも不健康である。 そんな結論に行き着いたスティングは一つため息をつくと、シンたちに向き直った。 「日程は決まったのか?」 「話早いなっ!」 スティングの言葉にシンは紅瞳を喜びに輝かせると。テーブルの上に置かれた卓上カレンダーを取り上げた。 「ルナが戻ってきてからがいいな。えーと」 「金曜日くらいが良いんじゃない?あたしも夜勤終わってるし」 シンの手元のカレンダーを覗きこみながらメイリンが日付の上に指を走らせる。彼女が指し示した日付はちょうどルナマリアも帰ってきいて、一息つけた後。 「それで良いか?」 「「「異議なし」」」 満場一致で出発日が決まると、シンは早速カレンダーに印を付けた。きゅっとマジックの音がなって大きな赤丸が卓上カレンダーに書き込まれる。 すると店のカレンダーに落書きすんな、とアウルが顔をしかめて文句をつけたので、彼にむっと来たシンは噛み付くようにやり返した。 「カレンダーの一つや二つ、うるさいんだよ!」 ピキっと音を立ててアウルの額に青筋が走った。 「卓上は客の目に付くんだよ!どうしてくれんだ、この一月はこの赤丸がついたまんまなんだぞっ!」 「キーキーうるさい、蒼猿!!」 「どこに蒼猿がいるんだよ、赤鬼!!」 テーブルをがたがたいわせて、いつものようにケンカをおっぱ始めるアウルとシンだったが、スティングもレイたちも周囲の客もそんな二人に慣れきっていて誰一人、気に止めるものはいない。 「お前は勤務が入ってるのか」 世間のほとんどは休みだというのに、と軽く目見張るレイにメイリンは困ったように軽く舌を出して笑う。 「まぁ通信業務だから仕方ないけどね」 そして最後にオペーレーターだもん、と一言付け加えた。 彼女のように後方で支援にあたっている者はなかなかカレンダーどおりに休暇は取れない。休日もまた同様だ。 二人で会うときはたいていメイリンが彼の都合を聞いてきて、日時を決めるのは彼女だったからその事実にレイは今まで気づく事がなかった。 彼女が懸命にスケジュールをあわせていてくれたのだと、ここで初めて気づかされた事を恥じてレイはうつむいた。 周囲に気を配って視野を広く持たなければいけない。 先の戦争でそれを学んだはずだというのに・・・・と。 「また難しい事考えてるでしょ。眉間にこーんなに皺がよってるよ?」 つい、と前から伸びてきた白い指がレイの眉間をさすった。 驚いたレイが身を引くと、勢い余って背もたれにぶつかる。頬がまたたくまに熱を帯びた。 「いきなり何をする、メイリン」 「顔と言葉がちぐはぐじゃん」 冷静な言葉とは裏腹なレイの狼狽振りにアウルの突込みが入り、周囲に笑いの渦が生じた。 「いえてるっ」 さっきまでケンカをしていたくせにアウルの肩を叩きながらシンが笑う。ステラも眉間に指し示して見せてどこで覚えたのやら。 「美人、台無し」 と笑う。そしてスティングもまた金の瞳を細めて口元に笑みを浮かべていた。ただ一人平然としていたのはメイリンで、これでこそレイだと胸を張るのでさらに周囲の笑いを誘った。周囲につられてレイの口元もほころんだ。 「そこー、盛り上がってないで手伝ってよー」 盛り上がっている矢先、カウンターから響いてきた泣きそうな声。 皆が我に返って声の方に目をやるとうず高く積まれた食器を前に必死に食器洗いをしているキラの姿が見えた。 半眼になって涙をにじませている。 「僕だってお客なのになんか間違ってない?」 「わりぃ」 「ごめん・・・・なさい」 アウルとステラが同時に動き、キラの支援へと向かう。 ふたつの手が加わり、うず高く詰まれた食器がテンポよく片付けられてゆき、その一方で最近購入された食器洗浄機にグラスや食器が詰め込まれ、スイッチが入る。 3組の手があると作業は早く、あれだけあった食器が見る間に片付いて行き、最後の食器を籠に放り込まれると、キラは手を拭いてシン達の方へと歩み寄った。 「ねぇ、その旅行の計画、定員の余裕はまだあるよね」 まるで当然というかのような口ぶりにシンは目をしばたたかせた。 「まぁ、余裕在りますけど」 「じゃあ僕とラクスもいいかな?」 「へ?え・・・・と」 予想外の増員に、しかもやや苦手な相手にシンが口元を引きつらせるのをかまわず、キラはにっこりと笑ってカレンダーを確認する。シンの返事を待たずして既に同行を決めてしまっているようだった。 「おねーちゃんとスティングさんの車じゃあ限界あるよね。もう一台出さないと。どうしようか」 移動手段の話となった時、メイリンが車の収容人数と参加数を割り当てを思案していると、キラがアスランのがあると微笑んだ。 アスランの車は5年ローンで買ったもので彼がたいそう大事にしていたのを皆は記憶している。 休みの日には自らの手で洗車してワックスをかけ、ぴかぴかに磨き、エンジンの整備もぬかりはないと彼は自慢げに豪語していたのだ。 それを貸せ、というには普通、ためらいを感じるものなのだが。 「大丈夫。僕が『貸して?』と頼めば一発だから」 にっこりと天使の笑みを浮かべて見せるキラにスティングたちはアスランが心底気の毒に思えて互いの顔を見合わせるのだった。 夜、店じまいしたあと、スティングたちはそれぞれの部屋へと戻っていた。 スティングが部屋を整理していると、机の棚から一冊の表紙の擦り切れた単行本がでてきた。色があせ、折れたページの隅から何度も読み返したあとある本にスティングの目が懐かしげに細められた。 その瞬間、ロドニアの日々がつい昨日の出来事のように彼の脳裏に蘇った。 『まだ読みかけだけどお前に預けていく』 金髪の青年が旅立ちの日に無造作に放ってよこした一冊の本。 挟まっていたしおりから青年の言葉通りまだ読みかけであるのがわかった。 本の一冊や二冊持っていく事ぐらい許されているだろうに。 スティングは本を置いていくオルガが不思議に思えて仕方なくてぼんやりとオルガと本を交互に見ていると、彼は皮肉げな笑みを浮かべてみせた。 『やるんじゃねーよ。預けておくんだよ。戦争やってる間は読みたい本じゃないからな』 オルガはそう言うとスティングに背を向け、そのまま帰ってこなかった。 スティングは本を持ちなおすと、ぱらぱらとページをめくった。 読みかけのミステリー。 持ち主に読まれる事の無かった結末。 スティングは戦中、この本を読みふけっていたけれど、結末は読めないでいた。この本が終わってしまったら、オルガたちがいなくなった事を認めなければいけないような気がして出来なかった。 認めたくなかった、彼らの不在を。 だが、それはもう2年前までのことで。 怖くて結末に手を付けられないでいたこの本を研究所での療治期間中に終わらせた。 そして今、スティングはこうして新しい道を生きている。 「この本はまたいつか逢えたとき・・・・返すか」 それはいつになるか分からないけれど。 でもそれまでの時間は向こうではあっという間だろう。 遠くて、近い未来。 スティングは微笑むと、その本を大事に本棚へとしまいこんだ。 雨音を思わせる、柔らかな音色が部屋に流れている。 ステラはその旋律を口ずさみながら洗濯物をたたんでいた。 それは約束の曲。 忘れられない、初恋の・・・・・思い出の曲。 一人でいるときのステラはこの曲を欠かさずかけている。 こうしているとオッドアイの少年が近くにいてくれるような気がしたから。 「これは・・・・ステラの。スティングのシャツ。これもスティング」 持ち主毎に洗濯物を分けていると、ステラはふと手を止めて口元をほころばせた。洗濯物の山からもう長い間、持ち主が身に付ける事の無かった、懐かしいシャツが出てきたのだ。 胸元から裾まで留め金のついている、オレンジ色のノースリーブ。 色はあせていたが、見まごうはずの無い物。 「アウル、の・・・・」 今では身に付ける事は無くなったが、彼は自分の部屋に大事にしまいこんであったようだった。部屋のどこからか見つけてきたのをアウルが出してきて洗いなおしたのだろう。 それくらいならクリーニングに出せば良いのにと思ったのだけれど。 「大事な、物だから・・・・なくしたくないの、かな・・・・」 それだけ大切な記憶が染み込んだ一枚なのだろうから特に丁寧に仕上げて返そうとステラは微笑んだ。 洗濯物を全てをたたみ終えると、アイロンにスイッチを入れ、当て布をしながらゆっくりと、注意深くオレンジ色のシャツにアイロンをかけてゆく。 すっかり皺を伸ばし終わると、ステラはそのシャツを手に彼の部屋へと向かおうと立ち上がった。 ぱたん、と部屋の扉がしまった。 一人の幼子から一人の女性へ。 すっかりと成長したステラの部屋では音楽だけが変わらずに流れていた。 アウルはベルベットを貼り付けた小箱から注意深く、銀色のペンダントを取り出した。その表面を指先で撫でながら、しばし物思いにふける。 戦中、自分が肌身離さず付けていたペンダントは明るい照明の中で鈍い光を放っている。今はこの箱の中に収められていて、ほとんど光の下にさらす事が無くなったそれ。 裏返すと、もう判別のつける事の出来ない文字のあと、かつては誰かの名前が刻まれた痕がかすかに残っていた。 そう、それは昔、アウルが母と呼んだ人の名前。 結局彼女の本名を知る事も無いまま、もう触れう事も声を聞くとさえ叶わなくなった、過去の人。それでも目を閉じれば、かの人の声、姿、触れた手の暖かさを思い出す事が出来る。 しばらくペンダントを見つめた後、アウルは銀の磨き粉を取り出し、注意深くペンダントの表面を磨きはじめた。削り過ぎないように、表面をなでるように磨いてゆく。 「あうる・・・・?」 背後からかけられた声にアウルは手を止めて顔を上げた。 背中越しに振り返ると、ステラが扉から顔を覗かせているのが見えたので、眉を上げて返事を返す。 「んー?なに?」 「シャツ、持ってきた」 見ると、ステラの手元にはオレンジ色のシャツ。 自分の懐かしい、思い出の品。 「さんきゅ。持ってきてくれる?」 柔らく微笑み、アウルがステラに手招きすると、 嬉しそうに近寄ってきた彼女はペンダントに気づいて彼の手元を覗き込んだ。はっとした表情。 「アウルの、ペンダント・・・・?」 「正確には僕のじゃないけどね。『母さん』の」 母さん、という言葉に反応してステラのすみれ色が揺らいだ。 「ロドニアのラボの・・・・?」 「そ」 ステラの感情の揺らぎはすぐに消えてなくなったけれど、アウルはそれを見逃さなかった。 それでも彼はあえて聞かないでおいた。 聞いたとしても彼女は決して話してはくれないだろうから。 アウルが再びペンダントの方へと戻るとステラはじっと彼の手の動きを見つめていた。しばらく黙ってみたが、やがてポツリとつぶやいた。 「アウル、それも、つけなくなったね・・・・」 「ん・・・・。もう返すこと出来ないしね」 軽く言ったつもりが、ステラの重苦しい沈黙に、アウルは困ったように笑った。 「なーに暗くなってんだよ」 「だって・・・・」 『母さん』は既にこの世にいないと知ったのは戦争が激していった頃の事。 アウルの中にあった彼女の死の記憶はブロックワード共に封じ込められていて。 「それを思い出す事はつらかったけどさ・・・・それを乗り越えて今ここにいるじゃん」 ペンダントを磨く手を止め、アウルは腕を伸ばしてステラの手に触れた。 血の通った暖かい、手。 生きているという証。 「生きているだろ?」 「・・・・うん」 アウルの手を握り返し、ステラがうなずくと、そうだろ、とアウルも繰り返す。 「これをつけないのは一つのけじめなんだよ」 「けじめ・・・・」 「そっ」 過去は過去として受け止める。 忘れるのではなく、受け入れるのだと。 受け入れて、そして先へと進む。 未来へと。 自分はあの時まで優しい思い出にすがりつくようにいきていた。 ペンダントはその象徴だった。 哀しい現実を受け入れ、乗り越えたからこそ、それは今、小さな箱に収まっている。 「でも忘れたくないし、大事なのは変わりないからさ、こうしてたまに見ている」 「ん・・・・」 アウルはペンダントを磨き終えると、また大事そうにそれを箱にしまいこんだ。そして再び手を伸ばしてステラを腕の中へと引き寄せると、その金の髪に唇を寄せた。 「お前にだってスティングにだって忘れたくないもの、手放せないもの、あるだろ。僕だってそう」 「あうる・・・・」 アウルの言葉にステラは二人の少年を思いおこす。 ---- 一緒にいると幸せだった。ただ傍にいてくれるだけで満たされた、少年を----- 彼は手の届かないところへ行ってしまったけれど、彼が遺してくれたものは大きい。 優しい旋律。 満たされるという事。 哀しい事も嬉しい事も。 彼がその原点を教えてくれた。 そして、『守る』事をおしえてくれた少年は強さをくれた。 与えられるだけではなくて与えたいと思うようになった。 失いたくないなら守れば良い。 与えるということは心の強さ、人を想う気持ち。 守るものがあれば人は強くなれるのだと、彼は教えてくれた。 今でも彼は身近で笑っていてくれている。 「そうだ、ね・・・・」 だからこそ哀しみも苦しみも乗り越えて今、生きている。 「僕の場合、それだけじゃねーけど・・・・」 「?」 独白のようにつぶやいたアウルをステラは彼の腕の中から見上げた。 仰ぎ見る形だったから彼女からはアウルの表情は分からない。 見えるのは不敵に持ちあがった唇。 自分の髪をすく手の感触。 「負けたくねーものは負けたくねー。なんでもはなっから勝つつもりで行く」 ネオだろうが、シンだろうが譲らないものは譲らない。 親代わりだろうがなんだろうが、どんな形であってもステラの一番は自分だとアウルは決めている。 常に強気であるべし、と最初の友であった緋色の少年が豪語していたように自分は強く生きてゆこうと改めて奮い立った。 『ゲームでもそう!クリアするつもりで真っ向から挑むっ。これ男の鉄・則!!』 『いや、わかんねーし』 『は!やっぱお前性別まちがえて生まれてきたなぁっ!!この腰抜け!!』 たびたびにケンカになってはそのたびにコテンパンにのされた自分。 いつかは、負かしてやると誓っていたのに、ついに一度も彼に勝つ事はなかった。 勝てないまま、彼は宇宙(空)に消えた。 とても悔しかったけれど、哀しかったけれど、自分は立っていられたのはステラがいて、スティングがいて。彼や先輩たちとの日々があったからこそ。 『母さん』への想いがあってからこそ。 それらは時には自分を危うくした時もあったけれども、彼らがいたからこそ自分は立っていられた。 そして今ここにいられるのは、過去の人たちだけではでは無く、今共にある人がいたからこそ、だ。 「アウル・・・・?」 「あー、いや、いい。簡単に言えば過去と今に感謝って事」 「よく、わからない・・・・」 困った顔をするステラに言い方が抽象的ぎるかとアウルは苦笑した。 昔ならばかんしゃく起こしてそれでお終いだったが、それでは成長が無いとお空の向こうの先輩たちに笑われる。 アウルは彼女に分かりやすいように言葉を選びながらゆっくりと説明を入れた。 「昔の思い出と、今いる人のおかげで俺らはいるんだよ」 「うん!そう、だね」 それとなく理解したらしくステラが笑顔でうなずくのを見てアウルは安堵の息を吐き出した。 彼女との会話は難しいのは昔と変わっていない気がしたけれど、それで良いとアウルは思う。 それがなくなってしまったらステラでない気がするから。 「はい、お話はお終い・・・・と。洗濯物、サンキュー。アイロンまでかけてくれたんだ」 「うん!!」 喜ばれたのが嬉しいのか、大きく上下に頭を振って応えるステラが愛しくて。アウルは彼女をきつく抱きしめた。 オーブに在する、ザフト軍基地。 そのなかにある飛行機の発着場では飛行機の飛行音や発着を告げるアナウンスが響いている。忙しく動くザフト軍のエアポートを走り抜ける、紅を纏うふたつの人影があった。 「ルナの到着は1420、午後2時40分っ」 「走らなくても十分間に合うだろう」 「んな事分かってる!!」 時計を見やりながら前を行くシンの後をレイはため息混じりに追う。 ルナマリアの飛行機が到着するまでまだ十分時間があるというのに、シンは勤務を途中のままほっぽって彼女の迎えに向かっていた。 例のごとく、アーサー艦長のええーーーーーっという悲痛な声を背にして。 「2ヶ月ぶりの再会だっていうのに課業終了までちんたら待ってられない!!」 目と鼻の先にある飛行場だから慌てなくてもいいだろうろうにとレイは思うのだが、シン曰く、一分一秒でも惜しいそう。 「もしかしたら早目に付くことも在りうるっ!!」 「遅れる事あってもそれはないだろう」 「レイはなんでそう後ろ向きなんだよっ」 背中越しにそう叫んで寄越したシンにレイは苦笑をこぼす。 ルナマリアとは2ヶ月ぶりでしかないのに、彼のはしゃぎぶりはまるで何年も会っていないかのようだった。 思えば、とレイはふとかつての自分を思い起こした。 第2次コーディネーター・ナチュラル戦争勃発の前触れとなったあの運命の日に祭典とオーブ首長との会見のためにアーモリーワンに降りたったデュランダルを出迎えようと走った自分の姿がシンのそれと重なった。 懐かしくも切ない思いに胸がぎゅっと締め付けられる。 デュランダルはもういない。 彼はタリアと共に崩壊してゆくメサイアと運命を共にした。 生きろ、という言葉を遺して。 「連絡します。ミラノ発の軍専用機の到着が20分ほど早まりました。到着予定時刻、1320、滑走路はRunway17を予定。専用機着陸のため、職員は速やかに滑走路を開放、受け入れ準備にかかってください。繰り返します・・・・」 そのときエアポートに響いた、聞き覚えのある声にレイは立ち止まった。 顔を上げて管制のアナウンスに聞き入る。 「ミラノ発、軍専用機の到着予定時刻は1320、滑走路はRunway17を予定。専用機着陸のため、職員は速やかに滑走路を開放、着陸受け入れ準備にかかってください」 -----メイリンの声だ。 自分を導いてくれた、声。 彼女の声に先ほどまであんなに苦しかった胸の痛みが引いてゆき、代わりに暖かいもので満たされてゆく。 メサイアへと向かう矢先、彼女が待っている、と言ってくれたからこそ、自分は生きる道を選び、今ここにいる。 そう。 自分は生きるのだ、たとえ遺された時間がわずかであったとしても。 「レイ!!」 途中でレイがついてきていない事に気づいて引き返してきたのだろう。 名を呼ばれて我に返ると、シンがこちらに向かって走ってくるのが見えた。 「何だよ、急に姿が見えなくなって心配したじゃないかっ」 「心配してくれたのか?」 ふっと笑ったレイにシンは虚をつかれたように瞬きをすると、すぐに 「あったりまえだろ!!」 と怒鳴り返してきた。 その純粋さ、まっすぐさ。 そこがルナマリアが愛してやまない、シン・アスカの持ち前なのだろう。 そして自分も、また彼女と同じだ。 「悪かった」 素直に謝ると、それも予想外だったのか面食らった表情を見せたシンに笑みを深くすると、レイは先立って歩き出した。 すぐにバタバタと後を追う音がして、その気配はすれ違い間際に自分の袖を引っ張ってきた。 自分に続け、といいたいのだろう。 やれやれと苦笑すると、シンに習ってレイも走り出した。 時刻1320. アナウンスどおりの時刻に、青空をバックにザフト軍専用機が轟音と共に 滑走路に滑り降りて来た。搭乗しているルナマリアを迎えるためにシンとレイは飛行機の到着ホームへと駆け上がった。 シンはホームへとつくと、目当ての人物の姿を一刻でも早く見つけ出そうと、 手すりから身を乗り出して、食い入るように搭乗口を見つめている。入り口からなだれ出てくる人の波からたった一人を探し出そうと紅い瞳を凝らしていた。 視界をよぎった、一本だけ重力に逆らって立ち上がるくせっ毛のワインレッドの頭。 -----唇が震えた。 声がでなかった。 彼女に呼びかけようとしても胸がいっぱいで声がでない。 このままでは彼女が行ってしまうと焦るばかりでからからに乾いた唇からやっとしぼり出せたのはかすれた声。 とても人ごみまで届きそうにない声、だった。 ・・・・そのときだった。 まるで声にならなかったシンの声が届いたかのように、ワインレッドの少女が立ち止まった。 ぴょこんと立ったくせっ毛がゆれた。 紺青と紅が人ごみの中で交差する。 シンの姿を認めると、ルナマリアの口元が緩やかに微笑みのそれと変わってゆき、彼に応えるように彼女の右手が持ちあがる。 同時にシンは手すりを乗り越え、彼女の元へと走った。 全ての音が消える。 周囲の人影も。 ビデオのスローモーションのようにルナマリアとの距離がゆっくりと縮まってゆき、シンはその勢いのまま正面からルナマリアに抱きついた。 「ルナ!!」 頬を彼女に寄せ、華奢な体をきつく抱きしめる。 ルナマリアの肩にかかっていた鞄が音を立てて落ちた。 「ルナ!!」 彼女の存在を確かめたくて再度名を呼んだ。 その声に応えるように背中に腕が回されーーー 「ただいま、シン」 いつものときびきびとした口調ではなく、それより少し低めの響きで、だけどやっぱり彼女の声で返事が返ってきた。 「せぇ伸びた?」 シンの黒髪にルナマリアの手が触れる。 くしゃくしゃと掻き混ぜてくるその仕草が子ども扱いされているような気がしてあまり好きではなかったけれど、今はそれがとても嬉しくて仕方がなかった。 「さぁどうかな。制服が少し小さくなった気がする」 「おおっ、それは良いぞ、少年。どんどん大きくなりたまえ」 「なんだよ、それ」 年寄りじみた物言いにシンは苦笑を浮かべると、ルナマリアの存在を確かめるかのように回した腕の力を強める。 周囲を忘れて抱き合う二人をレイは穏やかな表情で見つめていた。 「おい、そこぉ!!通行の邪魔だっ、どかんかぁっ!!」 ところが、後ろから響いてきた怒鳴り声に二人は抱き合ったまま飛び上がった。声の方へと振り返ると、銀髪のオカッパ姿の男が二人の従者を引き連れて大またでこちらへと向かってくる。 プラント最高評議会議員、イザーク・ジュールと副官のディアッカ・エルスマンとシホ・ハーフネスだった。 イザークはきっちりと糊の利いたスーツに身を包み、艶のある銀髪は両端きっちり45度にきりそろええられている。背筋をぴんと伸ばし、胸を張って歩く様は貴族の風格を漂わせていた。 シホは控えめにイザークの3歩後ろを守って歩き、後ろについてくるディアッカは大量の荷物を抱えて辟易とした表情を浮かべている。 その三人を確認すると、シンの目が釣りあがった。 「おいっ、あんた!!なんで軍専用機にいるんだよっ?!あんたら議員は政府専用機だろっ?!」 一般と異なり、政府の要人達の乗る飛行機は警備が厳重な特別仕様だ。 彼らが安全にいられるようにザフト軍は念入りにチェックを行い、警護もつく。それを勝手に別な便の乗られては警備も安全の保証も出来ない。 もっともな意見であったが、それをイザークは鼻で笑い飛ばした。 「あのような成金趣味なものに乗る気はないっ!!」 「はぁっ?!なにわがまま言ってんだよっ?!警備上の問題があるんだよ!政府専用機にはな、俺たちザフト軍が・・・・」 「うるさぁい!!」 シンの台詞を断ち切り、イザークが怒り任せにがなりたてる。 アイスブルーの瞳にたぎる炎を湛えて。 「俺は元紅服だ!!貴様らの世話にならずとも自分の身は自分で守る!!」 守られる事はイザークにとって屈辱だというのた。しばらく口をパクパクさせていたシンだったが、負けるまいと言い返す。 「ふざけんな!!あんたみたいに勝手な事されたら俺達の面目が丸つぶれじゃないか!!」 シンとて軍人の端くれである。ザフトの紅服としての誇りを持っていた。政府の要人を警護する任務を余計な世話だといわれたのだ、シンの怒りも当然といえよう。 「そんな事は俺の知った事ではなーい!!」 「ななななな」 シンの言葉など聞く耳持たないイザークにシンの怒りはますますヒートアップしていった。怒りのあまり言葉を失い、ブルブルと身を震わせるシンの横でルナマリアが諦めたように首を振った。 彼女もシンもイザークとはそう親しいわけではなかったが、その強烈なキャラクター性には強い印象を残している。それゆえ思い込んだら一直線のイザークにはそう、何を言っても無駄なのだということを悟っていた。 「あきらめなさい・・・・ジュール議員になに言っても無駄な事はあんたもよぉく知ってるでしょ」 「でもルナ・・・」 「シン」 ぽんとレイに肩を叩かれた。 「なんだよっ」 鼻息荒げに振り返るとレイの冷ややかな眼差しがちくちくとシンを刺した。 「・・・・少しはアーサー艦長の気持ちが分かったか?」 「うっ・・・・」 ルナマリアもジト目でシンを凝視している。 普段からアーサー艦長を困らせている自分の姿はああいうふうに見えるのだろうか。あまりにも幼稚すぎるじゃないかっ、と恥ずかしくなったシンは少し自粛しようと固く心に誓った。 まさに『他人のフリ見て我がフリ直せ』、である。 こうやってシンが次の言葉を詰まらせている間にイザークたちは悠々とゲートをくぐっていく。 其の時、間近でカメラの連続シャッター音が聞こえて、ディアッカとシホがとっさにイザークを取り囲み、臨戦態勢を取った。 「あ、ごめんなさい。まさかジュール議員が軍専用のエアポートに来るとは思わなかったから、びっくりしてシャッター切っちゃった」 「ミリィ!!」 聞き覚えのある声と共にカメラを構えていたカメラマンが顔を上げるとディアッカの歓喜の声が上がった。 シャッター音の主はバンダナの巻かれた、両脇に跳ねた亜麻色の髪、屈強な意思の篭ったヒスイの瞳、ミリアリア・ハウ、フリーのカメラマンにしてディアッカの想い人だった。 「ディアッカ!!貴様、スケジュールを横流ししたのか!!」 ミリアリアの姿にイザークの怒鳴り声がディアッカを襲う。 秘密裏の行動のはずがカメラマンがいたのだ、当然だろう。 ディアッカは誤解だと、必死に頭を振った。 「そりゃぁないぜ、イザーク!!いくらなんでも仕事の情報を横流しするほど根性腐ってねいって!」 彼に助け舟を出すようにミリアリアも大きくうなずく。 「そうよ。あたしはたまたま別の取材に来てただけ。コーディネーターとナチュラル融和政策の要の一つである合同教育政策の教官の取材に来てたの」 「それって・・・・」 ミリアリアの言葉にルナマリアが自分を指先で示すとミリアリアが片目をつぶって笑った。 「そう、ホーク教官、あなたによ」 「それみろ!!俺はそこまでいい加減じゃないって!!」 「フン」 そうだろ、ディアッカが鼻息あらげにイザークを顧みると、イザークは口元をへの字にまげて鼻を鳴らした。 そんなとき、得意げに鼻をふくらませるディアッカに先ほどから押し黙って静観していたシホから痛烈な言葉が飛んだ。 「そこまで、ですか。それでは御自分の普段のいい加減さを自覚している、ということなのですか?少しは進歩したんですね」 ピキっと周囲に響き渡ったかと錯覚するほどのリアクションでディアッカが固まった。石像と化したディアッカを冷ややかに一瞥するとシホは軍人であった頃の名残を見せる凛とした仕草でイザークの方へと向き直った。 「ジュール議員、時間が差し迫っております。先へ参りましょう」 「うむ」 大またでその場を去ってゆくイザークの行く先を通行人たちは驚いた表情で道を開けてゆく。 それはまるで紅海を二つに割った、旧約聖書に出てくるモーゼの奇蹟のような光景だった。 「おおーい、待ってくれーーー!!」 そのあとを大荷物をかかえながらディアッカが必死に追いかけていった。3人が見えなくなると、残された一同はつかれたようにため息をはいた。 「全然変わんないな、あの人たち」 「まぁ・・・・かわんないでしょーね。あ」 大事な事をおもいだしたように、ルナマリアは手をぽんと打った。 「なんだよ?」 「ヴィーノたちも一緒に来るはずだったんだけど、姿、見えないわね。どうしたのかしら」 「大体の予想はつく・・・・。政府専用機の到着はいつだ」 レイの言葉にミリアリアは訝しげに眉をひそめたが、あらかじめ頭に叩き込んであった情報からその問いに答えた。 「え・・・っとたしか・・・・」 その頃、ミラノ発、オーブ行きの政府専用機が離陸しようとしていた。 その専用機にある、広くスペースが取られた贅沢なリクライニングシートに場違いな3つの影が窮屈そうに座っていた。 「ねぇヨウラン、良いのかなぁ・・・・俺たちがこの飛行機で」 「仕方ないだろう。ジュール議員に無理やり席変えられたんだから。な、アビー」 「そうそう。ここは開き直って優雅に空の旅、楽しみましょ」 海の近くに佇む孤児院でふたつの人影が寄り添いながら 夕涼みをしていた。 「ラクス、今週末、シンやアウルたちと山へ行かない?」 「山・・・・ですか」 傾き始めた太陽を見上げながらキラがそう問うと、ラクスは静かに瞳をふせて黙り込んだ。うつむいたかおは何かを考えているのようで、不安にかられたキラは彼女に再度問いかける。 「うん。湖もあるよ。気が進まない?」 「いいえ。ただ・・・・」 「ただ?」 口ごもるラクスにキラの不安は募る。 彼女は自分と共に歩きたくはないのではないかと思ったから。 思えば、彼女と共に行楽のために遠出した事はなかった。 つかず離れずのぎりぎりのラインに自分達はいる。 それ以上近づけく事をためらってしまうくらい、長い時をその距離ですごしてきた。 フレイの事もあったせいだろうとキラ自身知っていた。 しかもそれを乗り越ることが出来たのはつい最近の事。 ラクスとの距離を縮めたいと思う自分は、今更、ということなのだろうかとキラは口を閉ざす。 紫苑の瞳が悔恨に曇る。 二人は黙りこくったまま夕日を眺めていた。 一時の沈黙のあと、再び口を開いたのはラクスの方だった。 「ただ嬉しいのです」 「ラクス・・・・」 彼の瞳に映ったのはラクスの微笑み。 純粋で無邪気な喜びの色。 初めてであったころと同じ微笑を彼女は浮かべていた。 ラクスの微笑みに暗い紫苑がゆっくりと光を取り戻してゆく。 彼女は笑みを湛えたまま遠慮がちに問いかけてきた。 「わたくし・・・・キラの隣にいて良いのですか?」 彼女の言葉にキラの胸が震えた。 泣きそうになりながらでも泣くまいと手を伸ばして彼女の手を包み込んだ。 家事に荒れた、生活の手を。 「僕の隣は・・・・君しか、いないよ・・・・」 「・・・・・ありがとう、キラ・・・・・」 礼を言いたいのは僕の方だというのに。 君が傍にいてくれたからつらい事も乗り越えられてきた。 コーディーネーターという負い目。 自分ののろわれた出生。 フレイを死なせ。 血に染まった手をさらに新しい血で汚した。 そんな僕の手をずっと握ってくれていた君。 白く、しみ一つなかったはずの君の手を汚したのは僕。 君こそそんな僕で良いの、と問うと。 「キラだから・・・・わたくしは傍にいたいのです」 ラクスは柔らかく微笑むと、キラの手を握ぎり返してくれた。 強く、強く。 「あ」 「どうなされたのですか?」 唐突に声を上げたキラにラクスは不思議そうな眼差しを向けた。 キラはにっこりと笑うと彼女の手を握りなおすと孤児院へと歩き出した。 「アスランにね、車を借りるお願いするの、忘れてた」 「まぁ・・・。それは大丈夫ですわ。アスランが私達のお願いを聞き届けてくれないはずが在りませんもの」 「そうだね、ふふ」 「ええ」 真っ赤な夕日がゆらゆらと地平線で揺らめいている。 仲良く手をつないで歩いてゆく二人から影が長く伸びていた。 日がすっかり落ちきったオーブ官邸の一室でアスランの狼狽した声が響いていた。 「・・・・というわけでってどーゆー事だ、キラっ!!」 『うるさいなぁ。貸してくれるの、くれないの』 アスランの怒りの混じった声にもキラは平然と答える。 それもめんどくさげに。 無礼ともいえる態度だったのだが、どんなに気に食わなくてもアスランは彼には逆らえない。 何があっても逆らえない事を自身、身にしみて分かっていたアスランはしぶしぶ車を貸し出すことを約束してしまった。 「くれぐれも大事に扱ってくれよっ?!まだローンが・・・・」 『あ〜〜、もう分かったよ。あんまりみみっちいとまたデコが広くなるよ』 「余計なお世話だ!」 がっちゃんと思いっきり電話を切るとアスランは部屋に残っていたものたちを振り返った。 会話のやり取りに聞き耳を立てていたカガリとユウナがそれぞれの表情で彼を見ていた。 カガリは哀れみの眼差しでアスランのおでこをしきりに気にしていたし、目を三日月の形にしたユウナはチャシャ猫のような表情でニヤニヤしていた。 カガリは許せるとして、アスランはユウナのかおが非常に気に食わなかったが、不愉快さを押し隠し無理やり笑って見せた。 男としてのプライドである。 「いやぁ〜〜〜、キラの奴、無茶言うな〜。でも仕方ないから貸してあげる事にしたよ。あんまり頼むものだから」 このアスランの必死の努力にも拘らず二人は遠慮のないリアクションをみせた。。 「・・・・アスラン・・・・可哀想な奴・・・・・。だがな、やせ我慢は体によくないぞ?特にどこ、とは言わないが・・・・」 「ぷっ」 とうとうこらえきれなくなったのか、ユウナがひょっとこ張りの表情で噴出した。それを見たアスランの目がみるみる釣りあがり、彼につかみかかった。 「お前だって人の事言えないだろう!!其のうち父親張りにはげるんじゃいか!?もしかしたらもうカツラかもなっ!!」 父親のテカリの良い頭を思い出してユウナは顔色をさっと代えた。 慌てて自分のふさふさとした髪の毛を指し示して見せると早口で反論をまくし立てた。 「し、失敬な!!僕の髪を見てみろ!!ボクはママ似だ!!」 「フンっ、遺伝子は受け継いでいるんだから数年したら河童かもしれないだろう!」 普段はクールを装っているアスランは大きく口元をゆがめて意地の悪い笑みを浮かべた。りりしいアスラン・ザラは見る影もない。良い男がもはや台無しであった。 「な、なななな!!既にハゲ予備軍にいる君に言われたくないね!!」 「ハゲ予備軍!?」 アスランが素っ頓狂な声を上げた。聞き覚えのある単語にアスランが普段から憎たらしいと思っている少年の顔が浮かんだ。それもご丁寧にアカンベーのイメージで。 「あの水色と同じ事を・・・・!!」 「ははーん!!君にぴったりじゃないか!!」 一人だけ蚊帳の外に置かれたかがりは琥珀色の目を瞬かせて事の成り行きを見守っていたが、やがてゆっくりと笑った。満足げに一人でうんうんとうなずいている。 「なんやかんや言って仲良いな、お前ら」 「「ち・が・うっ!!」」 のほほんとピントのずれたカガリのコメントに珍しく意見のあった男性陣の突込みが入る。 「はーげ予備軍!!ヘタレ!!」 「お前こそヘタレじゃないか!!何がママだ!!マザコン!!」 「君こそマザコンじゃないか!!デコパッチ!!」 「デコパッチ?!なよなよして気持ち悪いんだよ、このオカマ!!」 「やっぱり仲良いじゃないか」 ぎゃんぎゃんと賑やかな夜。 アスランの机に鎮座する一つの写真たてがその様子を静かに見つめていた。 時は過ぎて行く。 とどまることなく。 その想いは、記憶は人の中に刻まれて行くもの。 人を形造るもの。未来を作るもの。 そしてそれは時を経ても消えることなく、ふとした瞬間に蘇る。 懐かしさを伴いながら。 梅雨の先駆けがちらほらと姿を見せた数日のち、晴れ渡った空の下でおなじみのメンバーたちがふぁんたむ・ぺいんの前で顔をそろえていた。 そう、出発の日である。 真っ赤なスポーツカーのルナマリア車。 助手席にはナビゲーター役を務めるシンがすわり、レイとメイはその後部座席である。 黒いオープンカーにはキラとラクス。 そして4人のりのオープンカーであるスティング車。助手席にはステラが、後部座席にはアウルが座る。 見送りにはネオマリュー夫妻がきていた。 明るい茶色のロングヘアを雨上がりの冷たい風になびかせたマリューが一つの大きなバスケットをスティングに渡した。 「途中で食べてね。サンドイッチとお菓子が入ってるわ」 「一緒に行けなくて残念です」 受けとりながらスティングが残念そうにそう言うと、事情があるの、とマリューは微笑み。 自分の下腹部をさすって見せた。 「え・・・・?」 マリューの言葉に皆が目を丸くするとネオは照れくさそうに頭をかいて微笑んだ。 「はっきりは分からんがね。もしかしたら・・・・なんだ」 ネオの言葉を皮切りに周囲がわっと沸いた。 たくさんの祝福の言葉や口笛が飛び交うなか、ネオとマリューは幸福そのものの笑顔で寄りそっていた。 「いいな・・・・」 ステラがポツリ、とつぶやく。 祝福の口笛を贈っているアウルにこっそり視線を送りながら。 そんな彼女に気づいたスティングはサングラス越しに金の目を細めると、ステラの頭を優しく撫でた。 「それでは出発しましょうか〜」 クラクションを鳴らすと、まずルナマリアが発進した。 久しぶりの運転が嬉しいのか、前触れのない急発進に前のめりになったシンやメイたちが抗議の声を上げた。 「ルナぁ、安全運転してくれよっ」 「あ、ごめーん」 悪びれていない笑顔で舌を出すルナマリアに同乗者たちはやや蒼い顔で互いの顔を見合わせた。 「ラクス、シートベルト」 「ありがとうございます、キラ」 キラはラクスの方に身を乗り出すとシートベルトを装着させた。きっちりと装着されたのを確認すると自分もシートベルトをさせ、車を発進させた。 其の時ふと横切った覚えのある風に顔を上げた。 キラの頬を一瞬だけなでて去っていった、一陣の風。 キラは紫苑の瞳を風の吹いた方向へと向けると、行ってきます、と誰ともなく小さくつぶやいた。 「僕ステラの隣がよかった〜」 「だったらお前が運転するか?相当長いぜ、道のり」 後部座席で身を投げ出して文句をたれる弟分をバックミラー越しに見やりながらスティングはステラのシートベルトを装着させてやった。 ステラは大人しくされるがまま、町から覗く海に目をやっていた。そして後ろからブーと不満げに頬を膨らます音。 時を経てもこういったマイペースなところは二人とも変わっていないな、スティングは苦笑するとエンジンのキーを始動させた。 ネオとマリューに会釈をすると二人は微笑んで手を振り。 ステラも身を少し乗り出して手を振り返した。 アウルもいってきまーすと間延びした声を二人に投げかけた。スティングは後方を確認するとハンドルを回して先を行く友人達のあとに続く。 流れ始める鮮やかな新緑と明るい町並み。降り注ぐ初夏の太陽。 耳元を通り過ぎてゆく風の音。 人のざわめき。 生活の音。 しばらくはこの街ともお別れかと、少し名残惜しさを感じながらスティングはアクセルを踏みこんだ。 あとがき 戦後パラレルAfter the War、 スティング達の通ってきた道、今の道。 過去に捕らわれるのではなく、過去を受け入れながら、彼らはこれからもゆっくりと歩んでいくと思います。 細かいところは設定を見ていただけたら幸いです。 もうちょっと追加予定。レイに関しては投稿作品の方も参照していただけたら嬉しいです。 ここまで読んでくださってありがとうございました。 |