「部対抗、アウル争奪戦・・・・?なんだこれは」

理事会から回ってきた企画書を見るなりアスランはほうけたようにつぶやいた。カガリは何も言わずその書類を食い入るように見ている。
窓の外からはランニング中の生徒たちの掛け声が聞こえ、また遠くでボールの蹴る音やホイッスル、そしてボールがバットに当たる音が聞こえてくる。校舎の二階の奥にある生徒会の部室では週2回行われる生徒会役員会議が行われていた。

「はい。有志からの賞金もでるそうです」

レイの言葉にアスランはわずかに眉をひそめた。

「有志?」
「はい、デュランダル理事長とアズラエル会長からのご厚意です」
「何を考えているんだ、あのお二方は」

言わずとも分かっている答えにアスランは頭を抱えたくなった。

アスランは生徒会長就任時を含め、アズラエルに何度かあったことがあり、スーツの趣味はともかく相当頭の切れる人物だということが見て取れた。
だが切れ者というイメージとは裏腹ににアズラエルは無類のお祭り好きであり、またトラブルメーカーと世間でも名高い。そうありながらも多くの企業を従えるアズラエル財閥を率いているのだからまた侮れない。

デュランダル理事長は最近まで聡明で真面目一筋と言う印象があったのだが、以前のエスケープ騒動でその印象は180度変わりつつあった。彼はあの優美な微笑の裏で、いたずらを一生懸命考えているいたずっらこのようだ。

人は見かけによらない。

彼はこの学園に在籍した二年間でいやというほどこれを思い知った。









第13話

部対抗!アウル争奪戦
中編









「反対する理由もなかったし、本人の了承を得たらしいから金曜日丸一日それだって。参加しなかったものは応援でその日授業なしだということだ」

クラスメイトの会話にオルガとスティングはぽかんと口をあけてチラシを見ていた。あちこちの部活同様各クラスでは大騒ぎになっていた。
シャニに関しては我関せず、とヘッドフォンでのん気に音楽を聴いていた。

「ふざけるなっ!弟を賞品にされてたまるかっ!!」

ショックから復帰するとスティングは怒り心頭に席を立ち上がった。様子からして生徒会室に怒鳴り込みに行くのだろう。このままでは血を見ることになると判断したオルガは相方を落ち着かせようと止めに入った。

「おい、落ち着け」
「これが落ち着いていられるか!!邪魔したら殺すぞ、この触覚!!」

あの壊れっぷりはカリダ母さんによく似ているなぁとシャニはぼんやりとその様を静観する。そしてスティングの暴言にさすがのオルガも怒り出した。

「しょっかく・・・・?テメェ、俺のナイスな髪型にケチをつけんのか、ああ!?」

際限のない二人のてんやわんやの争いにクラスメイトたちは巻き込まれては大変と遠くから見るだけで、授業が始まって担任のタリアが入ってくるまでその状態は続いたという。




そして金曜日。
大会当日となった。

「ただいまから部対抗、アウル争奪戦を開催いたします。実況は私ミリアリア・ハウと」
「トール・ケーニヒがお送りします。コメンティターにデュランダル理事長とアズラエル会長にお越しいただきました。なお点数の集計は生徒会が行います。皆さん、賞金とアウル・ニーダの獲得権を目指してがんばってください!!」


おなじみの放送部員ミリアリアとトールが大会の開催宣言をすると同時にパンパンと軽快な音を立て、青空に空砲が打ち上げられた。


「ったく、何で俺が代表なんだよ」

テニス部のタスキをかけたシンが心底いやそうにそう文句を言うとルナマリアは困ったように眉尻を下げた。

「あんただけじゃなくてあたしとカガリ先輩もよ。運動能力を買われたんだからいいじゃない」
「あの馬鹿をテニス部に入れても仕方ないんじゃないの」

シンの否定的な態度にルナマリアは苦笑せざるを得なかった。
何だかんだ言って仲がいいのにシンもアウルも素直じゃないのだ。

「運動能力は一流だってあんたも言ってたじゃない」
「ひとつのことに真面目に打ち込めないやつなんていらないよ」

制服を着る崩していたりはするが、根は真面目なシンは
どうやらあちこちの運動部を渡り歩くアウルのスタンスが気に食わないらしい。
だがテニス部の先輩方に期待されてしまうとシンとしては断りにくかったのだろう。
期待されれば期待されるほど懸命に奮闘するシン。
アウルとて普段へらへらしているが、彼も期待されれば同様に奮闘するほうだとルナマリアは思っている。
アウルとシンは彼女から見てもよく似ているのだ。

「案外そうでもないかもよ?あんたとダブル組んだら無敵になるんじゃない?」
「・・・・想像したくない」

露骨に顔をしかめるシンにルナマリアはやれやれと肩をすくめた。
とにかく部の期待を背負ってるのだ。
負けず嫌いなルナマリアは他の部に負けまいと表情を引き締めるのだった、




「選手の皆さんはグラウンド中央に集まってください」


ミリアリアの言葉に従って生徒たちはグラウンドの中央に集まった。
そこで選手たちはライバルたちの互いの顔合わせとなった。


「ななななな」
「あれぇ、アウル?なんでここにいるの?」
「へへーん、黙って賞品になる僕じゃないもんね」

口をパクパクさせるシンと目を丸くするヴィーノにアウルはにかっと笑って見せた。
アウルは囲碁部のタスキをかけ、ステラともう一人の代表、アビー・ウインザーとともに整列していたのだ。

「お前は賞品だろうが!!」
「僕も参加しちゃいけないって言うのはないでじゃん?」

シンの突っ込みも軽く受け流し、胸を張って見せるアウルをシンは苦々しくにらみつけた。
そもそも何故アウルが囲碁部のたすきを身につけているのか。
一緒にいたステラの姿にシンは彼の意図が手に取るように分かった。
ふつふつと怒りがこみ上げてくる。

「ルナッ、こうなったら本気であいつを獲得に行くぞっ!!本気でいけよっ!!」
「おおっ、すっげーやる気あるじゃないか」
「そうですよ!あいつを囲碁部に入れてたまるかっ!!」
「不純だわ」

燃えるシンに手をたたいて喜ぶカガリ。
だがシンの意図が手に取るように分かるルナはそんな二人に大きくため息をつく。
そのやり取りをぼんやりと見ていたヴィ−ノは良い事に気づいたように手をぽんとたたいた。

「な、シン。ステラと一緒がいいならシンも囲碁部に」
「余計な事言ったら殺すわよ」
「ぶっ殺すぜ?」

が、シンにその趣旨を告げる前にルナマリアとアウルに同時に睨まれたヴィーノは蛇に睨まれたカエルのように縮み上がり、はあいと小さく返事をするのだった。


「まったく、ろくな事考えないわね。あなたは」

囲碁部の部長を務めるアビー・ウインザーは苦々しげにそういうと、アウルは彼女の機嫌をとりなすように笑った。

「細かいことは気にしない!ええと・・・」
「アビー・ウインザーよ!!あんた、去年おんなじクラスだったでしょーが!!しかも隣の席!!いー加減に覚えなさいよ、この鳥頭!!」
「部長、怒らないで・・・・」
「こいつはあたしの顔も覚えていなかったのよ!?一年も隣だった癖して!!」

ステラが懸命にアビーをなだめようとしたが効果はなく、彼女は機嫌を直すどころか却って機嫌を悪くしてしまったらしい。

先日、囲碁部に行くとステラにアビーを紹介された。
彼女はどうやら去年のクラスメイトだったらしくアウルをよく覚えていたが、アウルのほうは彼女の顔さえも覚えていなかった。
それが原因らしく、彼女は厳しい態度を改める様子がない。
見るからにチームワークはバラバラ。
前途多難かもしれないとアウルはため息をついた。


「よっしゃ、俺らは行くぞ!!部員獲得ーーー!俺らロック部はっ!?」
「無敵です」
「そうだっ!そのとおり!」
「この間からこればっか」

ノリに乗っているミゲルに二コルは穏やかに笑って見せ、ラスティはそのせりふは聞き飽きたといわんばかりに肩をすくめて見せた。
ちなみにシャニは。

「・・・・俺、オーエン。とりあえずライバルになりそーな奴の髪の毛集めてきた・・・・」
「おおっ、でかした!!」
「「やめれ」」

早速呪いの準備をするシャニにニコルとラスティの突込みが入る。
そしてすかさずラスティがシャニの呪いの道具を取り上げた。

「これ以上ここの評判悪くすのやめろ、マジで」
「ほんっとーに潰れますよ」
「つまんなーい」



「アウルにバレーもいいと思うんだ」

バレー部代表のヨウランは部員に渡された渡されたタスキを自分の上にかけた。

「背がなくて小柄だけどジャンプ力も瞬発力もあるし」

アウルが聞いたら火がついたように怒り出すようなセリフを吐き、にやりと笑って見せた。



「ゴールデンコンビの復活を目指して頑張るぞーー!」

サッカー部代表、ヴィ−ノ・デュプレと愉快な仲間たち。




「オルガの命令なんだ。正確にはスティングに脅されたオルガの、だけどね」
「スティング先輩、弟や妹のこととなると見境ないからな。・・・・気の毒に」
「・・・アミダの運、悪いなぁ・・・・。今日の占いも最悪だったし、生き残れるんだろうか・・・・」

電脳部代表。
クロト、サイ、そして世界一運が悪いと自らを称する1年のイライジャ。




「競技会日和だぜ、グゥレイト!!舞踊部の諸君、資金に貢献してもらうぜっ!!」
「おおっ!!」

女好きエロスマン。
もといディアッカ・エルスマンと舞踊部の部員たち。



「アスラン、勝負だぁ〜〜〜〜っ!!」
「頑張りましょうね、先輩っ!!」

歴史部。
イザーク・ジュール、そしてシホ・ハーフネスをはじめとする忠実なる下僕達。




「とりあえず面白そうだから」
「何で俺もなんだよ」
「いいじゃない、幼馴染でしょう」
「そもそも帰宅部っていうのは・・・・」
「うるさいよ、アスラン。細かいこと気にしすぎるとおでこが後退するよ」

帰宅部。
キラ・ヤマト、アスラン・ザラ、そしてフレイ・アルスター。



「かっねーーーーーぇっ!!」
「どのドレスが似合うと思う?」
「悲願の世界制服・・・じゃなかった世界制覇だっ」

・・・・その他大勢。





「え〜〜〜、今回の競技会の資金を出してくださったゲスト、アズラエル会長から一言があるそうです」
「みっなさんっ!!お元気ですかぁっ!!」

いやそうなトールを押しのけ、アズラエルは音量いっぱいにマイクで叫んだことでグラウンドにいた者全員(アズラエル除く)はとんでもない耳鳴りと頭痛に襲われた。
当然みなは返事する余裕がない。
それを不満に思ったアズラエルは再び声を張り上げようとしたが、怒り狂ったミリアリアの手で沈黙させられた。

気絶状態から当分戻りそうにないアズラエルを尻目に、何よりも目覚めてくれるなという願いをこめてデュランダルは手短に挨拶を済ませ、席に座った。彼のすぐ後ろではネオとレイが影のように付き添っていた。

そしてシード学園の個性的な面々はそれぞれの思惑を胸に問答無用、無差別アウル争奪戦がスタートした。





第1関門。
障害物競走。
『ありとあらゆる罠と障害を目指してサバイバル!!』

脱落者は失格とみなされる過酷なレースだった。
失格となったら残りのメンバーで大会を進めなくてはならないのでその後の展開も厳しい。
途中点数の書かれたプレートがおいてあり、障害を潜り抜けつつ、プレートを奪い合い、制限時間内にゴールする。
取った点数はそのままチームの点数となるのだ。
ただし、安全を考慮して獲得されたプレートは相手から奪ってはいけないとされ、しかもこの競技の不参加はチーム全体の失格を意味していた。


水風船爆弾。

「なんだよ、こりゃーーーっ!!」
「どっひゃーーーっ」


落とし穴。
もれなく水入り。

「だれだぁっ、こんなとこに穴掘ったのはぁっ!?」
「へーくしょいっ!!」


ブービートラップ。

「げーーぺぺっ!!泥まみれだ〜〜〜」
「やーーん、なによこれ!!」


後者の敷地周り全体をコースにしたこの競技は怒号と悲鳴に満ち、脱落者が続出だった。そのなかでアウルは身軽にトラップを潜り抜け、ゴールを目指していた。もちろんプレートを回収するのも忘れてはいない。

「しっかしこのトラップ見たことあんだよなぁ〜〜〜。設置の距離なんかほとんど一緒じゃんか」

昔の幼き日々が一瞬脳裏をよぎったが、アウルは気にする風もなく障害を駆け抜けていった。近くを走っていた生徒がふんずけて作動させてしまったコショウ爆弾を前方宙返りで軽く避けるとコショウ爆弾に巻き込まれ、咳き込んでいる後続達を尻目にまんまと近くにあったプレートを取った。

「おっさき〜〜」

一方。
少し離れた後続で。

「うおおおおおおおおおおっ、まーてーっ!!」
「おわっ、イ、イザーク!?」


爆竹の中を猛烈のスピードで駆け抜け、迫り来る相手にアスランは驚愕した。

「おーれーとしょーぶだぁっ!!」

目をらんらんと輝かせ、銀髪を振り乱して迫り来る姿はまさに日本民話に出てくる山姥のようだった。もちろんアスランも足を止めるわけがない。

「こわいからくるなーーーーっ」
「にーげーるーなー、こしぬけぇーーーーーっ!!」
「何なんだよ、お前はぁっ!!」

まるで山姥と牛方のようなおいかけっこを展開し、強引にトラップを突破して行く二人であった。

「非グゥレイト・・・。早速失格だぜ」
「この落とし穴高すぎるよ、出れないじゃんかーー」

ディアッカとヴィーノ、仲良く同じ落とし穴で失格。


「やっぱ昔アウルがおっさんに仕掛けたトラップと似てんなー」

クロトもアウルと同じく障害を難なくクリアしていった。誰かが作動させてしまった網の罠を飛び込み前転で避けると鼻歌交じりに前方のプレートを回収した。


「はーっはーっはーっ!!俺のロック魂はこのくらいでは消えないぜぇっ!」
「あんた、いちいちしゃべてないと走ってられないのかよ!?」


いくつかのトラップに引っかかりつつも無難に走り抜けてゆくミゲルとシン。


「はいはーい、道はこっちですよー」

生徒会役員の一人であるアサギ・コードウェルがにこやかに選手達を誘導している。その隣でスティングが不正なショートカットがないよう、見張っていた。結局弟に言いくるめられた彼はやるからには正々堂々とやれという彼の理念を貫いているらしい。


「第4チェックポイント歴史部につづきテニス部、ロック部通過。トップ通過は囲碁部と電脳部」
『了解』

木の上では冷静に選手たちを見ていた銀髪の生徒会書記、イレブン・ソキウスが本部に連絡を入れていた。その本部ではいまだ気絶中のアズラエルのそばでオルガがため息混じりに報告を受けていた。


「なんだよ、これ!?さんすうっ!?」
「え〜英語だなんて反・則!!」

第5チェックポイントでは裏返しにされたカードの問題を解くものであった。担当は数学教師マリュー・ラミアスだ。

「どの問題に当たるかは時の運よ」

マリュー・ラミアスがにっこり笑うとまた一言付け加えた。

「でもアウル、この問題はこの間やったばかりでしょう?復習していればすぐ分かるわよ」
「うぐぐ・・・・」

有無を言わせないマリューの態度にアウルはこっそりこの魔乳め、とつぶやくと数学の問題に目を凝らした。クロトは理系は得意だったが、文系、特に英語が大の苦手だった。

「なお、問題の交換は認められませんからね」

退路を立たれた二人が問題に頭を悩ませている間、後続が続々と追いついてきた。

「はあっ、はあっ。こ、今回は。ひ、引き分けだな、アスラン!!ぜーぜー」
「もういいよ、ほっといてくれ。ぜーぜー」

息も絶え絶えにテスト会場に入ってきたアスランとイザークもテストを手にしたとたん、問題を見て固まった。


「・・・・お、音楽の問題・・・?」
「この俺に絵を描けだとぉ〜〜〜〜〜!?俺は絵は苦手だ、バカヤローーーー!!」



「この分だとミゲル先輩も失格かもしれませんね」
「勉強からっきしだもんね」
「これで失格したら呪う」

待機所ではパックジュースを片手にロック部のメンバーたちがスクリーンの前に座っていた。残りの選手の待機所や応援席にはモニターが設けられ、競技の一部始終を見られた。

「アスラン、たぶん失格だね。僕らの足を引っ張るなんて良い度胸だね。どうしてやろうか、うふふふ」
「アウル、頑張って」

危険な笑みを浮かべるキラと手を握りしめてスクリーンに向かって祈るステラ。

「イザーク先輩っ!!」
「L・O・V・Eイザーク先輩、ファイトぉーーーーー!!」

鉢巻をして応援にいそしむシホと下僕たち。

このように反応は実に様々でトラップに引っかかるメンバーに悲鳴が上がり、通過するたびに歓声があったりと四六十にぎやかだった。

「問題っ!!あ、ラッキー、この間の歴史の問題だっ」

シンは手にした問題に目を輝かせて、早速問題に取り掛かった。
問題はミゲルのほうだ。
飛び込んでくるなり、問題を凝視したままだった。

「・・・なあ、この問題いいのか?」
「時にはすごい問題も混じっているらしいけど・・・・そんなに変な問題かしら?」

心配そうなマリューとは裏腹にミゲルは生き生きとした顔を見せた。

「1たす1は2だっ!!」
「「なんでそんな問題が混じってんだよ、インチキーーーー!!」」

いまだ問題と格闘中のアウルとクロトから抗議の声が上がる。シンをはじめとするほかの選手たちもあっけに取られていた。

『あ〜、それはですね。サービスですよ、サービス。1000分の一の確率で混じっていることがあるんですよ、よく引き当てましたねぇ。あっはっはっ』

突然スピーカーから出てきたアズラエルの声に一同は騒然となった。
どうやらミリアリアの一撃から復活したらしい。
瓦10枚をも打ち砕くミリアリアの攻撃を食らっても気絶程度で済んだらしく、それほど堪えた様子がなかった。

(チ、あの変人。もう復活したのね)

落差のありすぎる問題を作るなんて性格が悪いのだろ言うとマリューは舌打ちをした。このように波乱を呼ぶのが大好きなのだ、あの男は。

『ちなみにアスラン・ザラ君の引き当てた問題はチャイコフスキーを演奏すること、ですかね』
「できるかーーーーーっ!!」

頭を抱えて絶叫するアスラン。
モニター越しでニコルは気の毒そうに彼を見ていた。

「アスラン、ただでさえ音楽苦手で、分からなくて。僕のピアノでも寝てしまうのにチャイコフスキーなんて天と地がひっくり返っても無理です!」
「何気に根に持ってない、ニコルの奴?」
「・・・・持ってる」
「あははははは。当分音楽の特訓だねー。頼めるかな、フレイ?」
「キラ、目が笑ってないわよ」

「とりあえず通過ーー!!」
「ヤロウ、なめんなーーー!!」


意気揚々と第5チェックポイントを通過してゆくミゲルの背をひと睨みするとアウルは普段使わない頭をフル回転させた。
この問題はこの間といた奴だ、解けるはず!!

「おっさきーーー」

問題を終えたシンはさっさと会場を出て行ってしまった。
それが起爆剤となり、この間の授業模様が鮮明にアウルの脳裏に映し出された。ちなみにアウルはマリューの数学の授業は寝たことがない。
寝たら最後、放課後の居残りが待っていおり、おまけに彼女はカンが異様に鋭いのでアウルが逃げようとするとすぐかぎつけてしまう恐るべき人物であった。

「出来たーーー!!」

このときばかりはマリューに感謝しながらアウルは第5チェックポイントを通過して行った。クロトはいまだ問題と格闘中だった。



「へえ、やるじゃないかっ!名前なんていうんだ?」
「シン・アスカ!!」
「シン、ロック部にこねぇか?歓迎するぜ?」
「俺はテニス部だよ!!お断り!!」
「なんだよ、つれねーな」

そんな会話をしながら第6チェックポイントとの鉄棒を通過し、第6チェックポイントが見えてきた。大きな壁である。でこぼこした表面からしてどうやら登れということらしい。
ちなみに女子は平均台であった。
これも大きな落差である。

「これでラストですよー。ゴールは目の前です。冷たいジュースやお茶がありますからねー」

保険医のエリカ・シモンズがにこやかに彼らを出迎えた。

「ここのチェックポイントこえてゴールすれば最大の点数が入ります、一発逆転も夢じゃないですよ?」
「疲れてるって言うのに!!やればいいんだろ、やれば!!」
「体力勝負は俺の得意分野だ!!」

ミゲルはそう言うとでこぼこしたところを足がかりにするすると登り始めた。

「はやい!!」

紅い目を見開いて驚愕するシンを後ろに見やり、ミゲルは不敵な笑みを浮かべた。
よし!!トップ通過だ!!上々・・・と思った瞬間。
トンと背中と肩に軽い衝撃が走った。
衝撃といってもトンと軽く押された程度の衝撃で体重はまるで感じられなかった。
驚いて顔を上げたミゲルの視界に入ったのは鮮やかな蒼。
それは宙で軽く身をひねると逆さまのままミゲルに向かってにっと笑って見せた。

「アウル・ニーダ!俺を踏み台にしやがった・・・・!」
「待てよ、てめぇ!!」
「むぎゅう」

燃える紅に怒りをたぎらせ、急に動きのよくなったシンはミゲルの頭を踏み台にすると壁を乗り越えていった。

「あ、あいつら。いー度胸じゃねーか。この俺様を踏み台にしやがって・・・・」

ミゲルが壁を乗り越えるとき、追いついてきたクロトの姿が見えてきていた。
どうやら彼もチェックポイントを通過してきたらしい。これ以上負けてたまるかと、ミゲルは不敵に笑うとアウルたちを追って地を蹴った。



グラウンドに出たラスト400メートルでは熱いデッドヒートが繰り広げられていた。
普段から部活のランニングに精を出しているシン。
天才的な運動能力のアウル。
どちらも譲らない。

グラウンドに出てきた生徒たちはあるものは息を飲んで二人を見守り、ある者は二人に声援を送っていた。

誘導から戻ってきたスティングも息を呑み、ネオやオルガもこぶしを握って最後の勝負を見ていた。アズラエルは涼しげな顔をしていたが、その青い瞳は二人を捕らえて話さない。デュランダルもまた同様だった。
アウルとシンはゴール前に張られたテープを見つめ、ひたすら走った。

聞こえてくるのは声援と互いの息遣い。
負けたくない。
負けられない。

「ガンバレーーー」
「がんばれーーー!!」

多くの声援の中。
ルナマリアの声に混るステラの声もアウルとシンの耳は捕らえた。
めったに大きな声を出さないステラが元気な声援を送ってくれている。

うれしくなった二人は残りの力を振り絞った。
息も切れ切れだけれど互いに譲れない。
それは意地。
好きな子の前では負けたくない。
だから。


「あと100メートル!!」

トールの声が放送を通して響く。
その声にアウルとシンは振る腕に、足に最後の力をこめた。
体内の瞬発力を利用しての最後のダッシュだった。


ここで勝負がついた。


瞬発力に勝った方が勝者となった。
だけどそれはほんのわずかの差で。
わずか数歩の差でゴールのテープを切ったのはアウルの方だった。










あとがき

最後のかけっこは僅差でアウルの勝ちとなりました。
アウルは部活無所属でも毎日あちこちで走り回ってますからね。
でもここで危機感を持ってくれたらな、と。
シンとサッカーやテニス対決をしたらアウルにとって不利でしょうね・・・・。
次回は頭脳戦と運対決です。
誰がメインになるか・・・。
後編頑張ります。

ここまで読んでくださって有り難うございました。