ちゅんちゅん。
外で雀が鳴いている。

レイは心地いいまどろみの中で そのさえずりを聞いていた。
閉ざされたまぶたの下からでも感じる 柔らかい朝の日差し。
暖かい布団の中のぬくもり。
・・・・ただベットが心なしか いつもより少し狭い気もするが。



ふとひやりとした外気がふれた。
自分は布団の中にもぐりこんでいるはずなのに。
レイはまどろみの中でどうしたものかと ぼんやりと考えた。
でも眠りのあまりの心地よさに再び意識が 沈み込もうとしたとき 唇に何かがかすめた。


・・・・?


いまだ覚醒に至らない、ねぼけている頭では何かはつかめなかった。
顔わずかにしかめて其の正体に考えをめぐらせる。


・・・。
・・・・。
・・・・まあ、いい・・・か・・・・。



そんな事より彼女は眠くて仕方なかった。


眠いときにまともな思考が働くはずがないし、分からないものは考えてもしょうがないわ。
それより、わたしは眠いの。
寝不足は日常生活に支障をきたすわ。


至極合理的な判断を下し、彼女が再び意識を手放そうとしたとき、今度はしっかりと唇に柔らかい感触を感じ取った。


・・・・。
・・・・・。
これは何・・・・?


不可解な、だがどこかで覚えのある感覚にレイの意識が急速に覚醒へと向かってゆく。
少しずつ、少しずつ世界が鮮明になってくる。


「おやま、お邪魔だったかしらねぇ」


そしてふいに部屋に響いた通いの家政婦、はるの甲高い声でレイの意識は現実世界へと引き上げられた。


朝日が目に飛び込んでくる。
開け放たれたカーテンから朝日が差し込み、 ベットの枕元で万華鏡のように揺れている。
あまりのまぶしさにレイは紅の瞳を目を細めた。


「はるさん・・・・、おはよう。・・・・朝から元気なのね」


レイは寝癖をつけたまま目をこすってはるに挨拶した後。
彼女はふと自分のベットの狭さの正体に気付いた。
呼吸を感じ取れるくらい自分のすぐ傍で同じ紅い瞳が自分を見下ろしていた。
口元を引き結び、仏頂面の其の顔は怒っているかのように見えた。


「・・・・カヲル。なぜ私のベットにいるの?」
「それはこっちの台詞だよ」
「?」


仏頂面の幼なじみの言葉にレイは改めて部屋を見回した。
それはいつもの見慣れた部屋ではなく、 男子の制服が掛けられた愛想のない部屋。
自分の部屋も女の子らしいといいがたい部屋だが、男子用のはさすがに置いていない。


「・・・・・」
「・・・・・」


しばしの沈黙。


「カヲル」
「なんだい」


ゆっくりと決まり悪るそうにカヲルの方へと振り返るとレイはぼそりとつぶやいた。


「・・・・もしかしてまた・・・・?」
「ご理解いただけて何よりだね」

どうやら寝ぼけて彼の布団にもぐりこんでしまっていたらしかった。 皮肉を言ってそっぽをむいたカヲルの白い頬はほんのり紅かったのだが、 狼狽しきったレイはまるで気付かず、 普段はめったに使わない顔の筋肉を総動員し、懸命にいいわけを始めた。


「ごめんなさい。でも・・・中学入ってからはこんな事なかったでしょう?」


カヲルとレイは幼い頃は一心同体とでも言うように常に一緒で寝るのも同じ布団だった。たが、それははるか昔の事。小学校に入るときは既に一人で寝るようになっても共に寝ていたときの名残はなかなか消えず、ちょくちょくもぐりこんでいたりはした。それも中学に入ってからはなかったはず、だった。
苦手な長文を途切れ途切れになりながら紡いだあと。レイはいったん言葉を切ってカヲルの顔を覗き込んだが、カヲルはあさっての方向へ向いたままレイをまともに見ようとしなかった。カヲルは自分の今の顔をどうしてもレイに見られたくなかった。視界の隅ではるがクスクスと笑っているのが見え、平静になるどころか頬の熱はますます上がってゆくばかり。この調子では顔にまで熱が広まってレイに感づかれてしまう。それだけはどうしても避けたかった。・・・・余裕のない、自分自身のために。抑えている想いが溢れないようせき止めておくために。


「・・・・そんなに怒らなくてもいいでしょう」


そんなカヲルの心境など露知らず、レイはわずかに其の顔をゆがめた。その表情に参りましたと降参の意を示してカヲルは両手を上げるとやれやれと溜息をつた。


「怒ってない。だから出てくれないかい」
「・・・・うん」


レイはうつむくと身軽にベットから飛び降りると部屋の入り口でいったん振り返った。
そしてもういちど。


「怒ってない・・・・・?」
「怒ってないよ」


カヲルが柔らかく微笑んで見せるとレイはようやく安心した表情を浮かべ、またあとで、と小さく言うと部屋を出て行った。レイの姿が完全に部屋から消えるとカヲルは今度こそがっくりと肩を落として息を吐き出した。気力を使い果たしました、といわんばかりの彼の姿にはるがクスクスと笑っている。


「・・・はるさん」
「なんです?」


罰が悪そうにベットの上から声をかけてきた カヲルをはるはにこやかに見返す。


「さっきのことは・・・・・」
「分かってますよ。さ、早く支度なさってください。 朝餉のご用意ができてますから」

















One and Only

第2話

僕の想い


























日曜の朝は晴れ渡り、雲一つない。
梅雨明けのさわやかな風が第3新東京市を吹き抜けていく。
あちこちの家から洗濯物がはためく音や布団をたたく音が聞こえてくる。
朝食の後、ベランダに出たレイは大きく息を吸い込むと居間でお茶をすするカヲルの方を振り返った。


「いい天気・・・。カヲル、今日の予定は?」
「学校の音楽室借りられたからバイオリンの練習」
「・・・ああ。そういえばもうすぐね、発表会。おじさまとおばさま、いらっしゃるの?」
「さあね」


お茶の湯気に視線を向けたまま、さほど関心なそうに答えるカヲル。


「忙しそうだもの、ね」


レイはすこしまずいこと聞いてしまったわと気まずそうに視線を空の方へと戻した。



カヲルの両親は世界的な音楽家である。
一年中世界中を飛び回っており、
日本にいることが少ないくらいである。
その血を引いたのか、カヲルも幼い頃から音楽について
類ない才能を見せた。特にバイオリンとピアノは天才的で 世間の注目を浴びていたのだが、彼は某有名音大の附属中学に行かず、 この第壱中に進学したのだった。
彼は何も言わなかったが、多分音楽に縛り付けられるのが 嫌だったのだろうとレイは思う。部屋には膨大の数のCDがあり、 音楽は好きなのだろうが、生活の全てを犠牲にしてまでという わけではないはずだ。しかも世界的な音楽家が両親であるとしたらプレッシャーも 並じゃないだろうし当たり前のように何かと過酷な条件を強いてくるものだ。
彼の両親も例外ではなく、カヲルが幼い頃から過酷なハードルを 彼に強いた。有名中学に進学することを望み、過酷な練習を強制し、 生活の全てを音楽に向けることを要求した。
その時割って入ったのがレイの母、ユニだった。


「この子はあなた達の人形じゃないのよ!!」


カヲルが幼い頃からちょくちょく預かっていたこともあり、 持ち前の強引さと気の強さで無理矢理カヲルを預かったのだった。
元々カヲルと両親の仲はあまりいいとはいえなかった。
練習を強いる以外親らしいことはしてこなかった彼らだ。
カヲルはレイの母親とはるに育てられたみたいなものだったから当然といえよう。
このこともあり、カヲルと彼の両親はさらに疎遠となった。
あごに人差し指をやりながらなにやら考えていたレイだが、 何かを思いついたようにカヲルの方へと向き直った。傍目はいつもと変わらないが、口元に浮かんだかすかな笑みをカヲルは見逃さなかった。


珍しい、どうしたんだろう。


めったに表情を変える事のないレイが笑っている。
何を思いついたののかとカヲルは興味を惹かれた。


「私も一緒に行くわ」
「なんで?」


共に練習に同行するというレイにわずかな期待を寄せてカヲルは彼女の言葉を待った。
が、彼女から出てきた言葉はあまりにも簡潔すぎて。


「・・・・暇だから」
「あっそ」



何かもっと別な事を期待していたカヲルは内心がっくりと肩を落とした。
落胆のため息がこぼれたが、レイは一向に気づかない。そんな彼女の鈍さがとても恨めしい。


「私もヴィオラで練習つきあうわ。アスカや碇君も誘ってみる」
「・・・なんで」


カヲルは眉をひそめた。


シンジ君はともかく、あのうるさいやつまで一緒か。


冗談じゃないと断ろうとしたが、ときは既に遅く。
レイは携帯でアスカに連絡を取ってしまっていた。

「・・・・じゃあ、9時半に正門前で。・・・・鈴原君達も? 分かった。待ってる」
「・・・・・・」

頭痛がしてきた・・。

カヲルは疲れたように天井を仰いだ。







「おそいっ!!5分前集合は常識でしょうが!!何やってんのよ!?」


待ち合わせの場所である学校の正門でアスカがぶーたれていた。
腰に両手をあてていつものポーズ。バイオリンケースは シンジに持たせている。 もちろん自分の楽器であるチェロも背負っていて、背負ったダークなオーラが二つの楽器が重くてかなわない、と暗に訴えている。


「チェロも重いのに・・。ひどいや、アスカ」


上目遣いで恨み言を言う幼馴染にアスカはフンと鼻を鳴らして胸をそらした。


「うっさいわね。じゃんけんに負けたやつがうだうだ言わないの!」
「まだ5分すぎただけですから・・・・。もうちょっと待ってみましょう」


腕時計に目をやりながら遠慮がちにそう言ったのはマユミ。


「そうね。もうちょっとしたら電話しよっか」
「せやな。これ以上遅れたら昼飯はおごりやな」
「だね」

ヒカリの提案にうんうんうなずくトウジ。ケンスケは カヲルとレイを待っている間もカメラの手入れに余念がない。



「あ、きたわよ。おっそ〜い!!」

不意にアスカが声を上げた。
それぞれの楽器を抱え、こちらへ向かって歩いてくるレイとカヲルの姿を認めるなり、キンキン声で抗議する。


「自分から誘っておいて遅刻ぅ?」
「ごめんなさい。この天邪鬼が、やっぱり行かないってごね出して手間取ったの・・・・」
「僕はたのんでいな・・・・たっ。何するんだい、レイ」
「・・・・おだまり」


文句をたれるカヲルに軽く当て身をくらわし、レイは何事も無かったように一同へと向き直った。
隣でカヲルが痛みに呻いていたが、完全無視だった。


「本当にごめんなさい。気が収まりないのだったら詫びを入れさせるわ」
「「「「いいって」」」」
「・・・・そう?」


誰よりも怒っているのはレイ(綾波)だと、皆は顔を引きつらせるのだった。






場所変わって音楽室。
日曜日の学校の中は静かだ。外では部活動の声だけが聞こえてくる。
今日は吹奏楽部は休みなので音楽室は一日貸し切りだった。
ひっそりとした音楽室はアスカ達が入ってきたことで にわかににぎやかになった。



「調弦すんだ?」
「もうちょっとかな」
「とろいわね、早くしなさいよ。ね、曲何する? せっかく4人そろったんだからさ、久しぶりにカノンやんない?」
「僕の課題曲は?」
「そんなの後で一人でやんなさいよ」
「・・・・何のために僕はここに来たのさ?」
「皆が揃うのは久しぶりよ・・・・?わたし、やりたい」


レイの哀願にカヲル、あっさり陥落。


「あんた、レイにはとことん甘いわよね。昔から」
「余計なお世話だよ」


アスカのつっこみにカヲルは無愛想に答えると、彼女は揶揄するような笑みを浮かべた。其の顔に彼女はどこまで知っているのだろうかと、カヲルはかんぐりたくなる。


「今日は特別に第1ヴァイオリンやらせてあげる。感謝しなさいよ」
「やれやれ・・・・」


調弦の音がやんだ。
教室は静まり返り、息を潜めるように風も静かになる。
一瞬の静寂。



「いこうか」
「うん」



カヲルの言葉に演奏が始まった。
流れるように各パートが合流していくカノンの調べ。
トウジは腕を組んで壁に寄りかかって。
ヒカリは目を閉じて静かにその調べに身を任せ。
外の運動部も皆声を出すのをやめ、音色に聞き入った。


緩やかに上下していた一つ一つの河川が一つの大きな流れになって流れていく。


仏頂面だったカヲルもいつしか穏やかな表情で演奏に 没頭していった。



時には高く。
時には低く。
響きや音の異なる4つの空気が空気が一つになる。
その様子をファインダー越しにケンスケは真剣に見つめていた。


「いい絵がとれそうだな」


ごく自然にカメラマンの顔となったケンスケの横顔を マユミはまぶしそうに見つめた。

はじめはただのデバガメ小僧と思っていたのに。

出会ったばかりの頃のケンスケとマユミは当初険悪だった。ケンスケは何かと彼女の世話を焼こうとしたが、マユミは一方的に彼を避けていた。原因は中学1年の夏に転校してきたばかりのマユミに被写体のモデルを頼んだ事にあった。出会ったばかりだというのにいきなりそのような事を言ってきた彼に潔癖症のマユミは嫌悪を抱いたのだ。また撮った写真を売りさばく彼が許せなかった。だがこうしてシンジ達と行動をともにしていくうちに彼の取る写真はモデルとなった人たちの了承を得てやっている事を知り、そして何よりも。マユミはケンスケのカメラに対する真摯な想いに打たれ、ケンスケに特別な想いを 抱くようになっていったのだ。いまだ写真モデルは断り続けているが、いつか。いつか自分に自信を持てたら彼のモデルになりたいと考えるようにさえなった。それまで彼が待っていてくれたら、の話だが。マユミはケンスケから視線を外すとポツリとつぶやいた。


「私、相田君をただのカメラ小僧かと思ってました」
「頭に変態がつく?」


カメラのファインダーに目を向けたまま、苦笑混じりに言う ケンスケにマユミは慌てた。


「ち、ちがいます!!お金目当てで勝手な人かと・・・・」
「うーん。趣味には資金も必要だからね。否定はできない」
「え・・・・」


ちょっと考えるようにそう言ったケンスケに マユミは落胆した表情を浮かべた。だがケンスケは続ける。


「でもさ、それ以上にとりたいな、と思ったんだよ。その、 なんていうかな。いいなと思った瞬間を残したくってさ。
あとはそれが欲しいというやつにおそすわけ」
「・・・・」
「かっこつけてるかな、俺って」


ははと笑いながらケンスケがマユミに笑顔を向けると。


「そんなこと、ないです・・・・」


紅くなってうつむいたマユミは消え入りそうな声でそうつぶやいた。




時には激しく。
時には優しく流れていくカノン。


ヒトの感情みたいだな、とカヲルはふと思う。
狂おしいばかりに流れていくときもあれば
穏やかに流れていくときもある。

僕の想い。

このカノンのように想いは一つになるときが来るのだろうか?


ちらっとレイの方を見やる。
その視線に気付いたのか、カヲルに微笑むレイ。


まぁ、いいか。
もう少しこの穏やかな流れに身を任せよう。
焦ることはないのだから。


カノンの調べは緩やかに穏やかに どこまでもどこまでも広がっていく。
一つの時の流れのように。
カヲルはありったけの想いをカノンに。
そして彼のバイオリンに込めるのだった。


























あとがき




幼馴染シリーズ第2弾。
今回はアニメ本編の主役だったシンジとアスカ、その他の面々、そして家政婦はるさんが登場。管理人とは別人です、念のため(当たり前)ですが、はるというHNは彼女から取りました。まさか幼馴染シリーズが復活するとは夢にも思ってなかったので。これって種運命のアウステベビー同様、応援の産物なんですねー。ありがたやありがたや。

この幼馴染シリーズでもシンジはアスカの尻にしかれ、アスカの下僕(笑)
アスカはいうまでも無く、わが道を突き進む女王様。
トウジは食欲魔人の片鱗を見せ。
ケンスケはやっぱりカメラ小僧(でもまとも。多分)。
ヒカリとマユミは常識人ですねー。

さてこのSSの主役、カヲルとレイ。
この二人は子供の頃のある事件で大きな溝が出来ています。
カヲルは其の事で強く出れない。そしてレイも無意識にですが、同様に一線を引いてしまっています。これを克服できるか・・・・が一つのテーマです。
まだまだ続きますv
ここまで読んでくださってありがとうございました。