「軽い過労ですね。2,3日検査入院した方が良いでしょう。というかしなさい」
「冗談じゃないっ!その間うちはどうなるんだっ!」

無情とも思える医者の言葉はロアノーク家の主夫(誤字ではない、念のため)たるステイングにとって死刑宣告のような物だった。







第8話
ロアノーク家最期の日?







「ンなこと言われてもなぁ・・・。2.3日くらいなら大丈夫じゃないのか?」

激昂するスティングに動じた様子もなく、彼の主治医は温厚笑みを浮かべ他が、その笑みと裏腹に彼の言葉の響きにはスティングの入院は既に決定事項だという事を告げていた。
主治医の名前はトダカ。
オーブ屈指の医者で有り、なおかつ彼の決断を覆した者はいまだにいないという頑固者として有名な医者であった。
そもそもなぜスティングが病院にいるのか。
話は数時間前までさかのぼる。
ロアノーク家ではいつもの朝を迎えていた。




「あ〜てめ、それは俺の煮やっこだっ!!」
「ちんたら食ってっからいらねーかと思ったんだよ」

額に青筋を立てて怒るシンにアウルは奪った煮やっこを手にべーと舌を出して出してみせる。
彼の手にしている煮やっこは彩りのキノコの入った、熱いあんかけが掛かっており、香しい香りを立てている。アウルは既に自分のを平らげており、今だ手を付けられていないシンの分をかすめ取ったのであった。

「勝手にそう解釈すんな!返せ、この食欲魔神!!」
「はっ、誰が!」

アウルは自分の分を取り戻そうと手を伸ばしたシンの腕をかいくぐり、そのまま大口を開けて飲み込んでしまった。奮闘空しく、目の前でアウルの口の中へと消えてしまった煮やっこにシンの瞳は大きき見開かれ、彼の口からは泣き声に近い悲鳴が飛び出す。

「あ〜っ」
「あつふい〜」

悔しさ故に涙目になるシンと熱さ故に涙目になるアウル。
ロアノーク家の食卓は朝からてんやわんやの騒ぎだった。
同じような反応を見せる二人にこいつらの前世は絶対に双子だったに違いない、とスティングは渋い顔をして彼らを見やる。昨夜遅くまで勉強していたせいか、スティングは朝から頭痛があったのだが、この騒ぎで更にひどくなったような気がしていた。そこへロアノーク家の末っ子、ステラが困った顔をして食卓に顔を出した。この家の家長がどんなに揺すぶっても起きてこないのだという。除夜の鐘のようにやかましく鳴り響く脳内の釣り鐘にスティングはよろめきながらも、また俺の出番かと力無くつぶやいた。ステラに連れられ、寝室にはいると薄暗い部屋の中にこんもりと盛り上がった物体が一つ,規則正しく上下している。その姿に口元をひくつかせたスティングが息を吸い込むと同時に慣れた仕草でステラが耳をふさいだ。

「ね〜お〜、おーきーんーか〜〜〜〜っ!!」

窓ガラスがびりびりと揺れ、ベット脇にある写真立てが音を立てて落ちる。下の食堂でガタガタンと何かが椅子から転げ落ちる音がしたが、スティングは敢えて無視し、彼の声で頭を振動せているネオに向き直った。仮面の中にまで反響したスティングの怒声にしばらくユラユラと頭を揺らしていたネオがようやっと復帰すると早速文句をたれた。

「もーちょっと優しく起こしてくれないかなぁ〜。も〜オクレったら」
「ああ?」

オクレという言葉に反応してギロリと睨む息子に地雷を踏んだかとネオを冷や汗垂らした。それにスティングは表情からして今朝はとても機嫌が悪そうだ。このときのオクレ、じゃなかったスティングには極力逆らわない方が良いとネオは至極懸命な判断を下して、渋々ながら起きあがった。

「さっさと飯を食ってくれ。俺は今日小テストがあるんだよ。全くアウルやシンだけじゃなく、ネオまで世話焼かせやがって。ちったステラを見習ってくれよ。なあ、ステラ?」
「うんっ!!」
「よしよし」

満面の笑みを浮かべて頷くステラを可愛くて仕方ないというようにスティングは彼女の頭を撫でる。彼女の可愛い笑顔はスティングの頭痛を和らげてくれる。絹糸のようなその感触に心地よさを覚え、いつまでも撫でていたいという気持ちに駆られたが、彼にはやるべき事が沢山あった。名残惜しげに手を離すと、彼は養父と妹に下に降りて食事をするよ う言いつけ、彼らが降りていくのを見届けるとネオのベットを直しにかかった。ふとベット脇に落ち ていた写真立てに気付き、それを拾い上げる。ひっくり返して見るとそれはスティング達がロアノーク家に来た日に皆で撮った写真だった。大分色褪せていたものの、保存状態がとてもよく、大事にされていたのがよく分かる。

「まだ持ってたのか」

どんなに大人げなくてもやはり父は父なのだ。スティングはその写真に微笑むと頭痛のせいだったとは いえ、ネオに少し辛く当たったのを少し反省した。そして外れかかっていた留め金をなおし、写真立て を戻そうとしたとき、挟まっていたもう一枚の写真が目に入る。見慣れた茶色の髪と瞳の女性の写真 だった。

「・・ラミアス先生・・・?」

何故彼女の写真がここにあるのだろうか?
彼女はステラのクラスの担任で数学の教師だ。何故彼女の写真がここにあるのだろうか?スティングは少し考えていたが、すぐにどうでも良くなってやめた。ネオは3年の生物教師で彼女とは接点はあまりなかったはず。少なくともネオからは何も聞いていない。本人が敢えて言わないでいることを詮索するのはスティングは好きではなかった。話してくれるまで待つかと判断を下すと、写真を元に戻すとスティングはまたベットメイクに戻るのであった。



「さて今日は英語と物理か。やれやれだぜ」

両方とも大変頭を使う教科の小テストにただでさえ痛い頭を更に痛めながらスティングはでひとり学校を目指していた。体調が少し悪かったせいか、思った以上に後かたづけに時間がかかった彼は、養父と弟妹たちを先に学校へとやった。この時間は少し遅刻だが、小テストには間に合うだろうと一人ごちて先を急ぐ。だが頭痛薬を飲んだにもかかわらず、頭痛は一向に良くならない。それどころが周囲の色さえ分からなくなってきていた。

「!?おいっ!!」

誰かが何か言っている。
だがその声はスティングにはとても遠く感じられた。返事をしようにも動きが緩慢に感じられ、やがてゆっくりとスティングの意識は闇へと落ちていった。



気付くと白い世界だった。
どこもかしこも白く、嫌悪感を感じたスティングははじかれるように起きあがった。クン、と左腕が引っぱられる感覚に己の腕を見やると、点滴が取り付けられ、チューブで繋がれていた。
ちょうど病室にいた看護婦を捕まえ状況を聞いていたとき、問診に来ていたトダカに遭遇したのだ。

「簡単に言えば過労。休んだ方が身のためだ。ちなみにこれは決定事項だ」

涼しい顔をしてカルテに目をやるトダカ医師にスティングは食ってかかる。

「そんなこと勝手に決めるなっ!!家の存亡にか関わってくんだよ!誰が飯を作る?」
「出前があるだろう」

トダカ医師はスティングの剣幕にも何処吹く風といった調子で後に控える看護婦に指示を出してゆく。眼鏡をかけたセミロングの看護婦は支持通りに点滴の用意を始めており、まるっきり自分の話を聞いてもらえそうにない。それでもなおスティングは事の重大さを必死に訴えた。

「出前は栄養のバランスが偏るっ!アイツらは育ち盛りなんだぞっ!!」
「他の誰かに作らせろ」

その言葉にスティングは冗談じゃない、と悲鳴を上げんばかりだ。アウルやステラにやらせて二人が怪我をしたらこのアホ医師は責任を取るのか?と言わんばかりにつかみかかる。

「俺の家に安心して包丁を握らせられるやつはいねぇんだよっ!」

スティングに捕まらないよう絶妙な距離を取りつつ、トダカ医師はマイペースに話を続ける。

「じゃあやっぱり出前だな。コンビニでもいいじゃないか」
「俺の家族にそんなわびしい食事をしろと・・・!?あんたは鬼か!?悪魔か!?この鬼畜野郎!!」
「やかましっ!シュリ君、鎮静剤を。この馬鹿をとっとと眠らせるぞ」

スティングの罵詈雑言にこめかみをひくつかせながらトダカ医師は鎮静剤の指示を出すと看護婦ははあいと元気よく返事をすると注射器を取りだした。青みの掛かった黒髪に黒縁眼鏡がよく似合う、可愛い看護婦だったが、その瞳には何故か危険な光を宿している。

「は〜い。ちょぉっとちくってしますよぉ〜」

このアホ医者ならともかく、看護婦を殴るわけにはいかない。ニコニコと注射器を手に迫る看護婦にスティングは最早為す術もないのであった。



「・・・というわけでスティング・オークレーは入院と相成った。反論は現在受け付けていない」

スティングのことを聞くなり学校から病院になだれ込んできた弟妹とそのクラスメイト達をトダカ医師は涼しい顔をして出迎えた。無駄な説明を省くというわけで省かれすぎた説明にアウルが食ってかかる。

「何がというわけだよっ!スティングはどーなんだよっ!」
「そーだよっ、何とか言えよ!」
「訳あって面会謝絶。あさってまで入院してもらう」

澄まし顔のトダカにアウルとシンは眉を跳ね上げた。ヴィーノとルナマリアが心配そうに事の成り行きを見ている。レイは相変わらず無表情だ。ステラはちらちらとスティングのいる病室の方に目をやっていた。のれんに腕押しのトダカにアウルはなおもしつこく食いさがる。

「ワケって何だよっ!」
「君は兄を過労死させたいのか?ぶっ倒れた君の兄を運ぶのは大変だったんだぞ、私は」
「う゛・・・」

話を聞くと倒れたスティングを介抱し、救急車でここまで連れてきたのがこのトダカ医師だったと言う。しかもカガリの家のであるアスハ家主治医も勤めているらしく、彼は問題児であるアウル達をよく知っていた。

「こういうときでないと彼も休めないだろう。たまには休ませてやれ」

態度は悪かったが、兄を思ってくれる実直なトダカにこの日はアウル達は大人しく帰ることにしたのだった。


「今日のご飯とかどうするの、あんたたち?」

帰る際のルナマリアの問いにアウルは思考をめぐらせる。

「出前かな、やっぱ。俺らの中でまともに料理できるヤツいないし」

その言葉にステラが恨めしそうな視線を向けたが、アウルは知らないふりをする。ステラの料理はお世辞にもうまいとは言えない。しかも今回は監視役のスティングもいないのだ。万が一、彼女が怪我をしたら大変なことになる。スティングがそれを知ったら飯は当分ピーマンづくしとなってしまう。彼は自分の生命活動のためにもなるたけリスクは負いたくなかったし、そしてなによりも。ステラが心配なせいもあった。過保護なのはスティングやネオだけではないのだ。

「それじゃ、今日ご飯つくりにあんたとこ行くわ。みんなでご飯食べよ?」
「マジで?らっきー!」

ルナマリアの提案にこりゃ渡りに船と蒼い瞳を輝かせるアウルだったが、そんな彼とは反対にシンの顔色が蒼くなっていく。レイの顔色も至極悪かった。シンはしきりにアウルに何かを言おうと口をぱくぱくさせていたが、アウルはとうとう気付くことはなかった。

「俺、今日用事があるから飯は外で食う」

紅い瞳をあさっての方向に向け、そわそわとするシンをいぶかしげに見やるアウル。怪しいぞと彼の野生のカンが告げていた。いつものようにおちょくってって聞き出そうと、意地の悪い笑みを浮かべてシンの顔をのぞき込むが彼はまた視線をあ さっての方向にそらす。

「なーんか隠してね?」
「いやっ、断じて!!」
「嘘。シン、嘘ついてる」

じーっと彼らを見ていたステラにそう言われ、シンはこのとき何かに気付いたように頭を抱えた。

「しまった!アウルはともかく、ステラがいるんだった・・・!」
「あ?」

どういう意味だと眉間に皺を寄せるアウルを無視し、シンは必死の形相でステラの手を取った。

「ステラ!今なら間に合うっ!!俺と一緒に逃げようっ!」
「ざけんなっ、コラァ!!」

シンのセリフに我に帰ったアウルの怒りの跳び蹴りが見事シンのみぞおちに決まった。



「なんだってぇ〜〜〜」

アウルの悲鳴がロアノーク家にこだました。

「ルナの料理が殺人的なまずさだって何で言わなかったんだよっ!!」
「言おうとしたけど、お前、きづかなかったじゃないかぁ〜」

怒り狂うアウルにシンは半べそを掻いている。中学時代からの腐れ縁だったシンはレイとともに度々ル ナの料理の被害に遭っていたらしい。単にまずいのではなく、元の料理が分からないくらいの物だそうだ。中学時代のキャンプで彼女が任せろと言って作ったカレーで当時同じグループにいたクラスメイト達があまりのまずさに味覚障害を起こしたのだという。その話を聞いたアウルの顔色は真っ青だった。すくっとたちあがると逃げるべく日用品をまとめ始めた。

「このままではマジで俺らの命日になっちまう。ステラ、クロトん家に逃げるぞっ」
「ネオは?」
「家に帰るなって連絡入れておく。しばらくここは留守にすんぞ」

気にくわないところもあるがネオも家族だ。ネオも見捨てるわけにはいかない。用意をする手を止めず、アウルはきょとんとしているステラにそう答えた。

「うん」

そんなアウルが嬉しかったのかステラは満面の笑みで頷くと、アウルを手伝い始めた。

だが。
神は彼らを見放したのか。

「やっほー!!」

準備が出来ないうちに無情にも家のチャイムが鳴り、ルナマリアの声が玄関先に響いた。その声にこれからの地獄を想像し、アウル達は泣きたくなるのだった。



「あれ?そちらさんは?」

渋々出てきた玄関先でアウルはルナマリアの後ろに隠れるようにして立つツインテールの少女をいぶかしげに見やった。見た事のない少女だった。少なくともアウルの記憶では合致するデータは見あたら ない。そんなアウルを恥ずかしそうにルナマリアの後ろから見返すツインテールの少女。そんな少女を挨拶するようにとルナマリアはアウル達の前に押し出した。

「この子、私の妹よ。メイリンっていうの。ほら、挨拶なさい。あんたが会いたがっていたアウルよ? 」
「う、うん。メイリン・ホークです。姉がいつもお世話になってます」

メイリンと呼ばれた少女ははにかみながら頭を軽く下げると、恥ずかしそうにアウルを見上げた。アウ ルにしてみれば男みたいなルナマリアにこんな女の子らしい妹がいたのは正直驚きだった。このことを 口にしたら十中八九、鉄拳が飛んでくることがまちがいないから口にはしないが。

「へえ、可愛いじゃん。僕は・・・」

アウルの言葉にかぶるようにメイリンが嬉しそうに彼の言葉を続ける。ずっと前から話したがってたか のように頬を紅潮させ、興奮気味だ。

「アウル・ニーダ先輩ですよね。知ってます。有名だったし。その・・」

そこへ呆れたように口を挟むシン。

「そうそう。高等部のクセして堂々と中等部にいてケンカしてたもんなっ」
「うっせぇ!余計な事言うなっ」

メイリン達の存在を忘れたようにこづきあいを始めるアウルとシンをルナマリアは呆れたように見やる 。だが、アウルを見つめるメイリンは頬を紅く染め、その表情は恋する少女そのものだった。アウル達はケンカに夢中になっていて気が付かなかったが、そんなメイリンの表情に気付いたステラは何となく面白くない気分に襲われるのだった。


「私、料理得意なんです。姉からアウル先輩達が困ってるって聞いて・・・。ご迷惑だったでしょうか ・・・?」

メイリンの言葉にアウルとシンはとんでもないっ!!と首を振った。ステラはシンクロしたような二人 のリアクションをみて普段から双子みたいだといっていたスティングの言葉を改めて実感する。そ して自分だって料理できるのにと、メイリンを大歓迎するアウル達にますます面白くなく感じた。

「とんでもないっ!!きゅーせいしゅ!!命の恩人だっての!!」
「よかったぁぁぁぁっ!!死なないですむっ!!俺は初めて神という存在を信じる気になったよっ!! 」
「あんたら・・・」

ルナの料理を食わないですむっと、ハモるアウルとシンにルナマリアはあとで覚えておきなさいよと殺気のこもった視線を向けた。



台所に材料を広げ、メイリンはエプロンをすると、アウル達に向き直った。メニューはシチューだと彼女は告げ、てきぱきと作業指示を出してゆく。

「材料も用意してきました。申し訳ないのですが、下ごしらえをお願いできませんか?」
「りょーかい」

二つ返事で材料を受け取るアウルにメイリンは嬉しそうに頬を染めた。そんなメイリンのステラやルナマリアにない乙女のような仕草に可愛いな、とアウルは正直な感想を抱く。とはいっても彼の中の「 一番可愛い」はステラが不動なのだが。


かちゃかちゃと台所で作業する音が響く。
みな各々の役割を分担され、黙々と作業をこなしていた。
野菜を洗う音。
米をとぐ音。
野菜を切る音。
アウルはメイリンと共にジャガイモの皮をむいていた。普段から料理をしていると言ったメイリンの手つきは当に神業で、信じられないくらいのスピードでミリのような厚さに皮がリボンのようにむ けてゆく様子は圧巻だった。アウルは隣でそのように次々とジャガイモの皮をむくメイリンに感心しな がら彼も目の前のジャガイモに集中した。そこへメイリンが遠慮がちに声をかけてきた。

「あのアウル先輩・・」
「ん〜?」
「あたしのこと覚えていらっしゃいません・・・か」

メイリンの言葉にアウルはしばしジャガイモをむく手を止めて考えた。だがいくら記憶の糸をたどって も彼女に関する情報に引っかからない。

「思い出せねぇ。・・ごめんな」
「良いんです。本当にあっという間のことだったし・・」

昔を思い出すように一瞬遠い目をしてまたアウルの方を見る。その表情は寂しそうでアウルは罪悪感 見舞われた。何とか思い出そうと必死に記憶の糸をたどろうと視線を虚空に彷徨わせる。普段からもっと周りに関心持ってればなぁ・・と今更ながら後悔した。そんなアウルを嬉しく思ったメイリンは微笑んで彼女とアウルと の出会いを話し始めた。

「あたし、クラスメイトに絡まれていたんです。交際断ったことに」
「うわ。男らしくねえ。さいてーっと言うんじゃねぇの、それって」

顔をしかめるアウルにそうですね、とメイリンは彼に微笑んでまた話を続ける。

「そんなときです。アウル先輩が助けてくれたのは」
「は?」

自分が正義の味方気取りをしたことはなかったはずだが、とアウルは首をかしげた。誰かと勘違いして まいかというアウルにメイリンはいいえと首を振る。空と同じ、彼の青い髪と蒼い瞳を見まごうはずがないと。

「先輩は天から降ってきたような感じでした」

窓越しの空を見やりながらメイリンはうっとりとつぶやく。



『おいっ、スカしてんじゃねーよ!ちょっと可愛くてもてるからってよ!』
『そ、そんなつもりはないです』

校舎裏に呼び出されてクラスメイトに詰め寄られていた去年の夏。
空は真っ青で雲一つ無く。
金色の強い日差しが頭上に降り注いでいた。
耳元で聞こえてくるのは蝉の鳴き声。
泣きやむ術を知らないのか、絶え間なく響いてくる。
目眩のしそうな熱の中でメイリンはクラスメイトにひたすら謝っていた。

あくまで友達のつもりでいたこと。
勘違いさせてしまったことを悪いと思っていることを。
傷つけるつもりはなかったと言うこと。
全て彼女の本心だったが、
このクラスメイトは頭に血が上っていて聞く耳を持たない。
フェンスぎわに追い込まれて腕を捕まれたとき、メイリンは恐怖で泣き出しそうだった。
その時だった。
彼女がアウルと遭遇したのは。

『ちっくしょー。しつこいっての!』

上から降ってきた舌打ちにメイリンとクラスメイトは顔を上げた。
だが強い逆光のせいで声の主が分からない。
がしゃんとフェンスを蹴る音がした、その瞬間。

『むぎゅう』

気付いたとき、メイリンに詰め寄っていたクラスメイトはフェンスを飛び越えてきたアウルの下敷きになっていた。

『あ、わりぃ、わりぃ』

急いでいたから、ごめんなと足元の男子生徒にあやまって顔を上げると
目の前でその様に呆然としているメイリンと目があった。
綺麗な蒼。
メイリンは混乱してにぶっている思考の中、ぼんやりと彼の瞳を見つめた。そのアウルは足元の男子生徒とメイリンを交互に見やっていたが、何を勘違いしたのか。
お邪魔?とつぶやくとごめんと手を合わせた。
その時、メイリンの背後で教師の物と思われる怒鳴り声が聞こえてきた。
その声はどんどん近くなってきているようでその音量を増してゆく。

『やべぇ。ホントしつこい』

アウルは辟易したという表情でつぶやき、メイリンに向きなおって今一度ごめんと手を合わせると勢い良く地面を蹴り、あっという間に姿を消した。

『また逃げられた〜!!おぼえとれぇ、アウル・ニーダァ!!』

教師がフェンスにたどり着いたときは水色の少年の姿は影も形もなく。
大柄な教師は地面を踏みならして悔しがった。
そんな教師の言葉から彼女はアウルの名前を知ったのだという。

「アウル先輩のことが知りたくって情報通のレイ君に頼んだんです。アウル先輩の情報」
「通りで僕のこと知ってたわけだ。レイのヤツ」
「・・ごめんなさい」

まだ転校してきたばかりだったアウルの正体をなぜレイがいち早くを掴んでいたのか。ようやく長く疑問に思っていたことが晴れ、なんだタネは大したこと無いじゃんとアウルはフンと鼻を鳴らした。そしてすまなそうに彼を見上げるメイリンに気にしてないと笑顔を向ける。むしろ疑問が解けて良かったと。

「あ〜、いいよ。別に。でもさ、それって助けたわけじゃねーよ」

ぐーうぜんそうなっただけという彼にメイリンははにかみながらも芯のこもった口調で言う。

「でも結果的に助けてくれたんです。先輩は」
「そういうもんかぁ?」

ジャガイモ剥きを再開させるアウルをメイリンは意を決したように言葉を紡いだ。あの夏の日からずっと言いたかった。そして伝えたかった言葉を。

「ずっと好きでした。その時から」
「へ?」
「好きです、先輩」

メイリンはアウルを真摯な瞳で見つめ好きです、とくり返す。
突然の告白にアウルは驚きで蒼い瞳を瞬かせた。
そして周囲もまた。
ルナマリアは告白のタイミングが早すぎるわよ、と頭を抱え。
シンはぽかんと二人を見やっていた。
ステラだけが米から視線をはずさず、米をとぎ続けている。
だが力が入りすぎていて米は半ば粉と化していた。

「あたし、負けませんから。先輩に振り向いてもらえるように頑張りますから」

先輩が好きなヒトがいてもと付け加えて、メイリンはステラに宣戦布告するかのように彼女を見やった。その瞳は挑戦者としての強い光を宿し、一歩も引かないと言うことを無言で告げていた。彼女が何となく気にくわなかったステラも無言でにらみ返す。固まったままのアウルをめぐって火花を散らす女の前にメイリンのヤツ夏の熱さで絶対やられたんだよ、美化しすぎというシンの呟きが空しく流れては消えていった。
そして中で女の冷戦が繰り広げられているとはつゆ知らず、スティングが倒れたことを聞いたオルガがクロトとシャニを連れて夕食を持ってチャイムを鳴らそうとしていた。

その頃病院では。

「アウルー、ステラー。シーン。待っててくれっ。今にーちゃんが帰るぞっ」
「いい加減諦めろっ!!往生際の悪いヤツだっ!!」

スティングとトダカ医師の間で戦争が勃発していたのであった。


あとがき

スティングが倒れ、ロアノーク家の危機にメイリン登場。
彼女のおかげで何とかロアノーク家の危機を乗り切ったのですが、今度はアウルをめぐって女の戦争が勃発することになりそうです。
次回、また舞台を学園に戻し、学園に台風の目が現れます。
ここまで読んでくださって有り難うございました。