2006.1.
「アウル、いい子にしているのよ?」
「もちろんだよ、お母さん!!」
「うふふ・・・・アウルはいい子ね」
「僕のいない間、アビスをお願い」
「分かっているわ、アウル」
アウル・ニーダ、4歳。
私立シード幼稚園、お魚組。
好きなものはお母さん。
おやつのプリン。
ペットのアビス。
近所のスティング兄ちゃん。
そして・・・・・。
〜いけいけゴーゴ〜
ピンクのスモックと共に空色のスカートがふわりと宙に舞う。
「おっ、今日は緑のパンツ〜〜〜♪」
疾風と共に元気な声が園内に響いた。
直後、女子の間から悲鳴と非難の声が上がったが、スカートをめくられた当の本人は大きなすみれ色をただ瞬かせ、きょとんとしていた。
金の髪が太陽の光を浴びてキラキラと光る。
ゆっくりとその少女はアウルを振り返ると小首をかしげ、なあに?とつぶやいた。
毎度ながら彼女の反応は薄く、からかい甲斐が無いと言うか、ぼんやりとしているか。
アウルはそんな少女にいらだちを覚え、今度は手を伸ばしてその金の糸を引っつかむとぐいぐいと強く引っ張った。
とたん、少女から悲鳴が上がった。
「アウル、痛い、痛いよぉ」
茫洋とした芳情がくしゃくしゃにゆがみ、ほろほろと大粒の涙がすみれ色の目に生まれる。
アウルはようやく反応を得られた事で満足感を覚えていると、すぐに後方で幼稚園の先生の怒声がして振り返った。
怒った顔でこちらへと駆けてくるタリア先生。
そして砂場にいた園児達の中から飛び出してくる影。
それは文字通り紅い瞳を怒りに燃やして一目散にアウルのほうへと向かってきた。
「アウル、てめーーー!またステラ泣かしたなぁーーーーっ!!」
「また来た!!おせっかいシン、あっかんべー!!」
アウルはシンと言う少年に大きくあっかんべーをすると地をけった。
逃げるどころかまっすぐにシンのほうへと突っ込んでくる。
驚いたのはシンのほうで彼は衝突を避けようと慌てて急ブレーキを掛けた。
だが間に合わず、アウルの方へと突っ込んだ。
・・・・かのように思えた。
トン。
軽い音を立ててアウルは宙へと飛び上がると、シンの肩に手をつき、ぐっとシンの肩に力をこめるとその反動を使って大きく前へと身をひねった。
突っ込んできた勢いと肩にかかったアウルの体重でシンがべたっと地に倒れこむ。
アウルは宙で綺麗に前転を決めるとシンのすぐ傍にふわりと着地した。
まるでアウルの周りだけが重力がないかのように音はほとんど無く、完璧な前転宙返りだった。
幼稚園の敷地内は皆口を開け、その一部始終を見つめ、タリア先生に慰められていたステラもタリア先生もじっとアウルたちを凝視していた。
「・・・・0点」
静まり返った園内でぼそりとした声が響いた。その声の評価にアウルは着地ポーズをとき、勢いよく声の主へと振り返ると機関銃のように噛み付いた。
「シャニ!!お前っ僕のこの完っ璧な芸当にけちをつけんの?どこをどうやったら0点と言う低い点数がつくんだよっ?納得できないったら納得できない!!納得できるように説明しろっ、コラぁ!!」
アウルの剣幕に動じた様子も無く、シャニと呼ばれた薄緑の緩いウェーブの少年は大きなあくびをするとその言葉に応える。
「お前、ステラ泣かせた。それだけで零点」
「ぐ・・・・うるせーな!!ボケボケとしているやつが悪いんだよっ」
「サイテー!!」
不意に後ろ頭にごいんと言う鈍い衝撃が響き、アウルはチカチカと目から火花を散らした。
あまりの痛さに涙目になって頭を抱えてそのままうずくまったが、それでも根性を出して自分に危害を加えたものを振り返ると、同じ魚組の女ガキ大将が彼を見下ろしていた。灰色のかかった濃いブルーは怒りに燃え、きつくきつく彼を睨みつけている。
ルナマリア・ホーク、見参。
幼稚園の先生なんかよりよっぽど怖くて苦手な存在にアウルはうへぇと声を上げた。
「女泣かす奴は殺す、って言ってるわよね」
「そういうお前は男泣かしてんじゃん」
「男は泣かされる方が悪いのよ!!」
むちゃくちゃだっとアウルは声を上げたが、ルナマリアは無視を決め込み、さらにこぶしを振り上げた。きつく握り締められた拳骨がひゅうと音を立てて空気をきる。ヤバイと思ってアウルは目をつぶったが、いつまで立っても拳骨は来なかった。
恐る恐る目を開けると目に入ったのはピンクのスモックと水色のスカート。ステラが両手を広げてルナマリアの前に立ちふさがり、アウルを守っていたのだ。
「だってステラをいじめたんじゃない」
ルナマリアの困惑した声が聞こえた。
彼女の後ろでシンが目を丸くしているのも見える。
「違う。ボーっとしていた、ステラが悪いの。アウル、たたかないで」
ステラは首を振り、懸命にアウルをかばっている。
何故かばわれるのか分からず、アウルはぼんやりとその光景を見ていて。
自分のまえでヒラヒラと揺れるスカートに目をやった。
そして。
いつもの癖で無意識にスカートに手を伸ばすと、それを捲りあげてつぶやいた。
「やっぱ緑だ」
「・・・・」
「このへんた〜〜いっ!!天誅!!」
ルナマリアの怒りの声と共に飛んできた踵落しが見事アウルの頭を捕らえる。
ピンクのチョーチンブルマという色気のない光景を最後にアウルの意識は真っ暗闇へと飲み込まれた。
どれくらいの間気絶していたのだろうか。
気づくと夕焼けの光が幼稚園の教室の窓から差し込んでいて彼方此方で園児たちを迎えに来た親の声と子供達の声がしていた。一つうめくとアウルは、痛みを訴える頭を持ち上げて上体を起こした。その拍子に頭に当てられていた氷嚢が転げ落ちて、アウルはぼんやりとそれを見ながらなにが起こったのか記憶をたどった。そして女三四郎ことルナマリアに踵落しを食らった事を思い出し、あのキョーボー女、絶対性別間違えて生まれてきたんだと誰とも無く悪態をついた。
「アウル・・・・?起きた・・・・?」
すぐ近くでむくりと起き上がった影にアウルの胸が跳ね上がった。
夕焼けの光を帯びて赤みを帯びた金髪を左右に振り、ステラは目をこすりながら微笑んだ。アウルの鼓動が早鐘を打つように早くなったが、同時に素朴な疑問もわき起こってくる。
「なんでお前がここにいんの?」
夕焼けで顔が赤いのがばれないことを祈りつつ問いかけたアウルにステラは小首をかしげて頭大丈夫?と聞いてきた。
質問を質問で返されて少しむっとしたが、彼女は純粋に自分を心配しているのだろうと思ってくすぶる怒りを無理やり静めた。この少女はいつだってマイペースなのだ。話を聞いているようで聞いていない。アウルはまだ痛む頭をなでると、この通り平気と答えた。本当はまだジンジン痛んだが、女にやられて痛い、などと口が裂けても言いたくなかった。
「ルナがね・・・・やりすぎた。ごめんなさい、って言ってた・・・・よ?」
ルナマリアはちゃんと謝りたかったらしいのだが、さきにお迎えが来て帰ってしまったらしい。
「へぇ、さすがにやりすぎたと思ったんだ。あの鬼も」
はんっ、と鼻で笑ったアウルに悲しげな目を向け、ステラは違うよ、首を振った。
「ルナ・・・・鬼じゃないよ・・・・やさしいもん」
鬼じゃなかったら、ゴジラか、女侍だよ。それとも男女か。
あはっ、男女が一番しっくりくるや。
そう思ったアウルだが、敢えてステラの前で口にしないで置いた。
どうせ押し問答を続けるだけで、何よりもルナマリアの耳に入ったらまずいからだった。
気を取り直して、アウルは当初の話題へと話を戻した。
「なぁなんでお前ここにいるの?まさかずっとついてたわけじゃねーだろ」
アウルの再度の問いにステラは照れた顔をしてうつむくと、ずっといたよ、と告げた。
「・・・・」
驚きと嬉しさの入り混じった感情がアウルの中で生まれ、彼はどう反応するべきか迷った。
気の利いた言葉を捜して視線をさまよわせたが、一向に思いつかず、困り果てる。
そもそも自分がステラにちょっかいを出したのが事の発端。
それなのに何故彼女は自分をかばい、気にかけてくれているのか皆目見当もつかなかった。
「なー、僕、お前のスカートめくったり、髪引っ張ったりしたのになんでかばったりしたの?」
「だってステラ・・・・ボーとしていたし・・・・それが悪かったんだよね・・・・?」
「・・・・・」
自分でもむちゃくちゃだと思っていた屁理屈を真に受けた彼女をアウルはぽかんと凝視した。
だまされやすいと言うかなんと言うか。世の中生きていけるのかなと心配になってくる。
外の世界にはいっぱい悪い人だっているのに、このままだ大人になったらやばいよね。
僕が面倒見てあげようか。
僕が面倒見がいいところを見せたらお母さんだって喜ぶし、近所のスティング兄ちゃんだって感心するかもしれない。
一石二鳥・・・・じゃなかった三鳥だね!!
アウルが園児らしからぬ打算的な考えをめぐらしている間、ステラはとことこと部屋を過ぎり、
二人分の水を入ったコップを取って戻ってきた。
アウルは差し出されたコップを前に目をしばたたかせていると、どうぞ、とステラが言う。
遠慮する理由もないのでアウルは受け取ると一気に流し込んだ。
冷たい水は歯にしみたけれど、体の感覚を一気に呼び覚ましてくれてすっきりとした気分になった。
「お水はね・・・・ねんねした後に飲むのがいいんだって」
ステラの言葉にアウルはふぅんと相槌を打つと、彼女はニコニコと傍によって来た。
「あのね、アウル」
「?なんだよ」
ステラの髪の甘い匂いにどきどきしながら、アウルは彼女を見返す。
心なしか、2,3歩くらいその身を後退させた。
「この前の事覚えてる?」
「なにが?」
「ステラが、野良犬さんにね、追いかけられていたとき・・・・・助けてくれた・・・・こと」
「あ・・・・」
「ステラ、嬉しかった」
ステラの笑顔の前でアウルは数日前の事を思い出した。
数日前の事。
ちょうどアウルが近所のスティングのところに遊びに行こうとした時だった。
泣きながら道を駆けてゆくステラを見かけたのだ。
なんだろうという持ち前の好奇心とステラにちょっかいをかけたいと言うイタズラ心で
その方向へと足を向けると、ステラのすぐ後に大きな犬が敵意むき出しであとを追ってきていた。
「やあぁ、来ないでぇ」
一生懸命走っても所詮は女児。
あっという間にその距離は縮まってゆく。
アウルとしてはその状況は面白くなかった。
ステラは自分のおもちゃなのだ。
いじめるのも泣かしていいのは自分だけ。
ステラが転んだ拍子に犬が止まり、飛びかかろうとした矢先、
アウルはお得意の飛び込み前転でたっぷりと勢いと体重の乗っかった蹴りを犬の横っ腹に見舞ってやった。
強烈な蹴りをくらい、吹き飛んで地に叩きつけられた犬にオマケ、とついでに回し蹴りを食らわした。
手加減無用、容赦の無い攻撃。
地に座り込んだまま、ステラは涙にぬれた目を彼に向けていた。
その目は驚きと安堵感が入り混じっていたが、ステラの前に降りたったアウルは気づかなかい。
アウルはまだ来るかと、身構えたが、あまりの激痛に戦意を失った犬はよろよろと起き上がると尻尾を巻いてその場を逃げ出した。
あとに残されたアウルとステラ。
アウルはさあどうしてやろうとワクワクしていたのだが、ステラがあまりにも泣くのでいじめる気にもならず。
手を引いてうちまで送ってやったのだ。
いじめられなかったが、ステラの母親からたくさんお菓子をもらったので、結果オーライ。
しかもステラを助けたのは正義感からではなかった(むしろいじめようとした)のに、
こうまで喜んでくれるとは。どうもバツが悪い。
「あのね、ちゃんとお礼・・・・言わなかった、から。ありが、とう」
「・・・・・」
ステラの柔らかい手が自分の手に触れ、きゅうと握られた。
アウルはその手を見て、またステラを見返した。
ステラは華のような笑顔で自分を見つめていた。
ぼんやりとした顔か泣き顔しか印象のなかったステラ。
アウルの心の中で大きな変化が生まれた瞬間だった。
「アビス・・・・僕どうしちゃったんだろう・・・・」
「キュ?」
ペットのミドリガメ、アビスのいる水槽の前であごをつき、アウルはぼんやりとつぶやいた。
アウルは一人っ子だから一人部屋である。
子供部屋にしては広すぎる部屋に机とベット、たんすにクローゼット。大きな本棚。
そしてアビスの住む、大きな水槽があった。
今日のステラの笑顔が頭から離れない。
気になっていた子ではあったけれどここまで頭から離れない子ではなかった。
心臓が胸を強く打つ感覚。
それも早くて時には跳ね上がったり不規則で。
これってなんなんだろうね、とアウルはアビスに問いかけたけれど、アビスは困った顔をするだけで。
アウルは一つため息をつくと部屋の窓を見やった。
すっかり暗くなった空の中で無数の星が元気に瞬いていた。
アウル・ニーダ、4歳。
私立シード幼稚園、お魚組。
好きなものはお母さん。
おやつのプリン。
ペットのアビス。
近所のスティング兄ちゃん。
そして。
最後に加わった名前が一つ。
ステラ、ルーシェ。
あとがき
アウステパラレル幼稚園編。
アウルの初恋。
とんでもなく遅くなりましたが、Liaの吹雪様に差し上げます!!
吹雪様の日記にあったイラストの幼稚園パロを小説にしてみました。
これからも頑張ってください!
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