僕が好きになったのは、籠に繋がれた小さな鳥。 片翼を失って。 籠の中でずっと空を見つめてる小さな鳥。 見つめる大空なんか永遠に飛べやしない、哀しいカナリア。 カナリアの涙 この馬鹿げた戦争が停戦を迎えた日から、正確には宇宙からネオが帰ってきた日から。 僕にはひとつの仕事が出来た。 それは訓練でもなく、任務でもなく。 ただ単にアイツを見張っとくっていう、そんな仕事。 アイツ、ステラはあの日からずっと、朝から晩まで飽きもせずに海を眺めてる。 堤防の上で膝を抱えて、じっと水平線だけを見つめて。 朝陽が上る時と夕陽が沈む時には必ず涙を流して。 毎日毎日。 それこそ嵐の日も。 暴風が吹き荒れ、横殴りの雨が舞ってる中で。 泳げもしないくせに。 波に攫われること間違い無しの堤防の上で膝を抱えて、荒れ狂う海の向こう、とても線には見えない水平線を見つめてた。 そして案の定叩きつけた高波に攫われて海に投げ出されてた。 ほんと、あの時は焦った。 僕の目の前で小さな背中が高い高い波に呑まれて見えなくなったんだ。 慌てて飛び込んで引っ張りあげたけど、あの時はほんとに焦って。 このままステラが溺れ死んじゃうじゃないかって、すごく怖くなった。 それなのにステラの奴。 引っ張りあげた後に怒鳴りつけても何の反応もしないし、いつもなら死ぬってパニックになって暴れそうなもんなのにそれもなくて。 自殺を寸でのところで止められた奴ってあんな感じなんだろうか。 その時のステラはまるで死ぬのを望んでたような、そんな感じがした。 誰より何より死を恐れるステラが。 そんなこと有り得ないって自分の弾き出した思考を否定できれば良かったんだけど。 摂る食事は雀の餌かっていうぐらい少なくて、目の下が真っ黒になるほど盛大な隈を作ってる。 日に日に弱っていくステラ。 元々細かった腕は今はもう棒みたいに細い。 少し力を入れたらあっけなく折れてしまいそうなほどに。 ステラから生きようって意志が感じられないと思うのはきっと僕だけじゃないはずだ。 そして何とかその意志を取り戻してやりたいと思ってるのも。 きっと僕だけじゃないはず。 スティングはステラが浅く短い眠りに就いてる間にこっそり点滴してやってるみたいだし、日没間近になると何をしてようが真っ先にステラを迎えに行く。 僕は2人が帰って来るまでの間、ステラが好きな料理を作って、いつでも気持ちよく入れるように風呂を沸かして。 以前ならスティングの得意分野だったそれを率先してこなしてる。 ネオも大佐だなんて思えないほどの頻度で僕たちの部屋を訪れて、一緒にごはん食べたり話をしたり。 それでもステラは弱っていくばかり。 もう何日も、何週間も、ステラの笑顔を見てない。 それどころかまともな声さえ聞いてない。 目に入るのは感情の感じられない鉄仮面のような無表情と、僅かに眉根を寄せて涙を零す痛々しい泣き顔。 耳に入るのは喉が引き攣れたような小さな嗚咽だけ。 変わらない現実に、眠りに就くたび僕は激しい無力感に襲われる。 今日もまたステラは海に行って帰ってきて。 少しだけごはんを口に運んでベッドに入った。 明かりの消えた部屋。 背を向けた隣のベッドにはステラが寝てる。 そしてスティングが日課になってしまった点滴を打って、心配そうな表情でステラを見つめてるんだろう。 今日もまたステラの笑顔は見れなかった。 ステラの声も聞けなかった。 スティングに手を引かれてふらふらした足取りで帰って来るステラは、いつも決まって薔薇色の綺麗な瞳を更に赤くして帰って来る。 泣いて泣いて、泣き腫らした顔。 いつもステラは泣いてる。 元々泣き虫な奴だったけど、毎日毎日泣いてはいなかった。 まただ。 この激しい無力感。 いくら手を尽くしてもステラの笑顔も声も戻らない。 ステラが待ち望んでいるものは永遠に、何をしたって戻ってこない。 もうあの人は戦いの最中死んでしまっていて、もう身体の欠片すらこの世には存在していなくて。 待ち続けてももう二度とここには帰ってこなくて。 嗚呼チクショウ。 何で死んだんだ、アンタは。 何でステラを置いて逝っちゃったんだ。 ステラはここでずっとずっと待ってるのに。 帰って来る筈の無いアンタを待ち続けてるのに。 何で帰ってこれない程遠くまで逝っちゃったんだ。 シャニは死んだ、シャニはもうこの世に存在しない、待ち続けてもシャニはもう帰ってこない。 アンタが帰って来ると信じきってるステラに、そんな残酷なこと、言える筈、ない。 そんなことを言ってしまったら、ステラはきっと修復不可能なほどに壊れる。 後追い自殺をやらかさないなんてとても断言できない。 ステラもきっとアンタが死んだことも、もうこの世に存在しないことも、もう帰ってこないことも知ってるんだろうけど。 それを他人に言われたらおしまいなんだ、きっと。 知ってても認めたくないだけだから。 それほどまでにアンタはステラに根を張ってるのに。 何でステラを置いて逝くんだよ…。 僕らじゃ、僕じゃ、もう。 ステラの哀しみを癒すことなんて出来ないのに…。 押し寄せる無力感から逃げ出したくて。 目が痛くなるほど強く、強く。 ぎゅっと瞼を閉じても。 脳裏に蘇るのはいつも同じ。 僕じゃない男に向けるステラの笑顔。 僕じゃない男の名前を呼ぶステラの声。 とても幸せそうな。 泣きたくなるほど幸せそうなステラの姿。 泣きたくなるほど幸せそうな2人の姿。 リアルタイムでそれを見た時と同じように熱くなる胸と目頭。 鼻の奥がツンとしてくる。 じわじわ潤んでくる瞼の裏。 眉間をつるりと涙が伝って枕に吸い込まれていった。 つるりつるりと次々に眉間を涙が伝う。 毎晩僕はこうしてみっともなく涙を流す。 記憶の中に幸せそうな2人への嫉妬と、ステラに笑顔のひとつも思い出させてやれない悔しさで。 背後のスティングに気付かれないように必死で嗚咽を噛み殺して、毎晩泣いてる。 泣きながら僕は毎晩。 スティングが点滴を終えて眠りに就いた後、こっそりベッドを抜け出す。 物音を立てないようにまるで泥棒みたいに。 ステラの寝顔を盗み見る。 ただでさえ浅い眠りを邪魔しないように。 ちょこんとステラのベッドの傍に跪いて。 擦って赤くなってる目元と、目の下に盛大に陣取った真っ黒い隈。 肉の削げ落ちたほっぺた。 血が滲んでる唇。 痛々しくて目を背けたくなるけど、毎晩こうしてステラの顔を覗き込んで。 最後にそっと布団の中に手を潜り込ませて、ステラの細い指を優しく握り締める。 そしてぽろぽろ涙を流しながら呟くんだ。 いつも同じ言葉を。 それしか思いつかないから。 「……笑ってよ…」 笑い方を忘れたステラには、哀しみに支配されたステラには、とても残酷な言葉。 でも僕にはそんな言葉しか思いつかない。 僕に笑いかけてなんて贅沢言わないから。 誰にでもいい、何にでもいい、ただステラの笑顔が見たいんだ。 ステラに笑っててほしいんだ。 散々苛めて泣かしてきといて説得力ないかもしれないけど。 本当はステラの泣き顔なんて見たくないんだ…。 また脳裏に蘇る幸せそうなステラの姿。 胸が目頭が鼻の奥が熱い。 握り締めた指先がひどく冷たくて、僕はまた涙を流した。 嗚呼、今夜もきっと眠れない──… 想い出の籠に阻まれて僕の声は届かない。 想い出の籠に囚われて君は空を飛べはしない。 その籠の鍵を持つ人は永遠に帰りはしないのに。 戻らぬ時の中で籠を開くその手を待つ君に、高い高い空はどんな風に見えているのだろう。 小さな涙を浮かべたカナリアの瞳は何を。 小さな涙を浮かべたカナリアの瞳は僕を、…… -end- 恐れ多くも氷里様からいただいたシャニステ。 がくがくぶるぶるしながらも強奪してきました。 このようなシリアスのほかにギャグからほのぼのなど 素敵な連合小説がたくさん読めます。 もの悲しげな空気の 漂う氷里様の表現力にはいつもジンと来ます。 ありがとうございました! |