「ステラぁ、あんまり濡れんなよ。風邪引くぜ?」
「分かってる」
ステラはアウルに軽く笑って見せるとルナマリアたちのいる海へとまた戻って行く。そんな彼女に分かってねぇなぁ、とぼやきつつもアウルは仕方ない、自分の上着を貸してやればいいかとそのまま彼女を見送った。
「ステラ、ホント嬉しそうだな。来て良かったな」
シンは海で遊ぶステラの姿にまぶしそうに赤い瞳を細める。そして彼女と出会ったのも海だったな、と去年の出来事で隣の家でありながらしばらく彼女の存在に気づかなかった自分を今更ながら滑稽に思えた。最愛の妹を亡くしてからの自分はどうかしていたとしか思えなかった。毎日のように妹の携帯を眺めては過ごし、ふさぎこんでいた自分を救うきっかけとなった彼女との出会い。そして今の自分を形作ったアウルたちとの出会い。シンはちらりとアウルを盗み見たが、熱心にステラを見ているアウルは気づかない。アウルがどんなにステラが好きか傍目でもわかる。自分に心の拠り所をくれたアウルたちに感謝をするが、シンはステラに関しては絶対に譲りたくなかった。今も。そしてこれからも。
「アウル、シン、見て。綺麗でしょ」
海辺でステラが何かを見つけたらしく、アウルとシンの元へと駆け寄ってきた。見ると綺麗なピンクの貝殻が2つ、ちょこんとステラの手に収まっていた。
「・・うん。綺麗だね」
「どーしたんだよ、これ」
「これ、あげる。今日はありがとう。アウルたち、がんばってくれたんでしょう?」
ステラの言葉に二人は顔を見合わせ、またステラに視線を戻した。
「レイもやったんだ。・・・だからもらえないよ」
「俺らだけってのもな」
アウルとシンの言葉にステラはわらって、ルナマリアのほうを指差した。彼女の示す先を見るとルナマリアがレイに何かを渡しているのが分かった。
「この貝がら、ルナと見つけたの。お礼に何か記念になるものって探したんだよ?」
「そっか。さんきゅ」
「大事にする」
思い思いの礼を述べ、二人はステラから照れくさそうに受けとると互いの手のひらに収まっている貝殻見やった。その二枚の貝殻ははまるで示し合わせたかのように互いが一対となって輝いていた。
こうしてアウル達エスケープしてきたシード学園一年生達は思い思いの時間をすごし、最後は皆で力をあわせ、砂浜に大きな砂の城を造った。男子は力を利用して砂を固め、女子は細やかな形を作り上げていった。まもなく海辺では生徒達がみんなで作った大きな砂の城がそびえたち、生徒達はその名残のように示すかのように全身砂と海水だらけとなっていた。塩くさい、あんたもよ、と互いに言い合いながら、すっかり自由を満喫した生徒達に、そろそろ学園に戻ろうかという声も出てきていた。
「そうねぇ、そろそろ大騒ぎになってるかも」
くすくす笑いながらルナマリアは言う。
「でも・・『赤信号みんなでわたれば怖くない』・・・だよね、アウル」
アウルを見上げながらそういうステラにアウルはああ、そうだなと曖昧な返事をする。
「どしたの?」
「ん・・・・?何でもね」
「?」
不思議そうに見上げるステラにアウルは笑って見せると、その小さな手を強く握った。
大丈夫。
なにがあっても自分が何とかすればいいだろう。
最悪自分が退学すればいいし?
ネオとスティングは怒るだろうけどとアウルは笑った。
「なあ、カメラ持ってきたんだけどさ、みんなで記念写真とろうよ?」
ヴィーノの提案で記念写真を撮ることになった生徒達は砂の城に集まり、思い思いのポーズをとる。生徒達の中央でシンとアウルはステラをはさんで笑みを見せ、レイはシンの後ろで無表情にたつと、ルナマリアがすかさず、笑いなさいよ、とこづく。ヨウランはヨウランで斜めに構え、ニヒルな笑みを浮かべた。ヴィーノは立脚を取り出してカメラをすえるとタイマーをセットし、急いで生徒達の中に入った。
「3,2、1!はいっ!!」
ヴィーノが掛け声を放った瞬間。
カメラが光を放ち。
同時にシード学園のエスケープメンバー達の姿が記念写真におさまる。
エスケープ生徒数約70名。
彼らにとって忘れられない一日となった瞬間であった。
第7話
私立シード学園
「さて70名の諸君。誰が首謀者かね?もし素直に言ったら停学は勘弁してあげてもいいがね?」
エスケープから戻った生徒達を待っていたのはジブリール派の理事による尋問だった。面目をすっかりつぶされたジブリールは生徒達の首謀者を徹底的に洗い出すため、彼は敢えて教師を使わず、自分の息のかかった理事達に命じたのだ。彼らは生徒を視聴覚室に集め、中に自分達の用心棒とも言える教師達を待機させ、外にも見張りの教師を数人置いた。この教師達は教師とは名ばかりで皆体格が良く、凶悪な面構えをしており、プロレスラーや町のならず者のようなやつらばかりであった。意地の悪い笑みを浮かべたジブリール派の理事たちが生徒一人一人をねめつけるように見て回るが、誰一人として答えるものはいない。皆だんまりを決め込み、冷ややかに彼らを見返す。そんな彼らに苛立った理事達は歯をむき出して声を荒げた。
「いいかっ!お前らのようなバカどもに理事長をはじめ、来てくださっていた方々が迷惑をこうむった。分かってんのか、ああっ!」
「はっ、学園祭ってそんなに理事長が大事なのかよ」
彼らをせせ笑う声にこめかみに青筋を立てた理事は声を発した主にアウルの姿を認めると下品な笑いを浮かべた。
「おやおや。あの仮面理事のご子息ですか。留年したくせに態度でかいな、ああ?」
「あんたらの顔ほどでかくねぇよ」
冷ややかに言葉を返したアウルに理事達の顔が怒りでどす黒く染まり、池の鯉のように彼らの口をパクパクさせた。だがかろうじて怒りを長込んだ理事の一人は下卑た笑みでアウルをねめつけたた。
「八ハーン、お前が首謀者か?そうだろうな、この落ちこぼれが!」
すると今度はシンが馬鹿にしたように口を挟んだ。
「落ちこぼれ、落ちこぼれってしつこいんだよ!人を落ちこぼれって言う前にその貧困なボキャブラリーをなんとかしたら?」
「このガキ・・・」
拳を握り締め、怒りに燃えた理事達は後ろで待機していた用心棒兼教師達に顎をしゃくって見せた。それを合図にでかい図体の連中が凶悪な笑みを浮かべてシンたちにゆっくりと近づいてくる。
「暴力か?そうだったらこっちも容赦しない」
「やかましいっ!!いい気になるなっ!!」
冷ややかな声を投げて寄越したレイに今までの教師の仮面をかなぐり捨て、理事達は歯を剥き出して吼えた。こりゃあ、乱闘かなとアウルはマリンブルーの瞳を輝かせ、シンは燃える紅をいっそう濃くさせた。周囲の教師達は次第に輪を縮めて生徒達に肉薄していくき、女子や小柄の者は後ろに下がらせたアウルたちも同様に彼らのほうに歩み寄っていく。まさに乱闘が始ろうとしたそのとき、突然放送が入った。
『あ・あー。本日は晴天なり、本日は晴天なり。ただいまマイクのテスト中〜。これでいい?』
『サンキュー、トール!!』
「な、なんだ?」
突然の状況に理事達だけではなく、アウルたちもあっけに取られた。学園祭は終了し、本日の下校は早めになっており、放送はすでに終了していたはずだった。では、誰が何故、と誰もがそう思ったその瞬間。
『ア・ウ・ル〜、無・事ぃっ〜!?』
マイクの大音量でクロトの声が響いた。
「げ。ク、クロト?」
仰天するアウル。シンはぽかんと口を開けて放送が流れるスピーカーを凝視し、ほとんど表情の動かさないレイでさえ、軽く目を見張った。当然生徒や理事の間でも動揺が走る。マイクのむこうでも起きているだろうと思われる周囲の混乱にお構いなしにクロトは続けた。
『やい、理事ども!アウルやステラに指一本でも触れてみろ!!地の果てまで追いかけて抹・殺!!だからねっ!!わかってんのっ!?』
『クロト、そんに大声出さなくても聞こえてるんじゃない?機械、壊れちゃうよ?』
『うるさいなっ!!それより視聴覚室のほうはどうなってんだよ?』
クロトの次に聞こえていたもうひとつの声にもアウルは聞き覚えがあった。キラ・ヤマト。昨年一緒だったクラスメイト。彼の顔と名前が浮かんだ瞬間、アウルは露骨に嫌な顔をした。普段のほほんとしているが、静かに怒りを燃やして、静かに爆発させるタイプ。何であんなやっかいなやつを引き込むんだろうか、クロトは?
「あ、今の聞こえちゃってるんじゃない?いいの?」
クスクス笑うキラにクロトは憮然とした表情で言い返す。
「大丈夫!!万・事オッケー!!あちらはあちらでもう向かっているはずだから」
「分かってるよ。ただ今の放送でラスティたちが張り切りすぎないといいけどって。ギャラリーが多いほど燃えるみたいだから」
キラは視聴覚室の生徒ではなく、理事や教師たちのことを言っていたらしい。場所が明らかになれば当然野次馬も増える。たしかに目立ちたがり屋のラスティたちはますます張り切り、嬉々としてあいつらをのすだろう。
「フンっ!そういうぶんなら問題なし!!」
「そーだね。あの人たちのやり方は許せないし。しっかり反省してもらわないと。クス」
キラはそう言うと紫の瞳を細めてくすりと笑みを浮かべた。天使の笑みだが、どす黒いものを秘めているそれに、クロトはこいつだけは絶対に敵に回したくないとつくづく思ったという。
「なんだ、貴様ら!?」
視聴覚室の前で見張りをしていた用心棒(肩書きだけは教師だが)はこちらに向かってくる生徒の集団に気づくと、威嚇の声を上げた。だが、先頭にいる金髪とオレンジ、そして薄緑の3人の男子生徒達は怯えるどころかその歩みを止めず、多くの生徒を引き連れたまま扉の前まで来てて止まった。そして金髪の男子生徒、ミゲル・アイマンは自分より15センチも高いと思われる巨漢の鼻っぱしの近くまでくると小ばかにしたようにため息をついてみせる。
「悪党のくせして態度が悪いとこたえる気にもならんな」
「・・・うん。そーだね」
そう答えたのは薄緑の男子生徒、シャニ。オレンジ髪の生徒は小ばかにした笑みを浮かべて巨漢たちを見上げている。自分たちのことを明らかに馬鹿にしている態度に巨漢たちはこめかみを引くつかせ、彼らにらみつけた。
「痛い目見たくなれば、消えろ!!この馬鹿ども!!」
「普段何もしてないで、うろうろするしか脳ないくせして何威張ってんのさ?」
「そーだ、そーだ!!」
「ひっこめーハゲー!」
「お前らが消えろ!!」
オレンジ色の男子生徒、ラスティ・マッケンジーが冷ややかな声を投げてよこすと、彼に賛同した後ろの生徒達からもブーイングがあがる。巨漢たちは顔を真っ赤にして丸太棒の太さを思わせる腕を振り回して怒鳴った。
「やかましい!!きえろ!!痛い目みたいかぁ!?」
「・・・だってさ?どーしましょうか、ミゲル先輩?」
ラスティがそんな彼らに肩をすくめてミゲルのほうを見やると、ミゲルはにやりと笑った。
「売られたけんかは買わなきゃ、男が廃るってね」
「同感」
「何の騒ぎだ?」
混乱から回復した理事達は中まで響いてくる、扉の外での騒ぎに眉をひそめた。なにやら複数の怒鳴り声や物のぶつかり合う音がしていてたが、まもなく静かになった。
「なんだ、図体ばっか」
両手をはたきながら、ラスティはつまらなそうに鼻を鳴らした。様子からしてまだ暴れたりないらしく、のした巨漢たちをつま先で小突いた。乱闘に参加しなかったシャニは面白そうに伸びてしまった彼らを指先でつんつんと突っついている。ついでに髪の毛もとっていたが、ラスティはあえて見ないフリをした。ミゲルは転がる物体の前で肩をコキコキならしていてぼやいた。
「受験生やってると体がなまって仕方ねぇな。15分近くもかかちまった。現役のころなら瞬・殺!だったのによ」
「あ・・。今のクロト入ってる・・」
「サボりすぎですよ、センパイ」
「うっせぇな!!」
笑いながらそうのたまうシャニとラスティをミゲル軽くにらむと、トレーニングを再開させっかぁとひと伸びをした。
入り口前でのミゲルたちの乱闘が始ってから時間にして15分足らず。あれほどいた巨漢たちは皆地べたに倒れ付し、あるものは苦痛の声を上げ、あるものは気絶してピクリとも動かない。後ろに下がっていた生徒達から出てきた一人の男子生徒は巨漢たちのそばにしゃがみこみ、彼らの様子を見て、またミゲルたちを仰いだ。
「ずいぶん派手にやりましたね」
「お前は高みの見物かよ、ニコル」
「はは、僕はラスティと違って肉体派ではないですから。それより、邪魔ですねぇ、これ。後始末は任せてください」
ニコルと呼ばれた生徒はそう言ってにっこりと笑うと、指をぱちんと鳴らした。とたん、どこからか無数の黒服たちがわらわらと出現し、ニコルの前に直立不動の姿勢でずらりと並んだ。その中でもひときわ鋭い空気をまとった黒服が列の中から進み出てニコルの前でとまると、きっちり10度の姿勢でお辞儀をするとうやうやしく主人の命令をうかがった。
「お呼びですか、若」
「申し訳ないんですが、このゴミを捨ててきてください」
「承知いたしました」
黒服が返事をすると同時に残りの黒服は気絶した巨漢たちを抱え、あっという間にその姿を消した。
「・・終わりました。他にご用件はございますか」
「ご苦労様。今はまだないです。あったらまたお呼びしますから」
「はっ」
黒服はニコルに先ほどと1ミリも違わないお辞儀をすると瞬く間に姿を消した。あっけにとられるラスティたち。
「なんだよ、ありゃあ」
「僕のボディガードたちです」
すましてそう言うニコルにミゲルは呆れた声をあげた。
「だったら、お前の黒服がやれば早かったんじゃねぇか?」
「え〜センパイ方の晴れ舞台をつぶすなんてそんな恐ろしいことできませんよ。僕はジブリール理事長や理事達とは違います」
ニコルの言葉に嫌なことを思いだし、ミゲルたちは渋い顔をした。ミゲルたちロック部は学園祭の企画にライブの企画を立てたのだが、理事達の息のかかった執行部にそれを潰されていたからだ。ジブリールのいなかった2年前までは自由にできたのになぁとミゲルたちはぼやいていた矢先、この件が舞い込んできたのだ。受験やあきらめのこともあり、今まで甘んじていたが、後輩の起こした行動にミゲルたちは大いに勇気付けられ。そして同時に自分のことも見直すきっかけとなった。今回の乱闘はその始まりに過ぎない。これから入ってくる後輩達、そして卒業してゆく自分達のために。彼らは動いたのだった。
「さ〜て中へとしゃれこみますかぁ」
「何だ、片ついたのか?ミゲル」
ミゲルたちが今にも視聴覚室になだれ込もうとしたとき、オルガとスティングがちょうどその姿を見せた。ようやく姿を見せた彼らにミゲルは内心安心したもののあくまではしかめっ面で彼らを迎える。
「中はまだ。おせぇよ、お前ら」
「すまない、説得に時間がかかった」
悪いと、手をあげてわびるスティングにかぶるように個性的な声が響く。
「久しぶりのイベントだぜ、グゥレイトー!!!!」
「ふんっ!!理由が理由だが、やりすぎるなよっ!!一応相手は教師だ!!」
元生徒会長、イザーク・ジュール。
そしてそのその従者(?)ディアッカ・エルスマン。
学園一のカタブツと学園一の自分勝手もといマイペース男。
スティングらの後に続いた彼らの姿にミゲルは目を見張った。いや、彼だけではない。ラスティやニコルをはじめとするシャニを除く生徒達も息を飲んだ。彼らが自分達に加勢することなどありえないと思っていたからだ。シャニだけがこいつら誰だっけ?とわら人形を作りながら首をかしげていた。
「おい・・このカタブツまでかよ?」
「だから説得に時間がかかったって言っただろう」
疲れた笑みを浮かべるスティングの後ろでイザークはすでにテキパキと指示を出し始めていた。
「とりあえずニコル、お前が指揮を執って、ジブリールとは無関係な教師を集めて来い。他の教師どもはこちらで抑えておく。ここの半分は散って他の生徒も探せ。電話を持っているやつは下校した生徒に連絡を入れろ。アスランとアスハは生徒を集めに出払っている。臨時生徒総会で支持を集めれば理事会はひっくり返せるからな」
その頃カガリとアスランはイザークの言葉通り校舎を奔走して回っていた。途中、マリューやバルトフェルドといった教師達の中にも多くの協力者達も出てきており、彼らも教師達の間で奔走していた。
「アウルたちがいるのか・・中心に?」
「みたいだね、カガリ」
「相変わらずの問題児だな。思い切ったことをしてくれて、あの馬鹿」
口ではそう言いつつも嬉しそうなカガリにアスランは複雑な表情を向ける。面白くないことに、去年までクラスメイトだったアウルとカガリと何かと仲が良かった。足踏みばかりで思いきったことなど出来ず、そのアウルに一歩遅れた自分。だが今の自分にもできることがある。この学校出最も力を持つのが生徒総会だ。生徒の数が多ければ多いほど、それは大きな力となる。だから残りの生徒にも働きかけるため、彼はカガリとともにまだ校舎に残っている生徒を探しにこうして走り回っているのだ。
これだけ騒ぎになれば自分のこと以外に無関心となっていた生徒の関心を集めるだろう。だが支持を得られなければ水の泡となる。これは賭けだった。
「だいじょうぶさ」
アスランの心を読み取ったかのようにカガリは笑った。
「みんなの心は腐ってなんかいない。この時勢だ。自分から動くには相当なエネルギーと勇気が要る。きっかけが必要だったんだ」
「カガリ」
「だってシード学園の生徒達だ。自由意思を唄った初代理事長のお父様が造ったこのシード学園の生徒なんだから!」
視聴覚室では外の生徒達がなだれ込んでいた。その様子に目を白黒させる理事達にイザークは指を突きつけ、アウルたちの解放を要求した。
「俺は元生徒会長のイザーク・ジュールだ!ただちに生徒達を解放しろ!!我々は彼らの処分の前に生徒総会の開催を要求する!!」
「エザリア・ジュールのご子息だ、おい」
元理事長の一人だった母親の名をつぶやいた理事の一人をにらみつけ、イザークは言い放つ。
「母上は関係ないっ!!これは俺自身の意思であり、シ−ド学園生徒としての意思だ!!今一度言う!!彼らを解放しろっ!!」
「おっと、生徒総会の開催もよろしく」
その隣でディアッカがおどけた調子で付け加える。
「分かっている!!生徒総会の開催もだっ!!
「どういうことだ!!」
「さあ、どう言うことでしょうね」
連絡を受けて激昂したジブリールがデュランダルの執務室で彼に詰め寄っていた。
「まさかあなたが仕組んだとですか、これは!!」
「これはあなたが無視してきた生徒の意思です、理事長」
だがそんな彼の態度とは裏腹にデュランダルは冷静だった。気に入りの椅子に腰掛けたまま、静かに彼を見上げてそう告げる。
「何をばかげたことを?!」
「彼らはあなたの人形じゃない。あなたのやってきたことは初代理事著であったウズミ・アスハの意思を無視することだ」
先ほどまでの穏やかな表情とは打って変わって、漆黒の瞳に冷たく、鋭い光をたたえたデュランダルにジブリールは気圧されたが、すぐに我を取り戻すと、喚いた。
「今回のことでただで済むと思ってるんじゃないだろうな!?明日にでも理事会を開き、あなたの解任を要求する・・・!!」
「それはどうでしょう?」
「・・・?!」
自分達以外いないはずの部屋の響いた第3者の声にジブリールとデュランダルは驚いて扉のほうに視線をやると、後ろにナタルを従え、アズラエルが愉快そうに笑みを浮かべていた。
「お久しぶりですねぇ、ジブリール。僕が来ない間、ずいぶんと好き勝手やってくれてましたね」
「・・・ムルタ・アズラエル・・・」
「ええ、そうですよ。あなたを理事長にして差し上げたものです。覚えていたのですね、感心感心。」
明らかに怯えの見えるジブリールにおどけた調子で答えるアズラエルだったが、瞳は笑っておらず、その眼光はジブリールを射抜くかのように見据えられている。
「ですが、あなたがついたこの2年。あなたがやっていたことは正直褒められたものではありません。どっちが解任にふさわしいんでしょうね?」
「で、ですが・・」
「理事達には僕が言っておいてあげます。今日のうちに荷物でもまとめておくんですね、ジブリール」
有無を言わせないアズラエルに、ジブリール肩を落とし、ゆっくりと部屋を出て行く。彼が出て行くのを見届けると、アズラエルは困ったように肩をすくめてデュランダルに向き直った。
「やれやれ。全くだめだめです。あの子にもこまったものだ。社会勉強のつもりが全く功をなしてませんでしたね。1年目は我慢してみたのですが、あれでは最初からつけないほうが良かった。あなたや学園に迷惑をおかけしましたね」
「いえ、こうして事態が収まれば問題ないと考えます」
「そういっていただければ嬉しいです。明日にでも理事の半数の入れ替えをいたしましょう。それとアウルたちのことは不問でいいでしょう?」
「最初からそのつもりです」
いつものように笑みを浮かべるデュランダルにアズラエルは鋭い視線を投げかける。
「狸ですねぇ、あなたは」
「あなたほどでもないと思いますがな」
「いやぁ、一本とられましたねぇ」
笑顔の姿勢を崩さない彼に、参りましたというようにアズラエルは破顔して、きびすを返した。出口でとまると、視線を扉に向けたまま手をひらひらとふって見せた。
「あなたがいるとホント、面白いですよ。ウズミ・アスハ亡きあと、アスハ家やセイラン家が押すわけだ」
「お褒め頂光栄です、アズラエル会長」
アズラエルはもう一度デュランダルに笑みを向けると、言葉なく立ち尽くすナタルをうながし、執務室を出て行った。
外ではネオが待っていた。仮面越しで表情は分からないが、息子達が相当心配なのだろう。大胆不敵な男ではあるが、息子達のことなるとこの男も一人の親だな、とアズラエルは感じた。アズラエルはそんなネオを安心させるように、すれ違いざまに彼に声をかけた。
「アウルたちのことは不問だそうですよ。明日から当分デュランダル理事長一人になってしまいますから、彼を頼みましたよ」
「ムルタ・・・すまない。お前に借りができた」
感謝を述べたネオにアズラエルはいったん立ち止まり、彼を省みて笑った。
「いいえ。こちらもおかげで生意気なジブリールの出鼻をくじけましたからね。おあいこです。それにアウルたちのためじゃありません」
「・・・?」
「アウルたちに何かあったら僕の可愛い息子達が傷つきます」
「・・・ありがとう、ムルタ」
「ナタルさん、約束、覚えてます?」
ネオに見送られて階段を降りる途中、アズラエルはナタルにに昼間のことを切り出してきた。
「食事、の約束でしたね」
「お付き合い、いただけますか?」
約束を思い出すナタルにアズラエルは嬉しそうに頷いた。ナタルは考えるように黙り込む。彼女は、今日はじめて本音を見せたアズラエルに心を動かされていた。今までアズラエルに対して掴みどころがなく、本気かそうでないかという境界線が曖昧な男という印象しかもてなかった。それが彼女に彼を敬遠させ、の誘い断り続けた理由だった。今となっては断る理由がない。
「ご一緒させてください」
彼女はぎこちなくも精一杯の笑顔をアズラエルに向けてそう言った。
そしてその後の生徒総会で。
ジブリールをはじめ、彼の傘下の理事たちは解任。
生徒達の処遇学園祭や学校の運営の見直しなど論議され、デュランダル理事長の下、新たなる体制が始ることになった。アスランやカガリを始め、生徒会はとても忙しくなったが、彼らの表情は至福にみちていたという。
そしてその新たなる出発を記念し、大学部だけではなく、小・中・高等部も参加の合同学園祭が開催入れることになった。突然の告知で準備まで時間がそうなかったものの、皆一丸となって着々と準備を進めていった。
「おい・・、なんでお前が姫なんだよ」
シンはアウルの姿を見るなり口元を引くつかせて彼の服装を指差した。カツラをかぶり、ドレス姿のアウルは傍目から見て美少女なのだが、その正体を知っているシンにとってはとてつもなく気色悪いものであった。そんな彼の心情にお構いなしにアウルは胸をそらしてみせる。
「べつにいーじゃんか。お前と俺らクラスの合同劇になったんだから
「んなこと聞いていないっ!!俺が王子!ステラが姫!!そうなっていたはずじゃねぇか!」
そう。彼の言ったとおり、本来ならばステラが姫だったのだ。結局姫役を拒否したレイに変わり、ステラが姫となったのだが、王子役はアウルやシンをはじめ多数の男子が立候補したため、くじ引きとなったのだ。その中、見事当たりを引いたシンが王子となったのだが・・。練習当日、姫として姿を現したのが天敵、アウルだったのだ。彼が怒るのも至極当然といえよう。
「ステラに頼んで変わってもらったんだよ!なあ、ステラ?」
「うん。アウルが変わってくれなきゃ、死んじゃうって・・・」
悪びれた様子もなく、いけしゃあしゃあと言ってのけるアウルにシンの短すぎる堪忍袋の緒が切れそうだ。
「ア〜ウ〜ル〜、おま〜え〜な〜。女装はおかしいって前言ってたんじゃないのか?」
「はっはーっ!ステラにお前の相手役をやらせるくらいなら女でも何でもやってやらぁ!」
そしてそのシンに対してアウルはざまーみろ、舌を出し、おどけた様子でドレスをふって見せた。
その瞬間。
緒が切れるどころのレベルではない憤怒に、シンの堪忍の袋が破裂した。
「・・ひ、人の夢ぶち壊しやがってぇっ!死ねぇっ!」
「はっ!てめぇが死ね!!」
どっからか持ち出してきた剣でチャンバラを始める二人をルナマリアは安全なところで観察しながら、台本書きのレイに肩越しに声をかけた。
「こっちのほうがおもしろくない?台本かえよっか?今から間に合う、レイ?」
「問題ない」
彼女にいわれるまでもなく、レイは脚本の書き換えを始めていた。いつものことで慣れきっているせいか、アウルとシンには目もくれない。
「題名は何にする?お命頂戴?」
「それもいいか」
そんなやり取りの中、ヴィーノから騒ぎを聞きつけたスティングが教室に乗り込んでくるまでアウルとシンのチャンバラごっこは続いたという。
そして6月中旬。
『ただいまから第▲年度、シード学園学園祭を開催します』
放送部のトールとミリアリアがさわやかにそう告げると、抜けるような青空に学園祭の開催を告げる祝砲が軽快な音を放し、白い煙が流れては消えていった。そしてオープニングライブの演奏者であるミゲルがトールたちの言葉をエネルギッシュな声で引き継いだ。
「え〜生徒や外から訪れた皆の衆!!本日は学園全生徒の合同学園祭だ!楽しんでってくれ!!」
ミゲルの言葉にギャラリーの歓声が上がる。その声を合図に後ろのロック部員のシャニ、ラスティ、ニコル、そして飛び入りのスティングが演奏を始めると、彼はひときわ大きな声でこう締めくくった。
『シード学園へ、ようこそ!!』
あとがき
集団エスケープを書いていたらいつの間にこんなに長くなりました。ほとんどキャラも出てきておおさわぎ(笑)主役はアウルたちのはずでしたが。影が薄くなりまして、すみません。久しぶり振りの更新でしたが、でも今回で方向性が少し決まったようです。アウルたちの学園生活も書きつつ、他の生徒達も書いていきますのでよろしくお願いします。生徒達が中心で他の教師達がからっきしでしたね・・すみません。力量不足です。この学校では生徒総会、つまり生徒が一番強いんです。一人一人だと弱いけど、数が集まれば理事長や理事会でさえひっくり返せます。フレイとラクス・ミーアとかが出てきてませんでしたが、彼女達は忘れていたわけじゃないです。後ほど登場させる予定ですので・・・。ここまで読んでくださってありがとうございました。次回またアウルたちに戻ります。苦労人オクレ兄さんの体調に異変が起こります。スティング兄さん、倒れる・・・の巻。
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