むかむかする。
イライラする。

ネオならともかく。
スティングならともかく。
何故お前は他のやつの名を口にする?



「シン、守ってくれるって言ったの」


はっ、ばっかじゃねーの?
アイツは赤服だぜ?
ザフトのパイロット。
もしかしたらもう既に殺し合ってたかもしれないのにな。
おめでたいヤツ。
そう言ったらお前はどういう顔するんだろうな。
違うって言って泣くか?
それとも意味が分かんないっていう風にぼんやりと僕を見る?
どっちも不愉快だから敢えて口にはしないけど
そんなお前を僕はぶっ壊してやりたい。













遠くて近い君














ステラが海に落ちた日。
彼女はシンと名乗るザフト兵に拾われ、事なきを得た。
黒髪に炎のような紅い瞳が印象的な少年。
そんな彼にステラは懐いてしまったようで、
何かと彼の名を呼ぶ。
それもとても嬉しそうに。
それがアウルにとって不愉快でならなかった。
別荘に付くとスティングは早速最寄りの基地にいるネオに報告に行くと事となった。先に別荘に寄ったのはステラに風邪をひかせてはと思ったからしい。


「アウル、俺が行っている間ステラを風呂に入れて寝かしつけろ。それくらい出来るだろう?」
「・・・・何で僕が」
「じゃあお前が報告に行くか?」


その言葉にアウルは端正な顔をゆがめた。
答えが分かり切ったことをスティングは聞く。
誰が好きこのんで上司の小言を聞きに行かなければならない?
しかもステラのせいで。
この馬鹿なトラブルメーカなんぞ放っておけばいいのだ。
スティングは何でこうもステラに甘いのだろうとアウルは内心舌打ちをした。
だがアウルの沈黙を了承と取ったのか、スティングはステラに風呂に入るよう言い含めると、車のキーを持って出て行き、まもなく車のエンジンの音とともに車が遠ざかっていくのが聞こえた。


「何馬鹿みたいにつっ立ってンだよ?さっさと脱いで風呂行けよ」


苛立ったアウルの声にびくりと身体を振るわせたステラは慌てて風呂場へと向かう。アウルは険しい表情のまま後に続いた。



ステラは脱衣所に来ると、潮に濡れたドレスを何の恥じらいもなく脱ぎ捨てた。

透き通るように白い肌が。
形のいい胸が。
全てが露になってもアウルは特に何も感じない。
見慣れていたし、今更興奮するようなものではない。
特に何もなければ、彼はそんなものに対して無関心といっていい。

が。
アウルは浴室に入ろうとしたステラの足に巻きついたままのハンカチに気づくと、ステラに冷ややかな光を向けた。
何か。
何か嫌なものを感じ取ったのだ。
そのハンカチから。


「おい、ハンカチも取れ。邪魔」

「・・・・や」
「あん?今なんっつった?」


拒否の意思を見せたステラにアウルは今度こそ凍りつくような光で彼女を射抜いた。いつものとは異なるその冷たさにステラはすみれ色の瞳に恐怖を色濃く浮かべる。アウルの声にも感情が感じられず、それがステラをいっそう怯えさせた。


「・・・・取らないで」


それでもなお彼女は懇願する。
ハンカチを奪わないでくれと。
珍しく意思と言うものを見せたステラにアウルはイライラをいっそう募らせたが、浴室の前でこれ以上の押し問答は真っ平ごめんだった。
アウルは舌打ちをすると彼女の方に向き直った。


「誰がとんだよ、んな薄汚れたモン。風呂入るんだから外せとい言っただけだ。これ以上の面倒かけんなら毟り取って火にでもくべてやるか?ん?」


アウルの口端が持ち上がり、マリンブルーの瞳に残忍な光宿る。
彼が本気なことを悟るとステラは慌てて足首のハンカチを外すと大事そうにそれを握り締め、ハンカチとアウルを交互に見やった。


「置いて、入れよ」
「・・・・分かった」


浴室の入り口にアウルがあごをしゃくって見せるとステラはあきらめたようにハンカチをドレスと一緒に置いた。そして何度も何度も振り返りながら浴室に入ってゆく。
そんな彼女を冷ややかな一瞥を送ると、アウルはステラを浴室の奥へと追いやった。


吐き気がする。
お馬鹿なステラはますます馬鹿になりやがった。


薄着でステラを遅くまで探し回っていたことでアウル自身も冷え切っていて、ついでにと自分の服もぬぎ捨てた。
共に風呂に入るのもいつもと変わらない。
この不快な気分以外は。
シャワーの蛇口をひねると勢い良く湯が噴出してくる。
ちょうど良い温度に調節するとアウルはステラのほうを振り返った。


「ほら、とっと頭洗うぞ」
「うん・・・・」


嫌な気分はさっさと洗い流してしまうに限る。
スティングが面倒なことを押し付けさえしなければさっさと一風呂浴びて寝れたのに。
ステラのせいで不快な気分になって。
おまけに面倒を見なければならない。
腹立たしくて仕方がない。


・・・・だけど。
この不快感の正体は何なんだろうか。


ステラは馬鹿なことはいつものことだ。
彼女を怒鳴って怒りを発散させればいつもの調子に戻るはずなのに、
このもやもや感は消えずにへばりついたままだ。


「なんなんだってんだよ・・・・」


ステラはびくびくしながらもされるがまま、おとなしくしていたが、
時折自分の顔色を伺うところを見てアウルは更にいらだたしくなった。


早く終わらせて寝てしまおう。
後でゆりかごが待っているのだ。
嫌なことはさっさと忘れてしまうに限る。
そう思っていたときだった。
世にも耳障りな言葉を聞いたのは。


「シン・・・・・。ステラ、守るって・・・・」


またあいつか!


脳裏に黒髪の少年が浮かび、体中の血液が急騰した。


「うるせぇっ!!」


強烈な打撃音が浴室に響く。
気が付くとステラに手を上げていた。

無法地帯だったラボの頃とは違い、
今はネオの管理下にあったため、いつもならこのようなことはしなかった。
アウルはとっさに手加減はしたものの、ステラはその衝撃で浴室の床に倒れこみ、頬が赤くはれ上がった。
見開かれるステラの瞳。
はれる頬を押さえようとも。
切った唇から流れる血をぬぐおうともせず、
彼女は恐怖に満ちた表情でアウルを見上げた。

その表情にどす黒い感情が生まれ、アウルを少しずつ蝕んでいく。


こいつをどうしてやろうか?


この感情は久方ぶりで忘れていた。
くっくっとのどの奥で笑うと憎悪のこもった瞳でステラを見下ろす。

もうネオもスティングもどうでもいい。
後でいくらでも処分を食らってやらぁ。

処分なんかよりもこの荒れ狂う感情をどうにかしないと頭がおかしくなりそうだった。
手を伸ばし、ステラの髪をつかみあげる。
彼女は痛みに短く悲鳴を上げたが、その声は憎悪の塊と化したアウルを更に煽っただけだった。
サディスティックな愉悦と高揚感で体が震える。
笑いがこみ上げてくる。


邪魔する奴は居ない。
さてどうしてやろうか?
どうして欲しい、ステラ?



「そうだなぁ・・・・・」


墜ちるとこまで墜としてやろうか?
ザフトの野郎の名前なんぞ呼べなくしてやる。
お前、ネオの元でぬくぬくしていたから忘れてただろ?
ラボの頃からおまえはさ。



僕のおもちゃなんだよ。




「ひぃあ・・・・っ」


胸を鷲づかみにされ、苦痛と恐怖でステラの泣き声が浴室に響く。
ゆがむステラの顔に愉悦を感じたが、アウルは今のステラに苦痛を与えることが目的ではない。

力を抜いてゆっくりと胸を揉みしだきながら、先端に舌を這わす。


「あ・・・・っ。アウル・・・・。あっ・・・・」


アウルの愛撫に甘い声を漏らしてしがみつくステラをあざ笑いながら、アウルは先端を口に含んで舐めあげた。


「あっ、あんっ!」


背中をそらしてステラが跳ね上がる。
行為をはじめたばかりだと言うのに桜色の先端は充血し、固くとがってそり立っていた。
交互の胸に執拗な愛撫を繰り返しすと、顔を上げ首筋に吸い付いた。ステラの白い首筋にくっきりと跡を残ったのを満足げに目を細める。
浴室に響く甲高い喘ぎに興奮しながら鎖骨に胸元に少しずつ紅い跡を残しながら徐々に下に落りていった。


「はぁ・・・・ん・・・っ」


ステラを床に押し倒し、脚の間に顔を埋めると、舌を入り口の溝に這わせる。
熱くぬれた舌の感触にステラの嬌声がひときわ高くなった。
とろりとした熱い蜜が花弁から溢れ出す。二枚の花弁に舌が差し込まれ、唇で襞を吸い取られる。


「あん・・・・っ、ああ・・・・んっ。アウルぅ、・・・・」


それだけでは足りないともっと奥に欲しいと、ステラは自ら脚を開く。
既に快楽の波に飲み込まれてしまっている彼女に冷笑をすると、入り口の蕾を口に含んでこねくり回した。


「や・・・・っあああっ!!」


蜜を溢れさせる秘所をヒクヒクさせ、ステラは髪を振り乱して喘ぐ。


紅潮した頬。
潤んだ瞳。
快楽に染まった 、扇情的な肉体。


「洪水じゃん。やらしー女。こういうところシンとか言う奴に見られたらどーすんの」
「あ・・・・・いや・・・・」


シン、という名にステラの菫色の瞳が見開かれた。
唇を震わせて、首を激しく振る。
その反応がアウルの憎しみを増長させる結果となることを知らずに。
アウルはそんなステラに瞳にぎらぎらと憎悪をたぎらせ、叫んだ。


「お前はなぁ、出来損ないの役立たずの癖して、敵とどうするってんだよ、ええっ!?」
「ちがう・・・・シン、敵じゃない・・・・。ステラ守るって・・・・」
「敵なんだよ!!」


泣きながら首を振るステラにアウルは残酷な事実を叩きつけたが、ステラは理解できてないのだろう。ひたすら首をふて泣き続けた。
膨れ上がってゆく怒りと憎しみに視界が紅く染まってゆく。


やはり馬鹿だ。
俺らがガンダムパイロットと知ったらあいつも俺らを殺そうとするだろうに。
何も知らない。
何も知ろうとしない、お馬鹿なステラ。


死ね。
死ね。
死んじまえっ!!


心の奥底から吹き上げる憎悪にステラのブロックワードを言ってしまいそうになる。
アウルは喉もとまででかかったその言葉をかろうじて飲み込み、唇をかみ締めた。きつくきつくかみ締めたせいか、鉄の味が口に広がってゆく。そのかすかな痛みに少し落ち着きを取り戻すと、今度は口端を持ち上げて笑った。



あははっ、ヤバイ、ヤバイ。
ここでステラにブロックワード使ってしまったら面白くないじゃん。
これからだって言うのに。


アウルはステラに覆いかぶさると、暴れる彼女を押さえつけた。
恐怖に見開かれたステラのすみれ色の瞳にアウルの蒼い瞳が映る。
そしてアウルの蒼にはステラのすみれ色が。


ナイフ戦以外は絶対に負けない。
お前は僕の手の上で踊るしかないんだ。


ステラの体のことは自分が良く知っている。
アウルは含み笑いをすると、ステラの白い肌に唇を落としていった。


快楽におぼれさせて、それ以外考えられないよう。
所詮は僕のおもちゃだって言うことをその身に教えてやるよ。


手馴れたようにステラを愛撫してゆくと、アウルの思惑通りに彼女の力は抜けてゆき、また甘い声を上げ始める。


「そう、それでいーんだよ」


花弁からつたう蜜を舐めとりながら、指をステラの中に差し入れた。
そしてステラの弱いところで指を折り曲げ、的確に刺激してゆく。


「ひぁっ・・・・!」


びくりと体を震わせると先ほどとは比べ物にならないほどの蜜が溢れ、指を抜き差しすると、ぐちゅぐちゅと言う水音をたて、アウルの指をきつく締め付けてゆく。
そしてまだ足りないといわんばかりに彼を更に奥へ奥へと誘う。
自分の指に貪欲に絡みつくステラにあきれながらゆっくりと指を引き抜いた。
ステラの花弁はもうすっかり蕩ろけきっており、アウルを求めるかのようにうごめいている。クスクス笑いながらアウルはその身を起こしてステラに背を向けたた。次に来るはずの行為が無いことにステラは潤んだ瞳を不思議そうにアウルへと向ける。


体は熱くて、疼いている。
アウルが欲しくてたまらないのに何故くれないんだろうかと。
いつもなら甘いキスと一緒にくれるのに。


「アウル・・・・?」
「あん?」


さっさと背を向けてシャワーを浴び始めるアウルの背中に声をかけても彼は振り返ろうともしなかった。
ゆっくりと身を起こすと、溢れた蜜が、太ももをつたって流れ落ちてゆく。これでは物足りなくてたまらない。この欲望は激しく渦巻いていていて、この飢えを満たせるのはアウルだけなのに。


「アウル・・・・・」


背中に身を寄せてねだってもそ知らぬそぶりをされ、ステラは泣きそうになった。このままはおかしくなってしまう。恥ずかしいのを承知で懸命に彼をねだる。


「アウルが欲しいの。ちょうだい・・・・」
「ん〜?どうしよっかなー、気がのらねーし」
「そんな・・・・・」


目を潤ませるステラに愉悦を隠し切れずアウルは笑う。
なんともいえない満足感がアウルを満たしてゆく。
自分自身も張り詰めているのだが、この高揚感に比べたらなんでもない。
シャワーの蛇口を閉めるとステラの顔を覗き込む。


「じゃあさ、僕をその気にさせてみてよ?」
「え・・・・・」


とまどう姿に忍び笑いをもらして見つめる。
彼はそのまま彼女を放置することを決めていたが、沸き起こる愉悦と彼女の次の行動に対するわずかな好奇心のため敢えて彼女の答えを待ってみた。


「ほらほら早くしないと出て行くよぉ?」


冷たい眼光で嘲笑するアウルにステラは唇をかみ締めた。次に何をしたらいいのか彼女は経験上分かっていた。・・・・かなり勇気のいることではあるが、彼がどうしても欲しかった。


「・・・・・」


ステラは上目遣いでゆっくりアウルの足元にとしゃがみこみとアウル自身に手を添え。桜色の唇を開くと、アウルのそれをくわえ込んっだ。


「な・・・・・っ。あうっ・・・・・!」


思っても見なかった彼女の行動に驚愕を覚えるアウルにかまわず、ステラは舌を動かし始めたる。
根元から先端までねっとりとした粘膜が這う。
快感とも嫌悪ともいえるその感覚にアウルの肌があわ立った。
暖かいものが少しずつ、少しずつ、彼を包んでゆく。
ステラの喉の奥に突き当たるまでそれは飲み込まれ、啜られた。
丹念な愛撫。
だが。
脳まで溶かしそうな快楽のはずが、今のアウルにとっては嫌悪でしかなかった。


「ちがう・・・・っ。僕が欲しいのはそんなんじゃない!何なんだよ、お前は!?」


ステラを自分から引き剥がし、苦痛に満ちた悲鳴を上げてあとじさるアウルをステラは驚きに満ちた表情で見やった。浴室の壁に背中をぶつけ、よろけた拍子でシャワーが開放され、冷水が頭上に降り注ぎ、アウルの髪を体を濡らしてゆく。


「ちがう・・・・っ、ちがう!!」


僕の望み。
この世で僕が望むものは二つ。
それはお前とスティング。
他になにもいらない。
なのに。


「あ・・・・・あ・・・・・」
「あ、アウル・・・・?」
「さわんなぁっ!!」



頭を抱えるアウルに伸ばしてきたステラの手を力任せに払いのけた。
体の震えが止まらない。
視界さえぼやけてきた。


なぁ、ステラ。
何故あいつなの?


困惑したステラの表情がとても憎らしく見える。
なぜ何も分からないのか。
分かろうとしないのかと怒鳴りつけてやりたかった。
だが唇から漏れたのはいつもの怒声ではなく、嗚咽。


俺らガキの頃から互いの背中預けて生きてきたのに。
助け合って身を寄せ合って。
僕やスティングがお前を守ってきた方がずっとずっと多いのに。
なんであいつなの?
ずっと一緒にいた俺らよりいいの?


なあ、ステラ。
俺らは。
・・・・僕はお前の何なんだよ?


感情の奔流は一度あふれ出したら止まらない。
それでもアウルはあがこうと必死に押さえつける。


結局お前にとって僕はなんでもない。
そんな存在としか思っていない。
俺らは所詮エクステンデット。
戦争の中でしか存在を許されないマリオネット。
壊れるまで踊り続けるしかない。
三位一体は行き残るための手段。
お前もさ、俺らの事をそうとしか見ていないのだろう?
俺らの気も知らないで。


水滴以外の水が頬を濡らして落ちてゆく。
もうステラを正視する事も出来ず、足元で渦巻く灰色を見つめる。


胸が痛い。
笑いたいのに。
笑ってやりたいのに。
なぜこんなにも心が痛いのだろう。
何も知らない。
知ろうとしない、お馬鹿なステラ。
周りの見えない、トラブルメーカー。
なんで切り捨てられないのだろう?


「あ・・・うる・・・・?」
「・・・・・・」


・・・・・でも。
だからこそお前は「ステラ」で。
だからこそ俺らは一緒なのだろうか。
三位一体。
嫌なことを考えるのはスティングがやればいい。
汚れ役は僕がやればいい。
ステラ、お前はただ笑ってればいいんだ。
何も知らなくていいんだって。


・・・・・そう思っていた。
ずっと。
それでもいいと思っていた。
ずっと。
そしてこれからもそのままで良かった。
ずっと。
一緒にいられるのなら。


だけど。


お前が俺らを。
・・・・・僕を。
僕を置いてどこかへとい行ってしまうかもしれないなんて・・・・・。
思いもしなかった。


アウルは大きく息を吐き出すとステラのほうを見ようともせず、
低い声で彼女に告げた。


「・・・・・出てけ」
「で、でも・・・・」


あっさりと開放される事に疑問に思ったステラは恐る恐るアウルを見やる。
体の熱は引かないままだったが、何よりも。
何よりもアウルの様子がとても心配だった。


・・・・何かは、分からない。
でも。
アウルを。
一人にしちゃいけない気が・・・・した。
怖いときのアウルが、とてもとても小さく見えたから。
でもどうしたら、いいの・・・?
どうしたらアウルは・・・・


両手を胸元で握り締め、こちらの顔色を伺うステラの仕草がアウルはますます気に食わなかった。


「出てけっつてんだろ!!相手ならシンとか言う奴にしてもらえ!!」


はき捨てるようにそう言い放つとアウルは蛇口をひねって冷水から熱い湯に変える。
シャワーの壁を睨みつけ、こぶしを握り締める。
どういうわけか、震えが止まらない。
まるでおびえきった子供に帰ったようで不快感だけが増して行く。


まるで動物だ、吐き気がする。
ステラなんかさっさといなくなればいい。
そいつについて行けばいいんだ。
ステラが居なくなればこのわずらわしさから開放されるし、
もっとましな奴が代わりに来るかもしれない。
ネオやスティングは最初は渋るかも知れねーけどじきに受け入れるさ。
ステラは自分の意思で出て行くなんだからさ?
結果オーライじゃん?


そう思っているはずなのに震えは一向に止まらない。
シャワーのせいか視界さえもぼやけて分からない。
否。
視界が悪いのはシャワーのせいではない。
何を・・・・。
何を泣いているんだよ、僕は。
なんの必要があって?

止まれよっ、クソっ!!

言う事を利かない自分の体にさえアウルは憎悪を覚えた。


「アウル・・・・ご、めんなさい。心配かけて・・・・ごめ・・・・なさい」


背中ごしに聞こえたステラのか細い声にアウルは驚いて振り返った。
あれだけ辱めたのに。
これだけののしったのに。
彼女はここにとどまっていた。


「・・・・・」


両手を胸元で握り締めてこちらの顔色を伺うステラ。
どれだけののしっても。
どれだけ辱めても。
どれだけ痛めつけても。
ステラはきっとついてくるのだろう。
でも。
それは決してアウルの望む形ではなくて。
そして彼女はいつかは自分の元を去って、自分は残されるのだ。


出会いから今日までのステラが思い出される。


お馬鹿で。
勝手で。
トラブルメーカー。
居ない方がきっと楽なのに。
どうして。
どうしてこんなにもこいつを欲しいと思うんだろう・・・・?
まるで欲しいおもちゃを買ってもらえないで駄々をこねるガキ。
どうあがいてもステラは自分のモノにはならないというのに。
思い通りにならないからと傷つけて。
感情のまま犯して。
当然向こうから帰ってくるのは恐怖と拒絶。
受け入れてもらえるはずは無い。
でも僕は。
僕は求める事しか他に愛し方を知らない。
愛?
そもそも愛なんて何だよ?
人を縛り付けるためのエゴじゃねーか。
そんなにご大層なもんか?


ステラを一瞥して、アウルは自嘲気味に笑った。


自分から溢れて止まらない、涙。
自分で自分に塩を塗りこむ真似をして、ますます惨めになるばかりだ。
いっそこいつを殺してしまおうか?
きっと今より楽になれそうだ。


蒼い瞳は光を失い、ただステラに注がれる。
アウルは緩慢な動きでステラのほうへと歩み寄り、
彼女の方へと手を伸ばした。
ようやく自分のほうを見てくれたアウルにステラは安堵と
喜びに顔を輝かせたが、次の瞬間。
ステラの表情が恐怖にゆがんだ。


「く・・・は・・・・っ」


締め上げられる気道。
ステラの細い喉は酸素を求めヒューヒューと音を立てるが、
締め付けてくる力は一向に弱まるどころかますます強く締め上げてくる。


「お前馬鹿だよなぁ・・・・?おとなしく言う事聞いてりゃぁ殺されずにすんだのに」


ククク。


ステラの首を絞め、喉を鳴らして笑うアウルを
苦しみでぼやけた目でステラは見返した。


死ぬのはいや。
死ぬのは怖い。


「死」と言う言葉が頭の中で反芻する。
恐ろしいはずなのに実感が感じられず、ステラはされがままだった。



アウルの目はとても悲しげで。
寂しそうで。
弱々しくて。
まるでお母さん、と泣いていた小さいアウル。
ラボで。
暗い部屋で。
背中を丸めて一人ひっそりと泣いていたアウル。
アウルはただ悲しいだけ。
アウルがステラを殺そうとするはずが無い、もの。
だって。


だってアウル、だから。


アウルはステラを壊したいんじゃない。
ステラ、信じてる。
ずっと一緒にいた、アウルだもの。



頭上に降り注ぐシャワーの音がとても遠くに聞こえる。
全てが緩慢に見える。


でも・・・・・何が悲しいの?


遠くなる意識を必死に保ちながらステラはアウルを見つめた。
かけてあげたい言葉が見つからない。
言葉を紡ぐにもその力さえ残されていなくて。



・・・・どうしたらいいの・・・・?



『ステラ』


今日出会った少年の顔が浮かぶ。
ステラはその面影にかすかに微笑むと自分の成すべき事を思い立つ。


ああ、そうだ。
シン。
シンの様に優しく抱きしめてあげればいいのかな?
そうだ。
アウルを悲しいものから守ってあげる。
ステラがアウルの怖いものから守ってあげる。
だから笑って・・・・?
抱きしめて、あげなきゃ。
そして守ってあげるって・・・・言うの。
でも届かない。
苦しいよ。
苦しくて手が届かないよ。


苦しげにあえぎながら、ステラはやっとの思いで片手を伸ばすとそっとアウルの頬をなでた。それはやっと触れたか触れなかったか分からないほどの接触。

だが。
アウルの目は大きく見開かれ、その目に意志の光が戻る。
まるで悪い魔法から目が覚めたかのように、唇を震わせるとステラの首を絞めていた手の力が緩んた。
バシャリと音を立て、ステラの体が床に沈む。
開放された気道から必死に酸素を求め、ステラは床に咳き込んだ。
降り注ぐシャワーの音と。
水が渦巻いて流れ落ちてゆく音。
ステラの咳き込む音。アウルはぼんやりと見つめた。
相変わらず自分は泣き続けている。


何故僕は手を離した?


ワケが分からなかった。
あれほどの殺意を抱きながら、何故。
そして彼女が今生きている事に安堵さえしている。


アウルが自分の行動の矛盾に戸惑っていると
咳き込んでいたステラがやがてゆっくりと身を起こし、立ち上がった。
アウルは彼女をまともに見る事が出来ず顔を背けた。
この後どうなるか。


まあわかってっけど。


口元をゆがめ、目を閉じて壁に寄りかかった。
下げた頭を伝って湯が滑り落ちてゆく。
シャワーの水音。
ステラの存在を締め出そうと、アウルは全ての神経をそれらに向けた。
そうでないと惨めで仕方なかったから。


「・・・・あ?」


不意に自分が包み込まれる感触にアウルは顔を上げる。
柔らかな体温。
そして頬に触れる、優しい肌の感触。

目を静かに開けるとステラの顔が至近距離にあって、
頬と頬がぴたりとくっつけられている。
何のつもりなのだろうかと眉をひそめて彼女を見やった。


「アウル・・・・大丈夫。ステラはここに居るよ?だから、大丈夫・・・・」


アウルはますます訳が分からなくなった。
なによりも「死」を恐れるステラが自分から危害を受けたというのに。


「殺されかけたくせに何を言ってんだよ、お前」


あきれた声を上げるアウルにステラはふわりと笑った。
花がゆっくり開くような、ふんわりとしたやわらかい笑み。
アウルの脳裏に懐かしい面影が頭をよぎる。
それはほんの一瞬だったのだけれど。
投げかけられた、その小さな、小さな石はアウルの水面に波紋を作った。


「アウルがステラを殺すはず無いもの」
「はあ?何を根拠に?」
「こんきょ?」


言葉の震えを何とかごまかそうとわざと小ばかにしたように笑うとステラはわかんないと言うようにきょとんとした顔を向けてきた。首に出来た痛々しい痕と場違いすぎる、茫洋とした顔。


自分のした事を責めるどころか信じると言うステラ。


水面に波紋が徐々に広がってゆく。
ゆらりゆらり。


「なんでそう思うかってことっ」


「だって・・・・アウルだから」
「・・・・・!」


アウル、だから。
あなただから私を殺すはずが無いのだと。


その言葉の底に根付いているのは。


アウルは小さく息をついた。


こいつは分かってないようで分かっているのだと。
なんとなく。
なんとなく気づいているのだろうけど、でもやっぱり分かっていなくて。
それが僕はとても哀しい。
でも。
でも僕はザフトの野郎ほどあの言葉を口にするほど強くは無い。
この世の半分は嘘で出来ている。
嘘のつける奴らが生き残れる、そんなご時勢。
多聞に漏れず、僕もその一人で。
ときにはコーディネーターにだって負けないほどの
持って生まれた美貌の身さえも利用して。
たくさんの嘘で塗りこめて生きてきた。
そんな僕であっても譲れないものがある。
俺らは明日も知れないのに。
もしかしたらラボの頃のように殺しあう可能性だってあるかもしれない。
記憶だって消されて引き離されるかもしれない。
伝えたとしても伝えなかったとしても。
周りにこの感情の存在がばれればその感情さえ消されてしまうかもしれない。
そんな僕にお前を「守る」だなんて言えない。
これだけは「嘘」にしたくない。
失いたくない。
どんなに汚れきった僕であっても。
これだけは、譲りたくない。
それを分かってくれると思ってないし。
分かってくれとも言えないけど。


やっぱりそう、願ってしまう。


お願い、僕をおいていかないで。
僕は欲しいものは確かなぬくもり。
偽りでない、本物の温もり。
与えられずに求めるだけなのは虫が良すぎんのは分かっている。
でも望まずにはいられないんだ。


そんな自分を今包んでいるのは温もり。
ステラの体温。
髪を優しくすく指の感触。
身近に感じる息遣い。


その声にお前は気づいてくれたの?


「アウル、守る。ステラ、アウル守るから・・・・泣かないで」


アウルの心が震えた。
小さなきっかけに波紋が広がり。
やがて大きな大きな波紋となり、水面を揺らす。


「泣くか、ボケ」
「・・・・・うん」


寄せられた頬を素直に受け入れ、腕を細い腰に回すとアウルは目を閉じる。


てを伸ばしても。
望んでも手に入らない。
苦しくて哀しい想い。
無ければ。
気づかなければ良かったとさえ思う。
でもこれがあるからこそ自分で。
無くしたくないと言う想いが確かにある。
捨てたくない。
捨てられない。
でも苦しい。
永遠に繰り返される螺旋の輪。


誰よりも守りたい。
誰よりも愛している。
お前が合ってこその自分。
でも伝えられない。

もし伝えられたとしても・・・・。

戦争の道具の俺らの結末は見えている。
こんな感情など無用の長物なのだから。







もどかしいよ。








スティングが戻ってきたときはだいぶ夜が更けてからだった。
報告が思った以上にかかってしまった。
赤服に遭遇してしまったことが周りを相当刺激したらしい。
皆ピリピリしていた。
明日にはメンテナンスと記憶を探られるため、ゆりかごに入れられる。
あまり気持ちのいいものではない。
その上そんな赤服に懐いたステラの事といい。
スティングは苛立ちを覚えていた。


アウルの奴、ちゃんとステラを寝かせただろうな。
もしやっていなかったらのん気に寝ていられてると思うなよ。
朝まで説教してやる。


八つ当たり気味にそんな事を考えながら、彼は屋敷に足を踏み入れた。

玄関以外の明かりは落とされ、あたりは静まり帰っている。
外からでも家の明かりが落とされているがわかったから、二人は寝ているのだろう。
まずはステラの部屋を覗いた。

が。

彼女の姿は見当たらず、寝た形跡も無い。
スティングは眉をひそめ、嫌な予感を覚えながら、少し離れたアウルの部屋を覗いた。
すると。
一人にしては大きいベットのふくらみ。
やっぱり、とため息をついて息を凝らして近づく。
聞こえてくるのは規則正しい、静かな寝息。
闇夜に目が慣れ、目に映った光景にスティングは小さく息をついて軽く目を見張った。
子供のように丸まって眠るアウル。
その寝顔は安らかで無邪気で。
そしてそんなアウルに腕をまわし、抱きすくめるように眠るステラ。
穏やかな微笑さえ浮かべている。

出かけた頃の険悪さは影も形も無く。
ザフトに遭遇する前の彼ら。
否。
それ以上の穏やかな空気にスティングは二人の間に何があったのか不思議でならなかった。だがきっと何かあったのだろう、二人の間に。アウルは聞いたとしても絶対にしゃべらないだろうし、ステラに聞いてもこちらが満足するような回答は得られないだろう。

そして。
これからも知る事は無いだろう。

なぜなら今日の事はまちがいなく明日、ゆりかごの中で消されてしまうのだから。スティングはそんな二人が哀れでならなかった。

だけど。

二人がこうして二人でいるのだ。
明日全てを忘れてしまったとしても、自分達が共にいるのは変わらないのだから。何もしてやれない自分が悔しいけれど今はそう思うしかない。


「お休み。明日も頑張ろうな」


スティングは二人を起こさないよう忍び足で部屋を出るとそっと扉を閉めた。






















あとがき

DV要素を少し入れたアウステ。
アウル→ステラ→シン。
書いていてつらいなぁとおもいました。
恋愛感情ってやっぱり操作されていると思うんです。
余計な記憶は皆消されるから。
アウルは持っていたとしても多分感づかれないように隠すとおもう。
自身のプライドのため。
想いをなくさないため。
もしかしたら・・・・何かあるたびに消されていっていたのかも・・・・。
アウルにとってステラってとても身近だけど・・・・
同時に手の届かない、遠い存在でもある。
アニメでそんな風に思いました。
切ない。
哀しいな、強化人間って・・・・。
ここまで読んでくださってありがとうございました。