あの日。


熱い炎にその身を焼かれながらもわたしは貴方を信じて待っていた。

貴方が例え彼を選んだとしてもきっと私を迎えに来ると。
置いてけぼりに、一人にしないと。


・・・・・なのに。


許さない。
わたしはあなたを決して許さないから。

















Recollection of onself,

the Beginning of the End


















どこまでも白く続く壁と廊下。
そして周囲は白衣の大人たち。カルテを抱え、は虫類のように感情のない目で自分を見下ろしている。


ああ、またこの夢か。


僕は目を静かに瞬かせ、そんな大人たちを見返す。


変な気持ちだね、夢と認識しながらも見続けようとする事は。
だがこれはかつての過去で忘れられない、忘れてはいけない過去。
いい記憶とはいえないが、この過去があったからこそ今の自分がいる。そして其の中にも忘れたくない、優しい過去も確かにあった。


『カヲル、いい子ね』


場所が切り替わってかつての自室にたたずむ、栗毛の女性が笑って僕の頭をなでた。
殺風景な病室で微笑む、一人の女研究員。
僕を愛し、世話をしてくれた女性。
彼女は自分を愛したがため、精神を病み、壊れてしまった。
そんな彼女はいま、ドイツの片田舎で病寮生活をしている。
彼女の蒼い瞳は遠い過去へと向けられたまま今を見ようとしない。


『彼女は今幸せな夢の中を生きているのです』


担当医たちは沈鬱な面持ちでそう言う。
どんな夢を、と聞いても誰もが力なく頭を振って答えようとしない。
皆も、そして自分も分かっていた。
彼女は自ら作り出した幸せな世界で幼い僕と生きているのだと。


『あの子はちゃんと感情を持っています。笑い、泣き、怒り。そして慈しむんです。私たちとなんら変わりはないのに、なぜあの子をちがう「モノ」として扱うのですか』


研究員の生き残りから知った事実。
彼女は自分のために、危険を犯してまでぜーレにそのような進言をしたのだという。
だが。


『「ヒト」ではないからだよ。そして君も其の「モノ」を生み出すのに手を貸した者だとういうのに』
『望んだ成果を得られた、素晴らしい実験体だと喜んでいた君が何を今更』

『わ、わたしは・・・・っ!!私はあの子を愛してるんです!例え仕組まれた子供だとしても!!』

『あれは元は空っぽの器にアダムの魂をつなぎとめただけの人形に過ぎない。アダムとして目覚めたらお前の知る子では無くなるだろう。其の前に別の役割で役立ってもらわねば』
『どっちにしろ、お前の望む未来は無いのだよ』
『左様。未来は変えられないのだよ』

『・・・・・なんていうことを・・・・・。私は・・・・私はなんと言うことを・・・・・』


僕を生み出し、望みの無い未来しか与えられない自分に彼女は絶望したのだという。
彼女はまもなく僕の前に姿を見せなくなり、新しい世話役に取って代われた。
彼女の行方は誰も知らなかった。
そして僕は彼女は死んだと思っていた、つい最近までは。

ゼーレが解体され、資料が明らかになってゆくにつれ、僕の成長記録と共に彼女の行方が明らかになった。


生きていてくれた。


喜びと共にドイツに飛んだ僕を待っていたのは、夢の世界に生きる、車椅子の彼女だった。
何度呼びかけても彼女の蒼い瞳は僕を映さず、時折僕の名を呼びながらも誰もいない空間に手を伸ばす。


ちょうど幼い少年の背丈くらいの高さのところで。


どんなに呼びかけても僕の声は届かず。
何度彼女に触れても僕の姿は彼女には見えない。


僕はここにいます。生きています。
なのに、なぜ。


哀しくて涙する僕を半身とも言える少女が抱きしめてくれた。


『生きてさえ、要ればいつかきっと』


彼女は静かに言った。


『だって・・・・生きているから。ゆっくり待ちましょう?』
『・・・・そうだね』



生きてさえいれば希望はある。


君はそういってくれた。
レイ。
君は僕に救われたというけれど。
僕も君にどんなに救われているか、分かるかい?
大事な、大事な僕の半身。






『何の、半身?』


ふと響いた声に僕は顔を上げた。
あたりはいつの間にか闇に満ちていて、黒々とした暗黒が口を開けて渦巻いている。
其の中たたずむ、一つの小さな影。
4,5歳くらいの幼い少女。
悪意の篭った嘲りの色を其の紅に色濃く宿し、彼女は僕を見つめていた。
闇の中にも拘らず、彼女の姿ははっきりと見て取れる。
蒼の混じった銀色。
雪のように白い肌。見知った顔立ち。
彼女は僕の知る”綾波レイ”と酷似していた。

否。

”彼女”だった。
ただし最初の、彼女。
それも初対面ではない。
僕は幼い頃、夢の中で一度だけ、逢った事があって、あの時彼女が僕に行った言葉は全て謎に満ちていて怖かった。でも不思議なことに、同時に僕の中に眠る”僕”は彼女に懐かしさと愛しさに満ちていて。

相反する二つの感情に僕はただ混乱するだけで何を言ったのか聞いたのかよく覚えていない。

はっきりと覚えているのは憎しみと蔑みに満ちた少女の眼差し。
彼女は僕を睨みつけ、恨みに満ちた呪詛を投げかけた。


『よくもこんなつまらない星に私を引きずり込んでくれたわね』


僕がワケが分からなかった。
でも其の言葉に僕の中の”僕”の心は震え、知らず知らずにつぶやいていた。

君を離したくなかった、と。


『私は私だけのもの。あなたのじゃないわ。覚えておくことね』


だけどそんな言葉も彼女には届かず。
凍てつく眼差しでその言葉を残すと彼女は闇の中へと溶けて消えた。


10年以上も前の夢。


其の夢に出てきた彼女が再び僕の前にいる。
憎しみに満ちた光で紅をぎらつかせて。


『許さない』


彼女はそういった。


『何を、だい?』


そう問うても彼女は答えずにただ許さない、と、だけ繰り返す。


『”わたし”もあなたも。エヴァに宿った女の息子も私は許さない』
『なにを・・・・っ!!』


其の言葉に心臓をわしづかみにされた感覚を覚え、僕は彼女をつかまえようと手を伸ばした。
彼女を行かせてはならない。
取り返しのつかないことになる、そう思った。
けれど僕は彼女を捕まえるどころか触れることさえ適わず。
嘲笑いを浮かべて薄れてゆく少女の幻影をただ見つめる事しか出来なかった。


夢から目覚めると僕は全身汗でびっしょりだった。
肌が冷たく感じるのも冬の空気のせいではない。


何かよくないことが起きる。
そう感じ、僕は唇をかみ締めた。


夢の中の幼い”レイ”が最後に残したのは氷の微笑と。
血も凍る、哄笑だったから。









追憶、そして始まり。


これは”二人め”の綾波レイが零号機と共に消えた、あの日がこの始まりだった。





















あとがき。

模造過去の話を交えてのシリアス。
エヴァ2の機密も盛り込み、私の独自の解釈も入っていて一つの解釈としてみてくだされば幸いです。今回、黒い月は白い月の引力に巻き込まれて地球に落下したというエヴァ2で仕入れた情報を入れてみました。カヲルにはアダムの魂。レイにはリリスの魂が眠っていますが、各々は別人と考えています。分かりにくくてすいません。次回はこのレイの正体についても書いていこうと思います。
3部構成の予定です。