オーブの中央に位置するこの学校は小等部、中等部、高等部、そして大学部が一つに集まるマンモス校である。その中の高等部では毎年6月初旬に学園祭がある。その学園祭当日は全校は授業は休みとなり、その見学を義務付けられ、毎年学園の出資者やOB、お偉方が招待されてくる。これは各部の重要なアピールの時期として、学園の宣伝として学校側は大変力を入れていた。

ダンッ!!

学校祭の執行部といえる実行委員会の会議室でこぶしを打ちつけた音がこだました。

「納得いかない!!また生徒側の予算が削られたことはどういうことだ!?それに生徒側の催し物に対する過剰な干渉!!説明していただけないか!?」

副会長ことカガリ・ユラ・アスはそう言うと実行役員の一人一人を燃える金色の瞳でにらみつけた。そんな彼女の後ろで生徒会長のアスラン・ザラはハラハラと成り行きを見守っている。役員達は彼女の気迫に押されつつも、薄笑いを浮かべて彼女を見やっていた。その中の一人が下品な笑みを浮かべたまま猫なででカガリの鼓膜をねめつける。

「いやぁ、理事長と理事会の決定でね。どうにもならんのだよ。分かるね、きみぃ」

一人が口を開くと、それに便乗するかのように他の役員達も次々とカガリをいびリ出した。

「そうそう。どんなにピーチク喚いても決定事項は決定事項だからねぇ」
「不満があるなら生徒総会でも開いて署名を集めたらどうだい?・・できたら、の話だが」
「今の状態を享受してしまっている生徒達には難しいと思うがね」
「進路のこともあるしなぁ」

哄笑が沸き起こる中、カガリは悔し涙をこらえ、唇をかみ締めた。そのか細い背中をアスランは沈鬱な表情で見ていた。彼らの言うとおり自分達だけでは何もできない。アスランは彼らに対して、そして何もできない自分に対して憤りを感じながら、これ以上カガリをここにいさせてはならないと判断を下した。

「カガリ・・・戻ろう」



「いやぁ、見せ付けてくれるねぇ」
「ガキはガキらしく余計なことを考えずにいちゃついてればいいんだよ」

アスランが彼女の肩を抱いて会議室の外へと連れ出すと、彼らに聞こえよがしに中から嘲笑を沸き起こる。唇をかみ締め、くやしさにたえると、アスランは気遣わしげにカガリのほうを見やったが、彼女はアスランのほうを見ようとせず、ただ肩を震わせていた。

「くやしい・・よ。アスラン。私達は何もできないのか・・?」

ぽたりと涙が床に落ちる。アスランは彼女を抱きしめると、背中をさすりながら役に立たないであろうが、かけないよりましだと思い、慰めの言葉を口にした。

「俺達でできるだけのことはしよう?な、カガリ・・・」
「・・・・」

アスランの胸に顔をうずめたまま静かに声なく、カガリは頷いた。













                    第6話
               
  赤信号、みんなで渡れば怖くない








そのころ、つまらない学園祭なんざまっぴらごめんとばかり、アウルはシンやレイとともに周囲を巻き込み、エスケープ計画を立てていた。

「どんくらい集まった?」
「そぉね〜12,3人ってとこかな」

アウルの問いにルナマリアは口元に手をやりながらそう答えた。

「こっちも10人前後。結構学園祭の趣旨に不満持ってたやつ、多かったぜ」

頭数を数えてそう述べたのはヨウランだ。彼らの言葉に頷きながらレイはパソコンに目をやっている。

「・・・だろうな。調べるほどこの学園祭は生徒のものではないように見える。特にロード・ジブリールが理事長の座についてから」
「買収されてるのか知らねぇけど、理事の過半数がそいつの支持に回っていて手がだせねぇってネオが言ってた」

ふざけてんな、とアウルはそうはき捨てると手元のコーラをあおった。
あのあとレイから話を聞きつけたルナやヴィーノに引きずり込まれたヨウランも加わり、『赤信号みんなで渡れば怖くない!作戦!!』こと集団エスケープ計画は着々と進行しつつあった。もちろんステラも例外なく加わっている。当初シンはステラの参加を渋っていたのだが、ステラはアウルやシンもやるなら自分もやるといって聞かなかったのだ。今回の計画にはアウルたちの学年のみで進行しており、スティングたちは加わってなかった。クロトは学年が違うし、スティングたちは受験生だからという、アウルの気持ちでもあったからだ。

「でもさぁ」
「なんだよ?」

じっとアウルたちのやり取りを見ていたヴィーノがふと口を開いて、アウルを見やる。

「ただのエスケープだと思ったのに、なんか大事になってない、アウル?」
「げ」

思いもよらなかったヴィーノの突っ込みにアウルとシンはぎくりと顔を引きつらせ、レイは冷静にパソコンの画面を凝視していたが、手が止まっている。そんな彼らに周囲の視線が集中する。ルナマリアはジト目でアウル達をにらみつけた。

「なんか隠してない、あんたら?」
「ないない。絶対ない!なあ?」
「そうそう。へ、変だよ、ルナ。勘ぐりすぎ」
「・・気にするな。俺は気にしていない」

視線をそらしてそうのたまうアウル・シン・レイをなおもジト目でにらみつける
ルナだったが、やがてあきらめたようにため息をついた。

「いーけど。敢えて聞かないでおくわ。レイもいることだから」
「すまない、ルナマリア」

こういう時って役に立つよな、レイの肩書き。
ムカつくけどな。

レイがいるから、という理由に不満を持ったアウルとシンであったが、彼らは敢えて黙っておくことにした。変に突っついて自体をややこしくしかねないからだ。



「んんー、ヴィーノのやつ、たまに冴える。ゆーだーんたいてきってヤツ?」

放課後の屋上でフェンスに寄りかかったアウルが今朝のことを思い起してぼやいた。同様に屋上にはシンとレイもいた。屋上には彼ら以外誰もおらず、フェンス越しからは学園の敷地を見渡せる。そしてちょうど部活のまっ最中という事もあり、グランドでは部活中の生徒達が見えていた。

「お前、反応露骨なんだよ」
「人のこと言えるのかよ」

シンが顔をしかめて今朝のことで文句を言うとアウルもすかさずお前もだよ、とやり返す。

「その辺にしとけ。ギルの事がばれなかったからよしとしよう」
「へいへい」
「分かったよ」

早速こづきあいをはじめたアウル達ををパソコンを見たままのレイが制止の声をかけると二人はおとなしくレイの両傍らに座り込んだ。そしてこの後どう行動するか、計画を敷き詰め始める。そんな彼らにはヴィーノ達が怪しんでいたとおり、ステラやルナマリア達に隠していることがあった。

話は数日前にさかのぼる。



アウルは集団エスケープにレイを誘い込む餌としてデュランダルの理事長室を訪れたときだった。デュランダルはアウルの申し出を快く承知したばかりか、今回の学園祭の趣旨をアウルに語ったのだ。

「どうも学園祭が生徒の物でなくなってきてしまっているのだよ。もはや学園の宣伝のタネとなってしまっていて、私としてはとても悲しいと思っている」
「だったら変えりゃいいじゃんか」

勧められた応接椅子に行儀悪く体を投げ出しながら、つまらなそうにそう述べるアウルにデュランダルは困った笑みを浮かべて肩をすくめて見せた。

「そうしたいのがやまやまなんだがね。理事長の意思だけでは何もできんのだよ」
「へえ、どうしてだよ」
「君の父上であるロアノーク先生は理事の一人だろう?学園の運営の話は聞いていないのか?」
「・・興味ねぇし」

自分の養父の仕事は生物教師で理事をやっているということしか認識のなかったアウルは少しばつが悪そうに視線をそらした。だがそんなアウルをあざけるわけでもなく、やわらかい笑みを浮かべ、理事長は話を続けた。


「そうか。この学園は理事長の意思のほかに9人の理事の意思も加わって初めて物事が動くのだよ」
「へえ、数の暴力ってやつ?」
「うまい表現だ。今もう一人の理事長、ジブリールのほうが理事の支持を受けていてね。私にできることは生徒達の意見をもって彼らの決定を緩和もしくは取り下げさせることしかできない。だが生徒達は縛られているという認識が少ないみたいで、今の私はどうすることもできないのだよ」


言葉をいったん切るとデュランダルは再びアウルを見やると、アウルは座りなおしてまっすぐ彼を見返した。

「僕にどーしろってんだよ?」
「なに。君がやろうとしていることをやればいい。私はそれを黙認しよう」

集団エスケープは少なからず学園に波紋を呼ぶだろう。

それが理事長の考えだったのだ。

この出来事をメイントリオ結成後、アウルはそのことをシンとレイに明かしたのだ。シンはそのことを聞くなり、なんて理事長だよ口をあんぐりさせたが、レイはさすがギル、と言わんばかりに拳を握り、頬を紅潮させた。こうして理事長のお墨付きをもらい、アウルの計画は凶悪度をまして実行されることになったのだ。



そして学園祭当日。
スティングと登校してはまずいと、学校祭の準備をするという名目でアウルたちはいつもよりずっと早く家を出ると、そのまま郊外の海へと向かった。そしてそこでエスケープのメンバー達と合流する手はずになっていた。



ほぼ同時刻。
アズラエル家では。
学園祭に招待されていたムルタ・アズラエルがスーツ選びに迷っていた。
鼻歌交じりに張り切っている彼ではあったが、彼のお目当ては学園祭などではなく、学園の教頭、ナタル・バジルールにあった。毅然としていて、生真面目なナタルに惚れ込んだアズラエルはなにかとナタルにアタックしてはいたものの、未だ連戦連敗をしていたがそのくらいでめげる彼ではなかった。そして今日のこの学園祭でも彼女を口説く気満々であった。


「あなた達、ママが欲しくないですか?」

アズラエルからもう何度も同じセリフを聞かせられている彼の養子たちはまたかよ、と辟易とした顔をした。

「何、まだあきらめてなかったの?おっさん、いーかげんあきらめたら?」
「諦めが肝心だぜ、おっさん」

クロトが呆れたようにそう言うと、キッチンで洗い物ものをしていたオルガも彼に同意して辛らつにコメントを付け加える。

「第一、これ以上頭痛の種増やしたかぁねぇだろうよ、あの人も」
「そうそう」
「なんて言い草ですか!もうっ!!ひどいと思いませんか、シャニ!」

アズラエルがそうシャニに話題を振ると彼はめんどくさそうにあくびをして答えた。

「・・今回で99回目?・・・フラレたの」
「まだふられてませんよ!!」
「・・どうせフラレるんだから同じじゃん」


「いいえ!今日こそ!今日こそおとします!待っていてください!!ナタルさん!!あなたのムルタが今そちらに行きますよっ!!」

息子達に否定されながらも根拠のない自信に燃えるアズラエルを息子らは冷めた瞳で見ると、被害者のナタルに気の毒に・・・と心の中で手を合わせた。

そのころのシード学園では、ナタルは得体の知れない悪寒に襲われていたという。






「うみ・・。海だよ、アウル!!」
「海開き前だからさすがに人いねーな」
「ん。ルナたちはまだみたいだな」

自宅を出て海へと向かったアウルたちはホームルームが始るころに海に着いた。朝日を受けて無数の宝石のように光り輝く海に目にしたステラは喜びの声をあげると、靴を脱ぎ、海へと入っていった。そのすぐ後をアウルとシンが追う。

パシャパシャと足を浸して遊ぶステラを追ってアウルも靴を脱いで海へと入ると、ステラの放った水しぶきがアウルの頬を軽く掠めた。そんな彼女にアウルは口端を吊り上げると、じりじりと彼女ににじり寄る。

「ステラー、おまえはぁ〜」
「フフフ」
「てめ、待て!」
「や」

ステラは身軽にアウルの腕をすり抜けると振り向きざまにまた水をかけてよこした。今度は直撃をくらい、アウルの蒼い頭は湿り気を帯びる。塩辛い海水をはき出すとアウルは腰を落とし、勢い良く地を蹴った。足元で水しぶきが舞い、光に反射してキラキラと光る。

「や、じゃねーよ!待て、コラ」
「や〜」

満面の笑みを浮かべたステラが波間を逃げ回るのをアウルが追う。すっかりと周囲を忘れてしまったかのように二人は離れてはまた距
離を詰め、離れては距離を詰めたりしてじゃれ合っていた。

「・・・・・」

アウルに遅れをとってしまい、離れて二人を見やるシンの肩を誰かがぽんとたたく。肩越しに見返すと、レイが笑みを浮かべていた。彼の珍しい表情にシンが目を見張っていると、レイは視線をまっすぐアウルたちを見据えたままあいつに遅れたな、とつぶやいた。

「・・・まだ負けてねぇよ」

口を尖らせてそっぽを向くシンにレイはそうだな、とまた微笑んだ。
そうしているうちにエスケープメンバー達が続々と海へと集い始めていた。
その人影が絶えることなく続くのを見てシンはいったい何人になったんだと驚いた。

「やっほー、きたよ」

聞きなれた声にシンが振り返るとルナがヴィーノとヨウランを引き連れてこちらへと向かってくるのが見えた。

「おい、ルナ、なんか数多くないか?」
「みたいね〜。なんか口コミで広まっちゃって思っていたより数が膨れ上がったみたい」

ルナの言葉どおり、どうやら彼らの学年の間でかなり広まったようで、数は彼らの予想をはるかに上まっており、その数は軽く2クラス近くはいるだろうと思われた。

 

 

「へ〜、結構来たんじゃん」

海に集まった数を見て、ステラの手を引いて海から上がったアウルがひゅうと口笛を鳴らす。ステラもこの賑わいに目を見張っていた。

「でもいいじゃないかな?にぎやかだし」

ヴィーノがうれしそうにそう言うと、ヨウランも彼に賛成してとうなずく。

「じゃあさ、みんなであそぶか?せっかくきたんだしな。アウル曰く」


『赤信号、みんなで渡れば怖くない!』

皆が口をそろえてそう言うと互いに顔を見合わせてわらった。

「そんじゃみなさーん、ちゅーもぉーく!!」

何かと仕切り上手なルナマリアが集まったメンバーの中へと入ってゆく。そんな彼女の姿を頼もしく見やりながら、アウルたちも彼女のあとに続いた。

 

 

 

 

そのころシード学園では。

 

 

「なんだ?これだけの生徒が無断欠席?」
「どういうことだ?」
「家は出ているらしい。まさか・・・エスケープ!?」

1年の異変に気づいた教師達が騒ぎ始めていた。ネオも今朝のアウルたちの様子がいつもと違ったことに気づけばよかったと内心舌打ちしながらデュランダル理事長の元へ向かっていた。9人の理事の一人であるネオは理事会のどの派にも属せず、中立の立場を守ってきていたが、こうなると話の分かるデュランダルに話をつけたほうがいいからだ。周囲には秘密だが、自分の遠縁であるレイを引き取って育てているのだ。しかも同じ養父同士。悪いようにしないだろう。身内の情けにすがるのは嫌だったが、アウルたちには替えられなかった。
そんな騒ぎの中、生徒会の部室を覗き込んだ2年の男子生徒は生徒会長であり、幼馴染の姿を見つけると彼に声をかけた。

「アスラン、集団エスケープがあったのは1年らしいよ」
「キラか。ああ、聞いている。生徒会でも大騒ぎになっている」

アスランと呼ばれた男子生徒は声の主を省みると頷いた。アスラン・ザラは2年A組に在籍し、成績優秀で教師や生徒からの信頼も厚いが、ただやや頭が固いのが玉に瑕だ。彼の幼馴染は隣のクラスで名をキラ・ヤマトといい、成績は学年トップである。同じ学年にいる、生徒会の副会長を務めるカガリが彼の双子の妹だ。アスランとキラはは去年アウルと同じクラスだった。

「どのクラスなんだろうね?楽しそう」

心底面白そうにクスクスと笑うキラをアスランは呆れたように見やった。生真面目な彼にとってエスケープなど考えられないことだった。キラまでそんなばかげたことを面白いと思わせてはだめだと彼を諭す。

「馬鹿言え、ばれたら停学だぞ」
「おい、アスラン!詳細が分かったぞ!!」

そのとき、銀髪の男子生徒が部室の勢いよく扉を開けて入ってきた。興奮気味なのか、アイスブルーの瞳をらんらんと輝かせ、鼻息も荒い。ああ、彼も相当怒ってるみたいと、キラは容易に判断できた。銀髪の男子生徒ことイザーク・ジュールもアスラン以上にクソ真面目な性格だった。そんな彼にとってエスケープなど万死に値する行為なのだろう。ちなみにイザークは3年であり、元生徒会長だ。受験生となっても時たま部室に顔を出し、何かとアスランに勝負を挑んでくる困ったところがあるが、今はそれどころではないらしい。

「で、どのクラスの誰だ、イザーク」

何をのんきなことをとイザークはアスランをにらみつけると、大きく息を吐き出し、怒りにみちた声で事の詳細を述べた。

「どのクラスじゃない。あるクラスを中心に全クラスからエスケープ者が出ている。数は70近くだ!」
「「70!?」」

予想だにしなかった数にさすがの二人も驚きを隠せなかったようだ。冷静なはずのアスランは目をむき、キラはぽかんと口を開けた。だが立ち直りの早いキラはいち早く回復すると、彼の優秀な頭脳は状況を猛スピードで整理し始めた。そして「あるクラス」に思い当たるふしがあった彼は自分のはじき出した答えを確認をするかのようにイザークのほうに向き直った。

「あるクラスって、まさか・・」
「ああ、お前の考えている人物だ、キラ・ヤマト」

キラの言わんとしている事が分かったイザークは忌々しげに彼に顔をしかめて見せた。イザークにとって思い出したくもない顔と名前。彼の表情から自分の考えが正解だと分かったキラは懐かしそうに窓の外を見やると、おかしそうに笑った。あの自由奔放な彼らしいと。

「あはは、やっぱり」
「・・・アウル・ニーダか・・・!」

放心したままアスランが発した言葉が宙に溶けて消えた。
まもなくエスケープのニュースが学園を巡り、シード学園では前代未聞の大騒ぎになっていった。ジブリール理事長は学園祭がめちゃくちゃだと激怒し、首謀者を探せ、とわめき、理事達は何か情報をと奔走してまわった。そんな中、1年の主任を務める教頭のナタルは頭を抱え、理事達の前に自分が彼らの行方を掴まねばと、学校中を奔走してまわっていた。あのジブリールの様子からして生徒達はただではすまないだろう。彼らを先に見つけ出せば生徒達に対してなんらの救済ができると考えたからだ。そんな彼女を影のようにアズラエルがくっついて回っていた。

「ナタルさ〜ん。一緒のお茶でも・・・」
「お言葉はうれしいですが、今は緊急事態ですので後にしてもらいたい」
「うう〜ん、いけずぅ。じゃあこの後、僕のうちで食事でもどうです?オルガのご飯はおいしいですよ?」
「・・・・」

このお天気ヤロウは事の自体が分からんのかと、ナタルは苦々しくアズラエルをにらみつけるが、それを軽く受け流された上、その隙に腕にまで引っ付かれてしまった。激しい頭痛とめまいに襲われながらもナタルは気丈に、そして丁寧に腕をはずし、また今度と告げる。

「いつです?」
「この騒ぎに収拾がついたら、です」
「そうですか。収拾がついたらお付き合いいただけるんですね?」

そういうと先ほどまであんなにしつこかったアズラエルがあっさりとナタルの腕を放したので、彼女は軽く目を見張る。予想に反してあまりにもあっさりと引き下がるアズラエルを不審に思ったナタルはだめもとで彼に問いただしてみることにした。


「生徒達はどうしたんでしょうか?」

「どこにいるかは知りませんが。この原因は、案外この学園祭の趣旨に問題があるみたいですよ」

そう言い切るアズラエルにやはりこの人は何かを知っているとナタルは確信した。

「ともうしますと?」
「この学園祭って何のためにあるんでしょうね。そこにヒントがありますよ」
「ヒント・・・?」
「そうです」

おどけた調子ではあるが、瞳の輝きからからしてアウラエルは大真面目だということはナタルは感じ取っていた。つくづく食えない方だとナタルは思う。それがアズラエルに対して彼女が苦手意識を持っててしまっている大きな要因のひとつだった。彼の思考は読みづらく、どちらの味方か判断しかねるからだ。

「・・・学園祭にOBや出資者が多く招待されていることですか・・?」
「さすがナタルさん!!内容からして生徒達よりも彼らに対するアピールが優先されてませんかねぇ?」
「そ、それは・・・」

その事実はナタルも薄々感づくいていたことだった。ジブリールが理事長の座についてからというものの、彼は強引なやり方で学園を運営し、ナタル自身も不快に思っていたことだった。

「ジブリールのやり方に対する、生徒達の反乱とみてまちがいないですねぇ。・・それにしても本当に実行するとは。今年の生徒は骨があるみたいですねぇ」

とても楽しそうにそう言ってのけるアズラエルにナタルはどう反応していいか分からず、その場を立ち尽くした。

 

 

「大・変!!アウルとステラのクラスがほとんどいないって。後ほかのクラスの連中もいないってさ!1年のクラスが大騒ぎだよ」

3年のクラスにとびこんできたクロトから騒ぎの原因を聞くとスティングたちの間で動揺が走った。

「あいつら、ずいぶん早く出て行ったのはまさか・・・。なんて事を・・!!停学ですまないかもしれないぞ!?」

気づかなかった俺の責任だと真っ青になるスティングを支えながら、オルガはとりあえず、アウルたちに電話を入れろと、クロトに指示を出した。あわてて携帯にかけるクロトだが一向につながらない。オルガはアウルのヤツ、またしでかしてくれたな、と今この場にいないアウルに悪態をついた。すると先ほどまで眠っていたはずのシャニがアイマスクを持ち上げて起き上がった。

「・・アウルのヤツ、そう馬鹿じゃないよ。寧ろ生まれて初めてソンケーしたかも」

起き上がるなり今まで聞いたこともないセリフをはいたシャニをクロトは奇異なものを見るように彼を見やる。

「は?何言ってんだよ、シャニ!?寝ぼけてんの?」
「・・だってさ学校側に反抗したのあいつが最初じゃない?オルガたちも前々から文句言ってたじゃない、今のジブリールはサイテーだって」
「あ・・」
「今まで口ばっかで誰もしようとしなかったこと、あいつやったんだ。すごいね、あいつ・・」

シャニの言葉にオルガたちは息を呑んだ。目先の事実に動揺したスティングたちだったが、シャニは今まで皆が思っていてもしてこなかったことを実行したアウルに純粋な賞賛を向けたのだ。シャニはめったに見せない微笑を浮かべると、ゆっくりと立ち上がった。

「・・どこ行くんだよ?」

このときようやく自分を取り戻したスティングがすれ違いざまに声をかけると、シャニには入り口でいったん足を止めて答えた。

「応援、集めてくる」
「え?」

端的すぎるシャニの言葉にの意図をつかめずに視線だけ向ける一同にシャニは更に一言付け加えた。

「アウルたちが戻ってきたとき、応援、いると思うから」

彼は学校に、理事長達に対抗できうる人数を集めりつもりなのだ。アウル達を、そして彼らのやったことを支持するために。スティングらの返事を待たずにシャニが教室を出て行くと、我に返ったようにクロトも教室を飛び出した。が、言い忘れていたことに気づいて、いったんスティング達の教室に戻って顔だけ覗かせると早口でまくし立てた。

「僕も応援頼んでくる。同じ学年に元クラスメイトだったやつがいるんだ。そいつも引っ張り出せば百・人・力だからさぁ!」

そしてすぐにまた姿を消すと廊下をバタバタと駆ける音があっという間に遠ざかっていった。あっけにとられたオルガだったが、スティングが立ち上がると心配そうに彼に声をかけた。

 

「おい・・」
「大丈夫だ。・・悪い。あいつらに何かあるとすぐパニックになってしまう。こんなに頼りないんじゃあ、兄貴失格だな」

自嘲気味に笑ってみせるスティングを悲しげに見つめるオルガには、彼の気持ちが痛いほど分かっていた。もしシャニとクロトにに何かあったら自分も冷静でいられる自信がない。とくにスティングは昔からアウルとステラのこととなると見境が無くなるところがあった。本当に彼らに何かあったら彼は壊れてしまうだろう。スティングは周りが思っているほど強くはないのだ。スティングは深呼吸をすると自分に半ば言い聞かせるように一言一言ゆっくりと言葉を発する。

「俺もなんかしないと。俺の弟と妹なんだ」
「・・・だったらもっとしゃきっとしやがれ」

お前は十二分にやっていると、彼に言ってやりたかったオルガだったが、なぜかそれを口にすることを憚れ、やっと出てきたのはいつもの憎まれ口だった。それでもその言葉はスティングを奮い立たせたらしく、彼が再び口を開いたとき彼らしい不敵な笑みが戻ってきていた。

「そうだな。やるか!」
「ああ。やってやるか」

そしてオルガもまた。
皮肉げな笑みでそれに応じたのだった。




あとがき
次でエスケープ編は完結です。
大団円の巻。
もうしばらくお付き合いください。