「クソったれ〜〜〜〜〜っ!!」 ヤケっぱちな声を張り上げ、アウルの細い体が宙を舞った。 其の身体は緩やかなカーブを作り、高飛びのポールを背面とびで軽々と飛び越える。 見えるか見えないかのぎりぎりのラインでふわりとめくれた体操服にその場にいた男子たちが鼻の下を伸ばしてそれを見送った。 ぽすっと軽い音を立てて、アウルは最中からマットレスの上に着地すると、そのまま空を仰ぎ見た。 抜けるような蒼い、蒼い空。 元気な空に相反して自分の心は雨模様。 お先真っ暗っ!! 僕が何をした何を!! くそー、クラスの馬鹿女共! 僕の悲劇にこれっぽちの同情も見せないで追い出して!! 本当の事いったら変態だの、セクハラだの、能無しのスケベだの好き勝手言いやがって。 誰がてめーらに興味持つかってんだっ、おとといきやがれ。 「アウル・ニーダ、終わったのならどいてくれ。次がつかえているんだがな」 いつもと変わらない口調でバルトフェルドがアウルに声をかけるとアウルは間延びした返事を返して、仕方なくマットレスから飛び降りた。 其の時ふわりと繊細な手が頭に触れて驚いて見上げると、女子を担当しているはずのアイシャがにっこりとコケティシュな笑みを浮かべて彼を見下ろしていて、彼女はゆっくりとアウルの唇に人差し指を当てると穏やかに語りかけた。 「女の子なんだから、”クソったれー”は、ダ・メ」 「僕は男だっーの!!」 悪気はないが屈辱とも言える言葉にアウルの叫喚が校庭にこだまするのであった。 VS!!ぶっ壊れカミサマ 「メシーだメシー。人生の楽しみだからなぁ」 「おい、メシ食いに行こうぜ!!」 「ねー、聞いてよ。うちのお母さんったらね」 体育の授業のあとの昼休み。 シード学園の生徒たちは机を寄せ合って弁当を広げたり、学食に揃って出かけたりそれぞれ賑々しい時間をすごし。ミリアリアとトールの明るい声が放送を通して流れ、そんな昼を彩っていた。 「アウル、あのまんま女でいてくれねーかな」 「同感」 「前々から血の涙流していたんだよなっ。なんでヤツが男なのか」 「生きていてよかった!!」 アウルの隠し撮り写真を握り締め、クッと涙する男子生徒が数名。 アウルには秘密だが、一部の男子の間でアウルはカルト的な人気を誇っていた。 彼らいわく、アウルは口さえ開けなければまごうごと無き、"美少女"だったのである。 そんな彼らにとって彼がこのまんま女に納まってくれた方が万々歳なのであろう。 「なぁ、シン。アウルの奴いつまで女でいるんだよ」 「俺が知るかよ」 クラスメイトの至極もっともな質問にシンは顔をしかめてそっけない答えを返す。 シンにしてみれば彼はライバルであって友人でもお守りでもないのだ。自分にそんな質問が来るのが理不尽とさえ思う。 「アウルがこのまま女でいたほうがお前にとって好都合じゃないのか」 そんなシンにレイが淡々とした口調で声をかけると当然のように机を寄せ、シンの目の前で自作の弁当箱を広げる。 二段重ねの弁当箱で、一段目は豪華なおかずが所狭しと詰め込まれ、二段目はかわいらしいミニサイズのおにぎりがこれまたぎっしりつめてあった。オマケにデザートの果物の入った容器もある。 彼の弁当箱は彼の体格にしてはとても大きく、とても食べきれるような量には見えないが、それはいつも食事を共にする友人たちに分ける分でもあるからだ。その証拠にあちらこちらから箸が伸ばされる。 「レーイ、豚肉の磯部巻きちょーだい」 「俺は定番の卵焼き」 「オレもー」 さも当然のように彼の仲間たちが遠慮なく箸をつけてくる、いつもの光景。 だが。 「・・・・そんなわけねぇよ。こんな勝ちかたは真っ平ごめんだ」 いつもまっさきに箸を伸ばしてくるアウルがいない。 そしていつも一緒のステラも。 アウルは授業が終わるなり、あっという間に姿を消し。 ステラもいつのまにかいなくなっていた。 それでもお気楽に弁当をつっつき合うルナマリアとヨウランにやや呆れたまなざしを向けながら、 不機嫌さをさらに色濃くした口調で答えると、レイはいつもと変わらない調子でうなずいた。 「そうだろうな」 「・・・・」 お前ならそういうと思っていた。 弁当のおかずを口に運ぶレイを見やりながら 何も言わないでいても自分を信頼してくれているレイの気持ちが嬉しくて。 シンは厳しい表情を少し和らげると、レイのおにぎりに手を伸ばした。 「あれ・・・?中身入れ忘れ?」 口にしたおにぎりは具のない、ただの握り飯。 頭上に大きな疑問符を浮かべたシンにレイは口元をわずかに持ち上げて、首を振った。 「残念だったな・・・・。今日のはずれだ」 「うー」 つまり意図的なスカ。 そう悟るとシンは其の言葉におにぎりをほおばったまましかめっ面になると、レイは口元をわずかにゆがめて笑った。 「そういう顔をするな。今日はたまたま運が悪かっただけだからな」 「あ、これフカひれ!!」 「ルナマリアが大当たりか」 「俺が当てたかったのに、ざんねん」 ルナマリアがあたりのおにぎりを掲げると、ヨウランがやられたぁとおでこを叩いておどける。 平和な光景。 そう、大丈夫。 アウルはきっと大丈夫だと皆は安心しているから普通にしていられるのだ。 何とかなる。 みんながいるし、アウルだってあのまんまで終わるやつではないだろうから。 シンは静かに息を吐き出して笑うと。 残りのおにぎりを口に放り込んだ。 「シャ〜〜〜ニ〜〜!!」 扉が壊れてしまうのではないかと思うほどの反響音を轟かせ、と扉がたたきつけられるように開いた。 飛び込んできたのはアウルとステラ。 二人は教室を見渡して目当ての人影を見つけると、驚きに固まる先輩たちを押しのけてシャニのいる席へと向かった。 シャニは周囲の騒がしさなどまるで聞こえていないかのようにアイマスク姿で寝息を立てていた。 変わって声を上げたのはスティングとオルガでアウルとステラを捕まえると至極もっともな注意いをしたが、自分の身体に我慢なら無くなったアウルの耳に入るはずも無く。 彼は二人を無視するとずかずかとシャニの前に立つと、手を伸ばしてシャニの襟をつかみあげた。 「やいっ、シャニ!!スティングから話聞いてるよなぁ!?何のん気に寝てんだよ!!起きろ!!」 「・・・・うざい」 カコーン。 いつの間にか出現した木槌で加減なしで殴られた痛みにアウルはその場でうずくまった。シャニは殴った木槌をじっと見つめ、心底つまらなそうにつぶやく。 「相変わらず、軽い音だね・・・・。つまんなーい」 「てめぇ、殺す!!」 自分を馬鹿に仕切ったシャニの態度に怒り狂ったアウルはそのまま彼に飛び掛った。いつもなら怒鳴るだけで終わるのだが、今回のアウルは其の余裕がなかったのだ。 それより早く動いたのはステラだった。 乱闘になる前に自分の身体を彼らの間に割り込ませて二人の間に距離を作った。 「ケンカ、だめ」 「・・・・」 「・・・・」 ステラに弱いのは二人共通のことで。 アウルは不本意ながら怒りの矛先を収め。 シャニも木槌をしまうと、改めてアウルとステラを見やった。 「・・・・短気は損気。それだからそんな目にあうんだよ」 けだるそうな声だったが、彼の言葉には真実がこめられていて。 アウルを見つめる紫の瞳は全てを見透かす光を宿していた。 「・・・・何のことだよ」 「思い当たる節、ない?ごく最近にあったんじゃない」 「・・・・」 シャニの静かな言葉にアウルは腕を組んで普段使わない頭をフル回転させた。 だが。 「いつもだからわかんねー」 「・・・・やっぱりね。少しは反省した方が言いよ、其の性格」 もっともで的確すぎる意見にスティングとステラがまさに其の通り、とうなずいた。アウルとしては面白くないが、彼とて分かっていた事実。 「行動に出る前に一呼吸。人生長いんだからそれくらいなんてことないでしょ」 珍しく饒舌なシャニにオルガは不思議なものを見たような面持ちで自分の弟を見やっていた。 しかも言う事もまともだ。 昨日の酒で頭がやられたのかと変な心配が彼の脳裏をよぎった。 そんなオルガの心中など知らず、シャニは細い指をすっと伸ばし。 アウルを。 正確にはアウルの背後を指し示して、こう言った。 「アウルの後ろに白い仮面の男がついている。『短気は損気っ、馬鹿ったれ〜〜』唄いながら踊り狂っている」 「「は?」」 アウルだけではなく。 スティングやオルガ。クラスメイトたちが其の言葉にぽかんと口を開けた。ステラだけが、仮面?ネオ?と目をぱちぱちさせていた。 「ネオのしわざかぁ〜〜〜〜っ!!」 「コラコラーー!!」 頓珍漢な勘違いで飛び出そうとするアウルを捕まえ、スティングは必死に彼をなだめすかす。 「ネオの仮面は黒い!!ちゃうだろうが!!」 「あ、そっか」 あっさり納得する弟に短気は損気といわれたばかりのことを忘れている、とスティングはまたもや頭痛を覚えた。 それはオルガもまた同じで。 二人して深い深いため息をついた。 「他に・・・・何見えるの、シャニ?」 アウルの背後から視線を離さずに問うてくるステラにシャニはあごに手をやりながらじっと同じ方向を見つめる。 普段隠れて見えないはずの金の目が鋭い光を帯びているのが隣のステラは気配で分かった。 「・・・・金の髪だね。白い奇妙な服装で。日の丸センスを振り回してるよ。へんなヤツ。 あ、コッチ見た」 「・・・・白い仮面。金の髪」 「白い服に」 「日の丸扇子」 「「「あ」」」 『いなりずしを置いていけ。もらっておいてやろう!!』 『ざけんな、変態野郎!!』 挙げられた特徴に数日前の記憶がよみがえり、ロアノーク家の子供たちの声がハモった。 「「あの時の変態」」 「いなりずしドロボー!!」 「誰が変態でドロボーだ!!」 突如アウルの後ろに出現した仮面の男は扇子を振り上げて、アウルの頭をはたいた。 スパーンと数日前と同じ小気味のいい音があたりに響く。 「私は800年もこの土地を守ってきたカミサマだぞ!?」 突如出現した、仮面の男はヤカンのごとく頭の上に湯気を立てて怒り狂い、まくし立てる。 其の男の名はラウ・ル・クルーゼ(名のったのが誰も覚えていないだろう)。 エキセントリックに怒る彼を周囲は冷ややかな視線で見つめていた。 ポキポキ。 仮面のわめき声以外音のない教室に指の骨を鳴らす音が響いたかと思うと、次の瞬間、仮面の男の頭に拳骨がめり込んだ。 自分の脳みそに響いた衝撃と激痛に男は声にならない絶叫で口をパクパクさせ、其の痛みにごろごろと教室をのたうち回る。 あっちにゴロゴロ。 コッチにゴロゴロ。 教室の生徒たちは迷惑そうな顔でそんな男をよけて回る。オルガは一つため息をつくと其の男の下へ歩み寄り、サッカーボールのように男を足で受け止めた。 「はい、キャッチ。後は任せる」 声色に疲れた色が出ていたのは気のせいではないだろう。 実際彼は疲れていた。これからのことを考えて。 自分の後ろで暗黒の炎をしょっているスティングがいる。 既に暴走体制。 ああどうしよう。 「をををを」 スティングは無言で歩み寄ると、いまだ痛みにうずくまるラウの頭をむんずとわしづかみにして持ち上げた。 「あぴょおっ?!」 ブラリンとラウの体がオマケのように垂れ下がる。 普段はこのような怪力など持ち合わせていないが、 戦闘スイッチの入ったスティングは別で。 彼は手の付けられない修羅と化す。 オルガはどうやって彼を戻すか今から頭が痛くて仕方なかった。 「てめーは俺の大事な弟に何をした」 殺意の篭った低い声にラウは生まれて初めて本物の恐怖を感じた。そして何よりも。 「まだ実体化してない私になぜ触れられる?!」 「質問に答えろ!!」 ラウの言い分はもっともで。 強い霊力を持ち合わせていなければ彼に触れることさえ叶わないはず。 おまけにラウを捕獲するだけの霊力。 ただものではない、とラウは仮面越しに目を見張った。 「やっぱ封印とけると強いね〜〜〜。霊をわしづかみ〜〜〜」 「・・・・封印?」 「れいっ?!」 パチパチと気のない拍手を送るシャニがそういうと、アウルとステラは驚いて彼を見やった。 封印など、という言葉は初耳でしかも相手は霊だという。 「う〜ん。前は見る力だけが強すぎて払う能力なかったから〜〜〜。霊が勝手によって来ちゃってたんだよね。バランス悪すぎてさ・・・・封印したんだ」 ちなみに封印したの、俺。 にたりと自分を指差すシャニをアウルとステラは驚きのまなざしを向ける。 オルガははあぁとため息をついた。 きっとあとで隠していたことを二人に延々と追求されると。 そしてその火の粉をかぶるのは自分とスティングで、シャニはいつものようにニヤニヤと笑っているだけだろう。 「驚・愕!!オクレ兄さん、アウル達の事となると神がかかると思っていたけれどそういうことだったんだぁ」 いつのまにか教室にいたクロトが思い出したように手をぽんと打った。どうやら騒ぎを聞きつけてやってきたらしく、同様に野次馬がこの教室の周囲に群れていて。 当然シン達の姿もあった。 「・・・・・」 「アウル達のこととなるとああなるんだよ、スティングさん」 「・・・・あんたはいつもそれを間近で見てたってわけ」 「・・・・うん」 「ターミネーター・オクレ」 「こわいよぉ」 そんなギャラリーなど眼中にないターミネーター・オクレことスティング兄さん。 答えようとしないラウの頭をつかむ手に力をこめると、みしみしいう鈍い音と共に生じる痛みにラウは悲鳴をあげた。 「分かった、分かった。呪いを解くから離したまえ!!私が死んだら解けるものも解けんぞ!!」 頭をつかんでいた力が緩み、床に転がったラウをスティングは仁王立ちで見下ろす。 「さっさとしろ」 「お前は神をナイガシロにしおって」 ぶつくさ文句をたれながらラウは起き上がると、きている白い軍服のほこりを払った。普通カミサマって着物姿なのでは、胡散臭いと皆は思いながら其のさまを見守る。 ゆっくりとラウは顔を上げると、仮面越しに邪悪な笑顔を浮かべた。 「・・・・!」 シャニが異変に気づくより早く。 ラウの体から電撃のような光がほとばしり、その場にいた全員を金縛りにした。やはり神だと名のったのは伊達ではなかったらしく、その力は強力で。 不意打ちだったことも在り、スティングはおろか、シャニでさえ身動きすることも叶わなかった。 「は〜〜〜っはっはっは!!神をナイガシロにする馬鹿者どもめ!!」 ラウは勝ち誇った笑い声を上げ、周囲の者達を見回した。興奮して我を失っているのか、彼の頭に毛深い耳がはえ、九尾の尻尾が出現していた。白い炎の玉もちらちらと浮かび上がってきた。 「九尾の狐・・・・・!」 シャニは食いしばった歯の間から声を漏らした。 九尾の狐は妖怪の中でも最強クラスの妖怪。 尻尾が九尾生え揃うまで約2000年はかかる。 このラウは少なくとも2000年は生きている化け物なのだ。 全くとんでもない化け物と関わったものだと、シャニはアウルたちに呆れ、めったに動かさない思考をめぐらせる。 其の間も彼らを縛る力は少しずつ強くなっていて、正直ヤバイな、とシャニは思った。 「この坊主は一生女のままだ!それだけですんでありがたく思え、無礼者!!」 ラウは勝ち誇った声でそういうと、アウルの顔が今にも泣きだしそうな顔になる。 無理もない。 子供の頃からのコンプレックスがそのままわが身になってしまうのだ。けれど、ラウの力の前ではどうする事も出来なくて、彼がそのまま去っていくのをただ見ている事しか出来ない。 「ではっ、さらばだ!!」 二階の窓から嫌味をこめた敬礼をするとラウは窓縁をけって宙に舞い上がる。 同時に金縛りが解けたけれど、ここは二階。 捕まえられない、と皆が思う中、金色の光が動いた。 「やめろ、ステラ!!」 シャニの悲鳴交じりの声が飛んだ。 其の声にかまわず、誰もが止める前にステラはラウの後を追い、二階の窓から身を躍らせた。 ラウのほうへとまっすぐに。 「な、なんだと?!」 驚いたのはラウのほうだった。 勝利感いっぱいに出てきた二階の教室から後を追う様に女生徒がこちらに飛び降りてきたのだから。 二階の教室は地上から数メートル。 運がよくても大怪我は免れないし、死ぬこともありうる。 「アウルをっ、もどしてぇっ!!」 鋭い声と共に蹴りが繰り出され、ラウの顔面を捉えた。 スカートの間から覗く白い太腿とストライプの下着に少しばかり幸せな気持ちに捕らわれたラウはそのまま落下し。 そしてステラも、また。 「ステラぁ〜〜〜〜!!」 悲痛な声を上げて窓を飛び出そうとするアウルを教室にいた生徒陣が止め。スティングもシンも。そしてシャニも窓から身を乗り出した。 ラウとステラが地に叩きつけられると思った瞬間。 「後先考えんヤツだな」 ため息交じりの声が響くと同時にふわりと舞い落ちてきた枯葉が巨大化し、落下するステラをうけとめた。其の隣をまるで重力さえ操ったかのようにラウがふわりと舞い降りる。 「やれやれ。無茶をやらかすな、お前さんは」 呆れたような口ぶりだったが、ラウの声には賞賛の響きがあった。 窓から見下ろすアウルたちにちらりと視線を送ると再びステラのほうへと視線を移し、肩をすくめた。 めきょ。 間いれずにステラの鉄拳がラウの横顔にめり込んだ。 腰も入っていて申し分のない破壊力。 だがとっさに己の身を物質変化させ、其の衝撃を和らげると、ラウは彼女の手をとって、下に降ろさせた。 「私の話をきいてもらいたいね」 「アウルを戻して」 助けてやったにもかかわらず、問答無用、と殺気をたぎらす少女にため息を一つつくと。 ラウはアウルのほうを指差して笑って見せた。 「お前に免じてアウルとかいう者の呪いは解いた。全く無茶をやる娘だ」 「アウル!」 其の言葉にステラは上を見上げ、アウルの名を呼んだ。 「なんだよ!!」 彼女が無事だという安堵半分。 馬鹿なことをしやがって、と怒り半分の声でアウルが其の声に応えると。 ステラは自分の胸を指してアウルを指差した。 その光景にアウルは自分の胸を見やるとあれだけの盛り上がりは消えていて、恐る恐るズボンを覗いてみた。そして安堵の息を漏らした。 「あ」 「復・活!!だね」 一緒に覗き込んだクロトがぐっと親指を立てるとその身を窓から乗り出してステラに向かって大きく手を振った。 「ステラ〜〜〜戻ってるよぉ〜〜!!」 「勝手に覗くなボケ!!」 アウルの怒りの鉄拳を受けて前のめりになっているクロトに ステラは微笑むと再びラウのほうを見やった。 其の顔は先ほどまでの殺気は消え、ぼややんとしたいつもの表情に戻っていた。 自分以外の者のためにああまで思い切ったことが出来るのか。 ラウは感嘆を覚え、両手を挙げて降参の意を示した。 「今回は私の負けだ」 「・・・・助けてくれて、ありがとう。アウル戻してくれて・・・・ありがとう」 自分に向けられた礼の言葉にラウは目をしばたたかせてステラを見やった。礼など言われるとは思わなかった。むしろ罵られてもおかしくないないことで。 「あのね・・・・おじさんの事、変態だと思っていた。ごめんなさい」 「わ、分かればいいのだ」 何だ、この展開はとラウは戸惑った。 この少女の思考回路はどうなっているのか。 終わりよければ全てよしなのか。 元をただせばアウルたちが悪いが。 ・・・・・まぁ自分も悪いところはあったと。 少しだけだがあった、とラウは思ってみた。 「ネオと同じ仮面。だから悪い人、じゃない」 それが基準かい、と思い切りつっ込みたかったが、 ラウはとりあえず咳払いをすると手を伸ばしてステラの頭をなでた。 心地よく、さらさらとした感触。 嬉しそうに目を細めるステラを可愛いと思い、彼女の髪のつやに手入れされているなと感心して、手を離した。 こんなにも純粋な子供はまだいるのか。 それがとても嬉しくて。 そしてまだ子供たちが遊びに来ていた頃を思い出し、仮面の中の目は穏やかに細められた。 あの頃はよかったとばかり思っていた。 子供の声があって、人情があって。 「寂しかったのかな、わたしは」 ラウはふと本音を漏らした。 愚か者だと片付け、ほっておけばいいのにちょっかいを出したのは。ずっと一人取り残されていたことに孤独を感じていたのだと彼は悟る。視線を落とすとステラが彼の言葉を待ってじっと見つめているのでそのおかしさに彼は口元をほころばせた。 「私はあの神社にいる。いつでも遊びに来い。いなりずしがあったら嬉しいぞ」 「うん!!」 大きくうなずくステラの頭をもう一度なでるとラウは柔らかく笑って手を振り上げた。 同時に木の葉と共に風が渦を巻く。 そして皆が見守るなか、其の渦はラウを包み込み。 風がやんだ時、ラウの姿は跡形も無く消えていた。 残ったのはちらちらと舞い散る木の葉と風と。 ステラの頭に触れていた暖かい、手の感触だった。 「ったく、なんで行かなきゃいけないわけ?」 「ステラを助けてもらったんだ。元をただせばお前が悪いんだろうが!!」 文句をたれるアウルにスティングの拳骨が飛んだ。スティングの片手にはいなり寿司の入った重箱がある。今回、謝罪と礼をかねてあの神社に彼らは向かっていた。 『あのカミサマに一応お礼と謝罪をしてきた方が良いと思うぜ』 『気に食わないけど・・・・・ステラ助けてくれたしね』 『話し聞いたらお前も悪いんじゃン。同・罪!!』 アズラエル家三兄弟は異口同音にアウルに神社へ行って挨拶をしてくることを薦めた。 アウルとしては面白くなかったが彼らの言い分には一理はあった。 『アウルぅよかったね〜〜〜っ!!』 腕を広げて抱きついてきたヴィーノを筆頭にシンたちがアウルを取り囲み、口々に好き勝手な言葉を浴びせかけてきて。全くお気楽な連中だと、アウルは思った。 『お前が元に戻ったことで何人の野郎が泣くかな』 『あん?』 『いや、コッチの話』 意味深な言葉を吐くヨウランにアウルはいぶかしげな目を向けたが、彼は皮肉めいた笑顔を浮かべて手のひらをヒラヒラさせるだけでそれ以上口を割ろうとしなかった。 『スッゲー引っかかる・・・・』 睨みつけても飄々とした態度を崩さないヨウランに苛立ちを覚えたアウルのかたにポン、手が置かれて振り返るとシンの紅い目と目があった。 『お前が元に戻れたんだ、よかったじゃん』 『まぁ心配してなかったけど〜〜〜』 揶揄する口調でそういったのはルナマリア。 面白いことが大好きな彼女のことだからきっとこの状態がもう少し続いたら、と思っているんであろう。 『可愛かったのに残念だ〜〜〜っ俺は悲しい〜〜〜っ!!』 さらに飛び込んできた声にアウルが教室の外を見やるとロック部のメンバーが揃っていて、ミゲルが心底残念そうにうなだれているのをラスティが呆れた顔で見やっていた。 ニコルとキラはおめでとう、よかったですねと拍手していて、調子を合わせるように言われたのか、其の隣でため息混じりに同じ事をするフレイ。 『悪運が強いからな、お前は』 そしてレイも無表情を崩して笑いかけてくる。 そんな面々に怒る気など起こるはずも無く。 アウルもやがて彼らと共に賑やかな笑い声を上げていた。 アウルが思考を戻して前を見ると先を行くステラがお稲荷さーんと歌を口ずさみながらスキップしていた。 其の後ろ姿をアウルはじっと見つめる。 彼女は自分のために無茶をやって、彼女のおかげで自分は戻れた。 穏やかだけれど心の奥で熱くなる感情。 それは激しく、つよいもので。 其の正体にうすうす感づいてはいる。 今が、家族が心地よすぎてずっと心の奥に押し込めてきたもの。 あの日からそれは日を追う毎に強まってきていて彼自身、戸惑いを感じていた。うまくコントロールが利かない。 僕って、やっぱかっこ悪いかも。 誰と無くそうつぶやくと。 アウルは秋空を仰いだ。 どこまでも蒼く、広い空が広がっていた。 あとがき シード学園に新たなる顔が加わりました。 ラウ・ル・クルーゼ。 町外れに住む神社に住む、古い神様です(笑) ラウさん登場編とアウルの受難編、今回で完結となります。 アウルのちょっとどころか、大きな変化。守るつもりが守られ、救われて。自分の情けなさを感じると共に、ステラに対する気持ちが強まりを見せた出来事。 いつまでも家族でいられないと。 いたくないと。 アウルに決心がつき始めているようです。 アウルが二重の意味で男となった今回。 次回は遅くなりましたがバレンタイン。 ステラのチョコはもちろんですが、メインはアズラエルさんのバレンタインです。チョコをもらうためには手段を選ばない、それが僕です!!・・・・のまき。 |