今日はときめくバレンタインデー。
ムルタ・アズラエルは朝から張り切っていた。



「バレンタイン・デー!!今年こそは本命チョコとオルガたちからもらえるかなぁ♪」


ところが。


「会長、この書類の決裁をお願いします。そのあとは担当者会議に。11時半に記念会食。13時より3月末に行われる・・・」
「すとーっぷっ!!」


無表情にスケージュールを読み上げていた第一秘書、イアン・リーが何事かと顔を上げた。その顔から愛想のかけらも見受けられず、もっと愛嬌がないと出世しませんよ、とアズラエルは何度言ったことか。それでも彼に一ミリの変化も見られない。

その大元の原因はアズラエル自身にあるのだが、彼自身はそれを知らないだろうし、今後も知るつもりはないだろう。天上天下唯我独尊がアズラエルの生まれながらのキャラクター性であるからだ。


「今日は何の日かわかってますよね」


人差し指を立てて自分に迫るアズラエルにイアンはわずかに眉を顰め、温度の感じられない声色でその問いに答えた。


「2月14日。大きな取引は今日ございませんが?今日のスケジュールは」
「ちがーーーう!!バレンタイン・デー!!聖バレンタインの命日ですよっ」


机をバンバンと叩き、バレンタインを強調するアズラエルの金切り声をものともせず、イアンは冷ややかな一瞥をくれると、持って居た書類を軽く叩いた。


「存じ上げておりますが、それはわが社に何のかかわりがあるのでしょうか?」
「あなたの頭は石頭ですか!!チョコですよ、チョコ!!チョコをもらえる日なんですよ!!」
「あいにくですが、差し上げるチョコは持っておりません」


平然と返される返事にアズラエルは髪の毛をかきむしらんばかり。

息子と命の次に大事な髪の毛を。


ぱらぱらと何本か金の髪が抜け落ちて行ったが、今はその事を気にしている余裕も無いようだった。


「誰があなたから欲しいと言いました!!」


バンバンとまたもや机を叩くアズラエル。飛び散る書類の束にイアンが眉を潜めたがやっぱりお構いなしに続ける。


「今日はバレンタインなんですよ!!去年は仕事で海外に出ていて息子たちからもらえませんでしたが!!今年はっ!!」


決意・・・・といおうか。


「本命と息子たちから愛のチョコを・・・・っ!!」


アズラエルは使命感に満ち満ちた眼差しを高層ビルの窓の向こうに見える太陽に向ける。
そこには並々ならぬ執着が見えた。
よほどもらいたいのだろう。
だがここで甘い顔をしたら秩序が軒並みに崩れていくことが分かりきって居る。

会社のため。
社員達のため。
そしてアズラエル自身のため。
イアンはあえて心を鬼にすることにした。


「・・・・ここからご自宅のある町まで約4時間・・・・。仕事が終わる頃には日付が変わってますね。明日も仕事が山積みですから当分戻れないでしょう」
「鬼っ!!あなたは人の姿をした悪魔でしょう!!」
「なんとでも」


押しても引いても(実際は押してばかりなのだが)手ごたえのないカタブツ秘書にアズラエルは今度は泣き落としにかかった。


「この神聖な日にっ、何を悲しくてむさくるしいおっさんと一緒にいなければならないんですか!!まちがってる!!」


おまーのせいだろうが。


ダンダンと机を叩いてむせび泣くその姿にさすがのイアンも怒りを覚えてこめかみをピクピクさせた。喉もとから出かかった言葉を飲み込み、アズラエルの抗議を左から右へと受け流しながらスケジュールの進行を取り決めてゆく。

本来ならば役員取締役の位置に居る彼が秘書の立場に居るのはアズラエルのわがまますぎる性格とテンションの高さのせいで秘書たちが心労を理由に次々とやめてゆき、秘書のなり手がいなかったせいなのだ。
他の社員達もこぞってアズラエルの傍は嫌だというので、仕方なくイアンが秘書役を買って出たのであるが・・・・。
胃薬を手放せない日々が続いていた。


「ちょこれーーーーとぉーーーー!!」


アズラエルの心からの叫びが青空にむなしく響いて消えていった。

















アズラエルのチョコレート大作戦★

















「はうっ」
「ん〜〜〜ど〜〜したの〜〜、オルガ?」
「顔色、悪いよ?」


朝食を囲んでいたオルガが突如青ざめて身震いをしたので彼の弟たちは怪訝そうな面持ちで彼を見やった。
同時に茶碗が澄んだ音を立てて割れた。


「・・・・不吉」


綺麗に真っ二つに割れた茶碗を見やり、シャニがボソリとつぶやく。
嫌な予感を覚えたのはクロトも一緒で。
アズラエル家の息子たちは互いの顔を見合わせた。


「まさかね」
「今回はイアンのおっさんも居ることだし」


冷や汗をたらしてうなずきあうオルガとクロトを前にシャニは手元の味噌汁をすするとトドメともいえる言葉をボソリと吐いた。


「どうかな・・・・アズラエルのおっさんだし」


オルガとクロトはその場で固まった。





同時刻。




「どうなさいました?」


シード学園で和やかにお茶を飲んでいたナタルは以前感じた悪寒と似たようなものを感じ、身を震わせていた。














「なんとしても今日はっ!!今年こそはっ!!」


会議中もアズラエルは其のことで頭がいっぱいだった。
彼は今年は特にチョコが欲しかった。
去年は息子たちからもらえず、今年こそは・・・と思っていたし、ナタルのチョコも期待できそうだったからだ。

財閥会長という立場にいるアズラエルにチョコが全く無かったというわけではない。毎年得意先もしくは取引先からチョコは確かにもらえた。

だがそれは形ばかりで何の親愛も感じられなく。もらっても何の喜びも感じられない代物だった。

なんとしてでももらう。

そう決意したアズラエルはおもむろに立ち上がった。
会議中の役員の視線が集中する。


「どうなされました?」
「トイレ!!」


簡潔にアズラエルが一言を述べると、言葉に困った役員は互いに顔を見合わせ、曖昧な笑みを浮かべた。


「そ、そういえばまだ休憩を取ってませんでしたねぇ」
「休憩にしましょうか」
「それでは今から二十分間の休憩といたします」


疲れきった表情で司会進行役のイアンがそう告げると、会議室はにわかに騒がしくなった。役員達の間を縫って出て行くアズラエルをイアンは視界に捕らえ、慌てて後を追う。

エレベーターがしまる直前にぎりぎりのところで中に滑り込んできたイアンをアズラエルは苦虫を噛み潰した顔でにらみつてきた。


「なんでついて来るんですか!!」
「逃げられては困るんです」
「に、逃げるデスって?!・・・・トイレも自由になれないんですかっ?!」
「ここの階にもトイレはあるというのに何故わざわざ一階のトイレに向かう必要があるのです?」


イアンが指し示したエレベーターの行き先ボタン。
一階が明るく点灯していた。


「うっ・・・・ぼ、僕は一階のトイレが好きなんです!!」


言い訳にならない言い訳を吐き、アズラエルはそっぽを向いた。冷や汗をたらしているところを見ると、どうも怪しいという気持ちが抜けないイアンだった。




「中までは結構ですっ!!」


入り口でイアンをけん制するとアズラエルは急ぎ足で中へはいって行った。彼の姿がトイレに消えるとため息をついて腕の時計を見やった。会議の再開まで15分を切っている。
そう悠長にはしていられない。




しばらく大人しく待っていたが、10分きってもアズラエルが出てくる気配がない。
失礼かとは思ったが、痺れを切らしたイアンが中へと踏み込むと、目の前の光景に固まった。

トイレの窓は大きく開かれ、網戸が外されていた。
高層ビルの間から吹き付けてくる風が中に吹き込んで、窓がキイキイと鳴いていた。
もちろん、アズラエルの姿はあるはずも無く。


「に、逃げられた」


イアンのかすれた声は荒れ狂う風によってかき消されていった。






「ひやーーっはっはっ!!あの石頭!!僕を止めるなんて百年早いんですよ」!!」


見事イアンを振り切ったアズラエルは奇怪な笑い声を立てて路道を走っていた。時折通行人たちが奇妙な視線を向けているが、アズラエルにはどうでもいいことだった。

目指すはシード学園!!
・・・・・そしてチョコレートだった。


「ヘイ、タクシー!」


片手を上げると、タクシーがタイヤをきしませて止まった。
イアンが気づいておいかけてくる前に、と急いで乗り込み、行く先を告げるとタクシーの運転手はオレンジ色のサングラス越しにアズラエルを顧みた。


「あんた・・・・そこまで行くのにいくらかかると思ってんだ?」


浅黒い肌に軽くウェーブのかかった茶色の髪。
オレンジ色のサングラスの向こうには鋭い眼光。
とてもタクシードライバには見えない。
だがそれも今のアズラエルにはそんなことなどどうでも良い事だ。


「いくらでも出しますからかっ飛ばしちゃってください。早くつけばつくほどボーナスを付けて差し上げますよっ!!最大2倍!!」


スーツの中の財布を出して見せ、アズラエルはがなりたてる。運転手はボーナス、という言葉にキラリと目を光らせると車を発進させた。
思いっきりアクセルを踏んだことで、車は前のめりに揺れ、危うく座席を投げ出されそうになったアズラエルが抗議のうなり声を上げたが、運転手は平然とそれを受け流す。


「傭兵は言われた事をするが、それ以外の事は知ったことではない」
「傭兵って・・・・あなたねっ」
「しゃべるな、舌を噛むぞ」
「しゃべるな・・・・っておひょうっ?!」


窓の外を見ると外の景色が全く見えない。
一体どれくらいのスピードで走っているのだろうか。
時折、がくんと揺れる車体。
アズラエルは天井に頭をしたたかに打ちつけ、その痛みにうずくまった。
その間も車はますます加速して行って、心なしかサイレンの音も。
目的地に着く前に車体がバラバラになりやしないか。
自分は無事にすむだろうかとアズラエルは恐る恐るシートベルトを締めるのであった。


乗っている間もアズラエルはしこたま恐ろしい目にあった。


混んでいる道を何を思ったのかタクシードライバーは。
視界が横に傾いた。


「うぎゃーーーーーっ!片輪走行じゃないですか!!」
「問題ない」




時には派手なホッピングジャンプ。


「あべしっ!!!」


思い切り舌を噛むアズラエル。




「こらぁーーー走行スピードオーバーだっ!!止まんなさーーーい!!」
「安心しろ・・・・依頼はちゃんと遂行する。つかまっていろ」
「ひぃあああああっーーーー!!たぁすけてぇえええええええっ」


パトカーとの激しいカーチェイス。


走行中何度死ぬかと思ったことか。
シード学園につく頃は何本の毛が抜け落ちたか分からないくらいであった。

そのような事はあったけれどだが、運転手がかっ飛ばしてくれたおかげかいつもの半分の以下の時間で目的地に到着した。

帰ったら育毛剤を念入りに付けなくてはと、アズラエルはフラフラとした足取りでタクシーを降りる。シード学園の校舎が目に入ったとたん彼の目に生気が戻り、人間とは思えないスピードですっ飛んでいった。

目指すはシード学園職員室。
ナタルのところであった。


「ナタルさーん!!」


バターンと扉を勢いよく開け、アズラエルは両腕を広げて部屋の中へと飛び込んだ。途中、職員の中で不審者かと彼を取り押さえようとしたものがいたが、アズラエルの突進力の前では無力。次々と弾き飛ばされ、床にひれ伏していた。


「あ、アズラエル会長。出張だと聞いていたのですが」


驚きに目をしばたたかせるナタルに駆け寄り、アズラエルはキラキラと期待の眼差しを向けて彼女の手を握った。


「愛のためにちょっとだけ戻ってきたんですよっ」
「は、はあ・・・・」


困惑するナタルの耳元でマリューがチョコレートのことですよ、と耳打ちした。


そのために戻ってきたのか・・・・。


ナタルはあきれて大きく息を吐き出したが、子犬のようにチョコを期待するアズラエルのまなざしには勝てない。

そしてそれ以上に。

彼には決して言えないことだけれど、そのために戻ってきてくれた彼の気持ちが嬉しかった。


ナタルは郵送、と考えていたチョコレートの包みを出すと、アズラエルにそれを差し出した。


「料理はあまり得意といえませんので・・・・手作りではないですが・・・・」
「嬉しいですよ!僕は幸せものだ!!」


チョコを抱え上げて喜ぶアズラエルに職員からの祝福が彼方此方から飛ぶ。


「よかったですね、会長」
「ひゅーひゅー」


彼らの声につい勢い余って人前で出してしまったことに気づいたナタルは、恥ずかしさを覚えて顔を真っ赤に染め上げた。

弁解しようにも既に手遅れのようで。

それでも喜ぶアズラエルを前にしてまあいいかとこの状況を受け入れた時彼の背後に大柄な手が伸びてきてその肩をつかんだ。


「おい・・・・」
「うへっ?!何だ、あなたですか?何のようです?」


アズラエルは驚きに15センチほど飛び上がると、驚かせた張本人睨みつけた。

肩をつかんだのはシード学園までアズラエルを運んできた、自称傭兵のタクシードライバーであった。オレンジ色のサングラスを光らせ、彼はゆっくりと請求書を突き出した。


5万7千890円也。


請求書にはそうあった。
もちろんその金額には約束したボーナスは含まれてない。


こんなはした金で僕達の邪魔をするとは。


アズラエルは舌打ちをすると懐からゴールドカードを出した。


「さ、言い値で払って差し上げますよ」


ところが。
運転手は胡散臭げにそのカードを見やると、請求書をアズラエルの前にひらつかせた。


「なんだ、それは」


今度はアズラエルが彼を胡散臭げに見やる番だった。カードも知らない田舎ものなのだろうかと。


「タクシーは現金ですよ」


誰かがボソッと言った言葉にピシリと音を立てて彼は固まった。ぎぎっと運転手を見やり、そしてナタルたちを見やった。皆力なく、首を振った。誰もそんな大きな金額を持ち合わせているわけが無かったからである。


・・・・・でどうしたかというと。


「はっはっはっ。誰にでもミスは合るものだよ。よかろう、私が立て替えよう」


デュランダル理事長に立て替えてもらうことになったのである。
アズラエルにとってそれは相当な屈辱で。
あとで3倍の金額と共にテニスコートでも寄付してやろうと硬く心に誓ったのであった。




アズラエルのチョコレート大作戦はそれで終わらなかった。



彼は理事長室を出るとその足のままオルガ達の教室へと向かった。中は授業中のようであったが、アズラエルはそれをまるっきり意に介さない態度で教室に乗り込んでいった。


「オルガ〜〜〜シャニ〜〜〜パパが来ましたよ〜〜〜〜!!」
「・・・・!!」
「んあ?」


驚きのあまり机から転げ落ちるオルガ。
アイマスクを持ち上げて怪訝な目を向けるシャニ。
ぽかんと口を開けたまま固まるスティングらクラスメイトたち。
教壇に立っていたアーサーは今にも泣きだしそうな顔をしていた。
アズラエルはそんな彼らにお構いなしにずかずかとオルガたちの元へ向かうと両手を広げた。


「さっ、パパにチョコレートを!!」
「ア・ホ・かっ!!」


当然オルガは怒った。
大事な授業の邪魔をされた上、アズラエルが仕事をほうってこちらにきたのが明白だったからだ。


また電話越しのイアンの果てしなく長い小言を聞く羽目になると思うと、今から胃が痛い。
否。
それならまだましの方で会社役員の泣き言の方が怖かった。
可愛いねーちゃんならともかく、相手はおっさん。
ああ、おぞましい。


「せっかく帰ってきたのに!!それはなんですか!!」


子供のように頭と肩を震わせて涙目になる父親にオルガの顔が引きつる。

これがあのアズラエル財閥の会長なのか。
そして俺達の養父。
オルガも泣きたくなった。


「第一、この国は男が男にチョコやる習慣などねーんだよ!!」
「なんですってぇ!!!」


この世の終わりだといわんばかりの形相でアズラエルが悲鳴を上げた。周囲の生徒たちもなんだ、なんだと授業そっちのけで成り行きを見守る。この喧騒ではもはや授業どころではない。
すっかり忘れ去られたアーサーはふてくされてしまい、教壇の上に突っ伏すとそのまま居眠りを始めた。

授業の終わりを鐘が告げても彼はここで眠り続け、次の授業に入ってきたタリアにどやされるまでここでいびきをかいていたのはまた別の話である。


話しはアズラエルに戻る。


「この国は間違ってます!!」
「そういう習慣なんだよっ。諦めて会社へ返れ!!」


もっともなオルガの言い分に耳を貸さず、アズラエルはおもむろに携帯を取り出すと電話の向こうの相手に矢継早にがなり立てた。


「もしもし、僕です!!今から30分以内にシード学園まで飛行場行きのヘリを一台!!そしてシンガポール行きの飛行機を手配してください。そうです!!僕と息子三人分のを!!」
「ちょ・・・・」


口をパクパクさせるオルガを片手で制し、アズラエルは続ける。


「30分以内に完了したら全員に夏に予定しているボーナス分のボーナスを差し上げます!いいですね!!!」


電話越しに従業員達の切羽詰った了承の声が聞こえた。
処罰より褒美の方が人をより動かすものである。
さすがは腐っても財閥の会長。
アズラエルはそれを熟知していた。


会話を聞いていたオルガは事の事態を理解して全身の血が下がってゆくのを感じた。
アズラエルは習慣の異なる国へと自分達を連れ出そうとしているのだ。


チョコのために。


「さーて2年の教室へ行ってクロトを連れ出しますよっ。オルガ、シャニ、さっさと荷物まとめなさい。今から僕らはシンガポールです!!!」


さすがのシャニも呆然と口を開けて暴走した父親を見やる。


「冗談じゃねぇっ」


オルガは慌ててアズラエルの進路を阻むと、降参の意志を見せた。


「分かった、分かった。チョコは俺達で作る」
「ほんとうですかっ」


オルガの言葉にアズラエルは飛び上がらんばかりの喜んだ。


「え〜〜〜やだぁ〜〜めんどい」
「うるせぇ!!シンガポールに連れて行かれてぇのか、てめーは!!」


心底嫌そうな声を上げたシャニに拳骨を食らわせて強制的に黙らせるとオルガはアズラエルを顧みる。


「あんたが戻ってくる頃にはチョコを用意しておく。だから大人しく職場に戻ってくれ」
「約束ですよっ」


若き会長は満面の笑みを浮かべると、オルガの手をとり、小指を絡ませた。


「指きりゲンマン嘘ついたら針千本・・・・」


うへぇとどことも無く周囲から嫌悪の声が上がる。
オルガとて気色悪くて仕方ないのだが、大人しくされるがままにしておいた。ここで逆らってこれ以上事態をややこしくしたくなかったからだ。


「のーます!!指切ったっ!約束ですからね、オルガ!!シャニも!!クロトにもよぅく言って置いてくださいね」
「・・・良いから行ってくれ」


疲れて声のトーンを落すオルガを尻目にアズラエルはしつこく念を押すと、スキップで教室を出て行った。


あとに残されたのは嵐の痕の静寂。


深くため息をつくオルガの肩をぽんと叩く手に顔を上げるとスティングが気の毒そうな表情で彼をみつめていた。


「肩、叩いてやろうか?俺、結構得意だぜ」
「たのみてーくらいだ」


やれやれとオルガが席に戻ろうとした時、がらりと扉を開いて諸悪の根源が再び顔を出した。


「約束ですからねぇっ!!」
「早くもどれ、この放蕩野郎!!」


辞書を声の主に向かって投げつけると、アズラエルは首を引っ込めて姿を消した。
扉にあたった辞書が床に落ち。
中のページがぱらぱらとめくれた。
その辞典を見やりながらオルガはまたもや深い深いため息をついた。



そして。



「ふっふっふ〜〜〜ん。今年は大漁♪大漁♪」


心労に疲れはてる息子とは裏腹にアズラエルは嬉々とした表情でシード学園の門を出て行くのであった。























あとがき

相変わらずハチャメチャのアズラエルさん。

チョコを女性から男性へ、というのは日本だけの習慣。友人や親子(それも同姓)でもあげる習慣が海外にあります。

アズラエルさんはそれを利用しようとしたわけです。滅茶苦茶な発想ですが、本人は真剣そのもの。

次回もバレンタイン。今度はアウルやシンたちのバレンタインをお送りします。そして新たな恋のお話も。

片想いのバレンタインの巻き。