カーテンの揺れめきにふと目覚めた。 ほんの少し開いた窓を見やるとまだ夜明け前らしく月が出ていた。 月はまだ半月だったけれど、とても明るく、その優しい光を辺りに投げかけている。 その優しい光に惹かれたわたしは、起きあがって窓の方へと手を伸ばした。 「ん・・」 そのとき隣で眠っていた少年が身じろぎをしたから。 起こしてしまったのだろうかと息を潜めたのだけれど、彼は穏やかに寝息を立てている。安心して彼の寝顔をのぞき込んでみだ。 枕の上に波打つ、柔らかい銀の髪。 今は閉ざされているけれど、大きな切れ長の瞳。 穏やかな口元。 毛布からのぞくなめらかな白い肌。 その肌を撫でると彼はくすぐったいよ、と笑うの。 いつだったか私は彼に言ったことがあった。 『とても綺麗。うらやましい』 すると彼は首をかしげた。 『そうかな?僕は君の方が綺麗だ思うけど』 彼はとても綺麗で少女のように華奢だけれど、私を抱く腕の強さに彼が少年だということを認識させられた。 |
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例え月を見失ったとしても |
好きになったヒトには何も求めず、 ただ与えるだけで満足しなければならないという人がいる。 そうだろうか? わたしは与えるだけの存在がどんなに寂しいことかよく知っている。 二人目の私は一人の男の補完計画のために生まれた。 彼女は彼を信頼し、彼のために死ぬことさえ厭わなかった。 でも心の中にはいつもぽっかりと穴が空いたような空虚さ。 なぜなら彼が欲していたのは彼女ではなく、一人の女。 彼女はそのヒトの影。 そして彼の目的のための道具にすぎなかったから。 二人目の私の心を育てたのは黒髪の少年。 彼女を作り出した男の息子。 彼の不器用な優しさは彼女の凍えた心を少しずつ溶かしていってくれた。 彼ならこの心の隙間を埋めてくれるかもしれない。 彼女はそう思った。 だけど彼が必要としたのは金の髪の少女で。 ・・・・彼女ではなかった。 再び一人になる。 水と光だけの世界から青空の広がる世界へ。 彼女の狭い世界は少しずつ広がって行きはしたけれど。 彼女は一人のまま。 彼女の心の空虚さはついに満たされることはなく。 そして。 彼女が最期を迎える瞬間。 光の中で見た幻影。 それは少年ではなく、男の笑顔だった。 その時彼女は悟ったのだと思う。 かなうことの無い、男への想い。 いつまでも満たされることの無かった空虚さはその寂しさだったということ。 彼女が最期に流した涙は彼女の寂しい心そのものだった。 彼女の想い。 彼女の寂しさ。 それは私には分からない。 魂は同一ではあるけど 彼女の記憶は私のモノではないから。 だけど彼女が得た「寂しい」という感情だけは私の中に残った。 それは誰も「わたし」を必要としてくれない寂しさ。 碇司令は二人目と同じように私はただの道具だった。 だから私を必要としてくれると思った碇君の元へ行った。 だけど彼は私にただひたすらおびえ、最後に求めたのは金の髪の少女。 わたしを必要としてくれるヒトはこの世にいるのだろうか? 寂しさと空虚さだけの私に。 LCLの海から帰れないでいた私に手をさしのべてくれたヒト。 渚カヲル。 もう一人の私。 彼もまた道具として生み出され、その運命の逆らおうと死を選んだ。 その運命を逃れることは結局、出来なかったけれど。それでも彼は微笑んでいた。 『それでもいい。シンジ君がそう望むのなら』 『あなたはそれで寂しくないの?』 私の言葉に彼は初めて寂しげな笑みを浮かべた。 『初めて聞かれたね。君は?』 『分からない。今のわたしには何もないから』 そう。 二人目と違い、『わたし』には何もない。 心の拠り所となる想い出も。 必要としてくれるヒトも。 居場所も。 『・・寂しいかい?』 『・・・・』 『・・ファースト。前に言ったね。君と僕は同じだねって』 『わたしはあなたじゃないわ』 『そうさ。君は僕じゃない。でもかりそめの身体に宿る、同じ魂だよ。 君は一人じゃない』 『あなたは私を必要としてくれるの?』 『君は僕を必要してくれるかい?』 彼はそう言うと手を差し出した。 「一人にしない?」 「しないよ」 手を伸ばして彼の手を握った。 彼の手の温かさが凍えた心にゆっくりとしみいってくる。 この世で『わたし』をわたしとして必要としてくれたヒト。 彼は深い闇を照らしていてくれた月を失ったわたしの『道標』となってくれた。 もう大丈夫。 一人暗闇を彷徨うこともない。 自分のいるべき場所を見つけけたのだから。 わたしはわたし。 わたし、でいられる。 そっと彼の髪に触れた。 さらりとこぼれ落ちる銀の髪。 ふと思う。 彼はわたしのかけがいのない居場所になってくれた。 わたしは? わたしは彼の居場所に、安らぎになっているだろうか? 彼の心を受け止めてあげているだろうか? 思いがけない不安に駆られて不安に駆られて。 月を仰ぎ見て窓を開けると、夜の空気がひやりと肌に触れる。 月が穏やかにわたしを見下ろしている。 月。 生まれたときのイメージから水と共にあった。 わたしの魂は黒き月のリリスのモノだという。 月を懐かしく思うのは私の中の魂のせいなのだろうか? でもわたしはわたし。 リリスではなく、『綾波レイ』でいたい。 ・・・・いいでしょう? 私の願いを聞き届けてくれたのか。 月が頷くかのように陰った。 そう、みえた。 気づくと空がちらちらと明るくなってきていた。 空がラベンダー色に染まってゆく。 その時わたしは暖かい温もりに包まれた。 「・・カヲル?」 「どうしたんだい、こんなに早く?」 眠たそうな声。 耳元に感じる息づかい。 背中越しに感じるあなたの温もり。 「何でもないの」 肩に回された白い腕にそっと触れる。 「・・・・カヲル」 「ん?」 「わたし、あなたの負担になっていない?あなたの居場所になってる?」 あなたはいつもわたしを待っていてくれる。 見ていてくれる。 ぬくもりをくれる。 ・・・・わたしは? わたしは同じようにぬくもりを与えてあげてるだろうか。 肩に回された彼の腕に力がこもった。 頬に触れる彼の唇。 「・・・・」 そっと囁かれた言葉。 とても短い言葉だったけれど・・ わたしには十分だった。 彼の腕を抱きしめた。 ありがとう。 あなたに会えて良かった。 月が陰り、朝日が昇ってゆく。 一緒に歩いていきたい。 一緒に歩いていこう。 例え闇夜を照らす月を見失ったしまったとしてもわたしは歩いてゆける。 だってあなたのぬくもりが有るから。 あなたが、いるから。 |
カヲレイ。 2人めからEOEを経て現在へ。 実はコレは『雨』を題材に アスカと対になっていたのですが、 書き直しに伴い、変更になりました。 カヲレイは月のイメージが強いですが。 その脱却を狙ってみました・・・・。 玉砕(爆)・・・・。 |