オーブの中央に位置するこの学校は小等部、中等部、高等部、そして大学部が一つに集まるマンモス校である。その中の高等部では毎年6月初旬に学園祭がある。その学園祭当日は全校は授業は休みとなり、その見学を義務付けられ、毎年学園の出資者やOB、お偉方が招待されてくる。これは各部の重要なアピールの時期として、学園の宣伝として学校側は大変力を入れていた。 ダンッ!! 学校祭の執行部といえる実行委員会の会議室でこぶしを打ちつけた音がこだました。 「納得いかない!!また生徒側の予算が削られたことはどういうことだ!?それに生徒側の催し物に対する過剰な干渉!!説明していただけないか!?」 副会長ことカガリ・ユラ・アスはそう言うと実行役員の一人一人を燃える金色の瞳でにらみつけた。そんな彼女の後ろで生徒会長のアスラン・ザラはハラハラと成り行きを見守っている。役員達は彼女の気迫に押されつつも、薄笑いを浮かべて彼女を見やっていた。その中の一人が下品な笑みを浮かべたまま猫なででカガリの鼓膜をねめつける。 「いやぁ、理事長と理事会の決定でね。どうにもならんのだよ。分かるね、きみぃ」 一人が口を開くと、それに便乗するかのように他の役員達も次々とカガリをいびリ出した。 「そうそう。どんなにピーチク喚いても決定事項は決定事項だからねぇ」 「不満があるなら生徒総会でも開いて署名を集めたらどうだい?・・できたら、の話だが」 「今の状態を享受してしまっている生徒達には難しいと思うがね」 「進路のこともあるしなぁ」 哄笑が沸き起こる中、カガリは悔し涙をこらえ、唇をかみ締めた。そのか細い背中をアスランは沈鬱な表情で見ていた。彼らの言うとおり自分達だけでは何もできない。アスランは彼らに対して、そして何もできない自分に対して憤りを感じながら、これ以上カガリをここにいさせてはならないと判断を下した。 「カガリ・・・戻ろう」 「いやぁ、見せ付けてくれるねぇ」 「ガキはガキらしく余計なことを考えずにいちゃついてればいいんだよ」 アスランが彼女の肩を抱いて会議室の外へと連れ出すと、彼らに聞こえよがしに中から嘲笑を沸き起こる。唇をかみ締め、くやしさにたえると、アスランは気遣わしげにカガリのほうを見やったが、彼女はアスランのほうを見ようとせず、ただ肩を震わせていた。 「くやしい・・よ。アスラン。私達は何もできないのか・・?」 ぽたりと涙が床に落ちる。アスランは彼女を抱きしめると、背中をさすりながら役に立たないであろうが、かけないよりましだと思い、慰めの言葉を口にした。 「俺達でできるだけのことはしよう?な、カガリ・・・」 第6話 赤信号、みんなで渡れば怖くない そのころ、つまらない学園祭なんざまっぴらごめんとばかり、アウルはシンやレイとともに周囲を巻き込み、エスケープ計画を立てていた。 「どんくらい集まった?」 「そぉね〜12,3人ってとこかな」 アウルの問いにルナマリアは口元に手をやりながらそう答えた。 「こっちも10人前後。結構学園祭の趣旨に不満持ってたやつ、多かったぜ」 頭数を数えてそう述べたのはヨウランだ。彼らの言葉に頷きながらレイはパソコンに目をやっている。 「・・・だろうな。調べるほどこの学園祭は生徒のものではないように見える。特にロード・ジブリールが理事長の座についてから」 「買収されてるのか知らねぇけど、理事の過半数がそいつの支持に回っていて手がだせねぇってネオが言ってた」 ふざけてんな、とアウルはそうはき捨てると手元のコーラをあおった。 あのあとレイから話を聞きつけたルナやヴィーノに引きずり込まれたヨウランも加わり、『赤信号みんなで渡れば怖くない!作戦!!』こと集団エスケープ計画は着々と進行しつつあった。もちろんステラも例外なく加わっている。当初シンはステラの参加を渋っていたのだが、ステラはアウルやシンもやるなら自分もやるといって聞かなかったのだ。今回の計画にはアウルたちの学年のみで進行しており、スティングたちは加わってなかった。クロトは学年が違うし、スティングたちは受験生だからという、アウルの気持ちでもあったからだ。 「でもさぁ」 「なんだよ?」 じっとアウルたちのやり取りを見ていたヴィーノがふと口を開いて、アウルを見やる。 「ただのエスケープだと思ったのに、なんか大事になってない、アウル?」 「げ」 思いもよらなかったヴィーノの突っ込みにアウルとシンはぎくりと顔を引きつらせ、レイは冷静にパソコンの画面を凝視していたが、手が止まっている。そんな彼らに周囲の視線が集中する。ルナマリアはジト目でアウル達をにらみつけた。 「なんか隠してない、あんたら?」 「ないない。絶対ない!なあ?」 「そうそう。へ、変だよ、ルナ。勘ぐりすぎ」 「・・気にするな。俺は気にしていない」 視線をそらしてそうのたまうアウル・シン・レイをなおもジト目でにらみつける ルナだったが、やがてあきらめたようにため息をついた。 「いーけど。敢えて聞かないでおくわ。レイもいることだから」 「すまない、ルナマリア」 こういう時って役に立つよな、レイの肩書き。 ムカつくけどな。 レイがいるから、という理由に不満を持ったアウルとシンであったが、彼らは敢えて黙っておくことにした。変に突っついて自体をややこしくしかねないからだ。 「んんー、ヴィーノのやつ、たまに冴える。ゆーだーんたいてきってヤツ?」 放課後の屋上でフェンスに寄りかかったアウルが今朝のことを思い起してぼやいた。同様に屋上にはシンとレイもいた。屋上には彼ら以外誰もおらず、フェンス越しからは学園の敷地を見渡せる。そしてちょうど部活のまっ最中という事もあり、グランドでは部活中の生徒達が見えていた。 「お前、反応露骨なんだよ」 「人のこと言えるのかよ」 シンが顔をしかめて今朝のことで文句を言うとアウルもすかさずお前もだよ、とやり返す。 「その辺にしとけ。ギルの事がばれなかったからよしとしよう」 「へいへい」 「分かったよ」 早速こづきあいをはじめたアウル達ををパソコンを見たままのレイが制止の声をかけると二人はおとなしくレイの両傍らに座り込んだ。そしてこの後どう行動するか、計画を敷き詰め始める。そんな彼らにはヴィーノ達が怪しんでいたとおり、ステラやルナマリア達に隠していることがあった。 話は数日前にさかのぼる。 アウルは集団エスケープにレイを誘い込む餌としてデュランダルの理事長室を訪れたときだった。デュランダルはアウルの申し出を快く承知したばかりか、今回の学園祭の趣旨をアウルに語ったのだ。 「どうも学園祭が生徒の物でなくなってきてしまっているのだよ。もはや学園の宣伝のタネとなってしまっていて、私としてはとても悲しいと思っている」 「だったら変えりゃいいじゃんか」 勧められた応接椅子に行儀悪く体を投げ出しながら、つまらなそうにそう述べるアウルにデュランダルは困った笑みを浮かべて肩をすくめて見せた。 「そうしたいのがやまやまなんだがね。理事長の意思だけでは何もできんのだよ」 「へえ、どうしてだよ」 「君の父上であるロアノーク先生は理事の一人だろう?学園の運営の話は聞いていないのか?」 「・・興味ねぇし」 自分の養父の仕事は生物教師で理事をやっているということしか認識のなかったアウルは少しばつが悪そうに視線をそらした。だがそんなアウルをあざけるわけでもなく、やわらかい笑みを浮かべ、理事長は話を続けた。 「そうか。この学園は理事長の意思のほかに9人の理事の意思も加わって初めて物事が動くのだよ」 「へえ、数の暴力ってやつ?」 「うまい表現だ。今もう一人の理事長、ジブリールのほうが理事の支持を受けていてね。私にできることは生徒達の意見をもって彼らの決定を緩和もしくは取り下げさせることしかできない。だが生徒達は縛られているという認識が少ないみたいで、今の私はどうすることもできないのだよ」 言葉をいったん切るとデュランダルは再びアウルを見やると、アウルは座りなおしてまっすぐ彼を見返した。 「僕にどーしろってんだよ?」 「なに。君がやろうとしていることをやればいい。私はそれを黙認しよう」 集団エスケープは少なからず学園に波紋を呼ぶだろう。 それが理事長の考えだったのだ。 この出来事をメイントリオ結成後、アウルはそのことをシンとレイに明かしたのだ。シンはそのことを聞くなり、なんて理事長だよ口をあんぐりさせたが、レイはさすがギル、と言わんばかりに拳を握り、頬を紅潮させた。こうして理事長のお墨付きをもらい、アウルの計画は凶悪度をまして実行されることになったのだ。 そして学園祭当日。 スティングと登校してはまずいと、学校祭の準備をするという名目でアウルたちはいつもよりずっと早く家を出ると、そのまま郊外の海へと向かった。そしてそこでエスケープのメンバー達と合流する手はずになっていた。 ほぼ同時刻。 アズラエル家では。 学園祭に招待されていたムルタ・アズラエルがスーツ選びに迷っていた。 鼻歌交じりに張り切っている彼ではあったが、彼のお目当ては学園祭などではなく、学園の教頭、ナタル・バジルールにあった。毅然としていて、生真面目なナタルに惚れ込んだアズラエルはなにかとナタルにアタックしてはいたものの、未だ連戦連敗をしていたがそのくらいでめげる彼ではなかった。そして今日のこの学園祭でも彼女を口説く気満々であった。 「あなた達、ママが欲しくないですか?」 アズラエルからもう何度も同じセリフを聞かせられている彼の養子たちはまたかよ、と辟易とした顔をした。 「何、まだあきらめてなかったの?おっさん、いーかげんあきらめたら?」 「諦めが肝心だぜ、おっさん」 クロトが呆れたようにそう言うと、キッチンで洗い物ものをしていたオルガも彼に同意して辛らつにコメントを付け加える。 「第一、これ以上頭痛の種増やしたかぁねぇだろうよ、あの人も」 「そうそう」 「なんて言い草ですか!もうっ!!ひどいと思いませんか、シャニ!」 アズラエルがそうシャニに話題を振ると彼はめんどくさそうにあくびをして答えた。 「・・今回で99回目?・・・フラレたの」 「まだふられてませんよ!!」 「・・どうせフラレるんだから同じじゃん」 「いいえ!今日こそ!今日こそおとします!待っていてください!!ナタルさん!!あなたのムルタが今そちらに行きますよっ!!」 息子達に否定されながらも根拠のない自信に燃えるアズラエルを息子らは冷めた瞳で見ると、被害者のナタルに気の毒に・・・と心の中で手を合わせた。 そのころのシード学園では、ナタルは得体の知れない悪寒に襲われていたという。 「うみ・・。海だよ、アウル!!」 「海開き前だからさすがに人いねーな」 「ん。ルナたちはまだみたいだな」 自宅を出て海へと向かったアウルたちはホームルームが始るころに海に着いた。朝日を受けて無数の宝石のように光り輝く海に目にしたステラは喜びの声をあげると、靴を脱ぎ、海へと入っていった。そのすぐ後をアウルとシンが追う。 パシャパシャと足を浸して遊ぶステラを追ってアウルも靴を脱いで海へと入ると、ステラの放った水しぶきがアウルの頬を軽く掠めた。そんな彼女にアウルは口端を吊り上げると、じりじりと彼女ににじり寄る。 「ステラー、おまえはぁ〜」 「フフフ」 「てめ、待て!」 「や」 ステラは身軽にアウルの腕をすり抜けると振り向きざまにまた水をかけてよこした。今度は直撃をくらい、アウルの蒼い頭は湿り気を帯びる。塩辛い海水をはき出すとアウルは腰を落とし、勢い良く地を蹴った。足元で水しぶきが舞い、光に反射してキラキラと光る。 「や、じゃねーよ!待て、コラ」 「や〜」 満面の笑みを浮かべたステラが波間を逃げ回るのをアウルが追う。すっかりと周囲を忘れてしまったかのように二人は離れてはまた距 離を詰め、離れては距離を詰めたりしてじゃれ合っていた。 「・・・・・」 アウルに遅れをとってしまい、離れて二人を見やるシンの肩を誰かがぽんとたたく。肩越しに見返すと、レイが笑みを浮かべていた。彼の珍しい表情にシンが目を見張っていると、レイは視線をまっすぐアウルたちを見据えたままあいつに遅れたな、とつぶやいた。 「・・・まだ負けてねぇよ」 口を尖らせてそっぽを向くシンにレイはそうだな、とまた微笑んだ。 そうしているうちにエスケープメンバー達が続々と海へと集い始めていた。 その人影が絶えることなく続くのを見てシンはいったい何人になったんだと驚いた。 「やっほー、きたよ」 聞きなれた声にシンが振り返るとルナがヴィーノとヨウランを引き連れてこちらへと向かってくるのが見えた。 「おい、ルナ、なんか数多くないか?」 ルナの言葉どおり、どうやら彼らの学年の間でかなり広まったようで、数は彼らの予想をはるかに上まっており、その数は軽く2クラス近くはいるだろうと思われた。 「へ〜、結構来たんじゃん」 海に集まった数を見て、ステラの手を引いて海から上がったアウルがひゅうと口笛を鳴らす。ステラもこの賑わいに目を見張っていた。 「でもいいじゃないかな?にぎやかだし」 ヴィーノがうれしそうにそう言うと、ヨウランも彼に賛成してとうなずく。 「そんじゃみなさーん、ちゅーもぉーく!!」 何かと仕切り上手なルナマリアが集まったメンバーの中へと入ってゆく。そんな彼女の姿を頼もしく見やりながら、アウルたちも彼女のあとに続いた。 そのころシード学園では。 「なんだ?これだけの生徒が無断欠席?」 1年の異変に気づいた教師達が騒ぎ始めていた。ネオも今朝のアウルたちの様子がいつもと違ったことに気づけばよかったと内心舌打ちしながらデュランダル理事長の元へ向かっていた。9人の理事の一人であるネオは理事会のどの派にも属せず、中立の立場を守ってきていたが、こうなると話の分かるデュランダルに話をつけたほうがいいからだ。周囲には秘密だが、自分の遠縁であるレイを引き取って育てているのだ。しかも同じ養父同士。悪いようにしないだろう。身内の情けにすがるのは嫌だったが、アウルたちには替えられなかった。 「ナタルさ〜ん。一緒のお茶でも・・・」 このお天気ヤロウは事の自体が分からんのかと、ナタルは苦々しくアズラエルをにらみつけるが、それを軽く受け流された上、その隙に腕にまで引っ付かれてしまった。激しい頭痛とめまいに襲われながらもナタルは気丈に、そして丁寧に腕をはずし、また今度と告げる。 「いつです?」 そういうと先ほどまであんなにしつこかったアズラエルがあっさりとナタルの腕を放したので、彼女は軽く目を見張る。予想に反してあまりにもあっさりと引き下がるアズラエルを不審に思ったナタルはだめもとで彼に問いただしてみることにした。
「どこにいるかは知りませんが。この原因は、案外この学園祭の趣旨に問題があるみたいですよ」 そう言い切るアズラエルにやはりこの人は何かを知っているとナタルは確信した。「ともうしますと?」 「ジブリールのやり方に対する、生徒達の反乱とみてまちがいないですねぇ。・・それにしても本当に実行するとは。今年の生徒は骨があるみたいですねぇ」 とても楽しそうにそう言ってのけるアズラエルにナタルはどう反応していいか分からず、その場を立ち尽くした。 「大・変!!アウルとステラのクラスがほとんどいないって。後ほかのクラスの連中もいないってさ!1年のクラスが大騒ぎだよ」 「あいつら、ずいぶん早く出て行ったのはまさか・・・。なんて事を・・!!停学ですまないかもしれないぞ!?」 気づかなかった俺の責任だと真っ青になるスティングを支えながら、オルガはとりあえず、アウルたちに電話を入れろと、クロトに指示を出した。あわてて携帯にかけるクロトだが一向につながらない。オルガはアウルのヤツ、またしでかしてくれたな、と今この場にいないアウルに悪態をついた。すると先ほどまで眠っていたはずのシャニがアイマスクを持ち上げて起き上がった。 シャニの言葉にオルガたちは息を呑んだ。目先の事実に動揺したスティングたちだったが、シャニは今まで皆が思っていてもしてこなかったことを実行したアウルに純粋な賞賛を向けたのだ。シャニはめったに見せない微笑を浮かべると、ゆっくりと立ち上がった。 「・・どこ行くんだよ?」 このときようやく自分を取り戻したスティングがすれ違いざまに声をかけると、シャニには入り口でいったん足を止めて答えた。 「アウルたちが戻ってきたとき、応援、いると思うから」 彼は学校に、理事長達に対抗できうる人数を集めりつもりなのだ。アウル達を、そして彼らのやったことを支持するために。スティングらの返事を待たずにシャニが教室を出て行くと、我に返ったようにクロトも教室を飛び出した。が、言い忘れていたことに気づいて、いったんスティング達の教室に戻って顔だけ覗かせると早口でまくし立てた。 「僕も応援頼んでくる。同じ学年に元クラスメイトだったやつがいるんだ。そいつも引っ張り出せば百・人・力だからさぁ!」 そしてすぐにまた姿を消すと廊下をバタバタと駆ける音があっという間に遠ざかっていった。あっけにとられたオルガだったが、スティングが立ち上がると心配そうに彼に声をかけた。 「おい・・」 自嘲気味に笑ってみせるスティングを悲しげに見つめるオルガには、彼の気持ちが痛いほど分かっていた。もしシャニとクロトにに何かあったら自分も冷静でいられる自信がない。とくにスティングは昔からアウルとステラのこととなると見境が無くなるところがあった。本当に彼らに何かあったら彼は壊れてしまうだろう。スティングは周りが思っているほど強くはないのだ。スティングは深呼吸をすると自分に半ば言い聞かせるように一言一言ゆっくりと言葉を発する。 「俺もなんかしないと。俺の弟と妹なんだ」 お前は十二分にやっていると、彼に言ってやりたかったオルガだったが、なぜかそれを口にすることを憚れ、やっと出てきたのはいつもの憎まれ口だった。それでもその言葉はスティングを奮い立たせたらしく、彼が再び口を開いたとき彼らしい不敵な笑みが戻ってきていた。 「そうだな。やるか!」 そしてオルガもまた。
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