「いっらしゃいませー」


独特なイントネーションで客を迎えるアウルの声が今日も店内に響く。



「ありがとうございました」


そして彼に負けじと客を送り出すステラの声も響く。

喫茶店『ふぁんたむ・ぺいん』は今日も忙しかった。




「・・・そろそろ一息入れるか」


注文を一通り終えると、スティングは一息を付き、店内を見渡した。

時間が午後遅いこともあり、客の姿はあまりない。

アウル達に休憩の旨を告げると、スティングは自分達にコーヒーを煎れた。

開いたカウンターに腰掛けたアウルとステラは

そのコーヒーに各々の好みにミルクや砂糖を入れている。

スティングはブラック派だ。

元々甘いのは苦手なのだが、

ブラックの方がコーヒーの香りと味を存分に味わうことが出来ると

彼は踏んでいる。

アウルのコーヒーはまだ飲めるが、ステラのは飲めた物じゃなかった。

ミルクと砂糖をこれでもか、と言うくらいに入れるのだ。

これでは香りが消えてしまう、と言ってもステラはこの方がうまいというのだ。

まあ、好みはそれぞれか、とスティングは自分を納得させている。


喫茶店のマスターもすっかり板に付いてきたスティング。

喫茶店を開こうと思ったのはAA艦長だったマリュー・ラミアスの一言がきっかけだった。

ファンタム・ペイン時代から上官のネオにコーヒーを入れるのはスティングの役目だった。

成り行きでミネルバに転がり込み、AAと共闘することになった最終決戦直前。

緊張感の漂うクルーに何かできればと。

彼はAAで見つけたサイフォンでコーヒーを皆に振る舞った。

その時マリューは懐かしそうに。

そして泣きそうに。


「私の友人が入れてくれた、同じコーヒーがまた飲めるとは思わなかったわ」


ぽつりと、そうつぶやいた。

そして飲み終わったあとは何かを吹っ切れたように微笑んでくれたのだ。

なにげに煎れたコーヒーに人心を動かす力があるのかと思うと、

彼はこれからの自分の戦後の方向性を考え始めた。








マリュー・ラミアス

ふぁんたむ・ぺいんへようこそ













終戦後はリハビリの傍ら、彼は喫茶店のマスターになるべく勉強をした。

自分は沢山の人を傷付けてきた。

それにもかかわらず、自分はこうして生きていて、

その心を多くの人に救われた。


自分もちっぽけで好いから何かしたい。

そう思ったのだ。

そしてリハビリを終えたあと

スティングの新たな出発にアウルもステラも当然ごとくついて行く、と

言って聞かなかった。


何処行っても地の果てまでついて行くかんな。

俺ら3人で一人って言ったの、スティングだぜ?」


最後まで責任取れよな、とアウルは泣きそうだったくせに、

無理矢理笑顔を作ってそう言った。

戦中MIEとなり、死亡としたと思われたアウル。

彼の肉体とビームジャベリンの直撃まで僅か数ミリだったという。

アビスの中央から下にかけて胸部ビーム砲があったため、

アウルのコクピットは本来のコクピットの位置よりやや上に有り、

アビスの装甲は他のセカンドシリーズより頑丈だった。

その装甲で勢いを緩和された、

ビームシャベリンのかすった熱で大やけどを負ったが、アウルは蒸発は免れた。

愛機のアビスに守られたのだ。

だが奇跡的に直撃を逃れはしたものの、その衝撃は半端ではなく、瀕死になった。

それでも極限まで強化された身体そのまま朽ちることをよしとせず、

海に浮かび合ったところをオーブに拾われた。

スティングはこの話を聞いたとき、このときばかりは強化された肉体に感謝した。

生きるため、コーディネーターを倒すためだったとはいえ、

強化された身体はスティング達の足かせだった。

朽ち果てるまで戦う。

それが自分達の運命だと諦めていた。

願いは死ぬ瞬間まで3人共にあること。

死ぬ瞬間まで二人を守ること。

これだけが彼のすべてだった。

だが。

運命は自分達をまだ見捨ておらず、3人そろって生き延び。

自由になったのだ。

スティング。

アウル。

ステラ。

そしてネオ。

たった4人の住民という狭い世界で生きてきたスティング達。

だが連合を離れると、彼らの世界は急速に広がっていった。

今まで見えなかった物が見えてきた。

あれだけ憎んだコーディネーターにも

感情があって。

守りたい物がある。

互いに思い合える。

分かり合える。

コーディネーターでも傷付き、血を流す同じ「人間」で有り、

完璧な存在ではないのだということを知った。

そして何よりも。

彼らはスティング達を受け入れてくれたのだ。

アウルはオーブで保護され、AAと共にいた短い間に

大きく成長した。

存在を認められ、肯定されたアウルは

自分の弱さを認め、他人を思いやる事を学んだ。

他人を思いやることは他人の痛みを理解しようとする心。

そして自分の弱さを認めることは強がりではなく、本当の心の強さ。

本物の強さと優しさを得たアウルは

スティングの目にも逞しく、そして頼もしく見えた。

ステラはそんなアウルの傍らで真摯な意志のこもった瞳でスティングを見上げていた。

戦争が激化する中、瀕死のめに遭い、記憶を失ったアウルを守っていたステラ。

あれだけ「死」を恐れ、幼かった彼女。

シンと出会い、「守られる」のではなく、「守る」事に気付いた。

そしてキラが行方不明となった後。

自分の意志でAAのもとで戦い、「守られる」存在から「守る」存在となった。

ただ恐怖や衝動に突き動かれ動くのではなく、

自分の意志で「守る」ことに気付いたステラ。

自分のぼんやりと自分の世界で生きてきた少女が

今は強い意志を持った女性に成長していたのだ。

そしてスティング自身も。

自分を慈しむ術を学んだ。

以前の彼は死にたくないとは思っていても

アウルとステラを守れるならいつ死んでも好いと思っている彼がいた。

だが自らを慈しまなければ守りたい物も守れない。

自分を大切に思えなければどうして守れるだろうか?

そしてそんな風にして守られた者は果たして幸せだろうか。

アウル達を守ること以外自分の存在意義を見いだせなかったスティングに

波紋を投げかけてくれたのがマリューだった。


第2次ヤキン・ドゥーエのとき恋人は命がけで自分を守ってくれたけれど。

彼を失ったときは幸せなど考えられなかった、と彼女は言った。

支えてくれた友人がいて、その死を乗り越ることはできるけど、

やはり以前の幸せはもどらないのだと。

どうしても開いてしまった心の穴は埋められないのだと彼女は言った。

そして失った大切な友人の穴もまた。




大切な人を失い、残された人は本当に幸せになれるのかしら?

大切な人が自分達のために亡くなってしまったら尚更よ。

あの子達にとってあなたはなくてはならない、とても大切な存在なのよ。



守るはずのアウルとステラの幸せは彼ら個人だけというのだけではなく。

3人共に在ることだということを気付かせてくれたのだ。



そして3人の軍を退役後。


彼らはためていた僅かな金と退職金を元手に喫茶店を始めた。


もちろん彼らの全財産では本来喫茶店もままならなかったのだが、

オーブ代表であるカガリの口添えを得て、

港沿いの古ぼけた家屋を借り受けたのだった。

また多くの人の厚意を受け、家具や道具をも譲り受けた。

その中に戦時中になくなった、マリューの友人、バルトフェルドの形見だった

サイフォンやコーヒーミルといった一式があったのだ。



使い方はリハビリ中散々学んだが、今でも研究を怠ることはない。

その点はアウルの菓子やステラのハーブも同様だ。


そしてその研究成果を客に喜んでもらえるのが

スティングは嬉しかった。





からんからん。


客の来訪を告げるベルが鳴った。


「いっらしゃいませー・・・ってかんちょーさん?」


アウルの声にスティングは跳ね上がるように顔を上げると

かつてのAA艦長だったマリューの白いワイシャツにジーンズという姿が視界にはいる。


「かんちょーさんはもう好いって言ってるじゃない。AAはないんだから」


苦笑を浮かべるマリューにアウルは大げさに肩をすくめてみせる。


「えー、でもかんちょーさんはかんちょーさんだからなぁ」


「変わらないわね、あなたも」

「かんちょーさんも」


数ヶ月ぶりの再会でそんな会話を交わし、互いに笑みを浮かべると、マリューはカウンターに座った。

スティングもお冷やを出しながら笑みを浮かべる。



「マリューさん、お久しぶりです」


「スティングもステラも元気そうで良かったわ」

「ネオは?」


瞳を輝かせて問うステラにマリューは可愛くたまらないと言わんばかりに

彼女の髪を撫でた。


「今日は仕事が忙しいらしくて。残念がってたわ。

・・アウル、不機嫌そうね?」

「別に」

「・・・?」


早速ネオの名前を出すステラにアウルはおかんむりのようだ。

ステラはそんな彼を理解できず、小首をくかしげている。

全くヤキモチ焼きだな(ね)、とスティングとマリューは顔を見合わせて笑った。

スティングはふと真面目な顔になると、話題を切り替えた。


「何にします?」


元々彼女の言葉から彼の今の道は決まったような物だったから、

彼女のコーヒーに対する評価はスティングにとって、とても重要だった。




「いつものブレンド。・・それと新しいブレンドができたの?」

「試してみますか?」

「そうね。お願いするわ」

「分かりました」


表情に少し緊張を浮かべ、準備に掛かる彼に

そんなに肩肘張らなくても好いのに、とマリューは思う。

そういっても彼は理解できないでしょうね、と

マリューは少し寂しそうに彼の背中を見つめた。

そんな二人のやりとりを見ていたアウルは

急に何かを思い立ったかのように立ち上がるとステラに声をかけた。


「・・ステラ、外の水撒きすっからちょっと手伝えよ」

「・・・え?」

「いーから」



アウルは動かないステラの手を取ると半ば強制的に外へ連れ出した。

外に出ると、空は晴れ渡っていて風がとても気持ちが良かった。

照りつける太陽がとてもまぶしい。


「ほら、水出すからホース持ってろよ」

「ん・・・」

ステラにホースを渡すと、アウルは慎重に蛇口をひねった。

途端にホース越しに伝わる水の圧力。

ホースからこぼれでた水が光に反射してキラキラと光り、

冷たい水のしぶきがステラの肌を優しく撫でた。

風と水の冷たさが混じり合ってとても気持ちが良い。

光に反射した水が作り出した虹にステラは喜びに目を輝かせた。

そんな彼女の様子を蒼い瞳を細めて眺めていたアウルは不意に自分の方に

襲いかかってきた放水に慌てて飛び退く。


「わっ、こっち向けンな!」

「フフフ」


避けきれなかった水がアウルの頬を打つ。


「てめ、わざとかよ」

「・・そう?」


口元をつり上げるアウルにステラは笑みを浮かべたまま、またホースを向けた。

今度は完全に交わすアウル。


「貸せ、やり返す!!」

「や」

「こ、この〜」


ホースを取り上げようとする彼をステラはするりと交わすと笑い声を上げた。

つられてアウルも笑う。

通行人が何事かと視線を投げかけてくるが、

二人は全く気にせず、じゃれ合っていた。




そしてそんな二人をスティングとマリューは店内から見守っていた。


「何騒いでんだ、あいつら」


呆れながらも笑みを浮かべる彼にマリューもまた微笑む。


「仲、好いわね」


「・・良すぎて、困ってます」

「あららぁ」



心底困ってます、と言わんばかりに溜め息をついてみせるスティングに

マリューは笑いを隠せず、声を立てて笑った


そしてそんな彼女をスティングはまぶしそうに見つめる。

もう少し出会いが早かったら。

違う出会いをしたらどうなっていただろうかとふと彼は思った。

だがすぐ、その考えを打ち消した。

あの戦いがあったからこそ、この出会いがあり、今の自分がいるのだ。

だから今を大切にしたい。

今の空気。

今の距離がスティングは好きだった。

やがてサイフォンのコーヒが落ちきるのを確認すると、

スティングはマリューの前のそのコーヒーをおいた。



「コーヒー、できました」

「有り難う」



コーヒーの香りが立ちこめる。

スティングは緊張した面持ちでマリューをじっと見つめると、

彼女は苦笑した。


「そんなに見つめられたら飲めないわよ」

「す、すみません」

「よしよし。香り、とても好いわよ」


そう言って一口すする。

一瞬の沈黙。

スティングはごくりと喉を鳴らして彼女の反応を待った。


マリューは最初の一口を大事に飲み込むと、やがてふわりと微笑んだ。


「このブレンド、飲み応え在るわね。美味しいわ」

「有り難うございます」


スティングの口元にも純粋な笑みが浮かぶ。

彼はコーヒーに限らず、自分の作った物を口にした人が笑みを浮かべてくれる、

この瞬間が好きだ。

彼自身も嬉しくて仕方のない、

幸せの瞬間。



「フルシティ・ロースト(極深煎り)ね。ブレンドは?」

「それは・・」

「それは?」


マリューはスティングの言葉に身を乗り出した。


「企業秘密です」


・・があっさりと交わされる。


「残念」


おどけてみせるスティングにあわせてマリューも肩を大げさにすくめた。

そしてお互い顔を見合わせ、笑った。




外ではまだアウル達がじゃれ合っている。

そろそろ呼び戻すか、とスティングは立ち上がった。












あとがき

その人の大切な人は相手にとっても大切な人だと思うんです。

100パーセントそうとは言いませんが、スティング達にとってはそうだと思ってます。

大切な人がいなくなってしまって幸せになれますか?

もしその人が自分達のために亡くなってしまったら尚更です。

それをスティングに諭す役をマリューさんにしてもらいました。

ムゥさんに守られながら彼を失っているんで分かりそうだったから。

・・・アニメではどうもネオ=ムゥさんっぽいですが(ここでもその扱いですが、

マリューさんは一度その想いを味わってるっとおもうので)。

アニメのスティングは


というかアニメ本編の予告を見た限りでは

二人の記憶を取り上げられてしまったスティングは

戦いにしか自分を見いだせない、ただの

戦闘マシーンとなってしまうようです。

どれだけアウステが彼にとって大切だったか・・よくわかるなぁ・・。

アニメでもスティングの救い、在って欲しいです。

その願いも込めて。

ここまで呼んでくださって有り難うございました。