私立シード学園。

 オーブの中央に位置するこの学校は小等部、中等部、高等部、そして大学部が一つに集まるマンモス校である。シード学園は毎年5月下旬から6月中旬の間、学園祭という物を開催する。ちなみに5月下旬は小・中等部、6月初旬は高等部、6月中旬は大学部とそれぞれ時期が違い、その学園祭当日は全校は授業は休みとなり、その見学を義務付けられ、毎年学園の出資者やOB、お偉方が招待されてくる。これは各部の重要なアピールの時期であり、学園の宣伝として学校側は大変力を入れていた。
                        
                  そして6月初旬。

      高等部の学園祭が開催される時期が今年もやって来た。






      
第5話
                 悪ガキトリオ、結成
                    
 
                  





「はあぁ〜〜あ。・・・ダルぅ」


全科目の中で一番好きな体育だったにもかかわらず、アウルは憂鬱そうに溜め息をついた。それもそのはず。今日の体育は彼の大嫌いな跳び箱で、アウルのお目当てであるステラのクラスは少し離れたグラウンドでハードル競技だ。体育は2クラスを基本にまとまって行うことになっているが、今回は離ればなれでつまんねぇの、とアウルはぼやいた。隣に座っているヴィーノは女子の体育姿を鑑賞するのに一生懸命になっている。アウルとしては何でそんなのに一生懸命なんだよ、と思うのだが可愛い女の子のチェックをしているとのヴィーノの談である。異性に興味を持つことは男子としては当然?のことかもしれないが、アウルにとってはステラ以外の女は似たり寄ったりであった。・・・一部強烈すぎるのもいるが。

「・・ニーダ!!アウル・ニーダ!!」
「へいへい、アウル・ニーダ!いっまあっ〜す」

体育教師のバルトフェルドの声にアウルは勢いよく立ち上がって手を挙げると、バルトフェルドは嬉しそうな笑みを浮かべた。根っからの体育教師である彼は純粋にアウルに期待を寄せており、アウルもそれを承知していた。跳び箱やマット運動は面倒で大嫌いなアウルではあるが、バルトフェルドの顔を立てて授業に出席しているのだった。

「次、お前の番だ。特別に7段飛んで見せろ」
「いきなりっすかぁ?」
「お前なら出来るだろ?」

もちろん、アウルにとって7段に積み上げられた跳び箱なぞ造作もない。だがパフォーマンスを見て欲しい肝心な相手はここにおらず、めんどくさいなぁという気持ちがどうしても先行してしまって、やる気が出ないのだ。とりあえずテキトーに飛ぶかとアウルは助走をすべく、地面を蹴った。

「アーウルー、ふぁいとぉ!!ステラも見てるわよぉ」

その時、聞き覚えのある声がグラウンドから響いて首だけをその方向へと向けた。その声の持ち主は先ほど述べた、強烈すぎる例外こと、ルナマリアである。彼女の言葉どおり、確かにステラがルナマリアの隣で控えめながら手を振っていた。ステラの姿に俄然やる気の出たアウルはにんまり笑って跳び箱この方へと意識を戻したとき、跳び箱はすでに眼前に迫っていた。完全に踏み切りのタイミングを逃してしまったアウルに、ヴィーノが悲鳴を上げた。

「アウルッ、危ない!!」

トン。

軽い音を立ててアウルは倒立の姿勢で跳び箱に手をかけると、ぐっと力を込めて体を宙へと放り投げる。そしてその勢いに乗って宙で軽く体を一ひねりさせると、そのまま綺麗に着地した。
一瞬の静寂。
アウルがステラに向かって親指を突き出すと、それを合図にとまっていた空気が動き出したかのように盛大な拍手が沸き起こった。

「あいつ馬鹿だけど運動神経だけはホント、一流だよな」

パフォーマンスを終えてさっさと戻ってゆくアウルの姿にシンがほうけたようにそうつぶやく。その呟きには純粋な賞賛の響きがあった。だが傍らのレイは何思ったのか視線をアウルたちのクラスに向けたままでそんなにシンを諭すように言葉をかけた。

「それは違うぞ、シン。あいつはまともな用途に頭を使わないだけで決して馬鹿ではない」
「へ?ああ、そ、そう・・・」

シンは一応アウルをほめたのであって批判したわけではない。反論する論点が間違っているような気がするが、シンはあえて突っ込まないでいた。下手に突っ込んで話が長くなってはたまらないからだ。だがそんなシンを自分の言葉に対して納得していないと見たレイが彼を諭すように言葉を繰り返す。

「使おうとしないだけでまともじゃないわけではない。分かるか、シン」
「・・俺、そこまで言ってないよ」

レイは無論悪気はないだろが、それだけに余計タチが悪い。シンは冷や汗たらしながら、レイの近くにアウルがいなくてよかったなぁとガラにもなくそう思った。




学園祭だって?」

一日の最後のホームルームで議題を聞くなり素っ頓狂な声を上げたアウルを不思議そうにヴィーノはみやる。

「うん。来月の第2金、土だって。高等部は毎年この時期にやるみたいだよ。でもアウル、去年いたんじゃないの?高等部だったから」
「サボってたから分かんね」
「そ、そう・・。あはは・・。そういえば去年中等部でいたもんね・・なぜか・・・」

高等部だったアウルがなぜ中等部にいたのかは敢えてそれ以上触れるまいとヴィーノは顔を引きつらせて話題を戻す。

「テーマは何にしようかというんだけど、何か提案してみる?僕、演劇がいいなぁ・・・」

そしたら誰かと仲良くなって恋とか芽生えたりして、と乙女のようなことを考えるヴィーノをアウルはあるわけないじゃんと呆れた。そんなことより彼は隣のクラスが何をやるか気になってしょうがなかった。

 

 

 

 

「演劇ぃ?眠り姫ぇっ!?」

夕食時の団欒でステラから学園祭のことを利くなり、アウルは嫌そうに顔をしかめた。コロッケを口に入れたまましゃべるアウルにスティングも顔をしかめたが、アウルはお構いなしに続ける。

「でお前がヒロイン!?」
「ううん、王子役・・・」

ステラはアウルと違い、行儀よく箸を止め、ステラは首を振ってそう答えた。隣でスティングが満足そうに頷いている。

「はあ?ヒロインは誰だよ?まさかシン、てめぇじゃないだろうな?」

そうだったら殺すぞと言わんばかりに目をらんらんとさせるアウルにシンは憮然とした表情で首を振った。

「・・ちがうよ」
「じゃあ、誰だよ」

そいつを闇討ちしてやる、と物騒なことを考えているアウルは興奮気味に身を乗り出す。なんて行儀の悪いやつだと、スティングがまたもや顔をしかめるが、おかまいなしだ。

「レイ・・君だよ、確か」
「男女両方の票が大量に入ったんだ」

ステラの言葉を受けてシンがむっつりとそう述べる。

「げ・・。あいつかよ」

レイはプラチナブロンドにアイスブルーの瞳を持った美貌の少年で、ステラたちのクラスの委員長を務めている。成績は学年トップ、無口で無表情だが礼儀正しく、周囲からの信頼も厚かった。さすがにレイだけは闇討ちしたくないなぁとアウルは躊躇する。後が非常に怖いからだ。なぜならばレイは人の秘密を握る天才であり、余計なことを探られては目も当てられない。中等部に入り浸っていたとき、いち早くアウルの正体をつかんだのも彼だった。レイは何も言わなかったからよかったものの、どうやって気づいたのだろうかとアウルは思う。シンでさえしばらく気づかなかったのだ。おまけにレイは普段冷静沈着なだけにキレたら何されるか想像もしたくなかった。レイは闇討ちは難しいと判断すると、アウルはそれだけに苛立って仕方がなかった。とりあえず、アウルは苛立ちの矛先をシンに向けてうっぷん晴らしを決め込んだ。

「・・でお前は何やんの?」
「うるさいなっ!!なんだっていいーだろっ!!」

とたん顔を真っ赤にして怒鳴るシンをアウルは面白いおもちゃを見つけたようににんまりと笑う。

「へーえ、言えない様な役なんだ〜、シンちゃんはぁ〜?もしかして馬の足、とか?」
「ちがうっ!!ちゃんと準主役だ!!」
「すげぇジャン。何の役だよ?」
「姫に呪いをかける魔法使いの役だよっ!!・・・あ」

そこでシンは最後まで言ってしまったことに気づいたときはすでに遅く。シンの役割に腹を抱えて爆笑するアウルの姿があった。
そしてその直後。
アウルのあまりの行儀の悪さにとうとう堪忍袋の緒の切れたスティングが
アウルを食堂からたたき出していた。





「くっそ〜、スティングのやつ短気だなぁ。腹へって眠れなかったじゃねーか。これもあいつのせいだっつーの」

翌朝。
自分の事ははるかに高い棚の上に上げ、ぶつくさとシンにあたるアウル。
だが幸か不幸か腹の虫のおかげで彼は今日はちゃんと定刻どおりに起きれていた。時間もあり、昨日の分の空腹分も、と朝ごはんを大量に掻きき込むアウルにスティングはアウルと炊飯器の中身を見比べながら、朝の米は間に合うだろうかとひそかに冷や汗をたらしていた。




「・・・でうちはなに?景品付でゲームコーナーってか?つっまんねー」
「・・うん。なんか予算がまた削られたらしくて、それでみんな馬鹿くさくなってるからその方が楽でいいって。何のための学園祭だろ・・。・・僕、演劇がよかったなぁ・・・」

アウルのクラスのホームルームで決まった学校祭のテーマはゲームコーナーだった。心底つまらなそうに鼻を鳴らすアウルの隣でヴィーノは残念そうに肩を落とすとちぇーこれじゃ今年もカノジョできないじゃん、またヨウランに水をあけられちゃうじゃないかと密かにぼやいた。ヨウランはステラのクラスメイトでヴィーノの幼馴染で親友だ。中等部に綺麗な婚約者がいるらしく、ヴィーノは密かにうらやましがっていたのだ。

「ヴィーノ・・つまんねぇよな。この学園祭」
「・・・ん。そーだね」
「ふざけてるよな」
「ん。そーだね」
「さぼろーぜ」
「ん。そーだね・・・って。へ?」

落ち込んでいてアウルのに言われるがまま相槌を打っていたヴィーノだったが、最後の言葉に跳ね上がるように顔を上げた。にんまりと邪まな笑みを浮かべるアウルとまともに目が合ってしまい、ヴィーノは身の危険を感じた。変なことに巻き込まれたくない、かかわりたくないと彼はアウルに気づかれないようにそろりそろりと後ろに後退して行ったが、アウルに両肩をつかまれ、身動きができなくなってしまった。

ああ、かあさん、かみさまたすけてください。
みずいろのあくまがわらってます。
そりゃあもうたのしそうににやにやと。
ぼくはまだいけにえになりたくありません。
まだかのじょもいないしせいしゅんをおうかしていないのに。
たすけてたすけてください。

半泣きになりながら首を振るヴィーノだったが、アウルはまったくお構いなしにヴィーノをエスケープ要員として決めてしまっていた。そしてうれしそうに青い瞳を輝かせながら、普段使わない頭をフル回転させながら詳細を練り始める。

「んじゃ一緒にサボろーぜ。他のやつらにも声かけっから。名づけて『赤信号みんなで渡れば怖くない!』作戦!!」

ネーミングセンス悪っ、というかただのエスケープにそんな長い名前付けてどーすんだよ、とヴィーノは一瞬己の境遇を忘れて突っ込みそうになる。だが突っ込む事で幸か不幸か、ヴィーノは吹っ切れてしまった。一回吹っ切れると人間、開きなおるものである。吹っ切れると同時にヴィーノの中に怒りがふつふつと湧き上がってきた。

くっそー、こうなったら・・。
俺だけが不幸になってたまるかっ!!

すっかり開き直ったヴィーノは同じように邪まな笑みを浮かべてアウルに向かって親指を立てて見せた。完全にヤケクソになってしまっている。

「おしっ!!アウル、俺も当たってみるよ!!」
「へえ、ノリいーじゃん?」

感心するアウルにヴィーノは鼻息荒げに頷いてみせた。彼の頭の中にはもうすでに一人引きずり込む人物の顔が思い浮かんでいる。

「あたぼうよ!!俺だけが不幸になってたまるかってよっ!!」
「?」

こうして『赤信号みんなで渡れば怖くない!作戦!!』はスタートすることになった。



「エスケープだぁ?馬鹿だと思っていたけど訂正するよ。お前、とんでもない大馬鹿だったんだな」

アウルのエスケープ計画を聞くなり、シンは呆れたように息を吐き出した。その隣でレイが表情ひとつ変えることなく、アウルを見つめている。

レイ、やっぱこいつは馬鹿だよ。アホだよ。とんだ電波野郎だよ。いったいどんな思考回路してるんだ。まともじゃない、まともじゃないと言ったらまともじゃない。

と考え付く限りの罵詈雑言がシンの頭の中を駆け巡っている間、レイは冷静にシンの心の声を代弁した。

「アウル、正気か?」
「あったりまえじゃん」

レイに話をつけたほうが早いと判断したアウルはジト目のシンを無視し、彼に向き直った。

「できるだけ大勢のほうがお咎めも少ねぇだろ?まさか全員処分、ってのはやらねぇと思う。名づけて『赤信号みんなで渡れば怖くない!作戦』!!」
「ネーミングセンス悪っ」

ヴィーノと同じ感想をシンは持った。異なるのは敢えて口にしたことである。だがアウルはよほど自分のネーミングセンスに自信があったのだろう。みるみる瞳を吊り上げてシンに噛み付いた。

「なんだとっ!!だったらてめぇでつけてみせろよ!さぞかし素敵なネーミングセンスしているだろうなぁっ!」
「んなの集団エスケープで十分だ、この馬鹿!!」
「はっはー!!そのまんまじゃん!!センスねえーな、シンちゃんはよ!」
「んだと、待ってろ!!今考えてやっから!!」

大げさに肩をすくめて馬鹿にするアウルにシンの怒りゲージが急上昇していく。もはや最初の論点などどこかに忘れていってしまったようだ。

「・・そういう問題ではないだろう、シン」
「はっ。忘れてた」

・・・がレイの冷静な一言でシンが我に返ると、アウルはちっと舌を鳴らした。シンは単純で扱いやすいが、どうもこいつはやりにくいなぁとアウルは改めてそう思わされた。だがアウルにはこのために秘密兵器が用意して合った。それもレイの弱点をつく、決定的な秘密兵器が。

「いいか。集団エスケープとなると騒ぎが大きくなる。わかるな?」
「そっか?全員いなくなるわけじゃねぇし。大体学園祭にお偉いさん呼ぶほうがおかしいんだよ」

アウルの言葉どおり、この学校の学園祭は近年、生徒主体というより、お偉方へのアピールが主体となっていた。予算は削られる一方何かと学園からの企画に介入が多いのだ。

「それは俺も賛成する。だが理事長に迷惑がかかるだろう?」
「ロード・ジブリールとギルバート・デュランダルだっけ」
「そうだ。ギル・・じゃなかった理事長に迷惑が及ぶことは許さん!!」

そう言うとレイは命に代えても断固阻止すると言わんばかりにいつもの鉄皮仮面をかなぐり捨てて闘志を燃やした。いつものレイとかけ離れた様子にシンは目を白黒させていたが、アウルはやっぱそう来たねぇ、とにんまりと笑みを浮かべた。

「これ、なーんだ」
「・・・!!」

そういってアウルが取り出したのは写真の束だった。10枚はあると思われるその束を目にした途端、レイは固まった。

「こ、これは・・・っ!!」
「どうしたんだよ?」

シンはわけが分からず、眉をひそめたが、レイはその写真の凝視したまま固まっている。

「ふっふっふ〜。デュランダル理事の写真10枚セット!!しかもサイン入り!!どぉ〜だっ!!」
「阿呆!!そんなんでレイがなびくとでも」
「ギ、ギルの写真・・・」

勝ち誇ったように写真をひらひらさせるアウルにシンはあきれ果てたように詰め寄るが、写真を凝視していたレイの鬼気迫る表情に固まった。

「・・って本気で悩んでるしっ!?」

驚愕するシンを尻目にレイの葛藤が続く。そして止めといわんばかりにアウルがこう付け加えた。

「極めつけは笑顔で歯がキラ〜リ〜ン」
「もらった」
「毎度」

もはや迷わないといわんばかりにしっかり写真を引っつかむレイにおいおいおいおいと頭を抱えるシン。

「理事長はどうすんだよっ!!」
「はっ。いかん」
「デモメッセージ入りのオマケ」
「もらおう」
「おい」

シンの突っ込みに一瞬我に返ったレイであったが、理事長のデモの前では最後の正義感さえも霧散してしまった。あっけにとられるシンだったがふと写真の出所が気になってアウルに問いただした。

「大体どうやって撮ったんだよ、んなもん」
「あ?フツーに撮らせてくれたけど?」
「・・・そう簡単なのかよ・・・」

だがアウルの答えはあまりにもあっけなさ過ぎてあの理事長は何考えてるんだとシンは本気でかんぐりたくなった。そんなシンを無視し、アウルはさわやかに笑ってこう宣言する。

「これでメイントリオ結成・・・っと。まあ、俺ら3人がメインで動き回れば万事オッケー。問題なしなし」
「・・・おい。勝手に数に入れるな」

アウルに突っ込みを入れるシンだが、またもや見事に無視される。

「ヴィーノにも声掛けてもらってるし、首謀者が複数いれば誰が首謀者がわからんでしょ」
「だから俺を」
「ステラの寝顔写真」
「もらった」

間を要れずに嬉々とした表情でしっかりと写真を引っつかむシン。そんな二人にアウルはにんまりと笑って見せ、一言付け加えた。

「気にするこたぇねぇよ。それに女装姿、見られたいのかよ?お前ら」
「あ、ああ・・。」
「グ・・・いや・・かも」
「な?」


こうして(お騒がせ)メイントリオが結成されたのである。


                      



あとがき

久しぶりの学園物です。
長くなりましたので次話に続きます。
種キャラもたくさん登場します。
次回集団エスケープが思わぬ方向へと動き出します。
エスケープ騒動と大人の思惑の巻。
お付き合いいただけたらうれしいです。