新緑が濃くなる初夏の朝。
 連休に入った朝のミサトとアスカは今だ夢の中。


「やあ」
「か、カヲル君……?どうしたのこんな朝早くから?」


  何の前触れも無く朝早くから訪れた親友の顔にシンジは口元を引きつらせると曖昧な笑みを浮かべた。


















平和な日々























 渚カヲルは朝から途方も無く不機嫌だった。何時もアルカイックスマイルなど影も形も無く、深い皺を眉間に刻み、口元は不自然に斜め方向に曲がっている。カヲルはシンジが席を勧めるまでも無く、居間のテーブルの一角に陣取ると、連休は良いチャンスだと思ってレイを遊びの誘いに行ったのだと話を切り出した。


「断られたの?」


 見慣れたにこやかな顔の代わりに途方も無く不機嫌なカヲルの面構えにシンジが恐る恐る声をかける。レイのことだ、めんどくさいなどとにべもなく断ったのかもしれない。


「いや。明日の約束を取り付けた」
「そ、そう……」


 だが予想と反して否定の言葉が返ってきたのでそれでは何故そんなに不機嫌なのかと首をかしげた……後は考えられるとしたら。


「父さんの邪魔が入った……とか……?」


 ザ・キング・オブ親馬鹿ゲンドウ。
 あのいかめつい親父もサード・インパクト未遂事件以来、素直になる事を学んだのか、すっかり子煩悩と化していた。

 特に開いた口がふさがらなかったのは授業参観の日。


「手が空いたら行ってやろう」

 新聞から顔を上げずに彼はそう答え。
 ・・・・・実際彼は来た。
 それも全校生徒が一生忘れられそうもない光景を携えて。


「え〜〜、この問題の分かる人」


 授業参観の日、生徒たちは親に良いところを見せようとこぞって手を上げる。シンジは、というと父親の姿はなかったし、手を上げるのも億劫で上げなかった。すると、突然窓の外が騒がしくなり、バラバラとヘリの爆音と共に風が巻き起こった。
 ノートや鞄が吹き飛び、悲鳴を上げるクラスメイトたち。何事かと目をやった窓の外の光景にシンジはあごが外れんばかりに口を開けた。隣のアスカも目と口がOの字になっていた。ただカヲルはとレイだけは何事もなかったようにもはや授業になっていない授業を受けていたが。


「シンジ、何故手を上げない」


 バラバラというヘリの爆音の中、ヘリから降ろされたつりはしごから身を乗り出したゲンドウがメガホン越しにシンジに呼びかけた。


「難しい問題ではなかろう。手を上げないなら帰れ!!」




「あれはすごかった、ホント」
「話が脱線してやしないかい。ヒゲ面なんて今の僕にはどうでも良いんだ」
「そ、そう……」


 にべも無くそう切り捨てるカヲルを見て対応に困ったシンジは今日は良い天気だなぁと早くも現実逃避をはじめた。アスカやミサトに助けをもとめたくても、熟睡中の彼女らを起こすことは即刻死刑を意味する。シンジはたった一つしかない自分の命を危険にさらすのは真っ平ごめんであった。


「くぅわっくわっ」


 そこへちょうど起き出して来たペンペンが何事かと彼らの方へとチョコチョコやってきて、君で話が進んだら世話ないよ、とシンジはぼやきたくなった。


 ……が。


「そうかい、聞いてくれるかい」
「ぐわっぐわっ」


 そんなシンジをよそにペンペン相手のカヲルの悩み相談が始まった。


「僕って一体……」


 ペンギン相手に敗北を感じたシンジはいいよ、自分には家事の才能があるもんねとわけの分からない負け惜しみを言いながら朝ごはんの支度を始めた。彼の背中には哀愁が漂っていたが誰一人気にとめるものはいなかった。


「今朝レイの元へ行ったんだ。そしたらシャワーから出たばかりで彼女、素っ裸だったんだ」
「ぐぅわっ」


 ペンペンに先を促され、カヲルの回想が始まった。



 シャワーから出てきたばかりのレイは何事間無く、カヲルの前を通り過ぎると冷蔵庫から牛乳を取り出した。そして腰に手を当てるとぐいっとそのままあおったのだ。
 オヤジだ……っとカヲルはショックを受けながらも平静を装う。
 一体誰からそんなものを学んだのかという疑問が頭をよぎったが、思い当たるふしは二つ……いや三つほどあった。


「ぎゅうにゅうっつーもんはこうカーっと煽るモンや」


 鈴原トウジ。



「うっまーーーーいっ!!熱いお風呂のあとは冷たい牛乳っ。日本にも面白い風習あるわよね。」


 惣流・アスカ・ラングレー。



「っかーーー!風呂上りのビールってさいっこう!!」


 葛城ミサト。



「ふ……っ。この世はオヤジだらけだね……」


 アスカやミサトにばれたら間違いなく殺されるだろうと思われる台詞を吐き、カヲルはレイの方へと向き直った。彼女は以前裸のまま、平然と彼の前で立っている。


「レイ……前くらい隠したらどうだい?」
「?何か用?」
「いや……だからね……」


 彼の言葉聞いているのか聞いていないのがかみ合わない会話。否、聞いているのだが、彼女はマイペースを貫いているのだろう。
 
 ああ違う。これでは違う。


「青春というのは恥じらいがあってこそ、だとは思わないか?」
「グゥ〜〜〜」


 何を言ってるんだか、と聞き耳を立てていたシンジは大きくため息をついた。
 カヲルはつい先日ここへ泊まりに来たとき、部屋を裸でうろうろしてアスカに変態扱いされたばかりなのだ。
 自分の事は棚に上げて相手にそれを要求するとは虫が良すぎる。そもそも青春とか何とかはどこで仕入れたのか無性に気になった。


「僕は男だ。彼女に僕は男だよ、分かっているのかい、と言ったら。何と言ったか分かるかい?」


『見れば分かるわ。ちがうの?』
『そうだよ。身の危険とか感じないのかい?』


 次第にエキサイトしていったカヲルは声も高くなってゆき、怒りをも露にこぶしを振り回し始めた。そんなカヲルをうるさげにペンペンは見つめ、シンジはシンジでアスカたちが起きやしないかと冷や汗をたらす。迷惑そうな周囲にお構いなしにカヲルの血圧は上がって行く。振り切れんばかりだ。


「そういったら彼女、どんな反応したか想像つくかいっ?!」


 レイの口元がわずかに持ち上がり。


『ふ……』


「と鼻で笑ったんだよっ!僕のプライドはズタズタだよ?!」
「クゥ〜〜〜」


 酷すぎる、っと男泣きを始めるカヲル。さすがにその光景を想像して気の毒に思ったのだろう。ペンペンは前足を伸ばすと彼の頭を撫でてやった。そしてキッチンからシンジは人間がペンギンに慰めてもらっている光景ってシュールだなぁとぼんやりとそんな感想を持つのであった。





 第3新東京市は今日も平和であった。










あとがき

息抜きにコメディチックなものを。今は秋ですが、お話は初夏の頃。ちなみにゲンドウさんのネタはゲームからです。