静まり返った屋敷の応接間。ほのかな光が中を照らし、大きく開け放たれたカーテンから月が見えている。応接間の高価そうな肘掛け椅子に深く腰掛け、黒い長髪の男は頬杖を付きながらチェスの台座を前に金髪の少年と向かい合っていた。

「何か面白いことはないものか・・・・」

かたんとチェスのコマが置かれる。

「ないことはないですが」

そのコマを牽制するかのようにチェスのコマを置いた金の髪の少年はぼそりと答えた。その言葉に黒髪の男、ギルバート・デュランダルは興味深げに顔を上げた。

「ほう・・・・?何か考えでもあるのかい」
「ギルの許可を頂ければ・・・・」

金の髪の少年、レイ・ザ・バレルは頷くと低い声で彼の案をデュランダルに話した。抑圧のない、低すぎる声は傍にいるデュランダルしか聞こえない。その案を聞いたデュランダルは漆黒の瞳に子どものような光を瞬かせた。

「・・・・・なるほどそれは面白い。生徒達にも面白いイベントになるな。存分にやってくれ。だが、本人に了承はあるのかい」
「有るのではなく、させるのです」

きっぱりとそう言いきったレイにデュランダルはおかしそうに声を上げて笑った。

「ハハハ。レイ、君も悪だね」
「いえ・・・・ギルこそ」

レイもめったに動かさない表情を崩し,笑みを浮かべた。二人しかいない広い応接室で二人の男性が忍び笑いを漏らしている。そんな二人のやり取りは、彼等を見おろす月だけが知っていた。











第12話

部対抗、アウル争奪戦(前)







「へっくしょい!!」
「ん?」


自分の家の庭でテニスの素振り練習をしていたシンは後ろで生じた人の気配に振り返った。灯りの少ない、暗い庭で浮かび上がった一つの影。それは家と家を仕切る塀の上に腰をかけていた。暗闇でも分かるマリンブルーの輝きにシンは相手が誰かは直ぐに分かった。

「アウル、何やってんだよ?」
「べっつに〜」
「ふーん」

手元のサッカーボールをくるくると回しながらそっぽを向くアウルにシンは黒紅を数度瞬かせたが直ぐにまた素振り練習に戻った。しばらくラケットが空気を切る音だけが辺りに響いていていたが、その練習を見飽きたアウルは口を開いた。

「なあ」
「なんだよ」

びゅんびゅん。
素振りをする腕を止めずにシンが答えるとアウルは小さく息をつき、頭の中にあった疑問を彼にぶつけた。

「お前さ、なんでサッカーやめたんだよ」
「なんだよ、いきなり」

今度こそ素振りをする腕を止め、シンはアウルを見やった。アウルもまっすぐ彼を見返した。

「今日の練習の後にさ、ヴィーノが言ってた。お前がいないとアシストのしがいがないってさ。お前、中2の時にずっとやっていたサッカーやめたんだって?」

シンはアウルから目をそらし、ラケットを見やった。暗いと言うこともあり、アウルからはシンの表情は分からない。

「・・・いいじゃん、別に。それより、お前こそどっかは入れよ。サッカーに入ったらヴィーノのヤツすっげー喜ぶと思うよ」

再び素振り練習に戻るシンに拒絶を感じ、アウルはまた小さく息をついた。再びラケットが空を切る音のみが辺りに響く。その上を月が照らしていた。






「おーい!!アウル」
「なんだよ」

ジュースのパックをストローから吸い上げながらアウルは声の主を振り返った。3時限目が終わり、後少しで昼休みという時間にヴィーノが息を切らしながら教室に飛び込んで来た。その手にはチラシが握られている。ぜーぜーと息を整えながらヴィーノは持っていたチラシを彼の前に掲げみせた。

「コレ、どういうこと!?」
「あん?」

いぶかしげにアウルがそのチラシを受け取ってそれをみた次の瞬間、彼は口にくわえていたジュースパックを取り落としてしまった。かたんと床に落ち、大分残っていたジュースが床にこぼれ出る。

「なんだよ、これっ!」

チラシにはこうあった。

『部対抗、アウル争奪戦!!運動部などを渡り歩くアウル・ニーダを入部させたい部は今週金曜日に開催される生徒会主催の争奪戦に参加されたし。チームは三人一組でポイント制で勝敗を決める。種目は体力・知力そして運を試すものを用意。コレらを試す絶好のチャンスでもある。優勝の部には一年分の分の予算増加及び』

「アウル・ニーダの強制入部だぁ〜〜〜〜!?」

なめてんのかと言わんばかりにチラシを叩きつけて踏みつけるアウルにヴィーノは食ってかかった。

「なんだよ〜!どっかに入りたいならサッカー部に入ればよかったのに!何でこんな手のこんだことすんだよ!?」
「知るかーーー!!」

アウルの剣幕にヴィーノは大きな目を白黒させた。

「へ?アウルも知らないの?何故?どーしてアウルの名前があるの?」
「こっちが知りたいくらいだっつーの!・・・・生徒会かっ。レイなら何かしってるだろ。アイツ書記だもんな。行くぞ、ヴィーノ!!」
「あ、待ってよー」

彗星のごとく教室を飛び出したアウルをヴィ−ノは慌てて後を追った。



「ああ、それか。その企画は俺が出した」
「んだとてめぇ〜〜〜〜」

涼しげに言ってのけたレイにアウルの怒りゲージが上昇していく。自分の身柄を勝手に賞品にされたのだ、当たり前であろう。レイと共にいたシンは訳分からず、ぽかんとレイとアウルを交互に見やっていた。だがレイは悪びれた様子もなく、淡々とこう言ってのけた。

「お前の運動神経は神懸かりだ。天からの授け物だ。それをどこにも属さず、埋もれさせてしまうのは惜しいと思わないか?」

自尊心をくすぐられたアウルは思わず怒りを忘れ、照れたように頷く。

「それはそうだけど〜」

うわ、単純と呆れるシンを尻目にレイはたたみかけるように言葉を続けた。

「そうだろう?ここで過酷な対抗戦に勝ち抜いた部こそがお前が入部するにふさわしいだろう。それはお前のステータスにもなる」

「あはっ、そーかな?」

ますます機嫌がよくなるアウル。
単純である。

「そうだ。皆お前の能力を高く買っていて挑戦者は早くもぞくぞくと出ているんだぞ?名誉だと思わないか?」
「そ・・・・そーか!!そーだよなっ」

レイの言葉は心地よくアウルの脳髄を刺激する。アウルは先ほどの怒りなど綺麗さっぱり忘れ、すっかり乗り気にさえなっていた。

「アウル・・・!何丸め込まれてんだよっ!!」
「はっ、騙される所だった」

ヴィーノの突っ込みに我に返ったアウルは顔を赤らめながら咳払いをすると、びしっとレイに指を突きつけた。

「思ってもいねーこと並べ立てやがって!おい、レイ!!僕は嫌だからな!賞品にされてたまるかっ!!」
「どうしてもか?」
「どうしても!!」

残念そうなレイにアウルは胸を反らして見せる。その姿はそんな言葉に騙されるほど僕は単純じゃないと暗に主張していた。そんな彼にレイは小さく息をつくと机の上の物を片付け始めた。

「そうかそれは残念だ・・・。それでは俺はもうテストや宿題のノートも見せたり、テストのヤマを教えてやる事もなくなるし、差し入れを分けてやる事もできなくなるんだな」

差し入れとは女子がレイに差し入れてくる弁当やお菓子のことだ。
女子に人気の高いレイは毎日のように学年やクラスの違う女子からも差し入れが来る。食欲旺盛のアウルはいつもレイからそれをもらっていた。昼の弁当まで待てない、弁当だけでは足りないアウルにとって死活問題とも言える差し入れに流石のアウルもたじろいだ。

「ななな!!何でそーなるんだよっ!?」

テストも大事だがそれ以上に差し入れが大事だと慌てるアウルに目もくれず、レイは淡々と荷物をまとめながら言葉を紡ぐ。

「これが企画倒れとなったら俺は生徒会を辞めなければならないだろう。いや、それ以上に許可をくれたギルの顔に泥を塗ったことになるんだ。この学園にもいられない・・・・。引く手数多でどの部にも入りづらいお前の手助けとなるかと思ったんだが・・・。残念だ・・・・」

「う・・・・」
「れ、レイ。お前そこまで考えていたのかよ・・・・。なんてやつだ・・・・」

とんでもない悪者になったような気がして言葉を詰まらせるアウル。
感動したように拳を握りしめるシン。
ヴィーノは感動のあまり大きな目を潤ませていた。

「シン、アウル、ヴィーノ、世話になったな・・・。退学届けを出すとするか」

教室を出て行こうとするレイを慌てて引き留め、アウルは諦めたように息を吐き出した。

「わーったよ!!僕が悪かった!!そこまで考えてるなんて思わなかったんだよっ」
「うう・・・・。レイ、アウルのことをそこまで考えていただなんて・・・。なんて良いヤツなんだ。ごめんよ、怒鳴り込んだりして。うう・・・グスン」

ヴィーノはそう言うとすびーと鼻をかんだ。シンは燃える紅を更に燃えさせ、アウルに向き直ると、がしぃっと彼の肩を掴み激しく揺さぶった。

「アウル!お前、ここで嫌だといったら、相当な悪モンだぞ!!」
「そうだよ、極悪人だよっ!?」
「分かったって。やるって」

暑苦しいやっちゃなーとぼやきながらアウルは降参の意志を見せて肩をすくめた。そんな彼等にレイは頬を緩ませ、微笑んだ。

「そうか、やってくれるのか。ありがとう」
「トモダチだもんな」
「ああ」
「俺は感動したっ!!」
「男の友情だねっ」

がしっと手を握りあう4人。
彼等の周囲に友情のオーラが立ちこめていた。


「あ〜あ、やっぱ丸め込まれてる。単純馬鹿よねー」
「・・・・馬鹿だからな」

レイが腹の底で笑っていることに気付かずに、手を握りあう彼等をルナマリアとヨウランは呆れたように遠くから見ていた。ルナマリアの隣でステラは配られていた手元のチラシにじーっと目をやっていた。

こうしてアウル争奪戦のニュースはその日のうちに学園を駆けめぐり、運動部だけではなく文化部までがその企画に食いついた。

「あのアウル・ニーダをわが部に入部させるぞーー!」
「押忍!!」

むさ苦しい男の集まる柔道部やレスリング部。

「アウル・ニーダはどうでも好いけど予算一年分増加、というのはすごいわねー」

文芸部や吹奏楽部などと言った文化部。

「かねーーーーぇっ!!とりあえずアウル・ニーダはオマケだ!!」

科学部や数学部。

「きゃー、あの小生意気なヤツに女装させられるチャンスだわー。演劇部、やるわよ!」

危ないおねーさまの多い演劇部。

「あのアクロバッティック能力は我が体操部こそふさわしい!!」

体操部。

「あの運動能力で世界を〜〜〜〜」

そう言っていたかは定かではないが、熱血運動部。

そして当然ロック部も。

「おっしゃーーーっ!!これで部員一名確保だっ!!前途は明るいぞ、お前等!!」
「あの馬鹿を入れんの?」
「面白いじゃないですか。にぎやかになりますよ」
「まーそうだけどさ」
「・・・・先輩後輩根性入れてあげよ・・・・」


シード学園はいつにもまして騒がしくなっていた。





夕食後、縁側でアウルはステラと囲碁の対局をしていた。
時折涼しげな風が庭先を横切り、どこからかリーンリーンと虫が鳴いている声が聞こえてくる。黙りこくったまま囲碁磐を見ていたステラがぽつりと言葉を漏らした。

「ね・・・アウル」
「ん」

碁石を睨んだままアウルが返事を返すとステラは昼間の噂の事を切り出してきた。

「優勝した部にはいるって本当?」
「本当らしいね〜」

他人事のように言ってのけるアウルにステラは碁盤に視線を戻すとまたぽつりとつぶやいた。

「じゃあ、ステラの囲碁部が優勝したら囲碁部に来てくれるの?」
「囲碁なら家でやってんじゃん」

アウルが碁盤から顔を上げると嬉しそうに微笑むステラと目があった。そのかわいらしさに不意を突かれて顔が紅くなるのを感じ、彼は慌てて碁盤に視線を戻した。

「うん、でも・・・ね。ステラ、アウルと一緒に部活やりたい。合宿とか大会とか・・・一緒に行きたいの」

恥ずかしそうにそう言うステラの言葉にアウル自身も胸が熱くなる。
一カ所に縛られるのが嫌であちこちの部を渡り歩いた自分。
大分大勢でいることに慣れた自分ではあったけれど、他人と関わりすぎるのを、一つの場所に収まるのを恐れる自分がまだ残っていて。でもステラとなら一つの場所に落ち着いても良いんじゃないかと思うと、意を決したようにアウルはステラを見やった。

「な、お前んとこの対抗戦のメンバー決まってる?」
「まだ・・・だよ?」

アウルの真意がつかめず、きょとんとするステラにアウルは笑って見せる。ぱちんと音を立てて碁石が碁盤に置かれた。

「なら好都合。明日、囲碁部に顔を出したいんだけど部長さんいる?」
「いるけど。・・・・どうしたの?」
「へへ、いー事思いついたんだ。黙って賞品になるのはヤダしね」

悪戯っぽく舌を出してみせるアウルをステラはぱちくりと見やった。夜が更けていく。庭先では相変わらず虫がリーリーンと鳴いていた。

欲とそれぞれの思惑が渦巻くシード学園。
対抗戦当日は学園にとって久々の波乱の日となりそうだった。







あとがき

ぎょえーーーー、対抗戦までいけなかったです。
すいません、すいません!
ロック部の部員探しからもびみょーにずれてますし。
さー、アウルの身柄は何処の部に・・・・。
とんでもない種目も有り、なんでもありの対抗戦。
次回、開幕です。