頭上に降り注ぐ緑の木漏れ日。
さえずる鳥の声。行けども行けども延々と続く緑の道。
立ち込める緑の混じった風の匂いを感じながら草地や土を踏みしめてシンとルナマリアは歩いていた。


「かっこう〜かっこう〜」
「何がかっこうだよ・・・・元気だよなぁ」


いい加減同じ光景に飽きてきたシンと違い、先を行くルナマリアは朝からはしゃぎ通しであったにも関わらず疲れを全く見せていない。

買い物に付き合ったときも思ったけれど、好きな事や興味のある事となると女のバイタリティってすごい、とシンは感心した。

とはいえ疲れでため息だけが口元から漏れる。早く頂上について腹ごしらえをしたい。先ほどからそればっかりだった。


「シン、見て見て!この花可愛い!」


先を言っていたはずのルナマリアが彼の元へと戻ってくるとシンの袖を引っ張った。
濃いブルーが興奮に輝き、野山の日当たりのいい道端に咲いている花を指差している。

見ろって言う事なのだろう。

歩き詰めで疲れを見せていたシンはゆっくりとその方へ振り返り、彼女の指し示す方向へと目をやった。


「あれ、ヤナギランっていうんだって」
「へぇ」


視界に入った丈の高い、赤紫の草花。
ヤナギに似た良い葉をした草花が紅紫の美しい花を下から穂先へと順次に咲かせていていた。


「よく名前とかしってたな」


プラント育ちのルナマリアが野山の草花をしっているのがシンには大きな驚きで。彼の素直な賞賛にルナマリア照れた笑みを浮かべると調べてきたのよ、と小さなブックレットを懐から出して見せた。


「草花っていっぱいあるから下調べしてもなかなか知っているのを見つけられないのよね」


ページをめくりながら先ほどの花のページを見つけるとシンにそのページを見せる。飾りけのないページに小さな写真、下には簡素な解説があって生息地と開花時期が記載されてあった。


「この本に載っているのなんてほんの一部でしょ。だから知っているのを見つけると嬉しくてうきうきしちゃう。しかもこーんなに可愛い花」


口元に大きな笑みを浮かべ、喜びに顔を輝かせるルナマリアがほほえましくてシンは紅い目を細めて微笑んだ。

身近な同僚から恋人へと大きな変化を見せた二人の間でお互い新たな一面を発見してゆく日々。毎日がこんなにも充実していて、隣にいてくれる存在がいる幸せ。

シンは改めてそれを実感すると、その幸せをかみ締めた。


















Perpetual Bliss


















シンがルナマリアと山でのハイキングを計画したのは初夏、新緑が濃くなってきた頃だった。
梅雨時にはいると気軽に外を出歩くのが難しくなってくる。その前に、と二人でこのハイキングデートを計画したのだった。


「はい、ちょうじょー!お疲れ様でした〜〜〜!!」
「はひ〜〜〜」


出発は早朝だったが、ようやく山の頂上たどり着いた時は既に昼近くになっていた。ルナマリアの声を合図にシンは大きく息を吐き出すと、背負っていた荷物を投げ出して柔らかな草地にその身を投げ出した。

眼前には紺碧の空が広がっていて、細長い飛行機雲がゆらゆらと揺れている。ビロードのじゅうたんのように柔らかい草の感触、そして太陽の熱を帯びた草地の暖かさと匂いにしばらく身を任せていると昼食を知らせるルナマリアの声が聞こえた。


「まちかねた!!」


先ほどまでの疲労感はどこへやら。
勢いよく起き上がると、ルナマリアが用意した弁当の前に陣取った。
草地の上に広げられたシートの上に並べられたたくさんのおかず。
サンドイッチにおにぎり。
卵焼き、タコウィンナーにほうれん草の海苔巻き等が色とりどりな顔を見せている。デザートの果物もあった。

特に目だって変わったもののない、オーソドックスな品揃えだったが、盛り付けにも気が使われていてどれも丁寧に作られていた。


「すごい!!いただきまーす!!」


歓喜の声を上げて早速弁当を口に運ぶシンをルナマリアは緊張した面持ちで見守る。彼の表情一つ、見逃すまいという顔つきだ。


「卵焼きうまい!!」
「甘すぎなかったかな?」
「全然っ、このくらいが好きなんだっ!この鰆の味つけもまたいいっ」
「ちゃんと味しみてる?よかったぁ」
「この和え物うまいな」
「インゲンの胡麻和え。色、綺麗でしょ。味濃すぎなかった?」
「・・・・お前さ、さっきからジロジロと。なんか食べにくいよ」
「ご、ごめん・・・・」


先ほどから注目され続けている居心地の悪さからシンが文句を言うと、ルナマリアはうなだれてしまった。心なしか頭の上に何時もぴょこんと立っているくせっ毛もしおれたように見えた。

特にきつく言ったわけではないのに落ち込んでしまったルナマリアに驚いたシンが慌てて弁解を始める。


「ち、ちがう!気を悪くしたわけじゃないよ!る、ルナも食べないからさ・・・。せっかく二人できたんだからだから一緒に食べようぜ」


手ごろのおかずを取ってルナマリアへと向けると、彼女に口を開けるようにと促す。


「あーん」
「え?え?」


思いもよらなかったシンの行動に戸惑っていると、彼はもう再度繰り返した。


「ホラ、口開ける!あーん」
「う、うん。あー・・・ん」


照れくさく思いながらも口を開けるとシンは微笑んでゆっくりとおかずを彼女の口元へと運んだ。


「うまいだろ?」
「うん」
「安心しろよ。お世辞じゃないんだから。まずいと思ったときはちゃんと言ってやるから」
「なによ、それ」


少しむくれて見せると、シンは甘いな、と胸をそらす。


「まずは己のレベルを知る事から上達してゆくモンなんだっ」


もっともらしくうなずくと、シンはタコウィンナーを口の中に放り込んだ。その仕草がなんとも幼くてルナマリアの笑いを誘う。クスクス笑っていると、シンも何だよ?といいながらも彼もまた笑った。

しばらく二人してお弁当を食べていると、シンは絆創膏だらけのルナマリアの手元に気づいて、彼女の手に触れた。
彼女の指先。
弁当の用意で悪戦苦闘したあとが見られて傷だらけだったのにそんな素振りなど少しも見せずに笑っていた彼女を見て、彼は唇を噛んだ。


「あんまり無理するなよ」
「なーに言ってんのよ!訓練でも怪我は付き物でしょ?これも修行のひとつ!勲章よ!! 」


けれどルナマリアはそんなシンを笑い飛ばしたものだったから心配した自分が少し過保護に思えたくらいで。
彼女はいつも相手に後ろめたさを感じさせないように、気を使わせないよう気を配っている。
それもごく当たり前にそう思っていて、何の苦痛にも思っていない。
そんな彼女の傍にいるとそんな安心感があってとても居心地がよかった。



「ねぇ・・・空模様、怪しくなってない?」


昼食のあとどれくらいくつろいでいたのだろうか。
隣で寝そべっていたルナマリアの言葉に顔を上げると、彼女の言葉通り、黒い雲が立ち込めていた。
それもどんどんそのかさが増してゆく。


「やばい」


シンはそうつぶやくと急いでその場の荷物をまとめ始めた。


「急げ、ルナ!!すっげー土砂降りが来るぞ!!」
「え?でも天気予報じゃ・・・・」
「地球じゃああんまり当てになんないんだよ、特に山はっ」


戸惑いを見せるルナマリアを促し、荷物をまとめ終わると彼女の手を取ってシンは山を降り始めた。


だが途中で雨が振り出し、見る間に土砂降りとなっていった。
それは雷光を伴い、遠くから雷の音も聞こえてきていて、シンとルナマリアは慌てて雨をしのげる木陰の下へと避難した。


「雷は遠いし、そんなに高い木じゃないから大丈夫だとは思うけど」
「あ〜もう、最悪!!何のための天気予報よぉ〜」

荷物から取り出したタオルで頭を拭きながら少女がそうぼやくのを見てシンは苦笑した。そこでふと雨に濡れて透けたルナマリアの服に気がついて慌てて目をそらすと早鐘を撞くように高鳴っている胸を彼女に気づかれないようにぶっきらぼうに言い放った。


「地球って必ずしも天気予報が当たるとは限んないんだよ。プラントと違って」


そして余計な雑念を払うようにバケツをひっくり返したように降り注ぐ雨に目をやった。


「夕立ちとか通り雨とかないもんな」
「そういうのが来たら苦情が来るわよ」


もう一枚のタオルを取り出し、シンの方に放ってやりながらルナマリアが顔をしかめた。
人の手によって完全にコントロールされているプラントの気象。
それゆえ予定外の降水はまずありえないのだ。


「でもさ・・・・こういうのがあるからここはやっぱり地球だな・・・・て思う」
「・・・・」
「予想外の事がいっぱいあって、繰り返されて。それだからこそ、それに耐えるために成長していくんだよ」


シンの言葉にルナマリアは黙りこくって空を見上げた。
しばらくは二人とも一言も言葉を発しない灰色の空を見つめ続け、雨が葉や地を打ってはねる音だけがしていた。


「・・・・そっか。そうだよね。こういう事があるから・・・・地球はこんなにも生命力にあふれているのかな」
「え?」


何かを悟ったかのような響きにシンは目をしばたたかせて隣の少女を見やった。ぬぐいきれていない雨のしずくをたらしながら空を見上げる紺色の瞳。口元には微かな笑みが浮かんでいた。


「だからここの人たちってあんなにも力強いのかな」


プラントの出生率は衰退をたどるばかりで大きな社会問題となっている。それを打開するための婚姻制度があるのだが、それは気休めにしかならず、根本の解決となっていない。

何が欠けているのか。

それは研究を重ねても答えは今だ見つかっていないのだ。


だが、それに引き換え地上のナチュラルは生命の輝きがまるで違っていた。母なる大地に根付いた彼らの中にある、何かがあんなにも強くしているのではないだろうか。

植物の一つ一つとってもプラントのそれとまるで輝きが違う。


「すごいよね・・・・地球って」


ルナマリアの言葉には憧れと畏怖の響きがあり、じっと空を見つめる瞳にも憧憬の光が瞬いていた。


「あたしね・・・・ホントはね。小さい頃から地球にあこがれていたんだ」


もの心つく頃からコーディーネーター・ナチュラルの緊張が高まっていたプラントで生を受けたルナマリア。そのプラントで目にした地球の映像。

どこまでも続く青い空と海。
無限の緑。
太陽の輝き。

本や映像で見た地球の大地に憧れをもっていたのだとポツリポツリとかたり始める。


「でもさ・・・・そういうのってタブーだったんだよね」


ナチュラルは。コーディネーターは。
私たちの故郷はプラントであって地球ではない。
国を敬うことはあっても地球を羨んではならない。
私たちには美しく洗練されたプラントがあるのだから。


「その気持ち押し込めているうちにそういう憧れをもっていた事さえあたしは忘れていた・・・・最近までは」


シンは黙って彼女の言葉を聞いていた。
彼自身は地球の恩恵を当たり前のように受けて育ち、それゆえその事に気づいていなかった。地上の故郷を捨て、プラントにわたったとしても地球の大地は彼の奥底に根付いていたから、彼には地上の風景はどれも当たり前すぎて。ルナマリアの感動は分からないから。
何を言って良いかわからないまま黙って彼女の言葉を聞いていた。


やがて雨脚は次第に弱って行き、先ほどの灰色の空が嘘のように青の色へと戻っていった。昼間のように紺碧ではない、赤みを帯びた蒼い空。



山から見下ろせる空の境界線が青と赤の交じり合った色に見えた。



「ルナ」
「なに?」


山を降りている途中、シンは不意に立ち止まった。自分の手を握っていた手に力が篭るの感じてルナマリアは数度目を瞬かせてシンを見やった。
驚きに目を見張るシンの横顔。
だけど口元には無邪気な笑みが浮かんでいて。
何事かとシンの視線をたどると、目に映った光景に彼女も同じように目を見開いた。
大きく息を吐き出す。


新緑の間に見えた光の橋。
幾重にも重なった色が色鮮やかに、しかも大きな弧を描き地面から伸びていた。


「虹・・・?こんなに大きいの・・・?」
「ああ・・・・」


偶然に巡り会えた、自然の美しさに二人は時間を忘れて魅入った。


「すごいね・・・自然ってやっぱりすごいよね」


しきりに感嘆の声を漏らすルナマリア。
そんな彼女を見てシンは雪に感動する冬の彼女を思いだした。
ほとんど薄着のままで外へと飛び出した彼女。
喜びに目をキラキラとさせて子供のようにはしゃぎまわっていた。
そしてあるときは海辺で見た初日の出に息をのんでいた。
春は桜吹雪の中でじっとたたずんで木を見上げていた。
地上の四季に一喜一憂する彼女をとても愛おしい。

ああ、そうだ。
地球はこんなにも美しい。
もう一度虹の方へと目をやった。


彼女がいなければこんな山に行く事もなかった。空も見上げる事はきっとなかっただろうし、草木も花もどうでも良いままだったかもしれない。

今まで気にした事のなかった四季の移り変わりを気づかせてくれる彼女がとてもとても愛おしかった。


邪魔をするのも悪い気はしたけれど、虹に心奪われたままの彼女が憎らしくてつないだ手を引き寄せてルナマリアを腕の中へと引き寄せたおさめた。

驚いたのか彼女の肩がこわばったけれどすぐにそれは解けて彼女の手がシンの腕に触れた。ゆっくりと彼女の頭が胸にもたれかかってきた。


「シン・・・・またあんたと一緒に見たいな」
「見たいな、じゃなくて見るんだよ。これからもずっと一緒なんだから」


腕に力をこめると、そうだよね、ルナマリアが小さく笑ったのが分かった。



冬の雪。
春の花々。
夏の虹。
そしてこれから来る秋。
君といると気づかされるものがなんと多いんだろう。

一緒に見よう、二人で。
君といると周りがこんなにも鮮明に映るんだ。
だからこれからずっと・・・・共に。













あとがき
perpetual blissは無窮の至福の意味が在りますが、四季咲きの.花もperpetualの言葉で表します。四季を通して幸福を感じる二人・・・・。彼らの永遠の幸せを願って。

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