初日の出
「レイ、ここで見る初日の出はきっとすばらしいと思うよ」
「寒い・・・・」
夜明前からたたき起こされて連れてこられたのは
第3新東京市に建つビルの中で最も高いビル。
それも。
「何故ここにいるのかしら・・・・」
屋上のフェンスを超えたビルのヘリだった。
下から吹き上げてくる風は強く、冷たい。
「ここが一番見えるから。僕らならここに出るのは簡単だからねぇ」
「・・・・非常識だわ」
人として生きると言っておきながら、彼は時々こう言った奇行に出る。
使える力は使う。
それが彼の理論だそうだけれどそんなものに
私まで引きずり込まないでほしいと切実に思った。
時計を見るとまもなく6時。
日の出の時間まであと30分くらいだった。
「レイ」
呼ばれて顔を上げたら差し出されたのは湯気の立ったコーヒー。
ミルクと砂糖がたっぷりで体を芯から温めてくれて
コーヒーの苦味もちょうど好い具合に残っていたのがとてもおいしかった。
「おいしかったわ、ありがとう」
「少しご機嫌治ったみたいだね」
ニコニコとわらってカヲルも自分のを注ぐと、口をつける。
立ち込める湯気から見える横顔は常夜灯に照らされて淡く輝いている。
綺麗な横顔だと思う。
でも彼はそんなところにはとことん無頓着でどちらかといえば年寄りじみている。
『お風呂入ったら演歌歌いだすんだ』
碇君が困った顔でそう言うと、アスカも大きく頷いて続ける。
『隣の女湯にまで聞こえてくるくらいでかい声で謳ってくれちゃって!!』
調子外れていて、下手なのは私も知っている・・・・。
音程のレクチャーでもしてあげたいくらいに。
さらにカヲルの事で付け足すと言動が他と外れている。
私も彼のことが言えないけれど、そんな私でも困惑することがあるくらいで。
『黙っていればまともになのに・・・・・』
『まさに悲劇ですね』
と毎度ながら洞木さんと山岸さんが嘆いていた。
『写真は性格や言動が分からないから問題なし』
『おもろいからええやん』
デバガメ小僧とその相方はそういっていた。
「好き勝手言ってくれるねぇ」
「そう・・・・?」
彼が苦笑する。
でもそれだけみんなが彼が好きだということ。
だって・・・・彼らの困った顔に親愛の情がにじみ出ていて。
こんなにも早く溶け込んだ彼が少しうらやましくなったくらいだった。
そうしているうちに空の向こうが白々としてきた。
一筋の光はやがて幾多者の光の筋となり、辺りを照らして行く。
カヲルは日の出の方向に向かってパンパンと手を合わせた。
「こうして願いを言うと願いが叶うそうだよ」
「何を願うの?」
それは神社での初詣ではないのかとは思ったけれど、
こう言う方法もあるのかもしれない。
今に満足していてそうなカヲルの願い事とは何かしら。
興味を覚えて彼に問うたけれど、
彼は笑って内緒だよと唇に人差し指を当てて見せた。
「人に言ってしまうと願いが叶わないというだろう?」
「そう」
風が再び吹き上げ、私達の髪を揺らす。
その冷たさにくしゃみをするとカヲルはすまなそうな顔で私を見た。
そんな顔を見せるくらいなら最初から引っ張り込まなければ好いのに。
でも・・・・・。
でも私は嬉しかった。
一緒に日の出を見ようと言ってくれたことが。
こんな所だとは思わなかったけれど。
「ありがとう・・・・誘ってくれて」
「・・・・君は願わないの?」
「・・・・私は好い」
まだ今のままで好いから。
最後のほうは心の中で付け足しただけで口にはしていない。
カヲルは肩をすくめるとヘリに腰掛けたままの私に手を差し出してきた。
何の迷いもなく彼の手を取ると、私は立ち上がった。
朝日がまぶしい。
そろそろほとんどのの人がおきてくる。
「帰ろうか」
「・・・・ええ」
離れないように固く握られた手。
その手を更に強く握り返すと、私は彼に微笑んだ。