夏。 外でジーワジーワと蝉が鳴いている。 2Aの男子は2Bの男子と共に技術室で木工の時間だ。 トウジ「うるさいわー、蝉のやつ」 ケンスケ「蝉にあたってもしょうがないだろう。さっさと自分の終わらせろよ。もうすぐ授業終わりだぜ?居残りさせられたくないだろ?」 トウジ「へーへ」 シンジ「調理実習をやっている女子の方が大変じゃないかな。この暑さだし」 カヲル「そうかもしれないね。よし、できた」 そう言ったカヲルの手には可愛らしい小物入れ。 しかも小さな引き出し付き。 シンジ「凄いや。そんなに細かくつくれるなんて」 ケンスケ「この2時間でここまで作り上げるなんて驚異に値するね。 サンプルよりできがいいな」 トウジ「ほんまや。たいした才能やのう」 カヲル「そうかい?ありがとう」 手放しでほめる3馬鹿にカヲルは照れくさそうに微笑む トウジ「せや。わしの分も作ってくれんか?」 シンジ・ケンスケ「「トウジ!」」 図々しくも自分のを差し出すトウジにシンジ・ケンスケが突っ込む。 トウジ「冗談や、冗談。・・・・別にええやないかぁ・・・・」 甘い物はお好き? 場所変わって調理室。 そろそろ焼き上がりのクッキーの入ったオーブンを睨み付けているアスカ。 出来上がりがたいそう気になっているご様子。 ヒカリとマユミは後かたづけをしながらその様子をほほえましく見ている。 ヒカリ「そんなに睨まなくても。大丈夫よ、アスカ」 マユミ「ふふ。出来たらどなたに差し上げるんですか?」 アスカ「べ、べつに。特に考えてないわよ」 レイ「碇君にあげないの?」 アスカ「うわっ!いきなり背後に立たないでよ、レイ!!」 掃き掃除を終えたレイがいつの間にアスカの背後に立っていった。声をかけられるまで誰も気づかなかった。 この子気配無いのかしら、と皆思う。 レイ「あげないの?」 アスカ「う、うるさいわね。あいつが欲しいと言ったら考えてもいいわ」 レイ「そう。何も言わなかったら?」 アスカ「(むかっ)あげないわよ」 レイ「そう。・・だったらアスカ」 すっと音もなく近寄ってアスカの手をがしっと握るレイ。 「なななによ?」 レイにいきなり手を握られ、アスカはむちゃくちゃ動揺した。 いつもと違う、鬼気の迫る表情に声がどもり、腰も引き気味だ。 レイの行動に固まるヒカリとマユミ。 レイ「貴方のクッキー、わたしにくれる?」 アスカ・ヒカリ・マユミ「「「・・・」」」 綾波レイ。 肉嫌いの偏食ではあったが、甘い物に目がない食欲大魔神であった。 授業終了のチャイムと共に2Aの徒達は各々教室に戻ってきた。 トウジ「おおおっ、女子が戻ってきたで。うまそうなクッキーや〜」 2A女子「「あげないよーだ」」 トウジ「だれがお前らからもらうかい。腹壊すがな」 2A女子その1「なんですって!」 2A女子その2「バカはほっときましょ。あ、渚君だ。渚くーん」 窓際でシンジと話をしているカヲルを見つけ、寄ってくる女生徒達。抜け駆け禁止令でも出ているのか、皆まとまってカヲルの周りに集まる。 カヲル「何かな?」 彼がにっこり微笑むと女生徒達の中から黄色い声があがる。 誰にでも微笑みを欠かさないカヲルは女生徒達のあこがれの的である。 アスカ同様毎日ラブレターが靴箱に溢れる。それらを捨ててしまうアスカと違って それも一つ一つ丁寧に読むのだから、人気は白熱するばかりであった。 2A女子その3「あ、あの。調理実習で作ったクッキ−なんですけど・・」 カヲル「いいのかい?」 おずおずと差し出されたクッキーを見てカヲルはまた微笑む。 その笑みにくらくらしながら女生徒はうなずく。 2A女子その3「そのために作ったんです」 カヲル「おいしそうだね、ありがとう」 その他の女子「渚君、わたしも!」 一人の女生徒の受け取りを皮切りに残りも我先とクッキーを差し出す。カヲルは一人一人に礼を言いながら受け取っていった。 シンジ「凄いな、カヲル君」 女生徒の団体に蚊帳の外に追いやられてしまったシンジは呆けたようにその様を見ていた。 トウジ「シンジ」 シンジ「なに、トウジ?」 そこへぽんと肩を叩かれ振り向く。 口をへの字に曲げたトウジとメガネを怪しく光らせたケンスケと目が合った。 トウジ「わしらトモダチやな」 シンジ「?何言ってんのさ、今更」 トウジ「男っちゅうのは硬派なんや。あないなやつは真の男といわん!!」 ケンスケ「そのとおり!!」 女生徒にかこまれたカヲルをびしっと指さし、力説するトウジ。 うんうん力一杯うなずくケンスケ。 二人の言わんとしていることが分からず眉をひそめるシンジ。 シンジ「何が言いたいのさ?」 ケンスケ「なーに。これから同盟を結ぼうっていうんだ。これからクッキーをくれる女子がいても断固拒否しようってな」 シンジ「ええっ!?」 アスカ「バカシンジ!!」 シンジ・トウジ・ケンスケ「「「どわっ!!!」」」 ふいに割り込んできたアスカの怒鳴り声に3馬鹿は息ぴったり、同じタイミングで飛び上がった。 アスカは3人の道化っぷりに呆れながらながらシンジを見やった。 アスカ「何バカやってんのよ?」 シンジ「う、うるさいな!アスカがいきなり大声出すからだよ!」 ケンカモードに入りかけた所、アスカは当初の目的を思い出し、調理実習で作ったクッキ−を取りだした。 アスカ「なんですって!!・・・・・まあ、いいわ。ほら」 シンジ「?」 いきなり突き出されたクッキーの袋にシンジはけげんな顔をする。 アスカ「あげるわよ」 シンジ「え?いいの?」 思いも寄らなかった言葉にシンジの顔がぱああ・・・と効果音ばりに明るくなる。 心なしかアスカの頭上に後光が射しているようにさえ見えた。 アスカ「言っておくけど、義理だからね!!せっかく苦労して焼いたクッキーを食欲魔神にむさぼり食われるよりましだから!!」 シンジ「なんかわかんないけど・・・・・ありがとう」 アスカ「別に。義理だって事忘れんじゃないわよ」 素直に喜ぶシンジに照れくさそうにそっぽを向くアスカ。 クッキーに義理も本命もあったモノではないが・・。 二人が幸せそうなのでよしとしよう おもしろくないのはトウジとケンスケ+1だった。 トウジ「早速裏切りおった・・。覚えとれ、シンジ」 ケンスケ「ふっ。所詮はシンジか」 レイ「クッキー・・。わたしのモノになるはずだったクッキー・・」 そこへヒカリがそばにきた。 トウジはぶすっとした顔でヒカリを見る。 トウジ「なんや、いいんちょ。クッキーでもくれるんか」 ヒカリ「う、うん」 トウジ「ほ、ほんまか!おおきに!!おおきに!!」 差し出されたクッキーを大喜びで受け取るトウジにヒカリは頬を染めた。 ヒカリ「喜んでもらえてうれしい・・」 ケンスケ「お、おい・・。同盟はどうした。同盟は」 トウジ「やかまし!おなごから差し出されたモンを突っ返すモンは男やない!」 ケンスケ「・・・」 手のひらを返したように己の持論を曲げたトウジにケンスケは開いた口がふさがらない。その様子をレイは不思議そうに見ていた。 レイ「せっかくのクッキー。誰かにあげるモノなの?」 マユミ「気になる方とか好きな方とかにあげる人とか多いみたいですよ」 レイ「気になるヒト・・。好きなヒト・・」 頭の中にカヲルの顔が浮かんだレイは彼の姿を探す。 が、女生徒に囲まれ、にこやかにクッキーを受け取っているカヲルを見つけて 何故かおもしろくない気分に襲われた。 レイ「変な気分・・。沢山もらっているからわたしも欲しい。これはずるいという気持なのね・・。」 マユミ「それとはちょっと違う気がしますけど・・」 ケンスケ「くっそぉおおおおっ!!なんで俺だけぇえええっ」 切れて一人雄叫びをあげるケンスケ。 「あの・・。よかったら・・」 マユミから不意に差し出されたクッキーの袋にケンスケはぴたりと雄叫びをやめた。 ケンスケ「くれんの?」 マユミ「はい。お口に合うか・・」 ケンスケ「とんでもない!!遠慮無く♪うまそー」 嬉しそうに受け取るケンスケ。 幸せそうなマユミ。 「仲間はずれ・・。わたしだけ・・」 一人残されたレイは自分のクッキーを前に悩んだ。自分で食べたくはあったが、アスカ達3人は渡したのに自分だけというのは何となくいい気しなかった。かといってカヲルに渡すのも嫌だった。さっきの光景を思い出すと沸々と怒りがこみ上げてくるのだ。 レイ「ちょっといい?」 男子生徒その1「え、なんか用?」 レイ「あげる」 レイは適当に捕まえた男子生徒にクッキーを押しつけた。 男子生徒その1「マジ!?サンキュー!!」 予想に反して大喜びされレイは面食らった。 レイ「いいのよ、べつに」 大喜びでクッキーを持っていく男子生徒を見送りながら、顔も名前も覚えていない男子生徒だったけれど大喜びされたからいいかしらと自分を納得させた。多少胸にしこりは残しはしたが。 ・・だがこのことがあとで一波乱を呼んだ。 昼休み。 カヲルの机の上にはクッキーの入った大きな紙袋が2つ。 あのあと2Bの女子からも差し入れが相次いだのだ。 シンジ「凄い数だね」 カヲル「うん・・。でも一番欲しかったのがないんだ」 シンジ「?」 トウジ「こんだけあってまだたりないんか?」 やや呆れたようなトウジ。 ケンスケ「ちがうだろ」 トウジ「なんや?」 トウジを教室の隅に引っ張っていって小声でささやくケンスケ。 ケンスケ「綾波だよ。あいつ、綾波のが欲しかったんじゃないか?」 トウジ「だったら催促すればええやないか」 ケンスケ「それが綾波のやつ、クラスの男子にやっちまったんだよ」 トウジ「なら仕方ないな。あきらめるよう、言うてくるわ」 ケンスケ「やめろって」 カヲルの元へいこうとするトウジを慌てて引き留める。 ケンスケ「黙ってそっとしとこうぜ。わざわざ騒ぎの種作ることないじゃないか」 トウジ「せやけど。あ」 ケンスケ「どうした?」 トウジ「カヲルのやつ、綾波んとこ行きよった」 ケンスケ「げ」 レイ「なに」 カヲル「いや、クッキー・・」 レイ「ないわ」 カヲル「・・そう」 むげに言われてがっかりとしたカヲルが席に戻ろうとしたとき横切った席の男子生徒の会話が耳に入っってきた。 男子生徒その2「あれ、お前クッキーもらったの?誰から?」 男子生徒その1「綾波から。うめー。意外だなー。料理なってやらなさそうに見えんのに」 男子生徒その2「俺にもくれよ」 男子生徒その1「あ、てめー!!ドロボー!!」 男子生徒その2「マジうめ。もっとくれよ」 男子生徒その1「誰がやるか!!って、ん?」 誰かの気配を感じて見上げる二人。カヲルがポケットにつっこんで二人を見ていた。その顔にはいつもの笑みはみられない。 男子生徒その1「な、何だよ。やらねーぞ。お前、女どもからあんだけもらってりゃじゅーぶんじゃねーか」 男子生徒その2「そうだよ」 カヲル「・・・」 なぜか重苦しい空気に男子生徒は息が詰まるような気がした。 何も言わずスタスタと自分の席へと戻っていくカヲル。 その背中を見送り、ほっと息をつく二人。 男子生徒その1「変なやつ・・」 男子生徒その2「なんか怒ってなかったか、あいつ。あんな顔、初めて見た」 男子生徒その1「そうか?俺何も悪い事してねーぞ」 ふたたびクッキーを食べていると、再び同じ気配を感じて顔を上げる。 今度は両手にクッキーの紙袋を持っていた。 3 男子生徒その1「な、何だよ。見せつけか?」 カヲル「そのクッキーと交換してくれないか」 男子生徒その2「へ?な、なんでだよ・・」 カヲル「そのクッキーが欲しいんだ」 男子生徒1「食いかけだぞ?それにもうほとんど残ってない・・」 カヲル「くれるね?」 男子生徒その1「あ、ああ・・」 カヲル「ありがとう」 のこりのクッキーを受け取り、うれしそうに席に戻っていくカヲルを見て彼らの頭は???でいっぱいだった。 男子生徒その1「へんなやつ・・」 男子生徒その2「どーすんだよ?このクッキー」 男子生徒その1「・・お前食っていーぞ」 男子生徒その2「俺、これ見ただけで胸焼けすんだけど」 おいてかれた大量のクッキーを見て辟易する二人であった。 カヲル「おいしいな」 アスカ「あんた、バカ?」 わずかなクッキーを口に入れて微笑むカヲルをアスカは呆れたように見た。 カヲル「なにが」 アスカ「ほいほい受け取っているからでしょーが。こうなったのは」 カヲル「次は気をつけるよ」 シンジ「・・・・・なんか可愛そうだな」 アスカ「自業自得」 トウジ「こわ」 ケンスケ「難しい女心ってやつですかね。綾波もヤキモチ焼くようになったんだ」 マユミ「綾波さんはそれに気づいてませんけどね」 ヒカリ「ここに来た頃の綾波さんを思うと、なんか感慨深いわね」 アスカ「そうそう」 シンジ「アスカはかわんないね」 アスカ「なんですって!!」 シンジ「いて!!すぐ手が出るとこかわってないじゃんかあ!!」 アスカ「うるさい、このくそバカ鈍感シンジ!!」 けんかを始めるシンジとアスカをみて一同は笑った。 「十分変わったよね、二人とも」 「なあ?」 カヲルはその光景に微笑みながら、自分の作った小物入れに目をやった。 放課後。 帰り道の公園でカヲルは今朝の小物入れをレイに差し出した。 カヲル「ファースト、これ」 レイ「?」 差し出された小物入れを見てレイは首をかしげた。 カヲル「クッキー、おいしかったよ。これ、君にプレゼント。今日授業で作ったんだ」 レイ「クッキー?」 小物入れに目をやりながらカヲルを見返す。 カヲル「はは、君のが欲しくてもらったんだ」 レイ「・・・」 カヲル「また作ってくれないかな?僕だけに」 レイ「・・いいわ」 カヲル「ありがとう」 レイ「わたしも、ありがとう」 カヲル「喜んでもらえて嬉しいよ。女の子だから小物入れがいいかなって思ったんだ」 レイ「・・・うん・・」 受け取りながら、レイはうれしさに胸がいっぱいで返事をするのがやっとだった。 カヲルはそんなレイの頬を包み込むように手を伸ばすと彼女の唇に口づけた。愛しそうに。 レイの手はとまどったようにしばらくさまよっていたが、やがておずおずと彼のシャツの裾を掴む。 カヲルはレイを抱き寄せると今度は彼女にしっかりと口づけた。 レイは嫌がる素振りを見せない。 しっかりとしがみついているレイを愛しく思いながら、カヲルは長い口づけをするのだった。 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あとがき 大分前に書いたのを少し手直ししました。 会話形式の変わった形式の文です。 カヲレイ描く上で結構甘い物がかけたなぁとおもったのですが・・・・。 どうでしょう? ここまで読んでくださってありがとうございました。 |