「ハ〜イ、みなさん元気でしたかぁ?パパがお帰りですよぉ〜」


アズラエル家の朝の食卓に脳天気すぎる声が響く。


あと数日は聞くはずのなかった声にオルガ達は固まった。










第4話

ムルタ・アズラエル









「お、おっさん、何でここにいるんだよ?」


クロトは玉子焼きを刺したままの箸をアズラエルに突きつけると、

彼は大げさに肩をすくめ、悲しげに首を振ってみせた。


「おっさんだなんてパパは悲しいですよ、クロト!」


そういいながらちゃっかり朝の食卓に着くと、長男坊がフライパンを持ったままゆらりと

その前に立った。表情からして怒り心頭だ。


「あ〜ん〜た〜なぁ!!イギリスでの会議はどうした!!」

「え〜、あんなのもうボクがいなくて大丈夫ですよ。それよりオルガの玉子焼き♪」


そんなオルガの怒りを前にしても、そんなの何でもないですよと軽く受け流す。

そして箸をとると、めざとく近くの玉子焼きに手を伸ばした。


「・・これ、オレの」


が、あとちょっと、というところでシャニが皿ごと自分の方に寄せてしまい、

アズラエルの箸は空しく空を切る。アズラエルは獲物を逃したその箸を

シャニに突きつけて、その行為を糾弾した。


「イギリスよりはるばる帰ってきたというのに!玉子焼き一つ譲れないのですか、君は!!」


だがアズラエルの金切り声はシャニには通用しない。


「そんなの、おっさんの勝手」


マイペースに玉子焼きを頬張る。消えていく玉子焼きに焦りを見せた

アズラエルは今度は悲壮に満ちた声を上げてみせる。


「なんて事を!!パパは悲しい!!」

「・・うざい。もぐもぐ」


・・効果はなかったようだ。


「・・おい」



オルガは蚊帳の外に追いやられていることにこめかみをひくつかせていたが、

二人はそんなのを一向にお構いなしに、歳不相応な争いを展開させた。


「譲りなさい!!」

「やだ」

「おい。人の話を聞け」

「たまごやき〜」

「やだ」


「あ〜、一口で全部ほおばるなんて!!シャニ!!下品ですよ!!

パパは悲しいです!!」

「おいっっ!」


玉子焼きがなくなってしまい、ようやく不毛な争いから復帰すると、

悪びれた様子もなくオルガの方へと向き直る。


「だからオルガ達の顔を見たくて帰ってきました。親心ですよぉ。

それより僕の分、作ってください」



いけしゃあしゃあとそう言ってのける養父にオルガは情けなさに肩をふるわせた。


「クッ、『会長がいませ〜ん。お心当たり有りませんかぁ〜』って

早朝に会社役員から電話があったんだよ。

何の冗談かと思っていたのに、まじかよ・・」


「人の息子に泣きつくとは女々しいですねぇ・・。やれやれ」

「あんたのせいだろうが!泣きつかれる者の身になって見ろ!!気色悪いんだぞ!!」

「僕のせいじゃありません」


十二分に己のせいだ。


と明瞭に語っている息子達の視線を無視すると、アズラエルは近くのみそ汁をすすった。

そのお椀を見たクロトが抗議の声を上げる。


「あ〜、おっさん!それ僕のみそ汁!」

「男がケチケチするモンじゃありません!」

「人の話聞いてるのかよっ!」

「あ・・おひたしどろぼう」

「あ〜、もう!じゃオルガにまた作ってもらいなさい!」

「てめぇら・・・」


またやいのやいの始めた一同はもはや誰もオルガの話を聞かない。

オルガは自分の血圧が急上昇するのを感じ、わなわなとその身を震わせた。

だがそんな彼の状態などお構いなしに、皆好き勝手言い始める。


「オルガ〜、僕のみそ汁。新しいのくれよ」

「やかましいっ!それくらいてめぇでやれ!!俺は今取り込み中だ!!」

「オルガ・・ご飯お替わり」

「取り込み中だと言ってるだろうが!!」

「僕の玉子焼きはまだですか?」

「人の話を聞け、この諸悪の根元!!」



朝に限らず。

アズラエル家の食卓はまったくをもって騒々しい。

人間、皆自分の身が可愛いものである。

被害を恐れ、使用人達は誰もアズラエル家の食卓には近寄ろうとしない。









「あの後弁当まで作らせやがった。・・・あの野郎」


3Aのクラスでオルガは机に突っ伏し、今朝の出来事を

スティングに語っていた。その背中にはただならぬ哀愁が漂う。


「・・それで遅刻かよ。とんだとばっちりだったな」


スティングは心底気の毒そうにオルガの肩を叩いた。


ムルタ・アズラエルのわがままさにはロアノーク家も手を焼いていた。

なにかとネオと張り合い、真夜中だろうが何だろうが訳の分からない

勝負を挑んできたり。


「僕のオルガとあなたのスティングの料理がどっちが美味しいか!!

勝負です!!」

「今、夜中の3時だっつーの!!帰れよ、ハゲっ!!」


とか。


「ステラ〜、今日も可愛いですね〜。いっぱいお菓子とぬいぐるみをあげますから

僕の息子達のところへお嫁に来ませんか?」

「・・・?」

「なんだよ、あんた!?人さらいかよっ!?」

「帰れ!!カツラ燃すぞ、コラァッ!!」

「・・ライターで好いか?ガソリンもあるぞ」


とか、等々。



昔、オルガと共にアズラエル家の養子の話が来たのだが、スティングは結局

アウルやステラと共にロアノーク家の養子となった。それがなければ

同様な境遇にいたのだろうと思うと背筋が寒くなる。オルガには悪いが

今更ながら自分を引き取ってくれたネオとアズラエル家入りを阻止してくれた

アウルの悪知恵に感謝した。まさかこの学園に来て再会するとは思わなかったが。

男泣きをするオルガの背中をさすりながら、俺はまだ楽な方だなぁとスティングは

天井を仰ぐのであった。









後書き


アズラエルさん登場。
彼の天敵はアウルとシン(+レイ)です。
特にアウルにはロドニア時代の時にも
ひどい目に遭わされているので。
プロローグ、頑張ります。
気分転換もかねて他のも書きつつ
少しずつ書いてます。
シンとの出会いもあるので
前・中・後編となりそうですが、
おつきあいいただけると嬉しいです。

次回、文化祭となったシード学園。
だがアウルは・・・。集団エスケープ・・・の巻。

ここまで読んでくださって有り難うございました。