「ねえ、キラ。部活何入っているの?」

自分の席からずっと窓の外に目をやっていたフレイがふと何かを思い出したかのように隣のキラの方を見やって問うた事。何の前ふりもない、唐突な質問にキラはノートパソコンから目を放すと、しばし紫の瞳をしばたたかせた。
フレイ・アルスターの転入から数日。
すっかりクラスにとけ込み、これからの学園生活の事を考える余裕が出てきていた彼女がキラにそんな質問を投げかけたのはそんなときだった。

「別に何も」

短くそう答えて再び画面に目を戻そうとすると今度はそれを白い手に遮られ、キラは少しばかりむっと顔を上げた。少し顎あげて見上げた視界にいつの間にか側で困ったような笑みを浮かべるフレイが映し出される。
その笑みはとても優しくて穏やかで、それでいて彼を心配する空気がうかがい知れ、フレイってこんなに優しい空気だったけとキラは首を傾けて約2年前の記憶を探ったが、彼を覚えている限り彼女はもっと能動的でこんなにも穏やかではなかったはずだった。そしてこんなにも早く周囲に溶け込む事も、また。

離れていた2年間、彼女に何があったのだろうかとキラは軽く目を見張っていると、フレイが手を伸ばし、とキラのどこまでもまっすぐな毛先に触れてくしゃくしゃと混ぜた。昔、養母カリダがキラにやっていた事と同じ仕草に彼は懐かしさを覚えて目を細めた。

「もう、キラったら。それだから心配なの」

フレイのまるで子供に言い聞かせるような言い方にキラはむっとして言い返した。

「子供みたいに言わないでよ」
「子供みたいだから、よ」

ささやかな反抗もあっさりと返され、キラは言葉に詰まった。絶対に他人に言い負かされない自信は在るのに彼女と養母だけにはどうしても勝てない。

「そうやって、積極的に周りと関わろうとしないでしょう?それだからあなたの世界が狭すぎるってカリダ叔母さまも心配なさっていたわよ」

カリダの名前を出された事にキラはひどく愕き、紫の瞳を大きく見開いた。カリダは彼の養母の事であり、アウル達のいたロドニア孤児院の副院長だ。母の事は彼女に話した事はあったものの会わせた事はなく、どうして、という声なき呟きにフレイはあなたが行ってしまった後会いに行ったのよ、とその時を一つ一つ思い出すように窓の遠くを見やった。

「ねえ、キラ。たまには会いに行ってあげて。おばさま、カガリに遠慮なさっていて何も言わないけれど、とても会いたがっていたわよ。あなたもカガリに遠慮しているのも分かるけれど・・・連絡くらい取ってあげなくっちゃ」
「フレイ・・・・」

キラは両親を亡くした彼を引き取り、実子のように愛してくれたカリダの笑顔を思い、同様に窓の方を見やった。大人の事情というヤツに片割れと引き離され、ふさぎ込んでいた彼を暖かく迎えてくれ、沢山の愛情を注いでくれたカリダ。もう顔も覚えていない生みの母より、彼女の方がもはや母と言っても良かった。この学園に来たのも将来母の役に立つための知識と経験が欲しかったのが理由の一つ。彼は卒業後ロドニアに戻るつもりでいたが、そう思っていたがため母とはあまり連絡を取っていなかった。そしてまた。フレイと同様、強がりのクセしてさびしがり屋のカガリに対する遠慮もあった。

なんで分かってしまうんだろう。

昔から敏感に物事を感じ取ってしまう彼女。キラは窓から視線を外してフレイを見やると彼女に分からないように顔を伏せて苦笑した。でもそれ故自分は彼女にかなわないのかもしれない。

「会いたいときに・・・会えないのは辛いわよ、キラ。だから会えるときに会わないと・・ね?」

フレイの寂しそうな顔にキラは彼女の母が既に亡い事を思いだした。そして彼女の父は健在ではあるが、仕事でめったに会う事がない事も。

名門、アルスター家の長女という重圧と寂しさ故に強気な仮面をかぶっていた少女。普段の彼女はその素振りさえ見せないからキラはその事を忘れ掛けていた。あまりにも強気な面を見過ぎていて苦手意識さえ持っていた自分。冷却期間をおいて自分がもっと強くなれたらと彼女を置いてここに来た。離れてみると見えなくなっていた物も見えるようになるんだな、と思うと彼女が愛おしく感じててキラはフレイの手に自分のを重ねた。一瞬彼女の手がこわばったが、すぐにそれは溶け、彼女もしっかりと握り返してきた。

「ね、キラ。クラブ、何があるのかしら?放課後、校内を周りながら一緒に探さない?」

キラが顔を上げると、フレイはいつもの強気な彼女に戻っていた。紺青の瞳に強い光を湛え、彼を見つめている。弱い彼女を見る事の出来るのはほんの一瞬。それも自分だけ。ちょっとした優越感と喜びを感じ、かなわないなぁとキラは微笑むとパソコンの電源を切った。












第10話

ロック部、立つ















「おーい、ステラぁ。・・・・っていないじゃん」

シード学園随一の問題児、アウル・ニーダはいつものように隣のクラスに顔を出すと金髪の少女の姿を探していた。その姿にまたか、とシンは顔をしかめても例のごとく無視される。

「おい、ステラは」
「いない。見りゃわかるだろ」
「ち。役立たず」
「てめ・・・・」

憮然と返答するシンに舌打ちをしたアウルはもうお前は用無しだと言わんばかりに、彼を押しのけ、ずかずかとクラスの中へと入り込んだ。当然その行動は短気なシンの怒りを買うわけで。たちまち怒りゲージを上げたシンがアウルの前に回り込むと、アウルは小馬鹿にしたように彼を見返した。否。小馬鹿にとは見た目だけで、シンの不甲斐なさ(アウル視点)にアウルの腹の中も溶岩のように煮えくりかえったいた。

「なんだよ、シンちゃん?やんのか?」
「ステラなら前の授業にもいなかったぞ」

ケンカをおっぱじめそうになった二人の間をタイミングを測っていたかのごとくレイが割って入る。そんなレイのセリフに愕いた二人は互いの事を忘れ、同時にレイに各々の事をまくし立てた。

「え?あのステラが?いつからいないの?どこに行ったの?出て行くの見た?」
「あのバカがサボりという高尚な事が出来ンのかよ!?」
「ステラがいないのは前の授業の休み時間からだ。どこかは知らない。ステラのことだ。それなりの理由で授業に出なかったんだろう。安心しろ、アイツはお前達ほど無謀でも無鉄砲でも破壊的でもない」

レイの後半の言葉はともかく、あの二人のがなり声を同時に聞き取れるなんてすごいわね、と遠くから見ていたルナマリアは素直に感心した。

「ステラ〜、どこ行っちゃったんだよ?」

頭を抱えるシンにアウルはただでさえ猫目の瞳を更につり上げて食ってかかった。

「こンの役立たず!!何のための監視役だ、てめぇ!!そんなんじゃあお前がステラのクラスにいんのは何のメリットがあるんだよ、ああっ!?死ね、このボケっ!!」
「なんでお前にそこまで言われなきゃなんないんだよっ!?」

理不尽なアウルの物言いに当然シンも怒って食ってかかるが、完全に暴走気味となったアウルには彼の話など耳に入らない。アウルは怒鳴るだけ怒鳴ると用は済んだと言わんばかりに教室を飛び出し、あっという間に姿が見えなくなった。怒りの炎をくすぶらせたまま後に残されたシンはイライラと地団駄踏んだ。

「くっそー、好き勝手いいやがって〜」
「大分進歩したとは思うがな」
「はあ?何が?」

シンは顎に手をやり、やや笑みを浮かべた(様な感じのする)表情でアウルを見送っていたレイを怪訝そうに見やった。レイはゆっくりとシンの方に視線を戻すときっぱりとこう断言した。

「前のアウルはお前の事をウジ虫、水虫、ゾウリムシとか言っていただろう。今では監視役だ。大した進化だと思うぞ」
「おい・・・・」

いくら何でもアイツはそうまで言ってねぇぞ、とシンは顔を引きつらせた。それにさっきも何げにすっげーひでぇ事言われたような気がする・・・・。

「なあ」

シンはレイから視線をそらし、廊下に目をやったまま彼に問うた。

「なんだ?」
「お前さ、ケンカ売ってる?」
「そんな事をして俺に何のメリットがある?宿題のノートを見せてもらえなくなって困るのはお前の方だと思うが」
「・・・・だよなぁ」

シンはぼんやりとそう答えた。いや、答えるしかなかったと言えよう。どうやらレイには悪気は全くないようだったのだから。




場所が変わってシード学園の第二音楽室。
シード学園の一番隅にある第二音楽室はロック部の活動拠点の一つである。
大きな年代物の黒ピアノも置いてあり、日当たりがいい場所だ。
そこからピアノの音色が流れてくる。
その穏やかで、優しいその調べは風に乗って廊下に、そして窓の外へと流れ、周囲を暖かさで包んでゆく。廊下を行き交う生徒や教師達はしばし足を止めてこの音色に聞き入っていた。
するとふいにばんと、第二音楽室の教壇を叩く音が響き、ピアノの音が途切れた。音の主は背の高い金髪の生徒だった。金髪の生徒ことロック部元部長(実質部長)のミゲル・アイマンが教壇の上から身を乗り出すと、声高らかに現状を告げた。

「ロック部の諸君!!今我がロック部は慢性的な部員不足の危機に瀕している!!」
「あははは。皆さん、個性的ですからねぇ。うちって魔の巣窟と言われてるくらいですから」

ピアノから手を離し、涼しげにそうのたまうニコルにミゲルはこめかみを引きつらせた。ああ、怒ってるなぁとラスティは雑誌ごしにそんな彼を見やる。ちなみに今は授業中である。当然彼等はサボりだった。

「そこまで言うか?お前もいるだろうが」
「僕はそこが気に入ってるんです。退屈しませんから」
「・・・・」

分かっていって言っているのか。それとも素なのか。何とも判断しにくく、ミゲルは返答に窮した。何か言おうと視線を音楽室の愛間を彷徨わせると、ふといるべき人影が一つ、無いのに気付いた。

「おい、シャニは?」
「そういえばいませんね」
「ミゲル先輩、おんなじ学年じゃなかったっけ?」

ラスティの言葉にミゲルは露骨に顔をしかめた。

「携帯にメールを入れておいたんだけどな・・・」
「そうだったら見ていない可能性大ですね」

納得したように頷くニコルの隣でラスティもまた呆れたように溜め息をついた。足を組み直し、ぱたんと雑誌を閉じて、ミゲルを見やった。

「・・・・センパイ。6割の確率でアイツが携帯を持ち歩かない。2割の確率で携帯なくすって、知っていると思っていたけれど」

ミゲルはチクチクと刺してくる部員二人の痛い視線から逃れようと教壇から移動するが、その視線はしつこく彼を追尾してくる。彼はたまらず彼等に向き直って逆に食ってかかった。俗に言う逆ギレと言うヤツである。

「う、うるせぇな!その対策として携帯をラジオ付きにして首に掛ける輪っかを取り付けただろーが!」
「音楽好きのシャニだからラジオ付きなら持ち歩いている可能性はありますが・・・。メールは見ていないんじゃあないですか」

ニコルの冷静な分析に机に頬杖付いたラスティが頷く。

「9割以上の可能性でそうだね」
「やかましい!あのクラスにはクソ真面目な石頭が2匹もいるんだぞ!!下手にクラスに行って俺が捕まったらどーする!」
「立派なサボりのお誘いですもんねぇ。あははは」
「あはは、じゃねえ!!」

ミゲルの言う2匹の石頭とはご存じ、ロアノーク家とアズラエル家の長男達の事である。今頃二人はそろってくしゃみをしているだろう。ミゲルは咳払いを一つして落ち着きを取り戻すと、当初の議題に戻った。

「今俺たちを含めて4人の部員しかいない」
「4人しかいなくてここまでやってこられたのも奇跡ですよね」
「廃部にならなかったのが不思議」
「てめぇら・・・・」

まるで人ごとのようにのたまうニコルとラスティにミゲルは口元を引きつらせた。ついでにこめかみにも血管が浮き出ている。だがここでブチち切れては先輩として、元部長として、そして男としての沽券に関わる。ミゲルは敢えて怒りを飲み込み、顔を上げて話を続けた。だが声の震えだけはどうにもならなかったらしい。

「だ・か・ら〜部員を募集しようとしてんじゃね〜か〜」
「前々からしてますよね。今のところ入部希望者は?」
「ゼロ」

ラスティがあくびを噛み懲らしながらそう答えると、ニコル爽やかに笑って肩をすくめて見せた。

「絶望的ですね〜。あはははは」

そんな二人に早くも我慢の限界が来たミゲルはすごい剣幕ばんばんと教壇を叩いた。その様にニコルはあんなに叩いて手が真っ赤ですねぇとかラスティは顔がまるで赤鬼だと囁く。

「あははじゃねーと言うとろーが!これから放課後は部員探しだ!!一人でも見つかるまでは俺たちの活動は当分部員探しだっ!」
「え〜めんどくさいなぁ」
「僕のボディガード達では数になりませんか?」
「やかましい!!これは部長命令だっ!!」
「今の部長、僕のはずですけど・・・」

部長命令、と言う言葉に現部長のニコルが僅かに眉をひそめたが、今のミゲルは全く聞く耳を持たず、がなり立てた。

「とっとといけぇっ!!」
「「やれやれ」」

ニコルとラスティは互いに顔を見合わせ、溜め息をつくと、重い腰をあげた。
こうしてミゲル達の部員探しが始まった。
空は快晴。
授業の終わりを告げる鐘が鳴った。











あとがき
次回ミゲル達が部員探しで奮闘。
一方フレイとキラはクラブ探し。
アウル達悪ガキトリオをも巻き込み、またまたひと騒動・・・の巻き。
ここまで読んでくださって有り難うございました。